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先々週の土曜日、用事があって横浜に行ってきました。いつものお約束で横浜港の写真を撮ってきました。山下公園の対岸の瑞穂ふ頭(ノース・ドック)は米軍が使用している埠頭で、その昔はノースピアと呼ばれていました。その入り口の橋のたもとには、スターダストという昔ながらのバーがあることでも有名です。この瑞穂ふ頭、いつも双胴型の音響観測艦が着岸しているのですが、今回ちょっと珍しい形状の艦がいました。少し前に報道されていた”ミゲル・キース”ではないかと、その形状から思ったのですが、艦首に低視認性塗装で”5”と見えたので間違いはありませんでした。Wikiによると”ミゲル・キース”は、「ルイス・B・プラー級遠征海上基地( Lewis B. Puller-class Expeditionary Mobile Base)」という艦種の3番艦だそうです。3番艦なのに艦番号が”5”というのは、この艦種の前に「モントフォード・ポイント級遠征移送ドック( Montford Point-class Expeditionary Transfer Dock)」2隻がいることから、コンセプトの似たこれらの艦種を通し番号にしたのではないかと思われます。もともとこれらの艦は、「遠征移送ドック(英: Expeditionary Transfer Dock、ESD)」というコンセプトから開発されたと。そのコンセプトとは、米国本土から遠く離れた地域で作戦を行う場合に、洋上で大型輸送艦から直接作戦行動する強襲揚陸艦やヘリコプターへの兵員や資機材の積み替えプラットフォーム、つまり浮桟橋として使用するということですね。ヘリコプター離発着甲板の下のデッキでは、荒天下での運用はかなり厳しそうな気がします。
2025.04.30
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昭和20年4月7日、日本海軍の象徴であった大和は終焉を迎えました。予備学生出身の大和士官であった吉田満氏の著書「戦艦大和ノ最後」を、数十年ぶりに再読しました。訓練休憩中、「桜、桜」ト叫ブ声 見レバ三番見張員ナリそう、大和の出撃と桜とを結びつける重要な一節です。そして、見納めとなるであろう故国の桜への惜別が綴られます。コマヤカナル花弁ノ ヒト片ヒト片ヲ眼底ニ灼キツケントス桜の時季になると大和の最終航が思い起こされるのは、心のどこかにこの文章が刻まれていたからでしょう。本書がノンフィクションなのか小説なのかについては、未だ評価が定まっていないようですが、登場人物の語る言葉は時の節目でしばしば取り上げられています。進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ 負ケテ目覚メルコトガ最上ノ道ダ(中略)日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ジャナイカ大和のガンルーム(下級士官室)を二分した大和特攻の意義について意見を戦わせる彼らを傍らに、最先任者である臼淵大尉が低ク囁ク如ク言ウことで敢エテ反駁ヲ加エ得ル者ナシとして議論に終止符が打たれた、と。この時誰も異を唱えなかったは、「先任士官として部下を率いてきた自分が、ここにあるべき道筋を示すことこそ自分自身の死の意義ではないか」という臼淵大尉の他者を思う人間性に、改めて皆が気付いたからにほかならないのではないか。その解明が、「誰からも信頼厚かった若武者は、一瞬にして天に昇った」というこの一文にあると自分は考えます。臼淵大尉(後部副砲指揮官)直撃弾二斃ル知勇兼備ノ若武者 一片ノ肉、一片ノ血ヲ残サズ(中略)アマネク虚空二飛散セリ迷いなく天に召され得る人格者たる臼淵大尉は、自らのこと同様に広く他者を見つめていたからこそ部下からは深く慕われていて、大尉が述べた結論にガンルームの誰もが従うと決めたのでしょう。それは、ガンルームに集う聡明な彼らが、大尉にその言葉を発せしめた先任者としての”私よりも他者に奉仕する精神”を瞬時に見抜いたからだと思います。そして、「自分たちの存在意義のありようを、後世の新生日本に託すことが唯一の答えであると気付かされた」からではないでしょうか。さて、臼淵大尉を始めとする英霊の方々が残してくれた新生日本は、果たして彼らが誇りに思えるような日本になったのでしょうか。今年も美しい桜を愛でることができる日本があるという一点においては、英霊の方々の思いを我われが具現化できたと言える気がします。本書は、こう結ばれています。徳之島ノ北西二百浬ノ洋上、「大和」轟沈シテ巨体四裂ス 水深四百三十米今ナオ埋没スル三千ノ骸彼ラ終焉ノ胸中果シテ如何合掌 出典:戦艦大和ノ最後(吉田満著):講談社文芸文庫
2025.04.07
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