阪神タイガース  われら猛虎党





浜ちゃん『背番5で新庄』超えるでェ!

浜中が「31」からの別れを決意。念願の「5」を手に入れた
 今度こそ…。阪神・浜中おさむ外野手(27)が、来季から背番号「5」をつけることが30日、球団から発表された。本人の希望で、「31」からの別れを決意。日本ハム・新庄剛志外野手(33)がつけていた“プリンスの称号”を手に完全復活を目指す。また空席となった「31」は林威助外野手(26)が引き継ぐことになった。


 心置きなく、これでレギュラー奪取の青写真を描くことができる。浜中が、念願の背番号「5」を手に入れた。

 「球団にはタイミングが合えば是非に-とお願いしていたんですけど、タイミングが合って、この番号をつけられることは、とてもうれしく思う。心機一転、頑張りたいと思います」

 浜中は球団を通じて、コメントを発表した。5番をつけていた沖原がシーズン途中に楽天へ移籍。それ以降は前田がつけていたが、憧れのナンバーと、ようやくめぐり合えた。「心機一転」-。何度目からのフレーズには、今までとは違う重みがあった。

 入団6年目の2002年11月のインターコンチネンタル杯(キューバ)に日本代表として、選ばれた。その時につけた背番号が、5。それ以来、「憧れをもっていた」。悲壮な決意で来季に挑む浜中にとって、ぜひとも手に入れたい“相棒”だった。

 03年オフ。岡田監督の勧めで、けが続きの野球人生を変えるため、「25」から掛布雅之氏が背負った「31」に変更した。それでも流れは変わらなかった。これが最後の“変更”。「5」の“次”はない。自分にそう言い聞かせての再出発だ。

 「阪神の5番」は誰もが、日本ハム・新庄を思い浮かべる。勝負や成績を度外視した存在感。そのオーラ…。5番を背負う以上、浜中にも求められる。

 岡田監督も「右翼を守って、打ってこそ完全復活や」と言い続けてきた。二軍時代からの指揮官のプランを蹴ってまで、自分を貫く。もう失敗は許されない。その覚悟はもうできている。

 5月6日の日本ハムとの交流戦(札幌D)では八回に決勝の2点タイムリー二塁打。7月28日の巨人戦(東京D)では右翼の守備にもついた。復活への道を着々とたどり78試合に出場、打率.284、1本塁打が、今季の成績。来年はさらに守備でも存在感を示す。

 打って走って…。その背中を見せることが、復活への最後の関門。背番号5。「虎のプリンス」へ。光り輝く数字が、浜中の完全復活を後押しする。

球児に『日本記録料』…球団側が最敬礼?!

一日署長を務めた藤川。球団の歩み寄りに「敬礼」となるか…
 球児に朗報!? 阪神・沼沢正二球団取締役副本部長(47)が30日、『第4回タイガース杯ゴルフ大会』(タイガースGC=兵庫・東条町)終了後、7000万円の提示を保留した藤川球児投手(25)に言及し、「(日本記録は査定と)別に考えないと…」と歩み寄りの姿勢を見せた。2度目の交渉では80試合登板の“日本記録料”を加味することを示唆した。


 藤川はこの日、西宮市の甲子園警察署の一日署長を務めた。岡田監督が11月29日の優勝祝賀会で「(球団が)もうちょっと出してやらんと」と語ったことについて、「すごいうれしい」と感謝しきりだった。

 また同会ではナインやスタッフからの激励されたという。

 「むちゃくちゃなことを言っているわけではない。チームメート、裏方さんからも励まされた」

 現場の長や同僚からエールを受けたことで、勇気をもらうと同時に、自分の主張の正しさを再認識。「査定ポイント以外の(球団の)気持ちを聞きたい。もらいすぎと言われることも受け止める。ファンに申し訳ない」。と査定以外の“配慮”を求めていた。

 “追い風”が吹き始めた。7000万円を提示した11月28日以降、強気の姿勢を崩さなかった球団が軟化した。沼沢副本部長が、歩み寄りの言葉を口にした。

 「査定ポイント以外の評価? 日本記録というのは価値のあることですから。(査定とは)別に考えていかんと」

 藤川は今季、80試合登板の日本新記録を樹立。提示額には、その評価は「入っていない」と沼沢副本部長。“日本記録料”として加えることが、妥協案。金額を見直せば査定方法が“誤り”だったことを暗に認めることになる。今さら、査定方法を変えるわけにはいかない以上、“ボーナス”で、接点を見いだすしかない状況だ。

 通常のタイトル料は200万円前後。たとえ500万円が加算されても、9000万円を最低ラインと見ており、1500万円の開きがあるが、球団が譲歩する姿勢は伝わるはずだ。

 この日、甲子園警察署の一日署長を務めた藤川は、前日(11月29日)の優勝祝賀会後の岡田監督の擁護発言や、チームメートからの激励に感謝しきり。

 「すごくうれしい。むちゃくちゃなことを言っているわけではない。チームメート、裏方さんからも励まされた」

 また「査定ポイント以外の(球団の)気持ちを聞いてみたい」と付け加えた。結果的には、このリクエストに応える形で、球団が次の姿勢を示したことになる。

 コンペでは沼沢副本部長と同組で回った岡田監督は、「(グリーン場など)あんなところで話すわけない。あれだけ(報道で)出れば分かるやろ」と発言。さらに「大幅に上がる選手とは、下交渉しとかないかん」と不手際を指摘した。

 「これから社長と相談して検討していきたい」

 沼沢副本部長は『再考』を強調した。指揮官もナインも、藤川に同情を寄せる中、12月10日出発の優勝旅行までに第2回交渉が行われる。泥沼化も予想された銭闘バトル。解決の糸口だけは見えてきた。



【大相撲】琴欧州、大関昇進!天女まわしで天下獲る!

部屋の力士に担がれガッツポーズの琴欧州。綱とりへ、伝説の天女のまわしも贈られる
 日本相撲協会は11月30日、福岡市内で来年初場所(1月8日初日、両国国技館)の番付編成会議を開き、関脇琴欧州(22)の大関昇進を満場一致で決めた。史上最速の初土俵から19場所目で大関に昇進するなど、実力と人気を兼ね備えた琴欧州に、先代佐渡ケ嶽親方(元横綱琴桜)の地元、鳥取・倉吉市から「打吹(うつぶき)天女」の化粧まわしが贈られることが決定。伝説の天女のまわしを締めて、綱とりに挑む。


 新旧の師匠に見守られて大関への決意を口にした。二所ノ関一門からの使者、間垣親方(元横綱2代目若乃花)と湊川親方(元小結大徹)から、番付編成会議と理事会で大関昇進が満場一致で決まったことを伝えられた琴欧州は、深々と頭を下げて口上を述べた。

 「謹んでお受け致します。大関の名に恥じぬようにけいこに精進します。本日はありがとうございました」

 口上は昭和56年秋場所後に大関昇進した琴風(現尾車親方)と同じ。「(口上は)何千回も練習した。強い大関。上を目指してがんばりたい」。伝達式を終えほっと一息ついた琴欧州に、新師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)は「短い期間で大関という地位まできたことは素晴らしい」と絶賛。だが前師匠の鎌谷紀雄さん(元横綱琴桜)は厳しい言葉を並べた。

 「けいこをやらなかったらわしは承知せんぞ」

伝達式で口上を述べる琴欧州(左から3人目)。写真は左から、佐渡ケ嶽親方夫妻、琴欧州、先代親方の鎌谷紀雄さん、使者の間垣親方、湊川親方
 32歳で横綱に登りつめた前師匠は、後に故郷の鳥取・倉吉市の名誉市民に選ばれ銅像も建てられた地元の英雄。倉吉市では毎年鎌谷さんの功績をたたえるチビっ子相撲の大会「桜ずもう」を開催。今年で27回目を数える伝統行事で、琴欧州も昨年から2年連続で参加した。

 倉吉青年会議所では11月26日に65歳の誕生日を迎え、日本相撲協会を定年退職した鎌谷さんへのお礼を考えていたがその答えが琴欧州への化粧まわし贈呈計画だった。デザインは倉吉市に古くから伝わる打吹(うつぶき)天女伝説の絵をモチーフにしたもの。









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Last updated  2005年12月01日 17時11分44秒
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