マコ の気ままな徒然日記

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カテゴリ: books
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曽野綾子 八十年の人生 作家の自伝である。

本の写真は1995年11月に自宅で撮った写真で64歳の時のものである。
何冊か作家の本は読んだがファンではない。
ご主人は同じ作家の 三浦朱門 である。

お金持ちのお嬢様育ちのように思っていたら、この本を読んで色々なことがわかる。

今まで書いた字数は六千万字 若いころから書くことが好きだった。

作家の母親は文学少女だった。



家庭教師に学んだ時のことは、書くものがはっきり見えた時に鉛筆を持ちなさいと言うことと、文章は推敲しなくてはいけない、練り直しするように徹底的におそわった。

1年間であったがそのあと六年生まで母親の作文教室が続いた。
日曜日ごとに長くなくても一つの作文を書かせられた。
この特訓で小学校終わりごろにはもう自由自在に日本語が書けるようになっていた。

幼稚園の時からカトリックの修道院が経営する聖心女子学園に入れられた。
帰国子女が多く大財閥の娘は少ない、まだ有名でない学校だった。

母親は父親と仲が悪く、娘と一緒に暮らし過ごし83歳で亡くなり、自宅で看取ることが出来た。
三浦朱門との二人だけの生活は出来なかった。海外勤務に声がかかったが、親を置いて責任ある外国勤務は出来ないと夫婦の結輪だった。舅は92歳、姑は89歳で二人とも家で亡くなった。

視力悪化して全連載ストップしたことがある。
遺伝性の近視で50歳を前に急速に悪くなった。中心性網膜炎であった。手術をしてよく見えるようになった。

目が見えるようになって嬉しかったので、目が見えない人たちに詳しく表現して説明をする観光ガイドボランチィアをして喜ばれた。


思えば私はずっとこの世に恋し続けてきたのです。















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Last updated  January 23, 2013 03:17:31 PM
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