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かれこれ俺もなんちゃって助っ人として参加させていただくようになって4年か5年になるが、今日もトレードマークの蛍光色のキャップをかぶって東奔西走のお手伝いなのである。
そうめん流しの準備が出来るまでは、近くの滝を巡る自然観察ハイキングを1時間ほど。参加したちびっ子にウラジロの王冠を作ってあげたり、植物の説明をしたり、俺もいろいろ。
そして、いよいよいきなりクライマックス。
参加者180人、これにスタッフを加えると200人を超える大そうめん流し大会なのである。
実は川上村の人口が約2000人。だから少しでっかく言えば、川上村の人口に1割に相当する人がそうめんを食いに集結したことになる。
なんか凄いことになっている。

単に50mと言っても想像しがたいが、この50mの間でつつがなくよどみなくそうめんを流すのは並大抵の事ではない。
傾斜を付ければ流れるのだが、そうなると上流側が異様に高くなる。それだと人が立ってそうめんを箸でつまむことが出来ない。つまり、オトナから子供までが難なく立って食うことが出来る範囲内の高さで50mをさらさらそうめんを流し切る。
もちろん竹の節は引っかからないように、グラインダーで磨きを入れる念の入れようなのだ。全く恐れ入ったとはこのことだ。
並大抵の技では出来ない、熟練の鐘の音が鳴るのである。(筋根勘(キンコンカン)の鐘が鳴るということ)
根:50mをやりとげる根性
勘:熟練の経験
ってなとこかな。
立って歩くことができるようになった頃から参加している4歳なりたての我が息子K助も、そうめん流しはお手のもの。

家内も俺も助っ人していてほったらかしでも、勝手に一人で食っていた。
K助にとっては、もはやこれはイベントではなく日常となっているのだろうか。
話は戻るが、竹が地元産なら、そうめんも地元で作られた葛入りで透明感つやつやの逸品。 おつゆは、これまた達っちゃんマダム(達っちゃんの奥様)お手製のおつゆ。かつおと昆布のダシがしっかり効いた秀逸のおつゆ。あとでマダムにちゃっかりレシピをお聞きしたら、醤油も地元吉野のモノだった。このおつゆを2リットルペットボトルで20本準備されていたので、事の重大さは並大抵ではない。
「にいちゃん、冬前に白菜漬けるから持って帰ってな!」
実は達っちゃんマダムお手製の白菜の漬物に俺は滅法弱いのである。
思わず、「オフクロ~ッ」と叫びたくなってしまった。
話がそれたが、この200人が食いまくったそうめんは、合計450把になるとのこと。
子供がそのままオトナになったアホの俺は、うちに帰って数えてしまった。
そうめん1把を1本1本数えてみたのである。
そうすると、1把に357本入っていた。そしてそのそうめん1本の長さはおおよそ19センチ。
これが今日450把。
素麺を1本に換算したとして、その総延長のことを総麺長と業界では言うのだが、単純に掛けてみると、なんと450把分の素麺長は30kmに達するのである。
驚くべき数字ではないか。
30kmのそうめんとは・・・
俺がそのそうめんをつるつる食い始めるとする。のどを通って胃袋を通過して、腸も通過して、オシリも抜け出て、トイレも川も流れて行って、3日後くらいに、やっとそうめんの端っこを俺が飲み込む頃に、そのそうめんの最初の先っちょが大阪湾に到達するくらいの長さに相当するのである。
壮大すぎて、想像しがたい・・・
ついでに「総麺長」という言葉は今、俺が作った言葉である。
話がそれすぎてしまっているが、こういったそうめんを、谷から引いた水で流すのだから、スケールだけがでかいばかりのかっこだけのそうめん流しでなく、味の方もしっかり旨過ぎで、それを川べりで食うのだから、超絶至福のそうめんなのである。
これは、なんちゃってスタッフの俺の感想でもあるが、参加者ひとりひとりの顔にそう書いてあるのだから、間違いない。
少し余ったそうめんつゆをちょっとだけ頂き、翌日うちでもそうめんを湯がいて食ったが、なんだが頭の中に木漏れ日が通り抜けた錯覚を感じ、沢筋のひんやりした空気を感じるような滋味な味わいだった。
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