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このGWも、何処にも行けませんでした。前に放浪の旅に出てから、もう何年になるでしょうか。北海道ソロツーリングの写真をリメイクしてみました。当時は、ガソリンスタンドで給油すると黄色い旗をくれました。この旗の数の多さが、ちょっとした自慢のような雰囲気がありましたね。写真の原板はカラーでしたが、モノクロが似合うほど遠い昔のような気がします。
2015.05.10
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この連休、横浜のららぽーとへ家族の運転手で行って来ました。ショッピングモールに行っても、中年のおっさんとしては覗いてみたいお店は少ない。とうぜん財布も軽いし・・・。それでもこのモールには、”昔の少年”の心を釘付けにするお店があるのです。その名は「文教堂ホビーららぽーと横浜店」昭和40年代には、プラモデルを専門に扱うプラモデル屋さんがたくさんありました。住んでいた街の商店街にも、「からすや」「横浜模型」というお店があり、同級生とよく覗きにいったものです。(後年探しに行ってみましたが、すでに絶滅していました。)このお店、今では探すのが難しくなったプラモデルが、「タミヤ」「Fujimi」「ハセガワ」といった馴染み深い日本のメーカー製品から、「Revel」「Italeri」「Dragon」という輸入品まで数多く置いてあり、新興の「BANDAI」「童友社」なんてものあります。当時のプラモデルの定番は、軍艦・戦闘機・戦車といったミリタリーもので、クルマ・バイクはどちらかと言うと亜流だった印象でした。棚を端から確認していったのは当然ですが、飛行機好きの私としては飛行機の棚を念入りに探索したことは言うまでもありません。その珍しさとお財布へのやさしさを両立できたのが、この”AC-47”でした。この飛行機、もともと”DC-3”という旅客機として1935年に初飛行しており、第二次世界大戦が勃発すると軍用輸送機”C-47”として生産され、数多くが戦場に出撃しています。「鷲は舞い降りた」(ジャック・ヒギンズ著)では、主人公のドイツ軍将校が鹵獲した”C-47”から落下傘降下し英国本土に潜入する様子が描かれてます。では、このプラモデルが”C-47”ではなく、”AC-47”と表示されているのはどういうわけか?実はこの飛行機、シリーズで1万機以上生産されており40を超える派生型があるらしい。この”AC-47”というタイプは、ベトナム戦争中に地上攻撃用の機関銃を装備して、別名「ガンシップ」と呼ばれたもの、だそうです。ちなみに”DC-3”は日本でもライセンス生産され、昭和飛行機工業製”零式輸送機”として日本海軍が採用してました。戦後は、海上自衛隊が”R4D-6”(米国海軍仕様)を導入しています。(引用:海上自衛隊鹿屋航空基地史料館)
2015.05.04
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