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認可保育園の可否が発表される時期ですね 去年の今頃は、アキちゃんの結果にドキドキしていたのが、つい先日のことのようです で、今年は同じ時期にセイくんの学童の結果が… 大丈夫だろうと思ってはいたものの、必ずしもOKとは限らないわけでちょっとドキドキしながら、お昼過ぎにポストをのぞいたら分厚い封書が区役所から。 急いで開けてみたら、「承認通知」でした よかった! ホッと一安心 だけどその書類に目を通したところで問題がひとつ 3/7に説明会があるので、参加してください という記述を発見 3/7は職場のイベントがあって、わたしは幹事のひとり 他の幹事メンバーに 急に欠席になる可能性があるし、行けたとしてもチビのお守りで役に立たないと思うから と言って、準備に奔走していたわけですが、本格的に行けなさそうです。 セイくんは旦那に連れて行ってもらって、わたしとアキちゃんは夜の食事だけ参加かなぁ~ さて 先日は小学校の保護者会があって、いろいろ必要なものの説明があったわけですが。 学童で独自に必要になるものもあるわけで、これからひと月くらいは週末は買い物三昧になりそうです
2015.02.21
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年に2度ある保護者会のうちの、2回目 午後半休で午前中に仕事を終わらせて、ラゾーナでランチをしてから保育園へ 本当は旦那もいっしょにランチのはずが、午前中の仕事でトラブルに見舞われたそうで置いていくことに… まぁそれ以前に、午後半休を取るために朝は定時に出勤する必要があって、そもそもかなぁ~りピンチだったわけですけど (^^ゞ 保護者会は3歳児クラスの教室で始まりました。3歳児はホールでお昼寝をしているので、教室が空いているのです。 最初は、先生方から 進級に向けての説明 日頃のこどもたちの様子の紹介 などを伺ってから、保護者同士の懇談の時間 先生から 自由に懇談ください と言われて、しぃ~~んとしてしまいましたが、最終的には 何時頃に寝かせてますか? 家事はどんな時間にしてますか? 歯磨きはどうしてる? なんて話で、けっこう盛り上がりました。 セイくんのお友達ママさんのお話をみんなで伺った感じだったかな こどもを寝かしつけがてらいっしょに21:00には就寝 3:00に起きて家事やら自分のこまごまとしたことをこなしてる と聞いて、みんなで やっぱり朝活かぁ~ とため息をつきました (^^ゞ そのあとに、来年の運営委員の選出 セイくんのクラスでは、 事前に○ちゃんのママと□くんのママから、やりますよと申し出がありました と先生から言われることが多くて、その場が固まるケースは皆無だったのですが、アキちゃんのクラスは無言になってしまいました。 さすがにセイくんの1年生の間は身軽に動けるようにしておきたくて、「今年は許して!」な気持ちでいたら、セイくんのお友達ママさんが 誰もいないなら、じゃあわたしがやります と言ってくれたのでした。でも、その場での選出はひとりだけ。 後にやっぱり「やっぱり2人立てていただきたい」と園からのお願いがあったとのことで、終了後のmail連絡でもう一人立候補してくれていました。 クラスによって全然違うんだなぁ~としみじみ感じた時間でした。 クラスによる違いというと… セイくんのクラスでは、保護者の懇談だって先生からどうぞと言われると あのぉ~ と、誰かが手を上げ こんなことで実は困っているんだけど、みなさんどうしていらっしゃるの? と言う声が上がるのです。 ボスママみたいな人がいるわけでもなく、その場その場でいろんな人が遠慮せずに声を上げられる雰囲気、改めていいなぁ~と、改めて思ったのでした。セイくんのお友達ママたちに感謝です。 その後はお昼寝から目覚めたこども達に合流するべく2歳児部屋に移動し、いっしょにおやつを食べました。保護者会開始直前に滑り込んできた旦那も一緒。 アキちゃんはというと、いきなり大量の大人がお部屋に入っていたのを見てびっくりしたようで、ずっと上目使いで表情が固まり警戒感たっぷり! しばらく時間が経つと落ち着いてきたようで、だんだんと動くようになり、さらに時間が経っておやつのおにぎりを食べるようになり、さらにしばらくしてから声が出るようになりました。 アキちゃんって、やっぱり内弁慶なんですねぇ~ (^^ゞ おやつの後は、親子で制作と称してスタンプ遊びをしてから終了 --> 解散となりました。 いやぁ~、あきちゃんの固まりっぷりに旦那と二人で大笑いでした
2015.02.17
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小学校からのお知らせだと「保護者会」でしたが、どちらかというと「説明会」です 午後半休になるため朝は大慌てで保育園に預けて定時出勤です ま、基本は毎日この時間に間に合っていなくちゃならないんですけどね… お昼はラゾーナでランチして、いったん自宅に戻って荷物を入れ替えて小学校まで行きました。 会場は体育館 入り口で出欠を確認し、就学前健康診断の際に配布されていた「調査票」と「食物アレルギー票」を提出して中へ 用意されていたパイプ椅子は120くらい だいたいそれくらいの児童数になるんでしょうね 今日の進行は女性の副校長先生 最初に校長先生からのお話があったあとに、現時点で1年生の担任の先生からいろんな説明がありました 学校での生活について お金のお話 <-- 給食費や教材費はゆうちょ銀行で引き落としになるので、手続きが必要 持ち物について 防犯関係で気を付けることについて 保健関係のお話 だいたい1時間半のお話でした 何人かの先生がお話の最後に 入学、お待ちしております とおっしゃっていたのが印象的でした これは、セイくんにも話さなくちゃいけませんね 持ち物は事前に少しずつそろえていて、 最初のノートは学校で配布されるから買わなくていいよ 袋物とか、100均で手に入るものでOK とか情報を仕入れていて あぁ、防犯ブザーって買わなくちゃいけないかな まだ文房具に不足があるよな… なんて考えたりしていたのですが、 防犯ブザーは入学式の後に区から配布されます 下敷きは無地のものにしてください なんて話があり、 あぁ~、買ってなくてよかった! というものもありました 不足のものもこの説明会で明確になりました! そろそろ、入学に向けてセイくんといっしょにチェックリストを作って買物を進めなくちゃ! 体操服や赤白帽なども必要だし、袋物もいろいろ必要そうです お話が終わった後に、個別に先生に 実は、調査票にも書かせていただいたのですが、保育園から就学支援シートを出していただくことになっています ついては、シートが学校に届いてからでよいのですが、事前に面談をお願いしたい という申し入れをしました。 副校長先生が対応してくださり、その場で大まかな状況などの説明をして できれば、担任やクラス構成などの際にご配慮いただけたらと思いまして という話をしました。 時期が来たところで学校から連絡を頂けることになりました 支援シートの打ち合わせを、保育園と来週に行うことになっているので、そのあとにしばらくしてから連絡がなければ、こちらから学校に連絡をしてみなくちゃですね 「寂しくなるから卒園したくない」と言い出したりするセイくんが、楽しく学校に通えるようにできる手は打っておこうと思うようこの頃です。
2015.02.16
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6月末の追突事故の示談が終わりました いやぁ~、なんだかんだと手間も時間もかかってしまいました。 もともと、こんなにもめる必要もない事故だったはずなのに、どうしてここまでかかったかと言うと、 相手の保険会社の対応の悪さ この一言に尽きます! 1/8の記事にもいろいろ書きましたが、最後の最後は実母の補償金額の折り合いが難しく こちらとしては金額ではなくてもよいので、誠意を見せてほしい という気持ちでいても 腹の立つ先方担当者は、声を聞くのも顔を見るのもイヤ では、金額で折り合いをつけるしかなく。 でも金額面では弁護士の先生が目いっぱいを引き出してくれている現状では、それ以上はいかんともしがたいと難しい状況に落ちってしまいました 結局、 こういう被害者への対応は、御社にとっては普通のことなのか? 再発防止を考えて欲しい などの申し入れをしてもらうことでcloseにしようかと実母とは会話したのですが、こちらの保険会社担当者の 一般的には保険会社は被害者・加害者の中間の立場で調整をするものです ところがあちらの会社はそうではなく、あれが普通だと思っているからこそこういう対応なんですよ 万が一、また事故にあってしまい先方の契約保険会社担当者が今回と同じ場合、相談窓口に連絡して 担当者の変更を申し入れたりということは可能だと思いますよ だからと言って、必ず変えてくれるとは限りませんが… そういう会社なんですよ などのお話を受け こちらの担当者が、これだけのことをして、話してくれるんだから… それには従った方が良い と言う判断で、こちらとしては気持ちに楔を打って示談に応じるという結果になりました お金もそれぞれ口座に振り込まれ、なんとか一件落着 あ、事後のオチとして実母が実費で支払ったものの領収書を送ってくれと言われて先方保険会社に郵送したら 調べてみましたが、該当する案件がありません と言って、我が家に送り返されていたという不思議な事態が発生しました こちらの保険会社担当者に手渡して処理していただくという手順になりましたが、いったい何がどうなっているのやら… そういえば、示談に入る前に事故の相手の方から いろいろご迷惑をかけているので、お見舞金を送りたいから住所を教えてほしい と電話を受けたことがありました。 「金で解決しましょう」だとか、「金さえ払えばいいでしょ」的な空気を感じて そういうことは示談交渉の中でと言うことにしませんか? と答えたのですが、どうするんでしょうね? 別にお金が欲しいわけではないので、スルーでけっこうなのですが、なんだか気持ちがモヤモヤします 追突事故の被害は、防ぎようがないかもしれませんが、みなさん事故には気を付けて~ 特に相手が通販系の保険会社だったら要注意ですよ~ 「顧客満足度●%」と言っていますが顧客=契約者であって、こちらが被害者の場合は加害者の立場に立って交渉してくるようですから…
2015.02.13
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法事の食事が終わった後は、母方の祖父の暮らす施設へ行ってきました すっかり認知症でなにもわからなくなってしまっている祖父 1年ちょっとぶりの再会でした ちょうど食事前の時間帯になってしまい、ゆっくりはできませんでしたが、母や叔父といっしょにちょっと話をすることができました。 といっても、すっかりフェアリーと化している祖父。 まともな会話ではなく、視線はかつて自分が記事を書いていた新聞を追い、時々我々に目を向けては おぉ、そうですか そげぇ~かねぇ などというやり取り。 叔父が おとうさん、わかる? ひ孫よ とアキちゃんとセイくんを指すと ほぉ~、誰の? という感じ 学生時代に居候していたためか、従妹が来たときにはわたしの名を呼んでいたそうな それだけ存在を近くに感じてくれているんでしょうね たぶん、学生時代に居候していたこともあって、孫と言うよりも娘に近い感覚なのかもしれません。 でも、わたしを目の前にしても名前を呼んでくれるわけでもなく、誰だかわからない様子なのがとっても残念… しかも、覚えていないんだろうなぁ~ その「覚えてない」ということを、セイくんはしっかり覚えていたようです 1年ちょっと前に会った話をしたら あぁ、あの忘れっぽいおじいちゃんね だから、僕の歳を3回も聞いてくるんだよね と。 認知症の症状を「忘れっぽい」というのも、いいですね わたしが生まれた時にはまだ40代で、バリバリの新聞記者だった祖父。 リタイアしてからもよく新聞も読んでいて、とっても物知りで活動的だったことを思うと、いまの祖父の姿は切ないです。 でも、施設のみなさんのお世話でこざっぱりとした様子で笑顔も穏やかな様子から、落ち着いて暮らせているんだろうなと推測しています。 元気なおじいちゃんに、また会えますようにと思い またね! と言って、帰ってきました
2015.02.07
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そう、もう6年が経ってしまいました 命日は21日ですが、関東から福岡に移動して菩提寺での法事となることもあってこの日となりました。 なので、前日福岡入りしてレンタカーを借り出して宿も2泊確保して…とバタバタ しかもなにやらコンサートがあるとかで、街中のホテルも確保できず、郊外の元国民宿舎とか民宿をやっと母が確保したのでした。 前日から宿泊していたのは、地元にある元国民宿舎 初めて行ったのですが、温泉と地元野菜を使ったビュッフェが人気なようで、レストランもお風呂もお客さんがたくさん 我々も到着してからささっとお風呂に入り、ビュッフェへ アキちゃんはわたしと母といっしょにお風呂でしたが、おおきなお風呂にびっくり きもちいいねぇ~ と言いつつ、わたしにしがみついて離れず それでも露天のお風呂にもつかって、ゆっくりしました。 その後の夕食のビュッフェは、セイくんが目を輝かして大喜び 自分で好きなものを ぼく、自分でとってくるよ と言ってはぴゅ~~っと走り去って行き、お料理を前に品定め あ、カレーもある おかあさん、このサラダも取っていいの? と言ってはあれこれあれこれと食べ デザート食べていい? とフルーツを取って来て食べ、最後はチョコレートファンテンまで楽しんでいました。 泊まったお部屋は、両親たちと隣り合わせ まぁ~、セイくんもアキちゃんも楽しそうに廊下に走り出ては隣の部屋に入りびたっておりました おかげで、なかなか寝ず… アキちゃんに至っては、PCで仕事をしていた旦那のそばに行ったかと思うと、電源ボタンをピッ! 作成中の資料が飛んでしまったそうです (>_<) そんなこんなで、セイくんもアキちゃんも就寝は23:00 わたしの方が疲れ果てて、先に落ちちゃっていました 朝は出発時間を9:30に設定していたのですが、やっぱり15分遅れ… それでもお寺への到着は予定通り サバを読んで出発時刻を設定していたのがよかったようです 続々と集まる叔父や叔母 久々に会った伯父は、ずいぶん老け込んで少し認知の面で落ちてきたのかな~と感じる状態でした そして従妹とも久々の再会、ひとりとは20年ぶりくらい!? 法要はつつがなく執り行われ、 セイくんは自分でお経の冊子を手に取り、大きな声で読経 アキちゃんは旦那に抱っこされてうつらうつら… 本堂での法要の後に、納骨堂をお参りさせてもらってお昼のお食事のお店に移動しました アキちゃんが広い本堂に喜んで走り回ることを心配していたのですが、あまりに知らない大人がたくさんだったことにびっくりしたのか、旦那の抱っこから剥がれなくて一言も声を上げない様子が笑えました。 うん、アキちゃんってば内弁慶ですかね 今回の7回忌、1月にインドネシアに赴任した上弟も帰国して参加しました 無理して帰国したのでは?と思っていたのですが、上弟自身は赴任して1か月たって「何が現地で不足なのか?」がわかったところでの帰国だったようで、タイミングがちょうどよかったみたい。 ほぼ空っぽの大きなスーツケースを持って帰ってきて、 これにレトルトのカレーとか、お惣菜とかを詰めて帰る あと、こまごまとした電化製品とかケーブル類 どうやらそれとは別に、ゴルフ道具一式をネットで買ってあらかじめ実家に送っておいたらしい… 食事の間は、そんな話で盛り上がっておりました 7回忌ということは、亡くなって6年 まだ亡くなったということが意識のなかにしっくりきていなくて、わたしの中ではどこかに存在する下弟ですが。 でも実家でみんなで食事となった場合でも、下弟の分を数えなくなったりしているのは、すでにいないことが当たり前になっているということなのかなぁ~ それに、こういう法事があるからこそ、福岡に帰るチャンスがあり、親戚の叔父叔母や従妹たちに会えるチャンスもできたわけで、亡くなってもなお下弟の存在があるんだなぁ~ そんなことを考えた一日でした
2015.02.07
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