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65歳の時にホームページを作り、2009年6月18日からBLOGを始めて今は時々しか更新していない。やめてしまうのも惜しいので残しているが、現在はfacebook インスタグラムを載せている。facebookは日記代わりに書いてもう6年たっ。 facebookは Masako Takei で載せている。 https://www.facebook.com/masako.takei.50 インスタグラム は hmyt3720 Masako Takei で載せている。 https://www.instagram.com/hmyt3720/ 読書記録として載せ食べ物以外のものも写真を撮っている。昨年の11月に左足膝に人口関節の手術をしてからほんを読むことが多くなった。
August 27, 2019
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2018.5.10 急に歩けなくなる。変形性膝関節症である。いつも1万歩以上歩いていたので歩きすぎのようだ。病院で診察リハビリ受け通院しているので少し歩けるようになった。けれどもいまだに一人で外をあるくのは自信がなくほとんど家で過ごしている。家の中のことはほとんどできるが長い立ち仕事はできない。毎年本を100冊読む目標を決めているが今年はもう100冊を達成した。本を読むことは大好きである。一人の作家にこだわる傾向があり,宮本輝、宮尾登美子、の本はほとんど読んだ。今は久坂部羊の本を読んでいる。長編小説が好きである。今まで読んだ本は、平家物語、源氏物語、徳川家康。坂の上の雲、胡蝶の夢、風と共に去りぬ、水滸伝、岳飛伝、史紀、などの本読んだ。暇つぶしには本を読むこと最適である。本が読めることは幸せだと思う日々である。
August 28, 2018
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2018年3月23日 小諸高原美術館へ水墨画展を見に行く。私の知り合いの描いた水墨画があり興味がありました。水墨画は絵画の種類の何に入るのでしょうか。洋画でもなく日本画でしょうか。
March 24, 2018
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午後より曇り空で雨が降り雷が鳴り始めた。3時30分頃であった。 2階の窓は網戸にして2人で外を眺めてから私は一階に下りた。稲妻がはしり雷が落ちた。 我が家のどこかに落ちたと瞬時に思った。2階にいる夫が心配になった。「大丈夫」と2階に声をかけた。すぐ返事が来ない、また声をかけると「大丈夫だよ」落ちたときは網戸の前にいなく奥の部屋にいたらしい。 雨もあがり外に出てみると我が家の郵便箱がおかしい。 門扉の前に郵便箱から飛び出たものが散らばっている。郵便うけの中をのぞくと壊れたものが入っている。 直接郵便箱に落ちたのだと思ったが、なぜこんなところに落ちたのが不思議だと思った。 我が家には、敷地の北東の裏の角に避雷針をつけた電信柱がある。なぜ、なぜと思いながらこれは facebookにのせるのにいい材料と写真をパチパチ撮ってすぐに載せた。 それからが大変なことが色々出てきた。まず、テレビが見ることができない、電話ができない、電子レンジが使えない、電気ポットが使えない。外灯の電気がつかない。電気屋の話では、避雷針に落ちて波及したとの話。郵便箱は照明がセットになった古いもので、雷が落ちたときは郵便箱の内部を破壊したのだった。話を聞くと落ちたときは電信柱の周り危険であるとこと。勉強になったが、雷の被害はお金がかかるが命にはかかわりがなかったことが幸いであった。
August 7, 2016
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スポーツクラブをやめて歩いています。近くの公園のすぐ隣にジョギングコースがあり、舗装されていませんが涼しく歩きやすいところです。サングラスをかけ、ウオ―クマンで好きな音楽を聴きながら10000歩以上歩くようにしています。私の足で1時間15分かかりますが休みなく歩くのでとても良い運動になります。
June 3, 2016
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ステンドグラスでランプを作りました。公民館で講座を受講して全員完成しました。 見事です。日曜日4日間、1日3時間 4かけて12時間です。ガラスカットは講師の先生がするのですが、カット面の磨き、銅線巻、半田付け、組立と色々な作業がありましたが、15人の生徒は、誰も落伍せず仕上げました。15台のランプを並べると、デザインは同じでも、同じ色合わせがなく綺麗で素晴らしかった。4台のランプの水色と青の作品が私の作品です。
May 1, 2016
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平成28年4月19日大相撲春巡業で佐久総合体育館で行われました。いつも1度は東京国技館へ行きたいと思っていました。新聞で、松本と佐久が選ばれたことが新聞に載っていたので、近くの西友の店で早くからチケットを買い楽しみにしていました。長野県で幕内力士には御嶽海がいます。御嶽海は木曽の上松出身で高校時代は国体に出て3位になり東洋大に進み大学2年の時に東日本学生選手権で優勝する。身長180センチ、体重135キロ、大きい方ではないが瞬発力を生かした突き押しが強みである。座る席は2階の3列目でしたが意外とよく見えて楽しめました。さすが写真は小さくなるのでカメラを拡大のレンズで撮ったのでボケた写真もありましたが、朝の8時から午後3時までですが、10時頃行って終わるまでしっかりと見てきました。御嶽海の出番が多く、稽古風景では大関の胸を借りて稽古をして転がされていました。子供稽古、相撲甚句、初切り、櫓太鼓打ち、いろいろあり、3時まで切れ間なくありました。序二段、三段目、十両、幕内と取り組みが行われましたが、お相撲さんの体の変化などよくわかり横綱はさすがみごたえがあり立派な体でした。写真をたくさん撮ったので久しぶりにDigibookを作りました。ご覧ください。大相撲春巡業 佐久 っ
April 21, 2016
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毎月1回写経をしている守芳院にきましたら境内は紅葉で賑わっていました。紅葉はお天気の良い日は特にきれいに見えるので、翌日、午前中は曇っていましたが、午後からお天気が良くなったので急いでカメラを持って撮ってきました。また、守芳院へ行くときに、近くに平尾大社の前を通るのですが、いつも素通りしていたので初めて鳥居をくぐりました。コンクリートでできた鳥居は五つあり遠くまで階段が見えるのですが、さぞかし大変だろうと思っていたらテスリもしっかりとついていたので楽に登れました。久しぶりにデジブックを作りました。タイトル 『鮮やかな紅葉』サブタイトル 『守芳院の紅葉と平尾大社』 ↑ クリックしてください。ビデオが出てきます。ページめくりを手動にすると書いてある字は読むことが出来ます。
November 16, 2015
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熱海にあるMOA美術館で「ふしぎな万華鏡ワールド」を観てきました。万華作家 依田満・百合子夫妻が東京のデパートで展示販売しているとき、何回か見に行き依田百合子作家とお話をする機会があり顔見知りになりました。そして今回、美術館のチラシが送られてきました。私もステンドグラスで万華鏡を作ったことがあり興味はありました。ある日、依田百合子作家から素晴らしい作品が送られてきました。ケースの外側は桜の花があり、覗く中も桜の花で上品な世界です。軽く2万円以上する作品で驚きました。 無料でいただけるとは恐縮でしたが嬉しくて、お客が来ると覗いてもらっています。依田満・百合子作家の工房の中にあります。私の作品は丸い球を回しながらみます。いろいろな色を入れすぎてしまいました。
August 18, 2015
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閼伽流山・明泉寺を訪ねて」市民ふれあい学習に参加する。明泉寺で集合。住職にお話を聞きビデオを見る。10時からいよいよ登山。観音堂まで登りながら山野草を(ヒトリシズカ・フタリシズカ・マムシグサ等)脱衣婆の石像をみて登る。観音堂に着く。 ご本尊の千手観音が祀られている。大正5年の増築記念に描かれた56枚の花鳥の天井絵図を見上げて写真を撮る。今日は特別に扉を開けていただき絵図を観ることが出来た。鐘楼・石仏群(百体観音石仏)・垂直の岸壁(30メートル程度の溶結疑灰岩)に藤の花が咲いていた。芭蕉碑をみる。観音堂から仙人ケ岳(展望台)まで登る。登山道が出来ていない。枝に赤いテープを巻きつけているのを目印に登る。山登りは好きで、富士山、八ヶ岳等登ったが、結婚以来山登りをしていないので50年ぶりで私には厳しい登山であった。足元がおぼつかないが、転んだり、怪我をしたりしないよう、皆さんに迷惑はかけないようにと必死に登る。仙人ケ岳に着くと八ヶ岳、蓼科山、佐久平の展望が開け素晴らしい眺めであった。この山の下に高速道路の閼伽流山トンネルがある。遠くに高速道路の一部がみえる。展望台からの下りが怖い。恐る恐る下る。マユミ(弓を作る樹の枝)杖を作ってもらったり、若い男性(市の職員)に手をさしのべてもらい観音堂まで降りる。着いたときは無事に下りられたことにホットする。ここでお昼を食べ明泉寺まで降り解散。Digibookを作りましたのでご覧ください。閼伽流山
May 24, 2015
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こちらのブログはもうやめるつもりでいましたが、やはり少し書いておくことにしました。一先、フェースブック https://www.facebook.com/masako.takei.50 を始めたことをお知らせします。フェースブックは始めるのに最初躊躇しましたが、掲載する内容を注意すればよいと思い作ることにしました。お友達は知り合いばかりで安心できる人たちです。遠くにいる娘の様子もわかり楽しんでいます。日記代わりですが食べ物以外のものを掲載します。上記のフェスブックのアドレスをコピーして検索したら同じ名前の人が出てきてびっくりしました。
April 9, 2015
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アメリカで知り合った人々を書き始めました。第10章アメリカで知り合った人々エレンさんの手紙ベラさん チェコ人ハリエット先生 アメリカに住むイギリス人サビーナさん ドイツ人クリックして最初から読んでください。
April 4, 2014
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挑戦パソコンに興味を持ったのは六十歳の時だった。六十五歳の時にやっとパソコンを買った。いろいろな想い出を書き綴り、趣味で作った作品を並べたホームページを作りたいと考えていた。パソコン教室で学び、題名、「Welcome toまさこの窓」が出来上がった時は、「もうこれで思い残すことはないわ」と感激したものだが、しばらく休んでいると、生まれてから結婚までの自分史を書きたいと思うようになった。それから、図書館に行き、私の生まれた時代の背景を調べ、少しずつ原稿用紙に書き綴っていった。書き終わると、今度は自費出版で自分史の本を作ってみたくなった。パソコンで調べると、自分史の本を作っている出版社があったので問い合わせをした。早速、出版社へ出向き、ホームページの中にある文と一緒にして作ってみたいことを話すと、原稿用紙に書いて印刷したものを持ってくるように言われた。早速、原稿用紙を出版社のホームページからダウンロードして原稿用紙に写し印刷した。内容は 一 生まれてから結婚までの自分史二 父母の故郷を訪ねて 三 アメリカ生活の想い出四 エレンさんの手紙 の内容で原稿用紙を出版社へ持って行った。しばらくすると、出版社から原稿用紙審査担当部門で検討した作品講評が送られてきた。それが素晴らしい内容だったので、うれしくてすっかり舞い上がってしまった。 作品講評は五人の担当部門の人の評価で、 担当者は最も大きなファクターとして読者獲得の可能性から検討いたしました。原稿審査部門と審議を行い、各部署責任者の満場一致のもと、本作品を全国流通として推挙させていただいた との内容だった。早速、娘たちに知らせ、少し費用がかかっても作りたい気持ちでいっぱいであった。そして、次回、担当者と打ち合わせをする日時を決めた。ところが、アメリカに住んでいる娘からEメールが入り、出版社のことについて調べたので、よく検討してからでも遅くはないかと、下のメールアドレスをクリックして読むようにとの連絡が入った。数行あるアドレスをあけてみると、この出版社で本を作ったが、費用がかかったこと等書かれていて、全国流通などとんでもないことであるとも書いてあった。いろいろと読んでいると何も知らなかったことが恐ろしくなった。早速、打ち合わせの日時をキャンセルした。出版社へ行く二日前のことであった。しばらくすると、やはり作ってみたい気持ちが残っていた。地元の某新聞社の出版部へ問い合わせをしてみた。待ち合わせ場所に行くと、背の高いキビキビした若い理知的な綺麗な女性が現れた。最初に言われたことは「よく本を作る気持ちになりましたね。今は本屋も倒産したりして、本は売れないですよ。 当社は本を作るのみで、出来上がった本はすべて本人に引き渡します。新聞には片隅に作者の名前と自費出版した本の記事を載せるサービスがあります」原稿用紙の束を持ってきたので、読んでいただきたいことを話し、私のパソコンのメールアドレスを教えて家に帰った。しばらくすると、お会いした女性から丁寧なEメールの返事がきた。そして、私の担当者になったこと、「めったにできない経験をされて、それを文字で残されていることにまず共感を覚えました」と、しっかりした文章で書かれてあった。「ウエーブサイトであれば、あまり長い文章は読みにくいかと思いますが、もう少し詳細な記述があるほうが読み手を引き込めるのではないかと思います。二つの山場があるので、一つに絞ったほうがよい」との内容だった。 四つの項目を二つにして、アメリカ生活の想い出と、エレンさんの手紙の内容だけにすることにした。そのために原稿用紙も少なくなるので、改訂版アメリカ生活の想い出を書きホームページにも載せながら、約百二十枚から百五十枚になるように増やした。「当社は、まずお見積もりをとらせていただき、条件面でご承諾させていただければ編集、制作に移ります。書店への配本は手数料がかかります」と連絡が入った。毎晩一生懸命書き綴り原稿用紙に印刷するのではなく、パソコンのなかのメモ張で書いたものを電送した。注文数は五十部だけでよいと思ったが、五十部、百部、百五十部の値段は変わらず、三百部で、わずか三万円増えるだけだった。たくさん作れば一冊のお値段は安くなるが、本屋にだしても家に売れのこった本が山積みになるのもつらい。でも最低二百部は注文しなくてはならないと思っていた。私の拙い文章に、お金をかける価値があるのかと思いながら、娘たちへ内容を報告した。それからしばらくすると、また娘から、もっと安く作ってくれるところを探して検討したら、とのメールが来た。パソコンで他の自費出版する出版社を探してみると、百部単位ですぐに見積もりを作ってくれる会社が数社あった。その中で一番安い中小企業の印刷会社を見つけた。その印刷会社は、NPO法人の日本自費出版ネットワークに参加している会社だった。そこで、某新聞社の担当者へ、申し訳ないがキャンセルのメールをした。すべての資料を電送し、これから細かい内容をきめて相談をする日が決まっていたのだが、お会いする五日前のことであった。担当者の女性にお会いしたのは最初の一回だけだった。新しく探した印刷会社へ電話をした。まず、お会いしてお話を聞きましょう、ということになった。会う場所は家の近くの公園の中にある喫茶店にした。アメリカ生活の想い出、エレンさんの手紙の本を作ることはやめて、生まれてから結婚までの自分史と、私のホームページの中にある父母の故郷を訪ねての小冊子にした。自分史はホームページに載せていないし、せっかく書いたので、本にしてみたかったのである。それから、アチコチの本屋をのぞき調べてみた。やはりお客は少ない。閉店になった本屋もあり、いつも行くお店も売り場面積が狭くなっていた。知人や友達に買ってもらうことも出来るが、お金を頂くなどとうてい出来ない。読んでもらえるだけでいい、と思っていた。新しく見つけた印刷会社の人が自動車で一時間三十分もかけて来てくれた。県内の印刷会社だったが、殆どメールのやりとりで済むと思っていたが、最初の一回は会ったほうがいいと思い負担をかけたくないと考えていたが、意外とセッセと何回も足を運び打ち合わせをすることになった。担当者は定年を一年後にひかえた男の人だった。何回も本を制作する注文の仕方を勉強してきたので要領がわかり、私の希望する内容を説明した。そしてお会いした当日の夜には、もう担当者からEメールが入っていた。「お歳とはおもえない若々しい発想と意気込みに始終圧倒されてまいりました。また、さまざまな人生経験に基づくおはなしなども、仕事を離れ個人的にためになりました。ありがとうございました。それでは週明けにでもデータ送信していただきますようお待ち申しあげます」それからメールのやりとり、喫茶店での打ち合わせなど、本ができるまで、忙しいけど楽しい日々を過ごした。私の送ったデータは、今まで習ったことを生かして、本のサイズ、一ページの余白や字の大きさを考えて、本のページと同じように作りパソコンで電送した。また、わからないことは担当者に、いろいろ教えてもらった。新しく学ぶことがばかりだった。表紙の色や見返しの色を決め、原稿がそろったところで文章の統一をしなければならないことや、校正の仕事は、三回まで修正ができることを知った。送ってきたゲラは薄い小冊子なので、自分自身で校正して何回も読み直した。簡単に本はできるものではない。本の注文数は、身内や親戚、そして知人のみに配る予定だったので、見積もりと同じ百部にした。本の請求書が来て驚いた。見積もりよりも安く、「こんなに安い金額でいいのですか」と尋ねると、私の送った全工程のデータは編集に手間がかからなかったので、紙代と印刷、製本の費用のみとのことだった。私の本が出来上がったのだ。うれしくてしばらくの間何回も読み直した。さすがに、印刷所の活字の書体はしっかりしていてきれいで読みやすい。まず、娘たちに渡し、親戚や友達知人へは贈呈にした。愛知県春日井市にある自分史図書館にも私の本を二冊寄贈した。六十五歳で、ホームページ「Welcome to まさこの窓」を作り、七十歳の時に書いた結婚までの自分史は、稚拙な作文のような本であった。いつか、文章の書き方を学び、現在にいたる自分史をきちんと書くことが私の課題であった。NHK学園の通信教育自分史講座で学んだことのある人に教わり申し込みをした。毎晩、パソコンで原稿用紙にタイピングしていると、久しぶりに勉強している気分になった。そして、この自分史の作品が出来上がったら、出版社に頼らず、自分自身で本を作ってみたくなった。題名を決め、写真もたくさん入れて、どこにもない私なりの一冊の本である。難しいと思うが、これからの私の新しい挑戦である。 今回でブログはおわりにするつもりです。訪問していただいている人のブログはいつも読んでいます。アイパットからも覗いています。長い文章をお読みいただきありがとうございました。
January 13, 2014
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横浜にいる娘と東京駅で待ち合わせをして美味しい食事とショッピングを楽しんできました。東京行は帰省客で混んでいるかと思っていたら指定席もとれてよかったです。さすがに東京は人が多く、若い人たちが目立ちます。11時に会い、帝国ホテルの中にある京料理「伊勢長}で昼食を食べました。お正月料理お昼の御献立の特別メニューです。刺身善宝箱弁当和牛網焼善後はデザートが付きました。そのあとショッピングをして、東京ステイションホテルでお茶を飲みました。普段行かないところ一人では入りにくいところなので美味しいものを食べ、話も弾み楽しい日でした。
January 4, 2014
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我が家の二階のベランダから撮った初日の出です。7時12分に出ました。家族が無事に過ごせるようにと手を合わせお祈りしました。それから近くにある鼻顔稲荷神社へ初詣をしました。穏やかなお天気の良い元旦でした。本年もよろしくお願い申しあげます。鼻顔稲荷神社 ハナズライナリと読みます。
January 1, 2014
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以前にブログに載せましたがまとめてみました。先ず私の作品からステンドグラス作品ニードルポイントの手芸です。クロスステッチのように刺していくますがこの手芸はクロスにしないで斜めに刺していくだけです。ステンドグラスで作った作品で今は手元にありません。すぐ作るつもりで人にあげてしまい、結局はいまだに作っていません。アメリカで知り合ったドイツ人のお友達サビーナさんにいただいたものです。今はサビーナさんはドイツにかえりクリスマスカードのやり取りをしています。クリスマスの時に飾るものでパイプを加えている口から煙が出ます。
December 20, 2013
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私の大好きなステンドグラス作家です。今日は先生の作品はなく生徒さんの作品展でした。私が習ってきた作業はガラスをカットしてガラスの切り口をルターにかけ形を作りますが、田代作家はカットだけで形を作ります。以前に軽井沢にあった作家のギャラリーをみに行きルターを使わないので驚きました。現在のギャラリとお教室のHPがありますので覗いてください。田代ステンドグラススタジオホームページの中で今回の生徒の作品が載っています。合わせてご覧ください。もう一つのステンドグラス展は11月16日に見に行きました。田園調布の駅前にあるパンやの2階が会場です。姉の家の近くで作品展があるので毎回きています。こちらは女の先生で生徒たちも女性ばかりです。先生の作品もあり配色の素晴らしさにうっとりしました。今回は姉がいた三軒茶屋の介護ホームから等々力の介護ホームに移りました。部屋も個室になりゆっくりとお話が出来ます。このステンドグラス展の場所が近いのです。壁には義兄の作品の時計が飾ってありました。
December 5, 2013
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11月9日良いお天気です。今日の一日の日程を決め出かけました。先ず最初は佐久駒場公園でおこなわれている農業祭に行きました。野菜、果物、蜂蜜等々、ウサギも参加していました。午後から平尾山にある守法院で毎月1回行われている写経をしに行きました。鮮やかに紅葉している樹木に感激して写真を撮ってきました。特に大きな銀杏の樹は見事でした。写経が終わり、次はいつも行くスポーツクラブに行き運動して家に帰ったのは午後6時でした。
November 9, 2013
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Diamond Dashのゲームで遊んでおます。夢中になっています。長時間しているとあちこちが痛くなるので気を付けてしています。世界の人が参加しているゲームです。予想もしない点数がでて2位になっていますが何時かは追い越されると思います。写真にとって記念にしようとブログに載せました。プレイを押すと上のハートが落ちてきます。ハートは5ツあります。画面が変わります。1分以内に3ツ以上繋がるものを消していきます。点数が付き数字が上がっていくます。ハートが少なくなるとハートを購入するか場面が出てきますが、無料でゲームを続ける場合購入してはいけません。右上の閉じるバツ印がありますからそれを押して閉じます。回転する運試しもあります。金の延べ棒が2ツ以上なくては回せません。これを回し金が当たった時があり写真では最高の数です。このゲームは歳よりでも誰でもできるゲームです。二位になるとはすごいでしょう!他のゲームはフリーセルというトランプゲームをしています。いろいろなゲームをしましたが長続きしているのはDiamond Dashの2ツです。フリーセルは10万回あるそうなので,現在19403回して勝率72%です。ゲームをしていると時間が経つのが早いです。
November 8, 2013
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11月1日東京都美術館へターナー展を見に行きました。東京に行くのはいくつかの用事をかねていきますので忙しいです。先ず、今日は母の命日です。お墓がある埼玉のお寺へ、お彼岸の時に来られなかったので、一人でお花とお線香を供えました。次は東京の三軒茶屋にある介護ホームへ姉に会いに行きました。それから渋谷のあるステンドグラスのガラスや工具を売っている問屋へ行き、ベースに付けるソケットが壊れてしまい買いに行きました。特別なソケットで普通の電気屋では売っていないため買いに行ったのですが在庫がなく注文してきました。それから美術館へ行きました。時間は午後3時になっていましたが空いていてゆっくり絵画を鑑賞することができました。チャイルド・ハロルドの巡礼 -イタリヤ 湖に沈む夕日色彩が好きです。落ち着いた色彩で、抒情的です。チャイルド・ハロルドの巡礼は写真は日本の文豪夏磨漱石の心にも深く刻まれたようです。小説坊ちゃんの文章にその姿を登場させています。『あの松を見給え、幹が真直で、上が傘のように開いてターナーの画にありそうだね』『どうです教頭、これからあの島をターナー島と名づけようじゃありませんか』『湖に沈む夕日』 はターナーの晩年に書かれた絵で 光と大気をまばゆく溶け出す境界を描いています。何ともいえない雰囲気です。今回は絵葉書をいつものより多く買ってしまいました。最初はターナーは水彩画を描いていましたが、油絵の絵画もあまり厚みがなく上品な油絵でした。秋は展覧会が多く、次は別の日に日展をみに行く予定です。
November 1, 2013
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テレビの番組を録画してみている。気に入ったものが見損ななわないように録画していると安心する。あとは、ニュースと記録ものぐらいである。自分の計画が立てやすい。プールで泳いだ後に見るとたいてい途中で寝てしまう。見るのはたいてい朝早く見ている。頭がさえているので最後までしっかりと見ることが出来る。お気に入りの番組です。月曜日 徹子の部屋 PM 1・20 ~ 051番組 サラメシ PM 10.55 ~ 011火曜日 徹子の部屋 イッピン PM 7.30 ~ BS103 世界ふれあい街歩き PM 8.00 ~ BS103 仲居正宏のミになる図書館 PM 11. ~ 051水曜日 徹子の部屋 ためしてガッテン PM 8.00 011 探検バクモン木曜日 徹子の部屋 地球イチバ PM 10.00 011金曜日 徹子の部屋 土曜日 若大将ゆうゆう散 AM 6.30~ 081 サワコの朝 AM 7.30~ 061 トンイ AM 8.30~ BS103 世界ふしぎ発見 PM 9.00~ 061 妄想ニホン 料理 PM 11.30~ 011日曜日 開運なんでも鑑定団 PM 11.55~ 041 八重の桜 PM 6.00~ BS103 ダーウィンが来る PM 7.30~ 011 馬医 PM 9.00~ BS103 情熱大陸 PM 11.00~徹子の部屋とサワコの朝が大好きである。ドラマは韓国のトンイと馬医を見ている。NHKの八重の桜も好きで、この3本ドラマはかかさずみている。最近は妄想ニホン料理が面白い。新聞の番組欄をみてよさそうなものは録画していなくても見ている。録画と重なるとホットする。パソコンで遊び、プールで泳ぎ、テレビを見て日々を暮している。
October 31, 2013
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新聞の記事をスクラップするのが好きである。切り取った記事がたまるとファイルを買ってきて纏めている。健康に関する記事は一番興味のある記事である。食生活についていつも気にしているので、ある日バランスのある食生活が取れるようにと表が載っていた。早速切り取り毎日チェックをしている。毎日取った食品を丸をつけるのだが、最初は丸を付けるのが偏っていた。やはり肉や油が少ない。今は意識して肉や油をとるようになってきた。私の尊敬する聖路加病院理事長の日野原重明医師の新聞の記事も切り取り参考にしている。101歳の日野原先生の日常もご覧ください。
October 20, 2013
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最近は図書館で本を読んでいる。家で読むより読むページ数が多い。図書館で読んでいる途中で少し休憩をかねて、本棚の本を見ていると、興味のあるエッセイ本があった。人生のエッセイ 宇野千代 何でも一度してみること何でも一度してみることは今の自分の考えに添っていると思った。しかし私の場合は興味があるものだけである。宇野千代さんの考えは何時も前向きである。 北原武夫と25年の結婚生活は女性が出来て別れる。でもくよくよしない。後悔することは嫌いである。尾崎士郎、東郷青児との華やかな恋愛遍歴もある。家を建てることが好きで12軒建ている。マージャンも好き、着物のデザインを考えるのが楽しい。99歳で亡くなるが、10年前から書くことが出来なくなり、編集者がくると態度がおかしくなると家のものが言う。その時は小説を書けないからである。老いを自然に受け入れ慣れることが楽しく生きるコツである97歳の時の心境を書いている。寿司屋のおかみさん、エッセイストになる私もいろいろとエッセイみたいなものを書いているのでこの本の題名が目にはいった。読んでみるとお寿司屋の様子を何時もノートに書いているのが材料になっている。最初に色々なところに投稿して、選ばれ自分の文章が載るようになり、賞金100万円をもらったことがきっかけで、大手出版社に声をかけられ本が出来た。原稿料は定価の10%で,初めてもらった時は嬉しかった。そのあと5~6冊の本を出版している。自信を得て小説を書いてみたが取り上げてもらえなかった。自分にはエッセイのほうががむいていることがわかった。2冊の本を読みわかったことは懸賞小説や雑誌に応募してトップに選ばれていることであった。
October 14, 2013
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長野県須坂にある田中本家博物館に行ってまいりました。今回は豪商の花嫁 婚礼衣装と四代当主 婚礼の再現食事会があり申し込みをして食事をしてきました。文政5年2月に行われた田中本家四代当主の婚礼記録に基づいて料理を再現したものです。驚いたのは、この山国で海の幸 鯛やヒラメの刺身 当時は貴重な玉子料理が出てきました。使用する陶磁器 色絵花鳥文20人揃え伊万里焼、江戸時代のものを使用しています。一つひとつの味付けが上品で美味しく残さずきれいに食べてきました。食事の後博物館の展示品の婚礼の打掛衣装の説明があり、すべてがいい勉強になり楽しい一日でした。江戸時代の婚礼再現食事会 Digibook ← クリック2年前ブログ フランス料理の昼食会
October 10, 2013
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藤原伊織の本を読んでいる。私にしては久しぶりに夢中になっている作家である。藤原伊織の本を最初に知人に3冊借りたが、図書館でも3冊借り,図書館にない作家の本を取り寄せてみた。これで作家の本は全冊の9冊である。驚いたことに取り寄せた2冊は本の代金は一円であった。 古本は前払いをしなければ本は買えない。クレジットを教えていれば簡単であるが、どうしてもこの制度は好きでない。新しい本を買った場合、自宅で受取人払いで本が取り寄せられることが出来、翌日届き早い。今回は、パソコンで支払方法の連絡があった。近くのセブンイレブンで支払うようにした。インターネットセブンイレブン代金収納サービス払込票を印刷して支払いに行った。支払票には払込番号のバーコードが印刷してある。支払うと、すぐに本が届いた。申し込みをしてから1週間もかからなかった。手数料や送料と本代を含んだ代金は3冊で1022円であった。古本を取り寄せるシステムは素晴らしい。ダックスフントは第9回すばる賞テロリストのパラソルは、史上初めて江戸川乱歩賞と直木賞を受賞している。テロリストのパラソル・てのひらの闇・シリウスの道はテレビ化している。作家は59歳で食道がんで亡くなった。元気でいればたくさんの本が出来ていたのではないかと思う。もっと読んでみたい作家であった。
September 21, 2013
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駒場公園内にある市のプールで泳いだ後、同じ公園内にある佐久市立近代美術館により、開館30周年記念特別展 平山郁夫ー「仏教伝来」を観てきました。沿革昭和52年(1977)、佐久市出身の故・油井一二氏が50年余にわたり蒐集した美術品が佐久市に寄贈されたことを契機に、美術館建設の声が高まりました。昭和58年(1983)5月、佐久にゆかりの多くの人々の熱意と協力により、長野県駒場公園の一角に佐久市立近代美術館が開館しました。「油井一二コレクション」は、日本画を中心に油彩画・彫刻・工芸・書など各分野にわたっています。平山郁夫の1959年の作品「仏教伝来」など、作家の初期の作品がみられることもこのコレクションの特徴です。美術館にある平山郁夫の作品すべてを展示していて、また他の美術館から借りた平山郁夫の作品も多数ありました。初期の仏伝シリーズを多く所蔵する佐久市立近代美術館の特別展は『瀬戸田・ヒロシマ』『東京美術学校・師と周辺』『美術学校と風俗画』『仏教伝来』『日本画家・平山郁夫』の五章で展示されています。美術館には平山郁夫の特別室が一階に一部屋ありますが、今回は一階から三階まで作品が展示してありました。シルクロード画家としても有名ですが、シルクロードを描く以外の作品が揃えてられています。他の美術館で平山郁夫展があると、佐久近代美術館の『仏教伝来』などよく貸し出されます。美術品の貸出料は無料で、運搬料などいろいろかかる費用は借りる側の負担になるようです。11月10日日曜日まであります。
September 15, 2013
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画廊でお会いした人から絵手紙を頂きました。画廊と美術館のブログを以前に載せましたが、画廊で出会いがありました。画廊から家に帰りお礼の手紙を送るとこの絵手紙が送られてきました。絵手紙を頂くのは初めてです。素晴らしい~~そして一言の言葉も短くても意味が深く、絵にマッチしている。はがきの表にも文章が書かれているが達筆で美し字でした。お互いに美術館が好きで、9月5日に上野にある東京都美術館で行われているルーブル美術館展を一緒に見ることになりました。お昼は美術館のレストランで食事をして、絵手紙のことを聞くと、割り箸で描いていると言う。割り箸でこのように上手に描けるとは驚きました。バランス感覚やセンスが優れていると思いました。ルーブル美術館展を鑑賞して、お話が出来た楽しい一日でした。
September 13, 2013
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藤沢伊織の本を3冊貸りる。初めて知る作家であった。「テロリストのパラソル」 この本は江戸川乱歩賞、翌年、直木賞も受賞している。「てのひらの闇」「ダナエ」3冊の本を夢中で読んでしまった。内容の組み立て方が面白い。作家は若くして亡くなった。出した本の冊数が少ない。しばらくこの作家の本を読むつもりで図書館いくと「テロリストのパラソル」の続編があった。「名残り火」である。図書館の椅子でしばらく読んでいると、家で読むよりゆっくり読める。今は「雪が降る」短編集を読んでいる。続書するのに一人の作家にこだわりり読む傾向がある。この作家の本を全部読むつもりでいる。藤原伊織 ←クリック
September 10, 2013
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2冊目のファイル本を作りました。今回は題名「船の旅 クルージング」です。2005年7月10日~17日 7泊8日 アラスカクルーズ2010年5月2日~9日 7泊8日 東カリブ海クルーズ写真帳のまとめのように作りました。日本のクルージングもありますがやはり高いです。東カリブ海のおしまいのページです。東カリブ海クルーズ帰港 五月九日セント・マーチン島から船に乗るとすぐに出航。7~9日まで海上。朝早く、フロリダの フォート・ローダーデールに帰港。午後2時30分に飛行機に乗りシアトルに夜遅く着く。翌日10日にシアトルを出て日本に帰国。船はゆっくり航行するのでゆれはあまりかんじません。時速44キロぐらいです。1ノット=1,852キロです。今回は晴天続きで、とてもよいクルージングできました。海の色がとてもきれいでした。乗船した人はお年寄りばかりでなく、若い人も多く、家族連れもいました。普通の部屋を選んだ場合の費用は、当時は7泊8日で799ドル(約8万円)です。1ドル100円として、宿泊代と食事代込ですから安いと思います。この費用に、日本からだとフロリダに来る飛行機代がかかりますが・・クルージングの良さは大きな荷物を移動させないので楽です。また盛装ディナーが2回あるので、日本では結婚式以外盛装することがないので、着飾っていくのも楽しい気分になりました。世界一周のクルージングがありますが、私たちには7泊8日がちょうどよい長さだと思いました。三人で撮った写真をまとめたものです。少しでもクルージングの様子がおわかりになっていただけたらと思っています。お読みいただきありがとうございました。まさこ(佐久市在住)写真をたくさん載せ説明を書いています。一番印象に残るのは東カリブ海クルーズのセント・マーチン島に行っって、島にあるジュリアナ国際空港の滑走路のすぐ近くに大型旅客機が真上の上空を通過するビーチがあります。セント・マーチン島 digibookです。又同じ島にヌーディストのいる地域の海辺もありました。写真は撮れませんでしたが、覗いてみました。裸で歩いている人は、パンツや水着の跡が残っていないできれいに全身が焼けていました。ここの海辺で私たちは水着に着替えましたが、波が荒く泳げませんでした。水着を着替えるところがなく、狭い洗面所で汗をかきながら着替えましたが、よく考えたらヌーディストのいる地域で着替えればよかったことに気が付きました。誰かさんはタダでヌードみれたと喜んでいました。この2冊のファイル本は終わりです。約10年の間に書いてきたものをまとめた本です。1冊目 デビュー アメリカ生活の想い出 です。
August 9, 2013
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岸恵子の "わりなき恋"を読む。岸恵子は今は80歳。10年ぶりの描きおろし小説である。70歳を目前にして日本とパリを拠点にする女性ドキュメンタリー作家と12歳年下の大企業重役との5年を超える不倫愛が題材となっている。タイトルは古今和歌集のなかにある “理屈や分別を超えて、どうしようもない恋”を意味する。以前に岸恵子の書いた本を読んだが難しくてあまり好きになれなかった。今回は夫が買ってきた本である。あまり読む気がしなかったがシアトルの娘の家に行くと時差ボケで夜中に目が覚めてしまうので持参した。興味を引く内容だったのでしっかりと読んできた。不倫小説は、性のことも含まれる。医師に相談して薬を使うが、なかなか思うようにいかない。性の描写はたんたんと書かれている。よく話したりメールをしたりして話の合う人たちである。恋をしなければ5年も続くはずがない。徹子の部屋での岸恵子の対談で、徹子さんは、先ず、“ご自分のことを書かれたのではないか”との質問に“とんでもない、いろいろな人から聞いた内容を書いただけである”と言っていたが、本を読んでいくと岸恵子さんの姿が重なってくる。フランスと日本を行ききしている、娘が一人いる、医師と結婚している。夫である医師は若いときに亡くなっているところが違うだけである。自分史として考えると岸恵子さんは意外と素直な気持ちでかけたのではないかと思った。主人公は美人でスタイルよく、徹子の部屋での岸恵子さんはとても80歳に見えない綺麗な人であった。
July 23, 2013
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東京は暑いのではと思っていたらそれほどもなかった。12日にどうしてもみたいと思っていてのびのびになっていたが13日が展示会の最終日、おもいきって東京に出てきたのである。新聞やニュースで両陛下が見にいらした安野光雅の絵を展示してある弥生画廊へ行く。場所はパソコンで調べて画廊の地図を印刷する。初めて行く美術館で、探し歩くのは大変だと思って市ヶ谷駅からタクシーに乗った。タクシーの運転手は新米で研修員であると腕章に書いてある。場所はわからないと言う。印刷しておいた地図を渡すとお礼を言いながらカーナビに打ち込んでいた。弥生画廊は2キロ以内にあった。少しは貢献した気分になった。御所に咲く花である。水彩画であるが、小さいお花など丁寧に描かれ見ていてこころ温まる絵画でる。絵葉書を買った。午後からは横浜美術館で開催されている「プーシキン美術館展」を見に行く。有名な画家の今まで見たことのない絵画が飾られていた。女帝カテリーナ2世からロマノフ王朝時代の皇帝や貴族が収集したコレクションである。見ごたえのある展示絵画である。セザンヌ「ジャンヌ・サマリーの肖像」マティスの「カラーアイリス・ミモザ」の絵葉書を買った。
July 12, 2013
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アラスカは2回目の旅行です。1回目は, アラスカクルーズでした。2005年7月10日~7月17日までの船の旅です。今回は、2013年6月1日~6月6日のアラスカの列車の旅で、公園で自然の中でのびのびと過ごしている動物たちに会ってきました。アラスカの地図を載せました。アラスカは1867年10月18日にロシアから720万ドルで条約調印され、アメリカ領土になりました。1959年アメリカ合衆国第49番目の州になる。日本の4倍、アメリカ本土の5分の1、米国最大の州です。北米大陸の20の高山のうち17までアラスカ州にある。最高峰マッキンリーは標高6194m。アラスカ全土の34% 日本の1.35倍 が国立公園及び保護地区で国定公園、野生保護地区で開発禁止区域となっています。地図にあるカナダの太平洋側あるインサイドパッセージの細長い場所はアラスカの土地で、アラスカの州都ジュノーがあります。アラスカクルーズで寄りましたが、人口は3000人、交通手段は飛行機しかありません。中央アラスカのフェアバンクの近くにデナリー公園があります。日本の四国とほぼ同じ広さです。山岳地帯で最高峰マッキンリー山が眺められますが、私たちが行った時は曇り空で見ることが出来なかった。いつも曇り日が多く、1年の3分の1しか眺めることが出来ないとのことでした。5月10から8月2日まで84日間太陽が沈まない 白夜 です。夜眠れないときにカーテンから外を眺めると地平線上はゆうやけの色で朝まで日は沈みませんでした。アラスカ列車の旅で驚いたことは、観光用に作られた列車内の窓の広さです。展望列車は初めて乗りました。外の景色が最大限に見えるように森林の中を突っ込んでいくように見えたり、遠くに見える雪山を抱いた山景色を眺めて、観光客に楽しんでもらえるようにしてあるのには感心しました。デナリ公園での観光はガイドを運転手が兼ねて、よくお話する愉快な若い男の人でした。動物を探しながら、お話しながらの運転手でしたが、高い山岳地帯ではさすがに口数は少なく慎重に運転していました。でも怖かった!!!乗客が早く動物を見つけた時はバスをバックしたりしてくれたので、写真をゆっくりと撮ることができました。今まで作った DigiBook をまとめてみました。早送りにできます。手動でページをめくることが出来るようになっていますので、1ページづつ、右側の三角形のものをクリックしてください。アラスカ鉄道と氷河展望列車デナリ公園水上軽飛行機
June 30, 2013
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6月6日 今までの中で一番良いお天気でした。予定としてはアンカレッジの街中を観光する予定でしたが、前日のデナリ公園観光でマッキンリー山が曇っていて見えなかったので、高いところに上がれば見えるのではと、水上飛行機に乗ることになりました。3時間の飛行もあり、マッキンリー山の近くまで行くのもありましたが、3時間も小さい飛行機に乗るのは怖いので、短い時間の30分しました。30分でよかったと思いました。遠くからでもマッキンリー山はみえました。やっと思いを果たせたと思いました。帰りの飛行機は夜遅く、アンカレッジからシアトルへ夜中に着きました。楽しいアラスカ観光旅行でした。水上軽飛行機 ←クリック DigiBookをご覧ください。
June 23, 2013
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6月4日デナリ公園の一日観光です。ランチボックスつきです。朝7時に出て50人乗りのバスに乗りました。座席が狭いです。北アメリカの最高峰マッキンリー山6094メートルよく見えるところまで行き、そこからまた同じ道を帰る一本道の山岳地帯を走ります。公園に住んでいる動物たちが過ごしやすくできていて、人間はあくまでも脇役です。トイレ休憩2回以外はバスから外は一歩も出られません。餌もあげることもできません。お天気が悪くマッキンリー山は見ることが出来ませんでした。曇り空でしたが、動物は見ることが出来、BEAR , DALL SHEEP , MOOSE , CARIBOU を見ることができました。うさぎもいたらしいのですが、私は見ることが出来なかったので、バスについている備え付きの場面でみました。バスの運転手はガイドをしながらの運転しているので、動物を乗客が早く見つけた場合、停まったり、バックしたりして、ゆっくりと写真を撮る時間をくれました。何もない山岳地帯を運転しているときは、崖っぷちでは石が転がって崩れていました。ここで落ちたら助からないでしょう。怖かったです。 デナリ公園 ←クリック Digibook をご覧ください。
June 22, 2013
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6月3日 アンカレッジから展望列車に乗る。天井まで窓がある。外の景色を最大限に見えるようにできている。こんな列車は初めてある。昨日の列車にも驚いたが、列車同士がすれ違う場所はあるが、線路は単線である。スピードは速く感じない。ゆっくりと外の景色を見せている。アラスカの観光期間は短い。5月から9月までアラスカクルーズはこの期間に入る。有名なオーロラは白夜のため見ることが出来ない。日本人はオーロラ観光が好きで、こちらの観光は少ない。私たちだけであった。展望列車には一階に食堂車もあり、予約していると時間になると席に案内してくれる。森林の中、渓谷の見える外を眺めながらの食事も楽しい。樹の種類が少なく、クリスマスツリーに使う三角形のかたちをしている樹で、シカト・スプルースという。州木でアラスカひのきのことである。あと細い白樺の樹があるのみであった。大きな樹はない。気温が低いので育たない。駅も二駅停まっただけで降りる人もいた。ハイキングをする人、釣りを楽しむ人たちだと思う。デナリ駅に着くと泊まるロッジまで行くバスが待っていた。グランドデナリロッジに3時45分に着いた。展望列車 ←クリック Digibookをご覧ください。
June 21, 2013
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6月1日アンカレッジのシェラトンホテルに泊まるが、なかなか眠れない。外は暗くならない。白夜であった。本を読んだりしながら少し眠る。6月2日6時に朝食、バイキングスタイルだが、簡単なブレックファストを注文する。タクシーに乗りアンカレッジ駅に行く。駅らしくない建物である。駅の前の広場に Historic train display があった。旅行者は記念に写真を撮っていた。アンカレッジ駅の象徴である。アンカレッジAnchorage から列車に乗り Whittier へ。列車に乗ると窓の大きいのに驚く、外の景色が良く見えて素晴らしい。12時15分発の 船に乗る。お昼付き5時間の氷河観光であった。アラスカ鉄道と氷河観光 ← クリック Digibookをご覧ください。
June 20, 2013
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6月1日~6月6日までアラスカの列車の旅、氷河観光、デナリ公園観光に行って参りました。アラスカは以前にアラスカクルーズで船の旅をしましたが、今度は列車の旅です。アラスカクルーズは船が大きくて氷河の近くまで行くことが出来ず、今回の氷河観光は近くで見ることができました。デナリ公園は日本の四国ほど大きい公園で、バスで観光しましたが景色の雄大さには驚きました。今回はシアトルにいる娘が、喜寿のお父さんのお祝い、母の日、父の日をまとめたお祝いですべて費用は出して私たちを祝ってくれました。旅行会社の企画に参加して、日本語ツアーではなく氷河観光やデナリー公園のバスガイドはすべて英語で娘が通訳をしてくれましたので、楽しい観光ができました。アラスカ氷河観光デナリー国立公園日程6月1日 飛行機でシアトルからアンカレッジへ。 シェラトンホテルで泊まる。6月2日 日帰り観光 アンカレッジからウィターへ船に乗る。氷河観光。 シェラトンホテル2泊目6月3日 アンカレッジから展望列車でデナリ公園まで。グランドデナリロッジに泊まる6月4日 一日デナリー公園ツアー グランドデナリロッジ2泊目6月5日 デナリー公園からアンカレッジへバスで帰る。 シェラトンホテル3泊目6月6日 水上軽飛行機で30分の観光。 初めての晴天で、北アメリカ最高峰マッキンリー6194メートルを見ることができた。 アンカレッジからシアトルへ夜遅く着いた。以前にブログに載せたアラスカクルーズにアラスカのことが説明してあります。アラスカクルーズ1日目写真をたくさん撮ったので整理しているところです。
June 19, 2013
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iPhoneからiPad miniに替えました。iPhoneを買った時はdocomoの携帯を持っていたが、iPhoneを使いなれたらdocomoの携帯をやめるつもりでいたのですが、使い慣れたものにはかないません。iPhoneからは電話はどこにもかけず、ニュースを見るぐらいで終り、キーボードも打ちにくく指が太いので間違えることが多くて、あまりiPhoneからのメールもしませんでした。iPadが発売されたときは、知らなかったのですが、知り合いが発売当時のものを買って、パソコンよりも便利だと聞いて興味を持ちソフトバンクのお店に行き購入してみました。使い方を何回かお店に行き習い、電話でも教えてもらえるので、電話を掛けると、本当に丁寧に教えてもらえました。教えてもらった人は若い男の人でしたが、「僕はまだiPad miniを持っていない」と聞きて驚きました。iPad miniは、前のipadのより軽い事、電話は出来ないが、Docomoの携帯があるので問題はない。メールの打ち込みがやりやすい。画面のページ数が2枚から4枚になり、たくさん載せることが出来る。もちろんブックマークつくればいくらでもお気に入りがはいる。早速、メールもやりとりをして、パソコンを開かなくてもすぐに見ることが出来る。遠くへ出かけた時は持ち歩き、簡単にメールが相手の携帯にも送ることが出来る。写真は私がいろいろ入れたもので、わかり易く整理したものです。画面の薔薇の花は、シアトルに住む娘の家の近くで咲いていたものです。シアトルのサウスウエストの住宅地で、道路に面したところには少し庭がありフロントヤードといいます。色々な花が植えられているところもあり散歩しているときに撮ったものです。各家には自動車の車庫もありますが、フロントヤードを駐車場にしているところがもあり、また道路の片側にも駐車出来ます。各家の裏側には広い庭がありバックヤードと言いますが、お客を呼んだ時は、外でバーベキューをしたりします。芝生にしているところが多いです。上の写真の画面は 1ページは最初から入っていた機能で消すことが出来ない。 2ページはお気に入りのブログ中心でニュースがすぐに見ることが出来るようにしています。 3ページ目は、お気に入りのフリーセルのゲームや、ゆっくり読みたいものなど入れています。iPad mini は楽しいです。
June 14, 2013
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私のホームページの表紙です。ホームページを作るまでをエッセイにまとめました。パソコンを習う60歳のときに、5年間アメリカで過ごした体験を文章にして残したいと思い、今まで悪筆で書くことが苦手であるのでパソコンならでは少しは文章が書けるのではと思った。夫に、私もパソコンがほしいと言うと、家に2台のパソコンはいらないと否定された。そして、今あるパソコンで最初に字を打ち込む練習をしたほうがいいと言うので、夫のパソコンで字の打ち込みの練習をしたが、それだけでは面白くないので、他のものを見ていたら、「おれのいないときにパソコンをいじりまわすな、壊れる」と怒られた。それからパソコンに触れることは怖くてできなかった。そのあとパソコンをほしい気持ちを持ち続けながら65歳まで歳月は過ぎていった。65歳から私名義の年金がはいったので、数か月貯めて、夫に相談せず、娘がアメリカから一時帰国したときに、パソコンを習うために機種を選んでもらい、小さいノートパソコンを買って立ち上げてもらった。娘が帰ったあと、ノートパソコンを持ってパソコンスクールへ習いに行った。先生は40歳後半の中年の男の人で一人で教えていた。私は、ホームページを作りたいので学びたいと言うと、先生は「あなたはおいくつですか」と最初に聞かれたことをよく覚えている。先生は、私が既にパソコンができる人だと思ったらしく、すぐにパソコンを開け難しい言葉を並べるので驚いた。何も知らないことを言うと、基礎のワードから習うことになった。当時、ほかに生徒がいなかったので、運よく個人指導であった。毎日午前中、2時間授業を受けた。そして、休まずに通い習ったものを家で何度も復習をした。しっかりと覚えないと先に進めないのだ。その時につくづく思ったことは、予習ができないことであった。未知の世界は教科書を読んでみても意味がまったく理解できなかった。ワードの授業が終わり、エクセルの基礎を習う段階になった時に、これは後回しにして早くホームページを作りたいとお願いした。教科書はホームページビルダーという本を使った。授業料も高くなった。上級クラスであることは後で知った。パソコンスクールでホームページの授業を勉強しながら、家では宿題と一緒に私の個人のホームページを並行して作っていった。午前中はパソコンを習い、午後はプールで泳ぎ、夜は遅くまで復習をした。教科書は 1. Microsoft Word 2002 2. ホームページビルダー7基礎編 3. ホームページビルダー7応用編 データーのCD_ROM付きの3冊の本で学んだ。難しかった。私のような年寄りに教えるのは先生も大変だったと思う。運よく私が習う時間帯には誰もいなく、わからないことは何回も聞くことができた。「呑み込みが悪くて、すみません」と言うと、理解力があるほうだと言われた。夫婦仲は最悪だった。夫に相談せずにパソコンを買ってから、ますます会話がなくなった。会話がなくても今は夢中になるものがあるので、気にはならなかった。ある日、私の自動車の車検の日は歩いて行かなくてはと思っていたら、「今日はパソコンスクールまで送ってあげる」と夫が言ってくれた。このときは許してもらえたと思いホットした。教科書で習いながら並行して作っていった私のホームページも、少しずつ出来上がってきた。パソコンスクールへは、毎日休まずに約4カ月通い、約100時間で私の大まかなホームページはできた。授業料も結構高かったが、惜しいとは思わなかった。私のホームページの内容は、一 アメリカ生活の想い出 5年間過ごした時のこと。二 趣味 アメリカで習ったステンドグラスで作った作品集三 美術館 日本にあるステンドグラスのある建物を探し出かけて写真をとる。四 旅行 海外へ行った旅と考えていた。ページ数はまだ五枚しかなかった。当時、信濃毎日新聞社で「ホームページ大賞」の参加作品を募集していた。もっと内容を充実させ1年後に応募することにした。アメリカ生活の想い出の文章は大体の構想を考えていた。それからステンドグラスの窓がある建物を探しまわると、美術館や駅の構内の窓、教会の窓などにあり写真を撮りに行った。そして、ホームページを開けた人が見に行けるように、美術館、駅の名前、教会の住所も記載し、それぞれのホームページがあればリンクできるようにもした。ページ数がだんだん増えていった。ホームページビルダーを使うと簡単である。ページ数が多くなると、ページの最後に、次に、戻る、トップ の記載が多くなり細かいことだが根気よく載せていった。同じことをくり返す操作のデザインは一つに決めて載せたほうがきれいである。趣味や美術館などは早くに作り、アメリカ生活の想い出は、インターネットに公開してから書き綴った。姉、妹、弟、友達に読んでもらうように知らせた。想い出の文章を書き終わっときは、想い出だけで18枚のページ数になっていた。信濃毎日新聞社のホームページ大賞に応募した。参加作品の全383作品中で、40作品がノミネートになる。驚いたことに、私の作品が選ばれたのである。ノミネート作品は、新聞の読者が読み投票してもらい、投票数が多かった人はプリンターを賞品としてもらえることになっていた。ホームページ大賞は投票数にはかかわりなく審査され選ばれた。新聞にはノミネートされた作品が記載され私の作品の表紙が載っていた。年齢は若い人が多く、私が67歳で一番としうえだった。新聞社からノミネートに選ばれた通知が早めに来ていた。もちろん、夫に伝えると驚いて、友人や、知り合いに、私のホームページがノミネートされ公開しているので投票をするように頼んでいた。投票数は40人中20番目であった。ノミネートされてから、旅行のページに紀行文や写真をたくさん載せて更新していった。そのために読むのを楽しみにしている読者がいたようだった。投票をしてもらいコメントを書いて貰ったのもうれしかった。65歳でパソコンを買いホームページを初めて作り、ホームページ大賞の作品でノミネートされるとは思いもよらなかったが、一生懸命作ったことに良い評価をもらえたことは嬉しかったし楽しい時間を過ごすことができた。信濃毎日新聞社のホームページ大賞は2009年に中止になった。 おわり おわりまで読んでいただきありがとうございました。しばらくブログはお休みします。
April 30, 2013
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映画が公開された日に見に行く。朝1番で見るが観客は少ない。制作期間12年、スティーブン・スピルバーグ監督の映画である。彼の夢が人類を自由にしたアメリカ史上”もっとも偉大な大統領”として知られる、エブラハムリンカーン。その大きな栄光と裏腹に、彼の大統領としての職務は苦なんの内に始まる。奴隷制の存続を訴える南部の州が合衆国を脱退し、南北戦争が始まる。「すべての人間が自由であるべき」と信じるリンカーンは、〈人間の尊厳〉と〈戦争の終結〉のはざまに立たされる。自分の理想のために失われていく若いの命。2013.5.3 信毎新聞の記事1865年1月、米下下院議会、奴隷制度を廃止する合衆国憲法法案の採決が下される「賛成119表、反対56票」大歓声に包まれる。憲法修正は3分2以上の賛成が要る。「自由を母胎として、すべての人間は平等である」この信念が奴隷解放宣言を生み、憲法の修正で法的に裏付けられた。リンカーンは採決から3か月後4月14日に凶弾に倒れた。憲法は年末までに4分の3以上の州議会が承認、発行した。ロシアの文豪トルストイはリンカーンを「地球本体のように広くて大きい人道主義者」「数世紀後の世代は我々以上彼を評価するだろ」とたたえる。 壮大なロケーション 戦争の残酷さ 制作期間12年。作る費用もかかったと思う。リンカーンに息子がいて一人の息子がもうすでに亡くなっている。自分の息子が戦争にいく志願を母親が父親のリンカーンにも行かせないように頼む。戦争を早く終わらせたい気持ちが強い。息子のことも苦悩している姿がある。議会では法律を変えなくては戦争は終わらない。奴隷維持派3分の1以上多いため奴隷解放の法案が通るように、一人ひとり、リンカーンが説得していく。説得していくリンカーンの話しや大統領として演説が素晴らしい。リンカーンの言葉はいつまでも新鮮で心に響く。いい映画だった。
April 23, 2013
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平尾山守芳院の久しぶりに写経に行く。写真の右側の樹が佐久市景観重要樹木第一号に平成24年9月3日に指定されていた。弾正の杉 老木である。樹齢400年余り、樹高30メートル周囲10メートル他にも老杉が茂っている。境内には私の好きなカタクリの花があちこちに咲いていた。
April 16, 2013
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私のホームページ「Welcome to まさこの窓」の中にある改訂版アメリカ生活の想い出をファイルで本のようにまとめました。以前に本を作るつもりでいましたが、カラー写真付きの本はお値段が高く作ることをやめました。パソコンを持っている人は興味があれば見てもらえますが、パソコンのない人にも読んでもらいたいと、 花桃果喫茶店 に雑誌と一緒に置いていただくことになりました。どれだけの人が手にとってもらえるかわかりませんが、初めての試みです。文章はホームページと同じですが、新しい写真を加えて内容をわかり易くしました。目次第一章 アメリカ転勤辞令 特訓 自動車の運転練習 単身赴任の留守家族 アメリカ合衆国 カルフォルニアについて第二章 わくわく どきどき びくびく 住んでいたアパート スーパーマーケット 観光地 バルボア アイランド カルフォルニアの自動車免許取得第三章 シニアセンターへ行く クラブ活動 教会のキルト展 初めてのご招待第四章 初めましてエレン オクサンコンニチハ ピカピカのシンガーミシン ボートパレード Who are you ? ベビーシャワー ラスベガスへ行く第五章 ハリエット先生 バグパイプ音楽隊 我が家にご招待する アパートのコインランドリー室で第六章 オレンジカウンティー(Orange County) パシフィック コースト ハイウエイ ファッションアイランド ラグナビーチ ローズパレード 早朝の魚市場 日帰り観光第七章 アダルト スクールで英語を学ぶ アダルト スクールで知り合った人々 カレッジのESLで英語を学ぶ第八章 リトル東京 ヤオハン アメリカの医療について アメリカで暮らして学んだこと第六章のローズパレードは写真がみつかり一緒に載せてみました。 作ったアメリカ生活の想い出のファイルです。アメリカ生活の想い出 私(まさこ)は、夫(ゆうさん)の転勤で、49歳から53歳の間、 アメリカ カルフォルニア州にあるニューポートビーチで過ごして、 楽しかった想い出を記録に残したく、色々と綴ってまいりました。このファイル本を買ってくださった人もいます。
April 9, 2013
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3月30日 上野恩賜公園へ行く。桜の花が満開でお花見の人でにぎわっていた。お花見のdigibookをいくつも作っているが、やはり満開の桜の花の写真を撮ると作りたくなる。お花見と美術館 ←クリック東京都美術館と国立西洋美術館で エル・グレコ展とラファエル展を見て、東京の大田区にある龍子記念館も見て回った。記念館はNHKの日曜美術館で説明があり興味を持ち寄ってみた。小さい美術館であるが、大きい作品があり、源義経が蒙古に行ったのではないかとの らくだと一緒に描かれている作品が面白かった。川端龍子記念館日曜美術館 川端龍子昨年の上野恩賜公園の桜小諸懐古園の桜 今年はまだ咲いていない。
April 2, 2013
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3月20日春分の日富士山の麓にあるお墓詣りする。自動車で往復、日帰りである。高速道路を下りる時に、富士山に変わった雲がかかっていたので、急いで自動車の中から写真を撮った。この1枚がどうにかよく撮れていた。家に帰りパソコンで調べると笠雲であることがわかる。そしていろいろ説明が書いてある。富士山の笠雲 ←クリク以前のブログに、我が家の庭から変わった雲が見えたので急いで携帯で撮ったのは、後からわかったがレンズ雲であった。レンズ雲 2010.1.22 ←クリック
March 26, 2013
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パソコンで水彩画を描くソフトを入れ、色々試しています。毎回火曜日に下手な絵をかいていますが、このような製図もできるとは思いませんでした。正確ではありませんが、アメリカで5年間暮らしていたアパートの間取りを書いてみました。間取りの説明はHPを作った中に書いています。住んでいたアパート ご覧ください。大きな鏡に外の景色が写っています。狭い部屋ですが部屋を広く見せています。アメリカに住み、昼間は一人でいることが多く、最初は読書が好きなので大岡荘平の「徳川家康」の長編小説を読みました。慣れてきてからはアパートから歩いていける バルボア・アイランド の観光街の中にある手芸店で教えてもらってニードルポイントの作品を作りました。細かい手芸なので仕上がるまで時間がかかり、暇つぶしに役に立ちました。クラブ活動また ステンドグラスの作品もここの部屋で作りました。 ランプは娘の家にあります。 ベランダに出るドアの片側のガラス窓に下げています。
March 19, 2013
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東京家族を見てきました。昔の「東京物語」をモチーフ今の家族にした山田洋次監督の81本目。監督50周年記念作品です。「男はつらいよ」の映画は殆ど見ていますが、相変わらず見終わったあとの ほのぼのとした家族の暖かさや せつなさがにじみ出てとてもよい映画でした。俳優は、実力派キャストで、平山周吉の妻とみこを吉行和子が演じるが、68歳ですが、あまりも老けた感じで、改めてこのように見えるのかとわが身と比べてしまったのでした。昔の映画「東京物語」女優原節子が演じる次男の恋人役は女優が一躍有名になったものです。以前の私の書いたブログに原節子のことを少し書いているので読んでみてください。 本をよむ 原節子
March 12, 2013
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昨年5月20日に撮ったジャカランダの樹です。この樹を初めて見たのは1987年4月に、アメリカ カルフォルニアのロスアンゼルス空港から、5年間過ごす、ニューポートビーチにあるアパートへ向かう途中でした。広い高速道路沿いに、紫の花をいっぱいつけた一本の大きな樹を目にして珍しい色の花が咲いていると思ったのでした。滞在中の5年間、同じ時期に咲くので写真を撮りたいと思っていましたがとりそこねていました。やっと念願がかなって写真を撮ることが出来ました。ポツン、ポツンと一本があるだけだと思ったらたくさん咲いている所をカルフォルニアニ住んでいる人に案内してもらって感激しました。ところがもっとたくさん咲いている国があるのには驚きました。南アフリカでジャカランダの並木。ジャカランダの花行ってみたぁ~い。パソコンで描く水彩画我が家から見える東側の日の出前の景色です。勉強中です。
March 5, 2013
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ブログ続けることは大変なことです。最近は毎週火曜日に書いています。週刊ブログです。コメントはやめました。今までコメントしてくださった方に申し訳なく思っています。私のブログは、大体決まっています。美術館見学、映画鑑賞、自分の作品(今は水彩画)、読書記録、時々エッセイも書きたいと思います。 今はステンドグラスで作品は作っていませんが、以前、私のオリジナルなデザインのお雛様をつくったら好評でした。小さい作品です。いつも玄関の靴箱の上に飾るとひな祭りが近づいていたことを感じます。今はあられや菱餅のお菓子も飾っています。いつもここは色々なものを飾り楽しんでいます。夫の収集品もあります。あちこちの海岸で集めた石です。石には集めた海岸の名前が書いてあります。最初は私の作品やその他気に入ったものを並べていましたが、いつの間にか石が並んでいました。外国の石もあります。夫の収集は石と観光地で買った名前の入ったカップです。安上がりの趣味です。お雛様を水彩画で描きました。綿密に描いていませんが雰囲気は出したつもりです。
February 26, 2013
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「大往生したけりゃ医療にかかわるな」自然死のすすめ 中村仁一死ぬのは「がん」にかぎる。ただし、治療せずに現役医師が提言、「死」が怖くなくなる老い方 読み応えのある本であった。耳鳴りがひどくなり、人の話が聞き取りにくくなったのでいつも通っている耳鼻咽喉科の医院にいくと、先ず聴力の検査などした。医師は、「たしかに聞こえは悪くなっている80歳台の聴力である」と言う。「耳鳴りのほうは内部は特に問題となるところがなく、歳のせいではないか」いわれた。「いつも歳のせいといわれるがしょうがないことですか」と尋ねると、医師は「病気と老いは違う、病気は治す薬があるが、老いは自然現象であるのでしょうがない」と言って、医師が読んで参考になればとこの本をくださった。人間は必ず死ぬ生き物でありいつかは老いていくのは仕方がないことのであるとかいてある。作家の中村先生は老人ホームの診療所長をして苦しまずに自然に亡くなっていく人を見てきた。表紙の裏に書いてある文章は、3人に1人はがんで死ぬと言われる、医師の手にかかわらず死ねる人はごくわずか。中でもがんは治療をしなければ痛まないのに医師や家族に治療を勧められ、拷問の様な苦しみを味わった挙句、やっと息を引き取れるのが大半だ。現役医師である著者の持論は、「死ぬのはがんに限る」。実際に最後まで点滴注射も吸入もいっさいしない数百例の「自然死」を見届けてきた。なぜ子孫を残す役目を終えたら、「がん死」がおすすめなのか。自分の死に時を自分で決めることを提案した、画期的な書。とかいてある。読んでみると 子孫を残す役目を終えた年齢 という文章がよく出てくる。ちょっと気になった。次の本 新島八重の維新 は今NHKの大河ドラマでしている実在の人物であり興味があった。近代の扉を開いた女性の生きざまが書いてあり、自分自身の意志をしっかりと持ち実行して世の中に尽くしてきた女性がいたこを誇りに思う。椿です。水彩画の作品を下手ですが少しづつ載せていくつもりです。これも何度でも書き直せます。
February 19, 2013
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あるブログを読み、パソコンで水彩がを描いていることが書かれていたので、以前から簡単なスケッチを書き水彩画を描きたいと思っていたため、早速 水彩8 のソフトを取り寄せ、パソコンに入れてマニュアルを読んで見たが、私の頭に理解しににく、詳しく書いてある本も取り寄せてみた。やはり丁寧に書いてあり、機能を理解していればできあがるものだと思ったが、そんなに簡単なものではない。本に書いてある課題を描いていて、よくこのようなことを考えたことに感心する。電彩アート主宰 山田みち子 を覗くといろいろ書いてある。先ず手始めに二つほど描いてみた。作品はまだ完成品ではない。名前を付けて保管し、何度でも付け加えたりして描くことが出来る。まだまだ奥が深い。ある程度数をこなさなければわからないことがあるとおもう。新しいものに挑戦することは億劫でもあるが、いつも話す話題の内容がが同じことばかりでは面白くない。しばらくは新しい作品を描き没頭できるようにしたい。
February 12, 2013
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