今週から期末テスト週間。
テスト週間になると、学校の授業の進度は急にスピードアップされ、子供たちは、未消化のまま、分けもわからぬまま、暗記して、何とかテストを切り抜ける。
こんな勉強が繰り返される。
こんなことでは、益々、勉強嫌いの子供たちが増すばかりである。
中学2年生は今、三角形の合同の証明にはいったばかりだ。
この証明の導入部は、これからの図形問題を解くための大切な入り口であり、分かっているものを使いこなして、論証して、未知なることを証明していく、そのプロセスは、人生においても大切な能力のひとつであるはずだ。
この導入部をもっとじゅっくり、時間をかけてやることが、次のステップでの理解を容易にする。
しかし、学校のカリキュラム編成は、満遍なく時間数を割り振っているだけ。
一人ひとりが理解しているかどうかなど問題にほとんどされていない。
子供たちの、理解の道順など無視されたままだ。
こんなに大切なことをやっているのに、7割あまりの子供たちは、ほとんどその中味を理解せぬまま、自分の能力へと高めることなく、次へと進んでいく。
テストの出題形式も「論証」などということは、ほとんど問題にされていない。
パズル式に記号を当てはめていくものだ。
「仮定」、「結論」を問題から読み取り、定理を使いこなして、論証していくプロセスを、きっちりと文章化することは、数学だけではなく、国語力の養成にもなるはずだ。
このような勉強が、子供たちに真の学力をつける近道だ。
しかし、このやり方は、最も軽視され、今の学校はそれを敬遠している。子供たちも、このトレーニングは苦しいので、「そんなことやっても、テストに出ない」と言って、避けようとする。
なぜ、今の学校は、テストに「文章で書いて答える」ことを要求しないのだろう。
日常のテストなど、すべて記述式にしてもいいはず。これだけでも、子供たちの学力の基盤はかなり今とは違った好ましいものになるはずだ。
要するに、今、学校が行っている「テスト」は、子供たちが如何に理解しているか、どこまで理解しているかを見るのではなく、子どもが「どの位置にいるか」という評価点数をつけるためなのである。
来春から、40年ぶりに「全国学力調査」が復活し、07年4月24日に、国公私立の小6と、中3を対象に国語、数学の全国規模のテストを一斉の行うことが決まっている。実施に約96億円、調査後にとる改善策に約16億円を見込んでいる。
このような膨大な税金をつぎ込んで、点取り競争をさせる意味はどこにあるか。子ども個人だけではなく、学校そのものを、「評価」するためのテストである。
このテストで低学力を、ほんとうに回復することが出来るか。
もうすでに、その「学力テスト」なるものを、先行して実施している自治体があるが、そこで何が起こっているか。
テストの平均点の学校ごとの序列化を小学校、中学校の段階でおこなうことによって、益々教育とはかけ離れた実態が次々に起きている。
子どもは、点数を上げるために、繰り返し、過去問題的なものを練習させられ、テストの日には、出来ない子供を休ませたり、遅刻させたり、その極みは、こっそりテスト中に答えを教えるなどなど。
そんな時間があるのなら、ひとりひとりの子どもが何処につまずき、何が分からないのか、子どものところまで、降りていって、丁寧に教えて欲しい。
今の子供は、親からも教師からも、子どもが心の奥深い所で必用としているものを与えられていない。そのため、とても心が空ろになっている。
この空洞は「全国テスト」などでは、診断できない。
そんな所に税金をつぎこむのなら、図書室や司書教諭や30人学級や子供たちが生活意欲、学習意欲を高めていけるような諸条件の整備をしたほうが、学力向上に役立つのではないか。
このような「全国テスト」に点数をあげるための勉強は、益々子供たちを低学力、生きていくための学力の基礎を奪うだけだ。
40年前に「全国テスト」を経験してきた大人たちの「学力」の実態を見れば、それは明らかなこと。
小学生や中学生に、競争させ、尻を叩いて勉強させても、害こそあれ益はない。
そんな勉強は、しないない方がまし。
徒党を組んで集団のなかで、思いっきり、遊ばせた方が、まだ子どもの学力向上に繋がるのでは。
最近の一連の「国家」が出してきている教育の方策や理念は、今、子供たちが直面している問題点を、子供たちが人間として、自立して生きていける大人へと成長させる方向とは、逆の方向へばかり向かっている。
益々、村的な閉じられた社会のなかで、物言わぬ卑小な人間を作り出そうとする方向へと向かっている。
まさに、21世紀に生きる世界とは逆方向である。
「国家の教育」に縛られている限り、子供たちの学力向上はない。
教科内容を教える自由度が極端に制限されているところでは、子供たちに学力をつけることはできない。
今の子供たちが低学力の原因は、「国家の方針」を無批判に請負い、それに従う学校の授業にあるのではないか。
低学力の実態は 2009.07.02
麻生太郎首相の日本語 2008.11.22
PR
キーワードサーチ
カテゴリ
フリーページ
コメント新着