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今日も元気なスウォン組。夏の一斉里帰り、子供たちの夏休み、だんなの夏休み・・・一段落。そして今日もモイって、食べて、ダベるよ・・・エンドレス。久々に名言が出たのでご紹介です。スウォン組は人数こそ多くはないが、そのキャラクターはキムチの種類より多様である。しかし、偶然といえば偶然だが、ほとんどが長男の嫁。(1年に何度か家族モイムも開くが、会ってびっくり!だんなさんのほとんどがメガネ。)(AB型 とA型のカップルが多い。)だから、モイれば必ずだんなが長男であることのはがゆさ、シデクとの終わりなき闘いなど話 は尽きない。そこで上の名言!である。先日義弟からだんなに電話。ドンソ(義弟の妻)がネイルアートのお店を開くのだが資金が足りないので、1500万ウォンぐらいないか?とのこと・・・。きたぁ~~~~~~!かわいい弟のために、一肌脱ぎたいだんなは貸す気マンマンである。りんあいママの答えは・・・当然!だめよドンソがネイルアート習った期間は数ヶ月・・・義弟は自己破産経験者・・・開業する場所は、人口の多くが農業従事者であるだんなの田舎・・・などが理由ではなく・・・とにかくイヤなんじゃあ!!!!!!!!!結婚しながら、お金の貸し借りいっさいには関わらない!と硬く約束した。だからだんなの親友が保証人になってくれと来たときも、断れないだんなに代わって私が断った。この事件が8月のこと。話はさかのぼり・・・。5月に実家の母がチェジュ島旅行をかねて訪韓。日本からのお客の話に、どうしたことかだんなの叔父さんが田舎からスイカを宅急便で2度も送ってくださった。叔父さんたちは田舎でスイカを育てている。大事な売り物を私たちに送ってくださったことにおいしくいただきながらもなんだか申し訳なくなり、夏用のパジャマに礼状を添えて送りましたよ。はい。そして6月。私たちは叔父さんの新しいトラック購入のローンをくまされるはめに・・・。ただほど高いものはなし7月には義弟夫婦のけんか。まさしく2・3週間おきに騒動がおきているのである。(生理なみである?!)長男の嫁の人生浮き沈みを端的に表現しているではないかぁ~~っ!この名言は長くスウォン組に語り継がれることであろう。ちなみに、この状況を表した他の名言をもう一つ・・・。平和な日々が続くともうすぐかなって不安になる。ミョヌリになりたい!なろうか!とお考えの方。スウォン組のミョヌリ達は声を大にして申し上げたい!これ読んでからでも遅くないよ!
2009年09月02日
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あんたが知らない男の人と帰ってきた夢を見た!と先日実家の母から電話。お人よしの母はその男性にお風呂まですすめたらしい。もちろん夢である。さらには、韓国になんか行かないでずっと日本にいたらよかったのにと一生懸命説得していたらしい。もち!夢。母よ!まだあきらめていなかったのか?!?!?!?!ということで、早速りんあいパパに報告!即座に誰なのよ!その男~~~~!キッ~~~~~! 注:いまだにオネェ言葉である。いやっ・・・。夢だから!お母さんが知らないっていってるし・・・。ほんとかなぁ・・・。だって彼氏は今までお母さんに紹介してきた・・・し・・・。 あれっ?!?!?!彼の誘導尋問にまんまと引っかかった。 いっいかんっ!なんとか切り返さなくては!りんあいパパは親に彼女紹介した? 何言ってんだぁ~~~!!!!!!してない!彼の過去には彼女は一人である。ちなみに私は話してない!やっばぁ!どつぼにはまった。でも!もう一度気を取り直して!じゃ、りんあいママのモト彼は何人だと思う? って!誰か止めてぇ!!!!!完全にボコボコ状態のりんあいママである。 んがっ!そこで彼の一言が飛び出した!10人!?!?!?!?!ぴょぴよぴよ?!?!?!?!?! そんなに遊んでそう?!軽い女に見られてた?!(変なコメントお断り!)ナンデ?!(すでに頭の中は真っ白で何も気のきいたことが言えません!)だってさぁ~!あなた昔は Sラインでかわいかったから・・・。そっそんなぁ~~!やめて・・・昔はね。えっ?!今じゃただのデブのおばちゃんになっちゃったけど・・・。こんな日本語は達者なりんあいパパである。ちなみに彼ははげている。そして2人で大笑い。
2008年12月13日
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韓国生活も10年を超え、子供たちもオリニジプに通い出し、りんあいママの生活も新しい局面を迎えている。韓国の教育熱は、いまさらふれるまでもなくとにかく 熱い!これまでの家で、私自身とごくわずかの人間関係の中でぬくぬくと育ってきた娘たちも、オリニジプに通いこれまでにないタイプのチングと交わることで様々な葛藤と闘っている。現在りんはりんあいパパの会社にあるオリニジプに通っている。社員対象に設置されているため、いたれりつくせりである。そして 安い!しかし、来年5歳になるりんは来年2月をもってここを卒業しなければならない。そこで、はたと気づくりんあいママ・・・。 幼稚園か?ミスル(美術)ハグォンか?またオリニジプか?それともそれとも? それよりも大きな問題はどこにどんな学校があるのかということ。日々のグータラな性格が仇となり、社会との接触をできるだけ狭めてきたりんあいママには、自分の住んでいるドンネのことすら詳しくわかっていない。 どうする?どうしよう?インターネットで調べてはみたが、どうも地理感覚がつかめず、なによりもいいことだらけの広告文では、ほんとのことはわからず・・・。そこで、はたと思いついた。同じ団地のオンマたちに聞いてみよう!動機は単純。 情報収集(打算的?!)それから、エレベータで会うオンマに(恥をしのいで)声をかけた。発音のおかしいアジュンマがいきなり話しかけるのだから、勧誘か?セールスか?はたまた、変人か?!と警戒されたが、何度も話しかけるうち、親切に教えてくれる方もいたりして、りんあいママ団地ママデビューはうまくいったかのようだったのだが・・・。そのなかで、すぐ下の階に住むオンマと親しくさせていただくようになった。偶然にも娘2人で、ふたりとも同い年。あいにいたっては、ふたりめ同士誕生日も一日ちがい!勝手に縁なんてものを感じ、お互い行き来するようになった。進学の情報もとにかく豊富で、あっというまにりんあい2人とも3月からすぐちかくのミスルハグォンにやることになった。万事解決!だからといってはい!さよなら!ではなく。せっかくできた、コリアンママ友第1号である。これからも末永くお付き合いをということで、それからも行き来は続いた。デビューは順調!アジュンマが集えば、話題は自然と団地内のうわさに・・・。そういえば、結婚前にりんあいパパが噂話の輪にだけは加わってくれるなと言ってたな・・・。でも他人のことを悪く言わないママ友が気に入った!しかし、りんあいママの頭には次々と団地内のオンマたちの情報がインプットされていった。そんなある日のこと・・・。そんなオンマたちの一人に玄関で会った。約束に遅れていたので、たいした会話はしなかったが、男の子2人のママである彼女が日ごろからこのいたずら坊主たちにいかに手を焼いているかは、当然ママ友との付き合いですでにインプットされていた。りんあいママ:おはようございます!オンマ:おはよう!はたとみると、弟君とおぼしき男の子の額に大きな引っかき傷が!:どうしたの~~~?!:兄弟げんかで・・・。ハァ~~~。やんなっちゃうよねぇ~。それから、そのオンマはいかに息子たちが手を焼かせるかをため息と身振り手振りで話し出した。急いでいたので、適当に相槌をうっていた。会話の途中で、 :下の階のオンマからあなたの話もよく聞いてます!との言葉も忘れずに加えた。これは、私もこの団地内のオンマたちとの付き合いがあり、決して警戒しなくてもいいとの意味で言ったのだが・・・・ っが!これがいけなかった。その日の午後水原ミョヌリーズのランチを楽しんでいた私に電話が・・・。みると例のママ友である。いま友達とランチなので長く話せないというと、帰ったら是非電話してくれとのこと。この前、約束したインターネットショッピングのことかなと思いつつその場は切った。その日の夕方かえって早速コールぅ!彼女いわく朝会ったオンマがお茶しにきて、こういったというのである。:あんたねぇ!ひとん家の子供たちのことやんちゃ坊主だって 言いふらさないでくれない!プンッ!プンッ!は言ったかどうかはともかく、あわてたママ友が私にことの真実を確かめに電話したのである。私もあわてたが、朝の会話をできるだけ細かく話した。たいしたことも話してないねとママ友は安心したようである。私のせいで気を悪くされたようでごめんなさいと侘び電話を切った。彼女いわく、そのオンマはもともと冗談まじりにそんなことをよく言うのだそうだ。そんな深刻でもなかったのよォ!の一言が救いだった。その後そのオンマと顔をあわせていないので、よくわからないが、結局何事もなかったかのように彼女たちのお付き合いは続いている。親しくなりたい一心で発した言葉が思いもよらない騒動を引き起こした。別に悪口言ったわけじゃないのに・・・。っていうか、お宅の子供たちがやんちゃだっていうのは事実でしょ!!!!!なんか!感じわるぅ~~~!勝手に いやみで自分勝手な彼女像が私の中でふくらんでいった。でも、はたと考えた。彼女たちは、私がここに引越して来る前からの長い付き合いである。もしかしたらママ友の枠を超えた、無二の友人なのかもしれない。そこに新参者の私が割り込んだのである。そんな ひよっこは、やはり 礼儀をわきまえるべきではなかったか?!?!ひょんなことで下の階のオンマと親しくさせてもらうようにはなったが、彼女たちの友達ヒストリーに比べたら、私のなんてまったくの白紙に近い。そんな青二才から、あなたの友だちからあなたのこと、子供たちのこと聞いて知ってますぜ!ヒッヒッヒッヒ!と言われたら、私だっていい気はしない。なによりも、今まで親しいと信じていた友人に新しい友だちができ、自分の知らないうちに集まられていたら、なんだか裏切られたようなさびしい思いをしたかもしれない。って?!考えすぎ?!?!?!でも、自分に置き換えたらやっぱり裏切られた様な気がすると思うのである。それに、これまでの付き合いはなんだったの?!?!?!って・・・。つい最近まで、人の付き合いは常に変化していくものだと思ってきた。友人に新しい友人ができたら、良かったねとともに喜び、付き合いを広げようとしない友人には、小学生の付き合いではないのだからと皮肉ったものである。だれちゃんとだれちゃんは仲良くて、でも最近だれちゃんとだれちゃんが仲いいから、腹立つ!なんてお子チャマだね。ハッハッハ!だった。そんなりんあいママだって同じような経験は数知れず。自分の言葉とはうらはらに、一人思い悩み、落ち込み、怒ったものである。ハッハッハ!お子・・・・・?!?!?!?!あれっ?!?!?!おかしいな?!いつもの皮肉屋じゃないね。そして、気づいた。いつのまにか、まだまだ子供だとか成長してないっていう理由が 年取ったからかな?に代わってる!アラフォーのりんあいママである。とにもかくにも念願の団地オンマモイムデビューには早くも暗雲がたちこめている。
2008年12月04日
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運転絶対禁止令の下っているりんあいママにとってバスは毎日の生活に欠かせないありがたい移動手段である。この禁止令は実家の母が結婚の条件として、りんあいパパと交わしたのでこの結婚生活が継続される限り効力を持つ。バス文化ぬきにして韓国は語れないといっても過言ではないほど、バスにまつわる話は数知れず・・・。そんなバス文化(りんあいママの)にまたひとつ歴史が加わった。その日は、急な寒気で街を行き交う人々も厚いコートに身を包んでいた。夕方からのバイトで気温はすでにマイナスとも感じられるほど寒さは厳しさを増していた。あいを帽子・マスク・マフラー・コートでぐるぐる巻きにし、ほぼ着ぐるみ状態でいざ!バスへ!停留所を2つ3つ過ぎたころ、ある大学の前で比較的多くの人が乗り込んできた。私たちは、前から3つ目の1人席に・・・。 発車オーライ!それは静かに始まった。 ・・・な世の中、皆さんもさぞご苦労のことと存じます。・・・ あれっ?!?!?!?これって?!?!?! ・・・突然死を防ぎ、死んだ人も生き返る・・・ 汽車や地下鉄でよく見る社内販売?!?!生き返るって?!?!? ・・・日本では大人気で、8000ウォンしますが、今日は特別2000ウォン・・・ もうちょっと聞いてみよう?!?!?! ・・・手袋はとってお試しください。高血圧の方はこちらを・・・ 騒々しい車内で、叫びながらの販売は以前に何度もみたことがある。しかし、今度は違う!まるで森本レオさんのようなやわらかな口調だ。そして60代半ばとも見える男性は、レモン大の球にいぼいぼのついた指圧器を乗客たちの膝の上に、あのやわらなか口調で無理やり置いていった。 突然死を防ぐぅっ~~~~?!?! 生き返るらしいぞっ! あ~ぁ・・・やってるよ。(Byりんあいママ) 日本を出せばなんでもいいのか?!?! 日本を嫌ってるくせにこんなときだけぇ~っ! (注:あくまでも個人の思い込みです。Byりんあいママ)心の中で、森本レオの仮面をかぶったインチキ物売り(注:あくまでも個人の・・・)を思いっきり笑いものにしておりましたよ・・・はい。当然買うつもりは、これっぽちもございませんから。って!?売れてるんっだぁ~~~~~~!?!?!? ・・・はい、こちらの包装されたものをどうぞ。2000ウォンです・・・売る者も売る者なら。買う者も買う者だ!私の あきれた光線はすでに、レオレオのみならず、レオレオ派の方々にまで向けられていた。 ・・・かわいいねぇ。いくつだい?・・・ ?!?!?!?!!ぴよぴよぴよ?!?!?!?!?!なんとレオレオが、あいに話かけているではないのぉ~~~~!レオレオ:かわいいねぇ。握手! 買わないよっ!(心の中で・・・)レオレオ:お母さん、娘さん将来はタレントにしなよ!りんあいママ:はっ?!はぁ・・・どうも・・・。 注:子供をタレントにしなよ!は、韓国では子供をほめる最上級の常套句である。 本気にしてはいけません!いっいかん!レオレオ光線がっ!?!?!?!負けるな!りんあいママ!手ごたえなしと見たのか、レオレオは去って行った。 はぁ~~~~~~っ!安堵のため息とともに、あいに負けずとも劣らないぐるぐる巻き状態のりんあいママの額には汗が・・・! でも・・・ 私、韓国の物売りに勝ったのねぇ~~~~!!この征服感とも、成就感ともいえぬ爽快感は在韓の方ならご理解いただけると思います。ふっふっふっふっふっ!・・・ふぁっふぁっふぁ!・・・はっはっはっはっ! (勝利の感動に酔いしれているりんあいママです。:注) ・・・だよ。おじょうちゃん。・・・ なぬっ?!?!?!? ・・・いい子にするんだよ!はいっこれ!・・・ いつのまにか、あいの手には5色が1つなっているボールペンが?!?!?!?! しかも使いかけのじゃなく、ちゃんと包装された新品! がっ! 在韓10年のりんあいママ。ご丁寧におことわりした。 変な指圧器がだめなら、今度はペンかぁ~~~~~~っ! いくらなの?!いくらよぉ~~~~っ!あい!早くおじいちゃんに返しなさい! りんあいママの葛藤をよそに、ペンを手にご機嫌のあい。 まさかの逆転?!?!?!一転して敗北宣言かぁ~っ?!?!?!! 不意をつかれて、目が点とはまさにこのこと。 そして、レオレオは去って行った・・・。 って?ほんとにくれるのぉ~?!?!? まばゆいほどの慈悲深い光を放ちながら去っていくレオ様の後姿に、爆発寸前脳みそりんあいママの口から放たれた言葉は・・・ ゴマッスミダァ!の敗北宣言であった。
2008年11月24日
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基本的に隠し事のできないりんあいママ。私の人生に我慢という文字はない。特にだんなには何でも言う。だから、言った後で後悔する。先日久々のミョヌリーズモイムで夫婦喧嘩をするか?という話題になり考えた。そういえば、結婚生活6年目。大きな喧嘩はない・・・・かな?!これでいいのか?!?!?!?!とりあえず良しとする。ヌナであり、日本人であり、忍耐力のない妻にだんなが120%譲ってくれていることは明白。そんな私にもだんなに言い出せず悶々としていることがある。 それは・・・ あくび だ。だんなは叫びながらあくびする。ほぼ絶叫に近い。うるさい。耳にキーンと来る。突然されるとかなりびっくりする。それが最近ものすごく気に障る。というより、ここからがやめてといえない本当の理由になるのだが、彼のあくびの絶叫が、今年1月に亡くなった義父を思い出させるのである。パーキンソン病に痴呆を併発した義父は、昼夜問わず奇声を発した。介護なんていえるような大したことはしていないが、筋肉がこわばり動けなくなる義父を抱え起こし、汚れた布団を洗い、家がわからなくなり他人のお宅のベルを押し、警備を呼ばれお詫びに伺がった。当時あいが生まれてから1歳過ぎだったため、心身ともにくたくただった。過ぎてしまえば、こんなに早く亡くなられるのだったら無理に病院に入れずにもう少し辛抱すればよかったと自分をせめたのが亡くなられた直後。できるわけもなかったことだ。なにせ、辛抱のできない私である。だんなのプレゼントで二人で観にいったミュージカル。劇中アバのダンシング・クイーンが流れた。偶然にも1年前までは、義父のケータイ呼び出し音だった。ケータイからあの曲が流れるたびに気が重くなった。ついに一番聞きたくない曲になった。義父の入院から聞くことのなくなったあの曲。数ヶ月ぶりに聞き、大いに盛り上がっている客席で私一人大泣き。心配そうに見るだんな。なんだか、義父からせめられているような気がしたし、でも、ご苦労だったなといわれたような気もして・・・。自分を責めながら、でも前を見て進んでいこうと思い始めた春。実家での夏休みですっかり心は癒されたと思っていた。 がっ!12月の一周忌を前に私の心にまたしても義父の面影なのか?!?!?!だんなのあくびはいまだに絶叫あくびである。あくびのたびに妻が見せる異常なまでの拒否反応に納得がいかないようであるが、彼なりに絶叫を抑えているようである。ごめんね。あくびも思ったようにできなくしてしまって・・・。いっそのこと彼に全て話そうかと思ってもいるのだが。亡くなった父親のことをいまさら言われるのはつらいかな・・・とか・・・。いまだに義父の死のトラウマから抜け出せずにいるりんあいママである。
2008年11月19日
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今朝もエスライト・スリマーをゴクッと飲み干し一日の開始!飲み始めて2週間ほどになるが、気のせいか便通がよくなった。っていうか、毎日スイカの食べすぎ?!これといった変化はありません。:4週間後から効果がでるそうだ。だんなの言葉を信じて、飲み続けるりんあいママ。そんなだんなの力について・・・。 ある日突然宅急便が届いた。だんなからね。あけてみると・・・。 Wiiさまでございました!だんなよ!ありがとう!これをしてやせろってことなのね。りんあいママがんばる!それから夜な夜な子供を早めに寝かしつけてせっせと励んでおります。これこれ!へんなトラックバックはいけないよ!でも、夫婦でボクシングしてると、当然だんなのキャラクターを殴り、だんなは私のキャラクターを殴るわけで・・・。あまり毎日夫婦で殴り合っていては、夫婦仲も悪くならないだろうか。ちなみに前回は私が2-1の判定勝ち。ダウンも奪いました。ということで…早速スウォンミョヌリ-ズでWiiボーリング大会を開いた。りんあいママペアは3チーム中2位・・・。(半端だね)偶然にもWii所有者同士のペアだったため。Wii初心者のミョヌリたちからブーイングの嵐でも大してうまくない私たちに彼女たちの捨て台詞・・・ 欲と雑念は捨てたまえ!
2008年05月27日
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肥満処方子供たちのかかりつけの病院で見かけた文字。早速先生に詳しく伺うことに・・・。:先生・・・。肥満処方って・・・?:えぇ。ありますよ。:ほっほんとですか!!!!:食欲抑制剤を摂取してもらって、大きくなってしまった胃 を小さくすることから始めます。:そっ!そして?:それで効果が見られない場合。注射もあります。:そっ!それでぇ~~~~?:それでもだめなら・・・どうするかわかりますか??ぴよ?ぴよ?ぴよ??????:脂肪吸引ですな・・・はっはっは!じゃん! じゃん!第一段階の処方で月6万ウォン程度(保険はきかない!!!)結婚後すぐに長女ができ、やせる間もなく次女妊娠。シデク親戚との付き合いでのストレス。義父の介護。私の食欲は、もはや私のもとを遠く離れ、すでに一人歩きの状態。あなたはもっと食べて太って!なんてだんなの言葉に甘えてたら、とんでもなくなって・・・。すぐに病院でのことをだんなに話したらゴーサイン!でもでも月6万は微妙だけど安くはないし・・・。きっと最低半年ぐらいは飲まなきゃならないだろうし・・・。なんてためらいながら、さらに月日は流れ、私の二の腕にも肉の羽ができてきた!!!!!!そんなある日・・・。テレビでユンウネ(ドラマ宮の彼女ね)ちゃんがダイエット飲料のCMに出ていた。なんとだんなの会社のじゃな~~~~~~い!?!?!?!?!またまたさっそくだんなにもちかけた。以前にもこのブログでふれたけど、うちのだんなは某化粧品会社に勤務。最近では、BBクリームが爆発的に売れたようで・・・。(もち!その恩恵にもあずかってます)最近のCMタレントは、キムテヒ・ジャンドンゴン・ジソン・ソンヘギョなどなど・・・。v=B program エスライト・スリマ-DX一日1回20mlのアンプルに入った液体を飲むことで体脂肪を燃焼しやすくしてくれるというもの。30本入りで7万Wなり。だんながインターネットで4万9千Wのを見つけてくれて、使わずにためておいた文化商品券で早速購入!っで!これ!ただいま3日目摂取中。ということで、藍には申しわけないが断乳。ちなみにだんないわく:4週間後から効果が出始めるそうだだんなの力!でした。早速日本の母と姉に話したら、効果があったら夏の帰国の時に買ってきてくれと頼まれた。あったらね・・・。まだ3日目なので変化は・・・もちろんありません。でもなんかやるぞって感じであります。 んがっ!薬だけではとても足りないと思ったのか・・・。だんなの力はさらに続くのであった・・・。
2008年05月16日
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子育てにかこつけ、すっかりグータラなりんあいママ。ほぼ2年ぶりでしょうか。最後の日記で妊娠が判明した次女がはや20ヶ月です。長女の凛、そして次女は藍です。ということで、りんママ改めりんあいママ。この間いろいろあったけど、次女の誕生が一番の出来事。そ・し・て義父の介護・・・それから他界。過去のブログにもたびたび登場の義父。持病のパーキンソン病の悪化とそれに伴ううつ症状と痴呆。生後間もない新生児を抱えての介護は・・・かなりきつかった。詳しくはおいおい書いていくということで、2人の子供たちをみながら、義父の粗相した布団や下着を風呂場で洗いながら、くじけそうになる私を支えてくれたのは・・・こちらのブログでした。特に同じように子育てに追われているママさんたち、そしてシブモの介護に最善を尽くされている在韓ミョヌリのみなさん。この場をお借りして、心からのお礼と(読み逃げの)お詫びを申し上げます。ほんとに助けられました。ありがとう、そしてごめんなさい。さ・ら・に私の悪魔の声(愚痴ってやつ?!)を、嫌な顔せず聞いてくれたスウォン・ミョヌリ-ズのみなさん。ほんとにありがとう!さてさて、そんなこんなで(無理やり?!)現在に至ってます。現在の私の課題は、そんなこんなで(?!)恐ろしく増えた体重。糖尿気のある私の家族の強力な脅し(?!)で今度こそ!やせようと思っています。もはや自分の意思でなんとかなる状態ではないので、だんなの力を借りることにしました。えっ?!?!?!!?だんなの力って?!
2008年05月10日
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ずいぶんと、ご無沙汰しました。おかげさまで、つわりもおさまり、7ヶ月に入りました。お腹も、体もずいぶん(さらに?!)たくましくなり、とどまるところを知らぬ食欲と、暑さとの闘いです。相変わらず水原モイムの方々とは、やれ引越し祝いだの午後のコーヒータイムだの、ピクニックは暑いから、うちでお茶を!だのなんか理由をつけちゃぁ仲良くさせていただいてます。お初にお目にかかる方々もいらっしゃったりして、自分ではかなり活動的な日々を送っていたと思います。(ブログの更新は…さぼってましたけど。)4月末から始まったS社での、週1の日本語の授業も7月1日で終わり、心はすでに、さまぁ・ぶぁけいしょぉ~~~ん!です。週1とはいえ、2時間半の授業を2コマというのは、かなりの運動になりました。あんなにつらかったつわりも、授業中はうそのようにおさまり、つくづくうちにこもっていてはだめなんだなぁ~と実感。生徒たちとの楽しい時間はいつもあっというまに過ぎていきました。今日はそんな中から…。普段は物静かなのに、たまに言う一言が笑えるイさん。年は40代半ばかな。その日も、いつものように授業始めのウォーミング・アップをかねた「1週間のニュース発表」の時間。イさん:「今週の水曜日、娘の誕生日でベニガンス(ファミレス)で ステーキを食べていたんですが…。」いつになく、興奮気味のイさん。クラスもみんなも、すこし驚き気味。みんな聞き入ってます。イさん:「そしたら、奥歯にかぶせてた金歯がとれちゃったんです。」一同:「え~~~~~~っ!?! それで?!」イさん:「飲み込みました。」りんママ:「それは災難でしたね。不便だったでしょう?!」奥歯はカミカミにはなくてはならないトコ。それを飲み込んでしまったというのだからさぞ大変だっただろう。んがっ!イさん「今朝授業の前に歯医者行ってきました。」りんマア:「そうですか。じゃ新しい歯をかぶせたんですね。」イさん:「はい。昨夜出てきたので…。」??????ぴよぴよ????????状況を察した者と、まだ状況把握が出来てない者の微妙な空気が教室に…。りんママ:「あっあの、出てきたって…」(そこまで聞くぅ~~~~?!)イさん:「はい、体から。」(生々しいご説明ありがとうございます。)りんママ:「で、それをつけちゃったんですか?!」イさん:「消毒しましたからぁ~!」りんママ:「はぁ~。まっ自分のですからね。」(そう?!だよね。)クラスメイトの複雑な笑顔をよそに、大口をあけてその光輝くリサイクル金歯をイさんは披露してくれました。奥歯も完備したイさん、その日はなぜか饒舌でした。だって、金歯ですからね。また新しいやつしたら、めちゃ高いモンね。私だって…どうするのかな。
2006年07月02日
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知り合い2人が、3月末に立て続けに出産した。2人目を控えているうちにとって、すでに名づけは重要な関心事。だんなの同僚で、私の日本語の生徒イさんちにも、女の子が生まれた。名前はイ・ボヨンちゃん。イさんいわく、ボヨンかボミンで迷ったのだそうだ。私にはそんなに違わないような気がするが、おじいちゃんの強力な後押しにもかかわらず、おばあちゃんの「ボヨンがいいわよ」の一言で、ボヨンちゃんになったのだそうだが…。「ボっていう音、個人的にあんまり好きじゃないんですよね」とイさん。そういえば、マサンにいたころの同居人ジョン(イギリス人)。彼は、その端正な顔立ちと甘い声で、全国外国人歌謡大会で優勝までした方。当然のように、モテモテで女生徒たちの彼を見る目はまさに狩人。んがっ!彼にはゾッコンの彼女がいた。二人の出会いは、銀行。当時銀行員だった彼女が、窓口で彼に対応したのがきっかけ。一目でフォーリン・ラブの彼は、その後用事を作っちゃ銀行へ。通いに通って、彼女のハートを射止めたのだ。まるでドラマだね。私が彼の同居人になったのは、彼らが付き合い始めて数年経っていたと思う。来年に結婚を控えていて、ラブラブ度は天上知らず。日本からやってきた同居人に、当然彼女を紹介してくれた。ジョン:「ボクのフィアンセだよ。」りんママ:「ハ~イ!」(結構素朴な感じで、かわいいタイプだね)ジョン:「ボインっていうんだ。」(握手をしながら)はっ?!?!?!?!りんママ:「よろしく!」ボインって?!?!?!もちろん名前です。なんの問題もないよね。でも、私の頭の中には、たわわなおっぱいがボヨ~~~ン!ちなみに彼女は普通サイズでございました。それから彼が結婚して新居をかまえるまで、何度となく彼女と会う機会があったのだが、最後まで名前を呼べずじまいだったのです。日本人の私には、どうしてのフレンドリーに「ボッイ~~ン!」とは…。私の生徒でかなり親しくさせてもらっていた方。男性だったけど、同い年で何人か仲良しが出来ていて、遊園地に行ったりとか飲み会とかしてた。その中の一人。オクさん注:男性です。授業中もそうだけど、彼を呼ぶたびに彼の顔にサザエさんの髪型がダブっていた。彼が結婚して、結婚相手の安否をたずねるのがまたややこしい。りんママ:「オクさん!奥さんはお元気ですか?」オクさん:「もちろん!元気ですよ。」(力こぶを見せながら…)果たして彼は理解しているのだろうか?!ちなみにだんなは朱(ジュ)さん。凛のとき、韓国名をリアンにしようと言ったら、(こっそりジュリアンを狙った)あっさり却下された。まだまだ先のことだか、悩むところである。
2006年04月09日
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4月3日をもって、水原のケーブル放送が改編された。んがっ!NHKがなくなっているではないかぁ~~~~~~っ!はぁ~~~~?!ちなみに、水原のケーブル放送は3段階に別れている。基本型・経済型・高級型(別途アダルト放送などの有料放送)。2年前にここに引っ越してきたときは、基本型でNHKが見れた。1年後の改編で、前触れもなくNHKがなくなった。そう!経済型へとうつされたのだ。仕方なく、月12000ウォンを払う羽目になる。そして、1年後…またまたNHKは消えた。案の定、高級型へとお移りになっていた。(高級だから)またまた仕方なく今回は16500ウォンを払うことになる。なにが腹立つって、これもすべてNHKのためだということだ。レベルがあがっても、チャンネルが増えても、たかだかテレビショッピングとかゴルフチャンネルが増えるだけ、私は見ない!なぜ?!なぜ?!なぜなのぉ~~~~~?!?!?!そこで、ある考えがひらめいた。ケーブル放送側も放送権の使用料を払っているはず。NHKは恐ろしく使用料を上げてきてるのではないか?!聞けば、日本ではNHKの視聴料を払わない方も増えてきているとか…。日本で取れない分、海外放送で・・・?!なんて私の勝手な思い込みです。(日本の皆様ごめんなさい。)いくら、ケーブル放送のお兄ちゃんが無愛想で、サービスのかけらもなくても、NHKという弱みを握られた私は、あと数時間後に設置に来るお兄ちゃんを、またまた愛想笑いでむかえるのであろう。悲しいかな…テレビ好きっ子。
2006年04月06日
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待ちに待っていたたよりが届いた。あのギョンちゃんからのたより…。昨年10月からの入院治療がこのたび終わり退院。途中何度か連絡してみたものの、電話がつながらずなんだか、悪いほうに考えてみたりして、不安だった。今後も定期的に病院には通わなければならないが、少しずつ体力も回復しているとのこと。 ホッ…。そしたら、昨日はアメリカからの手紙(カナダからじゃない!)以前のルームメイトのジュリーちゃんから、 うちの近くのおしゃれなバーで30番目のバースデーパーティー するからさ!来ない?!とのこと。ちなみに彼女はシカゴ在住。いちお迷って今回は欠席(迷うなよ!?)でも、彼女と初めて会ったのは彼女が24歳の時。もう6年も前になるのかと感慨無量。遠く離れていても、メールのやり取りに、誕生日への招待まで。彼女らしいジョークな招待にも、今日は感動。そしたら、またまた母からのたより。箱いっぱいに娘へのお菓子。「くだらないものよ。」なんていってたけど、ひな祭りのあられに飴まで入っていた。だんなにも忘れず、おせんべいの詰め合わせ。お礼の電話のとき、だんなは「お母さん!あれがくだらないものだったら、今度から、韓国からは何も送れませんよ」なんて、わけのわからない大げさなお礼を言ってた。箱からお菓子を取り出すたびに、「ワ~オ!」と大喜びの娘。ふと大きくなったな…と、涙が出てきそうになる。あれあれ?!?!私ってば、かなりおセンチ?!そういえば、最近ちょっとしたことで、怒ったり喜んだり。春だというのに…。あれっ?!思い当たるとこあって、カレンダーとにらめっこ。かくして、凛ちゃんのお姉ちゃんデビューが決まったのでありました。そんなこんなで3月いっぱいは、つわりとの闘いでした。
2006年03月27日
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ソルラル以来今までにない無気力常態である。疲れもとれないうちに、舅が来てしまいストレスはマックス。彼はけっして世の中で言われるような嫌な舅ではない。どちらかといえば口数も少なく、出されたものは文句言わず食べ、長居はしない。で・も・ねやっぱ気つかっちゃうんだよね。しかし、今回の訪問ではかなり大きな収穫があった。彼は上にも述べたように無口。典型的なキョンサンド男児。実の息子のりんパパともあまり話さない。二人いても、テレビを静かに見ている。んがっ!そんな彼、私とはなんだかおしゃべりになる。多分、韓国語がある程度理解できて、でもまだあまり話せない私となら自分の言いたいことも遠慮なく話せるのだろう。しかし、私も負けてはいない。外国人というのをいいことに、言いたい放題だ。以前も…りんじじ「オレは、まだまだ一人でくらせる。体も不自由なほうだが、まだ 動けるし、何よりも田舎には友達がいるからな。」りんママ「だよね。でもさ、田舎の親戚のおじさんやおばさんたちは 早くうちに来て一緒に暮らしたほうがいいって思ってるよ。」りんじじ「先々はな。オレがもっと年とって、体も動かなくなって 寝たきりになったらな。そのときは来るよ。」りんママ「お義父さん。その時は病院に入ってね。」 (冷静かつ本気)りんじじ 苦笑ってな具合。でも田舎で四六時中一人でいる彼には、冷たくあしらわれても、話し相手自体がいることがうれしいようで、どんなに私から嫁らしからぬことを言われても、懲りずに話しかけてくる。だんなが帰ってくるまでは、(仕方なく?!)つきあうのだが…。そして、今回も晩御飯の支度の合間をぬって、舅と嫁のくっちゃべりが始まる。たわいのない日常生活の話題から、話はジェサへ。ご存知の方もおられるだろうが、うちは年に6回のジェサがある。すべて水原から片道5時間のキョンサンドに平日だろうが関係なく参加。しかもジェサ開始は夜中の12時。すべて終わって帰ってくると毎回朝5時。だんなはたいして寝ることもなく会社へ。という、いささか私には信じられない習慣に不満をつのらせていた。そこで、今回思い切って舅に私の考えをぶつけてみた。1.平日は参加がきつい。2.ジェサ料理の買出しから、準備まで負担が大きすぎる。3.回数が多すぎる(6回中2回はソルラル・チュソクの各1週間前)簡単に言えばこんなこと。「けしからん嫁だ!」といわれるのを承知で言ってみた。んがっ!なんと彼も同じことを考えていたというのだ。姑を早くに亡くされている彼は、今まで弟達の奥さんたちが文句言いながら準備するジェサに、すまなさといごごちの悪さを感じていたらしい。長男が結婚してみたら、嫁は日本人ですぐにはジェサをやれとは言えず今まで来たらしい。しかし、私も一通り料理も習い、ジェサの流れもわかってきた今、そろそろ変えるときだと思ったらしい。ということで、前置きが長くなったが、こうして私の命知らずの発言はあっさり彼との合意を見ることとなった。まず、22日のジェサは水曜日のため参加免除。料理はさっそく頼むこととなる。もちろん20万ウォンほどの費用は私達が負担だが、毎回の交通費とジュサの準備費用と比べるとさほど大きな差はない。そして彼の口から爆弾発言が!ここ2.3年のうちにジェサを一回にまとめようと思っているというのだ!そのうちには、すべて水原に全部移すことになるわけだが、それは長男であるうちとしてはしかたない。でも6回と1回ではかなりの違いだ。まさか舅の口からこのようなことを聞くことになるなんて…。うれしさ半分!驚き半分!でも、まずは次回のジェサが免除されたことにちょっと安堵。だって、次のジェサはチュソクの1週間前(9月末)そ・れ・ま・でフリ~~~~!!!!!!この喜びは、ジェサに苦しむ日本人妻の方々ならご理解いただけるだろう。ご先祖さま!ごめんなさい。お互いの考えが通じたことに気をよくした舅。話は加速度を増し、この後とんでもないことを口走ってしまう。りんじじ「りんパパがな、結婚前にりんママをうちに連れてくる前に お前のこと2つ上って言ったんだぞ。」ぬゎに?!聞き捨てならぬ!ちなみに私は彼より4つ上。結婚前に、年の差なんて気にしたこともないといっていた彼が、父親にそんなうそを?!?!?!?!?その晩…「オレそんなこと言ってないからぁ~~~~?!?!?!?」と言い張るりんパパ。横になってテレビを見る彼の背中に凛と二人で乗ってぎゅ~~~~~~!っと言わせてやりました。
2006年02月09日
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29歳のクリスマスから年越しにかけて、大学時代の親友が鹿児島から遊びに来てくれた。彼女とは1年生のとき、寮で会って以来の付き合いだが、卒業と同時に私は故郷へ戻ったので年に何度か会う程度だった。その後私は韓国、オーストラリア、そしてまた韓国と転々としていくのだが、彼女はオーストラリアにも忙しい合間をぬって、会いに来てくれた。彼女をブサンの空港に出迎えるため、私はバスにのりいそいそと出かけた。空港に着き、彼女の到着までちょっと時間があったのでトイレへ…。(マサンからブサンの空港までバスで1時間。帰りのことも考えてね。)個室に入り、用を足していた。(こりゃ失礼!)んがっ!(今年もよろしくね)横の個室からなんだか聞きなれた言葉が…。そうだ日本語だ!こんなトコで、こんな状況でもやはり日本語を聞くとうれしい。どうやら彼女、今朝からキャンセル待ちで東京行きをねらっているようで。「え~~ん!まただめだったよぉ~~ん!」と猫なで声。「もうっ!朝から待ってんのにぃ~!(少々涙声)」ふむふむ…そうか。(用は足したが)もう少し…。(よい子のみんなはまねしてはいけないよ!)するとっ!いきなり彼女が!「なによ!しんちゃん(仮名)は私に会いたくないの!?」多分彼が「そうは言ってないだろ!オレだって会いたいよ!」とでも言ったのか…。「アタシだって!あっあたしだってぇ~~~~!ヒック!ヒック!」おいおい泣き出したよ~~?!?!?「ヒッ、ヒック!あたしだって今日しんちゃんに会えることだけを 楽しみにがんばってきたんだからね!」うんうん、わかる。がんばれ!「今日しんちゃんに会って、ひさびさにふたりっきりでおいしいもの食べ て、それから…ヒック…それから…」それからなんだよぉ~~~!「しんちゃんとさ…(*@$*&^!)($*&^@)($*)」えぇ~~~~~~~~っ!?!?!?!?!その時初めて私は、人の性欲が露骨に口から吐き出されるのを聞いた。彼女を早朝からのキャンセル待ちに駆り立てたもの。それこそ偉大なる性欲だったのだ。これ以上聞いてられないと(おいおい!そこまで聞きゃ十分だろ!)、そそくさと、トイレを後にした。その後、友達が無事到着しマサンへ向かった。以前にも書いたが、韓国は元日だけが休みのため31日まで授業だった。その年は彼女が最後まで授業に付き合ってくれて、いつになく盛り上がった。そして、私達は朝まで飲みつぶれることもなく、カラオケで歌いまくることもなく、そのまま寮に戻って、ケーキとカクテルで29歳の年が過ぎていく瞬間に、大学時代の懐かしい話とともに気持ちよく酔っていた。そして、カウント・ダウン!ケーキのキャンドルに火をつけ、「あけましておめでとう!」パーン!(注:クラッカー)んがっ!そこには、涙ぽろぽろの彼女の姿が…!なんだか泣けてきたというのだ。そして…「私達これからどうなるのかな…。」30を目前にした独身女性ならきっとその言葉の奥深くにこめられたいろいろな気持ちがおわかりいただけるだろう。来年は30。今まで私何してきたの?!仕事っていったって、楽しいけど、だからってずっとするの?!友達には子供が生まれた。っていうか、わたし最近恋してない!どっかにいるの?!私の相手?!このまま年取っていくの~~?!?!?!全然足りてないけど、こんな感じかな?!ほどなく、彼女の涙は落ち着き、二人で笑いながら乾杯した。きっといいことあるよって半ば自分に言い聞かせながら…。それから、3ヵ月後私は今のだんなと会った。その年の秋に彼女は電撃結婚した。鹿児島での結婚式にも呼んでもらった。幸せそうだったな…。今では二人の女の子のママだ。私も結婚し、親になった。結婚したらしたで、悩みはつきない。なんで結婚したのかと自分に、そしてだんなに問うことすでに数え切れないほど。そしたら、急にあのトイレでのことを思い出した。20代、まわりが見えなくなるほど、彼の心を得るのに一生懸命だった頃。そして、30代を前にして、そんなこと恥ずかしくてできるかと言いながらも、心ではひょっとして自分はこのまま一人なのではないかと不安になった。人生のパートナーに出会った今、果たしてこの人でよかったのかと悩み、私の人生、子育てと家事と親戚づきあいとチェサ、やがてくる舅との同居や介護に終わってしまうのではないかという恐怖に近い不安…悩みは尽きない!(これ!結論!)でも、選択がどうだったであれ、心残りはあるものの、後悔はしてない。今私なりに逃げずに進んでる。(いいぞ!りんママ!)自分で自分を励ましつつ、愛娘の凛に癒され、だんなの思いやりに安らぎながら、とりあえずはただいま充電中。
2006年01月20日
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昨年イブに姉と姪が遊びにきた。買い物したり、焼き肉食べたりと韓国を満喫したようだ。なによりも娘をかわいがってくれる。韓国側の親戚もそりゃかわいがってくれますよ。でもね…。なんかいたぶりつつ、いやがってる娘を見ながら笑っている彼らのかわいがり方には、まだなれないりんママ。やっぱ!日本式だね。そりゃもう!かわいいぃ~~~~っ!!!!!てな感じで、一日中娘も大興奮!そんな彼女達の帰国は28日。その日が迫るにつれて、なんだかさびしモード。ということで…やっぱ!年越しは日本だよね。と26日になって飛行機の席を予約したりんママ。7日までしっかり日本でのお正月を満喫してまいりました。思えば…98年の訪韓以来日本での年越しは初めて。元日だけが休日の韓国ではもちろん31日まで仕事。学院も授業がある。大晦日なんだから生徒も来ないんじゃないのぉ~~~っ?!甘いです。1時間目。来たよ!毎日まじめに通うパクさん。彼は大雪で公共交通機関がストップした日も来た。そして!来たよ!ほとんど来ないジョンさん。この恐るべき進度差の二人で、どう教えろというの!仕方ないから、ゲームとフリートーキング。2時間目…。誰も来ない。帰ろっかな~~~~?!なんて思ってたら、3時間目のソンさんが待合室でテレビ見てる。仕方ないから1時間おしゃべり。(これって無料指導?!)3時間目も2,3人でのさびしい授業を終え、早々と帰路へ…。寮につくと、そこは早めに切り上げた外国人ルームメイトたちが年越しパーティー真っ只中!こんな短時間でなんでそんなに酔える?!?!?!と思えるくらいすでに泥酔状態の彼らを尻目に、部屋へ一目散!テレビ・オン!でしょ やっぱ!すでに時間は10時を回っていて、紅白も後半戦。今でこそ、若手もトリをとるが、以前は10時を回るとよっぽどのアイドルか、ほとんど演歌歌手。つまんなぁ~~~~い!とおもいながらもしっかり口ずさむりんママ。最後の蛍の光では、やっぱ!ホロッときて、行く年来る年を見ながら静かに…しずかに…zzzzz・・・たいてい12時を待たずして眠りに落ちていたのでした。幸い99年から、だんなと付き合い始め、いっしょだったので、飲みに出ることもあったけどだいたいおんなじようなもの。大きく変わったのは結婚してから結婚後初めての大晦日は大げんか。だってさぁ~!普通大晦日の9時から呼び出されたからって飲みに行く?!?!当時妊娠3ヶ月目でつわりゲェ~ゲェ~の私をおいてよぉ~!でも、気を使って12時15分前に帰ってきたけど、時すでに遅し…。凛が生まれてからは普通に家族のお正月。そして、今回やっと日本でのお正月。戻ってきたら、もうすぐ韓国の旧正月。ジェサも目白押し。でもね、がんばれそう。日本で家族とのお正月してきたもん!夏休みのディズニーランド!を支えにがんばるんだ!今年もがんばるぞぉ~~~!
2006年01月09日
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ビッグママからの電話で、おもしろい試みがあるので参加してみないかと言われた。興味を持ったのは、(あの!)ユネスコが主催しているということ。聞くところによると、CCAP(文化交流への目覚めとでも言おうか)というプログラムがあり、在韓の外国人が自国の文化を韓国の小学生達に直接触れさせる機会を作るというもの。そうよ私は外国人!(この表現に抵抗感をお持ちの方もおありだろうが。)ということで、おもしろそうだからやってみることにした。テーマは自由ということで、お決まりのコースで…・日本にはいくつの都道府県があるか。・通貨について。を主にクイズ形式でやったと思う。(もち、賞品もあり)当日はビッグママに浴衣一式を借りて、通訳の韓国人(私の生徒)といざ!出陣!学校につき、校長先生に挨拶をし、控え室へ。この日のために練習を重ねてきた浴衣への着替えに入る。んがっ!練習のしすぎか、運び方が悪かったのか、結んだ状態だった帯が!帯がっ!帯が~~~~っ!ベッロ~ン!とだらしなくほどけてしまっているではないか!通訳のイムさんに、「おっ!帯がね。イムさん」イムさんが「おびって?!」だめだこりゃ。つぎいってみよぉ~!汗かいてきた。トントン!ノックの音。担当の先生が2人の男性を従えて入ってきた。着替え中です。(改めて)あたふたととりつくろっていると、イムさんになにやらその男性達を紹介している。イム「先生!この方達は、新聞社からいらっしゃって、今日の授業を撮影な さりたいそうです。」(みよ!この完璧なまでの敬語の使い方!)えぇ~~~~~っ?!?!?!半分はだけた胸元を隠しつつ、片手にだら~っと帯の私になんの返答ができようか?!汗!汗!日本人を代表して、微力ながらも「近くて遠い国韓国」の子供たちにお隣の国を見直してもらえるような機会を作りたかったのにぃ~!控え室の片隅で、胸ポロで帯ダラの日本人代表りんママ。結局、なんとか帯を締め、見た目にはグレイト・きも~ぉのぉ~!になり、いざいざ!教室へ。直前のハプニングもあって、最初は緊張したが、やはり子供たちのとの触れ合いは良い!授業は子供達の活気で盛り上がった。撮影もうまくいき、数日後の地方紙にりんママがいかにもグレイト・きもぉ~のぉ~で載った。(どっかにとってあると思う)ホッ!結局このプログラムには2度ほど参加したと思う。たった2度の参加にもユネスコ韓国事務所から修了書をいただいた。ありがたいことである。こんな私でも役に立てたのだ。こちらでの生活も長くなり、いつしか自分が外国人であることを忘れかけてきていた。先日も娘を預けているお宅の6歳になる息子さんから、「おばさんはほんとに悪い人なの?」ときかれ面食らった。聞けば「イ・スンシン」のドラマを見て日本人の悪辣さにショックを受けたらしい彼。でも、目の前のりんちゃんもりんちゃんのママもそんな人には見えない。でもでも、日本人だよね。悩みに悩んだ挙句、私にきいたらしい。彼のお母さんは、すまなそうだったけど、「おばちゃん、悪い人かな?」と聞き返してみた。ちょっと悩んで、彼は「そうじゃないと思う。」と言った。過去の日本人の行動を正当化しようなんて思ってもいないし、まず、それほどの知識がない私である。でも、これまで日本人って悪い人と信じてきた6歳児が私達と付き合って、そのことに疑問を持ってくれたことに、ちょっとのうれしさと私が韓国にいることの意味(大げさだね。)を感じたのである。
2005年12月09日
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ギョンちゃんとは、私が韓国に来てからだから、ほぼ7年来の友達。年も1つ下で、妹のようで姉のようでもある。彼女はきれい。やせてて、背も高い。髪はフワフワのロング。声はやわらか高い。初めての出会いは、私のクラスに来たとき。彼女が入ってきたのを見て、うれしさを隠し切れない男の子達もいた。そんな彼女、初日に…「先生、ちょっと小便に行ってきます。」あんなきれいな顔でそんなこといわれた。有無を言わせず、私の友達にした。それからは、週末ごとに彼女の豪華マンションにお泊り。晩御飯から、カラオケ、ナイトクラブから朝のサウナまで、フルコースを満喫した。そう、彼女はお金持ち。定職はないようで、高級車を乗り回し、マンションには最新の家電製品から、超豪華家具が並んでいた。お買い物も半端じゃない。高そうなブランドのお店で、服なんかも何着かまとめて買う。服に興味のない私でも、圧倒されっぱなし。きれいで、お金持ちの彼女。付き合う男も半端じゃないよ。何人か紹介してもらったけど、会社社長にアメリカ大手企業の韓国駐在員(中国系アメリカ人)などなど。一度、「彼がご飯おごりたいっていってるから、何食べたい?」と聞かれ、なやんだあげく、タッカルビと言ったら笑われた。後になって、彼が車で到着。韓国のベンツ(私が勝手に思ってる)エクースが止まり彼が降りてきた。ドアを開けてもらい、乗り込んで初めて、タッカルビのレベルではない人だとわかった。結局、ホテルのレストランでフルコースをいただいた。ここまで書けば、いやな女っぽい?全然です。めっちゃくだけてて、パワフルな彼女。なぜか気が合った。そりゃね…世の中こんな不公平でいいのかぁ~~~~!って思うときもあったよ。私が、今のだんなと地味にラブラブしてたころ、彼女は、エクースのエスコートで食事にショッピングに旅行にとセレブな生活をしてたから。しかし、長年付き合いながらお互いいろいろなことがあった。私は、5年の恋愛期間を経て結婚。ギョンちゃんは、結婚寸前までいくのだがなぜかそこまで。だんなの家には借金があった。彼女は、彼氏のカードでお買い物。私は、留学と結婚で貯金のほとんどを使い果たした。彼女は割のいい貯蓄と、株などでさらに財産を増やした。愛する人と結婚し、幸せなはずなのに、ギョンちゃんに会うと、これでよかったのかと問わずにはいられなかった。私の結婚にも、彼女は反対こそしなかったものの、最後まで心配してくれた。でも、けっして彼のことを悪くは言わなかった。結婚して、私はマサンを離れ、彼女との連絡も以前とまではいかなくなった。結婚と同時に子供ができ、つわりがおさまりかけたころ、久々に彼女に連絡をしてみた。もちろん妊娠の報告もかねて…。ところが…。彼女は病院にいた。婦人科系の病気を患い、大手術の末、子供が生めなくなっていた。なんと皮肉なことか。そんな彼女、久々の私の電話に子供はまだかと聞いてきた。迷ったが事実を言うと、喜んでくれた。その後、私は、日本に里帰り出産。ほぼ、1年ぶりぐらいに彼女に会った。子供好きの彼女は娘をほんとにかわいがってくれた。そしてセンスのいいワンピースまで。彼女は現在病気が再発し、今週手術を受けた。直前に電話で話し、退院したら必ず会おうと約束した。彼女との付き合いは、きっと私のないものねだりだったのかもしれない。でも、うらやみながらも、彼女は大事な大事な友達の一人。お金はあるけど、愛がない。愛はあるけど、お金がない。究極の選択を強いられながら、私達はこれからも生きていくのだろうか。彼女の手術の成功を祈り、退院したら、また昔のようにゆっくり語り合いたい。
2005年11月24日
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週末にだんなの同僚で、大事なPCゲーム仲間の結婚式に行ってきた。式場に着き、トイレへ。(デグまでの長旅だったので…)個室に入り、用を足していたときのこと。(こりゃ、失礼!)横の個室から、何やら聞こえてきた。以下、私の韓国語日本語訳でお楽しみください。「あ~~っ!もう!めんどくさいったらありゃしないよ。まったく。(ザワザワという音) 昔の人は、こんなの着てよく生活してたもんだ。 (ザワザワ)んしょっと。ふぅ~~っ!あ~やだやだ。」(ザワザワザワザワ)どうやら、隣のおばあちゃん、狭い個室の中で、ハンボク(韓服)での用足しに悪戦苦闘中らしい。韓国が誇る美の象徴ハンボクも、ここではまさに足手まといのようで…。なんだか苦笑。日常のふとしたことでクスッとしてしまうことが多い私。だって、笑いの沸点低いんだもん。またまた、トイレネタになりますが…。うちの娘は、おならをすると、「ぷぅ~っ!」と自己申告する。それだけならまだしも、他の人がおならをしても、この「ぷぅ~っ!」とやらをしてしまう。最近はおならの規模によって、「ぷっ!」だったり、「ぶぅ~~~~~っ!」だったりする。そんな娘をかわいいと思えてしまうりんママ・パパである。んがっ!舅の通院について行ったときのこと。オムツをかえようと、トイレに入り、簡易用(壁から倒してだすやつ)のベッドの上に凛をのせ、オムツをかえていた。ほぼ終わり、「気持ちよくなったねぇ~。」と満足げな凛とりんママ。ところが、そこへ、また何やら音が…。どうやら、個室から…。おなかの調子が悪い方だったようで。(またまた失礼!)ブビビビ~~~ッ!とかなり強烈な音が…。こりゃ~つらそうだな。かわいそうにと思って聞いていると…。「ぷぅ~!ぷぅ~!」と凛がいつものやつを始めるではないか!?!?!?えぇ~~~~!?!?!ちょっとやめてよぉ~(アセッ!)「凛ちゃん!しないよ~!シィ~~~ッね。」またしても!ブボッ!ブババ~~~!と個室から。「ぷっ!ぶぅ~!」と得意げな凛。はい!そりゃもう超特急で終わらせトイレを後にしましたよ。(個室の中の方ごめんなさい)今日は、もう一つ!家族で田舎に行ったときのこと。舅一人暮らしなので、掃除から洗濯、ご飯から全部私の仕事。もともと口数の少ない舅なので、ご飯を作っても「おいしい」とか、ねぎらいの言葉などない。だんだん疲れてくると、当然私も不機嫌になってくるわけで、夕食時になると、かなり、どんよりムードの食卓になる。その日も、私は凛をひざにのせ、足を横に出して座り(お姉さん座り?!)、凛にご飯を食べさせていた。こんな無愛想な舅も孫はかわいいらしく、ちょっかいをだしてくる。テーブルの下から、凛の足の裏をくすぐってご飯の邪魔をしようとしてくる大人気ない舅。凛は、当然ご機嫌ななめ。くすぐっては、凛が「あぁ~~ん!」と嫌がるのをさもうれしそうに見ていた。んがっ!次の瞬間!妙な感覚が!そうです!凛の足だと思い、くすぐったものは私の足!「おっ!お義父さま!いけませぬわぁ~!そっ!そんなぁ~~~!」なんて、猫なで声出しませんよ。冷静に、「お義父さん。それ、私の足。」半笑いと「しまった!」を悟られないように聞こえなかったふりをして、手を引っ込める舅。凛は、もくもくと食べ、だんなは笑ってた。そんなこんなで、冷え切っていた食卓は和み(和んでないって?!)、田舎の夜はふけていった。最近の私の思い出し笑いベスト3ネタである。
2005年11月11日
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マサン組トリオのよっちゃん、ユンちゃん、りんママで旅行に行ったときのこと。旅館に泊まり、朝の身支度のとき、それは突然起こった。ユン「あ~っ! 歯ブラシ忘れたぁ~!よっちゃんかしてぇ~! 」えぇ~~~~~っ!?!?!?!?!?よっちゃん「 いいよぉ~! 」えぇ~~~~!?!?!?!?よっちゃんの歯ブラシでさわやか吐息になったユンちゃん。その後、女3人旅は続いた。かれこれ5年前の話である。なによりも、ショックだったのは、日本人であるよっちゃんの行動。だって歯ブラシですよ?!歯ブラシ!かします?!普通。こちら韓国では、歯ブラシの貸し借りはけっこうあること。だから、よっちゃんのいち早い韓国への適応にかなりショックのりんママ。外国生活が長くなると、本人は気づかないうちに、その土地の生活に慣れていき、日本人的な感覚が失われていくのであろうか。韓国生活も6年目を迎えた秋のこと。めでたく結婚し、だんなと東京に遊びに行ったときのこと・・・。やっぱ行くよね、TDL。「なんで、3分乗るために30分も待つんだよぉ~!」と少々ご機嫌ななめ気味のだんななど気にもせず、アトラクションを次々と制覇。せっかく来たんだからと、写真もとりまくり。んがっ!それは突然起こった。シンデレラ城をバックにだんなの写真を撮ろうとしていたところへ、それに気づかず、私とだんなの間で遊んでいる5歳ぐらいの子供が・・・。りんママ「ねぇ。どいて。」子供はどいてくれた。写真を撮ろうとしたその瞬間!その子のママらしき女性の捨て台詞が私の耳に入った。「そこまで言わなくても…。」?!?!?!?!?!ぴよぴよ?!?!?!?!?!私きつかったの?その場で5秒ぐらい状況把握できなくてボーっとしてしまった。写真とれないから、どいてっていっただけなの。やさしく言ったつもり。手はちょっと「どけどけ」手ぶりしたかな?!ちなみに韓国では、邪魔なときは「どいて」って言う。「どいて」がかなり直接すぎたのかな。「ちょっとぉ~ごめんねぇ~。」と子供が気づくのを待つべきだったか。その時、自分がだんだんだんだん韓国式になっていることを自覚し始めたのだった。さらに空港でのこと、出国に向かう入り口に入ろうとしたとき、列を作るためのロープのようなものが入り口から2,3メートル離れたトコにはってあったのだけど、待ってる人の列の最後尾がちょうどロープにかかるかかからないかのとこぐらいだった。(わかりにくいね。)とにかく、そうだったのだ。ちょうど列とロープの間に隙間ができていたので、私は何気なくそこから列に加わった。(割り込みではありません。列の最後尾は私。)んがっ!それは突然起こった。「ちょっと!なにやってんの!並びなさいよ~!」それは、遠くロープの張り始めのとこから、ご丁寧にまわってきた40代ぐらいの女性。「あっ!いや…。誰も待ってなかったので…。」言い終わらないうちにまくしたてられた。「みんなちゃんと並んで待つの。そんなとこから割り込んじゃだめだってわからないの?いい大人が!」プチっと切れかけている線を、こぶしをにぎりしめつつあやまり、女性を先に行かせた。見送りに来てくれていた友達は、あ然&苦笑い。「人が並んでなくても、ロープのはじめから入ってきなさい。」日本にいた頃は、なにげにしていたことも、何年かの韓国生活で「あいてたら、さっさと入れ」の合理主義に染まっていた。久々の日本旅行は逆ショックでかなりまいった。まだまだ気づかないところで、私の韓国化現象は進んでいるはずだ。でもね…。列に並んでて、前の人にぴったりくっついて(こんでもないのに!)手でグイグイおすようなことはいたしません…。まだ…ATMでお金をおろしてる人の後ろに線を越えて、これまたぴったり張り付いて、その人の口座番号から残高まで覗き込むようなことはいたしません。まだまだ…子供に飴ちゃん(関西地方の言い回しがお気に入り!)をやり、目の前でその包み紙をポイッと捨てるようなことはいたしません。…と思う。言い出せばきりがない。私の中の韓国化現象進度測定基準。
2005年11月08日
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外国生活をしていて病気のときほど心細いものはない。病院から食事まで自分で動かなければならず、ゼェ~ゼェ~いいながら冷蔵庫を開けて、何もなかったときなんか日本に帰ろうと思う。まっ、学院の寮で生活していると、それなりに同居人が気を使ってくれる。今日はそんなお話。皆さんは病気の時、どう過ごすだろうか。私の場合…・とにかくあったかくして寝る。 このあったかくがポイント。お見舞いの方は丁重にお断りする。 だって病気だもん。・テレビは見ない。 テレビっ子の私にはこれが一番つらい。目の疲れが悪いと信じている。 だって病気だもん。・アイスクリーム、チップス系、ファストフードなんてもってのほか。だってだって病気なんだも~~~~~~~ん。ところが外国人と一緒に住んでいると、これらすべてが見事に打ち砕かれる。甲状腺に問題を抱えているジェシカちゃん。そのせいか、疲れやすく、熱もよく出していた。そうなると彼女は一日の授業をキャンセルすることになるわけだが、それを院長に伝えるのは、韓国語が彼女よりほんの少しできるからという理由だけで、私の仕事。韓国にいる外国人(英語圏の方々)の韓国語習得への情熱は極端だ。ほぼないといってもよい。たまにえらく熱心に韓国人から習ってると思ったら、授業よりもその後の夜の韓国語講座に情熱を注いでいる。(偏見です。)脱線しましたが…。彼女の欠勤を伝えると院長は「またかよぉ~~!!!!」ってな具合に文句炸裂。「でもひどそうなんで…。すみません。(なんで私が謝るの?!)」とりあえずそのよしを伝え、院長の「病院に連れてけよ。」の言葉に、「はい」と返事する。(いつものことなので、彼女は病院には行かないが)ここで時刻はまだ6時半です。はい、朝の。学院の朝は早い。おっと遅刻だよぉ~!急いでバスに乗る。そして、私は早朝からダッシュで授業へ。午前の授業を終え寮に戻り、疲れてはいても同居人のよしみだ、彼女の様子を見に部屋へ。そこには、熱にうなされながらもがく彼女が…?…?あれっ?「あっついし、寝てばっかじゃ背中痛いの。」と半袖・半ズボンの彼女。あったかくがポイントなんじゃ?!?!?!?!西洋人は基礎体温が東洋人より高いらしい。(思い込み?!)午前の授業の疲れを昼寝で癒す私。すると、ノックノック!そこにはジェシカちゃん。「ひまだからビデオ借りてくるけど一緒に見る?!」なんてやさしい同居人。ビデオ一緒に見ようなんて…、って?!病気じゃないの~~~?!しかも借りに行くのぉ~~~!?!?!目の疲れはいけません!はい!これポイントだから。彼女に丁重にお断りして、再び眠りの世界へ…ZZZZZZZ学院の授業は夕方6時ぐらいからまた始まる。昼寝のおかげですっかり元気になった私。身支度も整えて、おっと!出発前に彼女の部屋へ。そこには~~~~っ!外国人仲間のジェミ-ちゃんとダグくん。「ハイ!」挨拶を交わし…って、病気なんだよねジェシカちゃん。お見舞い客は丁重にでは…?!さら~に!部屋には、積み重ねられたビデオとアイスに、ピザに、ポテチに、おっとコーラもね…って!?病人がジャンクフードぉ~~~~!!!!!彼女の部屋のドアを閉め、その場で両手を広げ、肩だけ上げ下げのオ~マイガッドのポーズ。夕方学院に行くと、そこには院長が…。院長:「ジェシカはどうだい?つらそうだろ?」りんママ:「あっ、えぇ…。」院長:「病院は行ったか?」りんママ:「…と思います…。」めっちゃ罪悪感。そんなこんなで、夜の授業を終え寮へ。なんだかんだいっても病人の彼女にリンゴを買って家路を急ぐ。「たっだいまぁ~!」んがっ!!!!そこには、半袖・半ズボンから細めのジーンズとぴったりTシャツの彼女が…。「一日寝てたら、体なまっちゃって~。寝すぎで夜も眠れそうにないから、ちょっと出かけてくるね。」行き先はいつもの外国人バー。私の今日一日の思いやりを返せぇ~~~!とは言わない。院長にうそついたときの罪悪感も気にしなければいい。買ったリンゴは自分で食べる。これぞ西洋式病気克服術なら、それもあり。教訓やりたい放題が一番。
2005年10月20日
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「あんたといい、お姉ちゃんといい…まったく。」後半はこうなる。「なんで、もうちょっとましな家の人と結婚しなかったの。」だんながこのブログを知らないのがほんとに救いである。母いわく、だんなはいい人。彼女もすごくかわいがる。しかし、彼の家庭に不満がある。まず、うちよりお金持ちじゃない。えっ?!うち?!ごく普通のいわゆる中流家庭ってやつ。父が早くになくなり、母一人で3人の子を育て、大学まで行かせてくれた。これも、若いうちからしっかり保険やら貯蓄やらをしていてくれたおかげ。んがっ!だんなのうちは余裕がない。彼も、大学はかなり金銭的に苦労して通った。借金もそこそこあるらしく、それは後でそのまま息子の代である私達に受け継がれるらしい。それが不満の彼女。さらに、だんなの兄弟達。はっきりいって、自分勝手。家の行事にちゃんと顔を出し、手伝ったことは(弟の奥さんも含めて)ほとんどない。それどころが、やれ、交通費がないだの、子供のミルク代がないだのと援助を要求してくる始末。「家族第一の国じゃないの?!」とさらに不満の彼女。ということで、さらに言い出せばきりがないが、結果…「もうちょっとお金持ちで、あんたがラクに生活できる人と結婚してほしかった。」となる。ちなみに、姉のだんなは14歳年上。そちらも母からすれば、たいそうご不満がおあり。そこで、韓国に来たときに、学院の同僚ジョン先生(女性)のうちに連れて行った。(久々マサン組の話題!)彼女のうちはお金持ち。アメリカ留学の経験を生かし学院で英語を教えていた彼女。親に買ってもらった国産スポーツカーを乗り回し、身の回りはつねにブランド品に包まれていた。でも気さくで、気の置けない仲間の一人だった。そんな彼女は、結婚して、だんなさまとアパート暮らし。そこにおよばれされたときのこと…。だんなさまも、いわゆる良家のお坊ちゃまってやつで、そりゃ家のなかは、たっかそ~な家具がいっぱいでしたよ、はい。この辺ですでに、母の目はランランと輝き始めてました。おまけに、学院で教えてる彼女、その間は娘さんをベビーシッターにみてもらってる。ランランラン(注:母の目の輝き)一通り家を案内され、お茶となった。「いいわね~。ジョンさんの生活。うちの娘にも…。」(あ~ぁまた始まったよ)「ほんと素敵な結婚生活。ほ~っ。」(ためいきかいっ!)んがっ!そうは問屋がおろさない!聞けば彼女、新婚当時1年だけという条件でだんな様のご両親と同居したらしい。(韓国では結構あること。)お姑さんは、「汚い…。」が口癖。雑巾を持って、人の後を追いかけて掃除をしまくる人だった。ジョン先生の朝は早かった。5時前には起きて、朝の運動をお始めになるお舅さんとお姑さん。運動が終わるのを待って、果物ジュースをお召し上がりになるのだが…。ミキサーで手作りが基本!さらに、旬の果物のジュースしかいただけない。もちろん、味に関してもかなり、うるさい。そして、その後、朝食までまだ時間があるので、軽くサンドイッチを召し上がる。もちろん高級パン屋のパンに、新鮮野菜に、良質のハム。お舅さんは一日3度コーヒーを召し上がる。もちレギュラーコーヒー。んがっ!んがっ!コーヒーカップが同じものではいけない!3度違うカップで優雅にいただかれるのだ。そんなこんなで、夜はめっちゃ疲労困憊の彼女。でも、お二人が寝室に入られるまで、自分もリビングでお付き合いしなければならず、なかなか寝ようとしないお二人にマジギレしそうになったことはほぼ毎日。また、お金持ちはお金も半端じゃないらしく、親族に金銭的問題が生じると、ン百万単位でのお金を彼女にも要求。彼女に断れるはずもなく…。「一言で、地獄だったよ。」彼女のしめの言葉。シュンシュンシュン…(私の母)結局彼女はほんとに1年でだんな様の転勤が決まり、別居に成功。でも、ソウルにいたにもかかわらず、何かにつけて、マサンに呼ばれた。すっかり無口になってしまった母。あれ以来、母の口癖が出るたびに、ジョン先生のことを持ち出すようにしている。「お金持ちと結婚したって私にはつとまらなかったわよ。」お金持ちがみんなそうではないだろう。そりゃ私だって、セレブな生活してみたい。スーパーで卵30個190円のタイムサービスにドキドキしたくない。でも、きっとセレブにはセレブの苦労があるはずだ。ぐうたらの私にはつとまらないだろう。だからといって、母の口癖がなおるわけでもなく、今日もまたまた高い国際電話の最中に出たよ!あの一言。「お姉ちゃんといい、あんたといい…。まったく。」母の5年の反対を押し切って結婚した私には言い返す言葉もなく…。そんな私に結婚を許してくれながら母は言った。「いつでも帰ってらっしゃいね。」なんだか、せつなかった。「あんだけ反対しても結婚するんだから、絶対幸せになりなさいよ!」といわれるよりも何倍も何倍も母に対してすまないと思った。そして、娘の母親になった私は…。間違いなく、凛にはいい結婚をしてほしいと思っている。なんなら、結婚しなくてもいいとさえ思う。母のなげきは続く…。
2005年10月14日
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この!私にバトンなるものがまわってきた。連想なんたらというもので、次々に連想して、さらに3人にまわしていくというもの。なんか、この世界に認められたようでうれしかった。さっそく、まわってきたものを…。んがっあの…今まで連想されたやつをこのベージに持って来たいの…。どうしたら?!??!?!ん~っ!!!!できない。ということで、直前の連想だけ。「億万長者」ということなので…。ふむふむ…。ふむ…。ふむむ…?!?!?!ジャジャ~~~ン! 「ロールスロイス!」ま、今の時代億万長者じゃなくても乗れるけどさ。ま、いいじゃん。それでっと…。んがっ!またまた壁にぶち当たった私。ブログ歴浅い私に、これを回す3人の友達がいない?!?!?!どうしよう?!?!?!?!私の周りは、筆不精ならぬ指不精なるものばかり。ブログ読んでもコメント残すのさえ、「ゆ!ゆびがっ!」と大騒ぎのものばかり。そこで…。あっさり…。全世界ブログ友達の友達の友達の皆様。ごめんなさいりんママにまわってきたが運のつき。これをもってバトンを終了させていただきます。きゃあ~~~~~!ガチャン!(なんか飛んできたよ。)「てっめえ~!今まで苦労して連想してきたんだよぉ~!!!!」(お叱りはごもっともでございます。)・・・やっと、仲間入りさせてもらえると思ったのになぁ…。考えて見れば、私はブログの世界のことなど何も知らない。以前偶然行ったブログの方から、ご訪問ありがとうというメールをいただいた。これって、当たり前の礼儀なんだよね、きっと。私一回もしたことない。ほんと常識なくて…。私で止まったバトン、あと2人の方がしっかり受け継がれていくことを願って…。でもでも、日記は続けさせていただきます。(ほそぼそと…。)
2005年10月13日
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「げんこつやまのたねきさん…。」最近の子守り歌。その日も、電気からテレビから消して、凛を寝かしつけていた。11時を過ぎているのに、凛はなかなか寝ない。どのお母さんもあるだろうが、私が先に寝入ってしまうこともしばしば。それでも、やっとおねむモードに入ったかと思いきや! 「12時だよ~!」とすっとんきょうな声。はい!だんなでございました。りんママ「なによ~!」りんパパ「だから、12時だってぇ~!」半分寝ている凛を抱き上げ。「お母さん!誕生日おめでとう!」(かなり不機嫌な凛)今年も、7日になるのを待って、おめでとうコールだ。しかも、まだ暗闇。なのに、かばんをガサゴソしているりんパパ。ようやく電気をつけて。小さな箱をくれた。「オレ、これのために最近ずっと頭痛かったよぉ~!」中には…。それはそれはかわいいピアスとネックレスのセット。「あなたの好みを探そうとがんばったんだけど…。」んがっ!そこには、私の好みとは明らかにかけ離れたものが…。私は耳からブラブラぶら下がるピアスはきらい。宝石がごちゃごちゃついてるのもちょっと…。みなさまのご想像通り、宝石(いし)がごちゃごちゃついたかなりブラブラしそうなピアスでした。でも、そこは彼の気持ちをくみ、早速つけてみましたよ。一つつけるたびに、目がキラキラうれしそうに輝いてくるりんパパ。「きれいだね。」と言ってくれた。(凛はすっかり目が覚めて、プレゼントの箱をいじってました。)その日の朝には、しっかりわかめの味噌汁?!(うちは毎年これです。)昼には、雨の中にゃちゅさんが茶器のプレゼントとともに訪問。夜には、友達も来てカルビ食べた!食べた!その後は、サーティ-ワンのアイスクリームケーキ。で完璧!久しぶりに誕生日らしい時間を過ごし、1つ年をとったことなど忘れ、幸せをかみしめた。平和過ぎって?!だよねぇ~。
2005年10月10日
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あれは、2000年の明日のこと…。いつものように授業を終えて、外にでると約束通り彼(現在だんな)が迎えにきてくれていた。「どっか行きたいトコある?」というので、マサンでも山腹にある見晴らしのいい展望台へ。これまた、いつものように自動販売機の甘ったるいコーヒー。デートスポットらしく、ベンチが等間隔に置かれ、前にはマサンの夜景が広がる。(ん~なかなかですな。)「今日の授業どうだった?」などとまたまたありきたりの会話の後、一瞬の沈黙…。いよいよかぁ~~~?!?!?よいこのみんなは、いけないことを考えてはだめだよ!「じゃ帰ろうか。」ぴよ?!ぴよ?!車で寮へ。いつものように部屋まで送ってくれた。12時近かったけど、ここは礼儀(作戦?!)で「コーヒー飲んでく?」部屋に誘い込め~~~~っ!ちなみにだんなは4歳年下です。あれ?あれ?あれれぇ~?テーブルの上には、ケーキとシャンパンとバラの花束!ローソクに火をつけながら…。「私、こんなの初めて…。なんか、恥ずかしいね。」えっ?!りんママが言ったんじゃありません。彼ですよ~。そのころは、まだまだ なよなよ日本語だった彼。そして、お決まりの誕生日ソング歌ってくれましたよ。彼は、まれにみる音痴です。(一緒に歌うとハモれます。)そんなぁ~時代もぉ~あぁ~ったねとぉ~!あれが彼がめちゃ本格的ロマンティックに祝ってくれた最初で最後の誕生日。翌年からは、友達呼んでドンチャン騒ぎ。去年からは、凛も加わったけど私達は日本にいたし…。そして、5年後の明日。バラもシャンパンもないだろうな…。ちょっと期待?!ご報告は次回。
2005年10月06日
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かなり、オーバー体重の私にも「食欲の秋」は容赦なく訪れ…。テレビのグルメ番組を見るたびに食べたいものが増えていく今日この頃。一人暮らしの期間も長かったので、料理も…、と言いたいトコだが、私にとって料理は実験に近い。本を見ながら、あれこれ入れてみて、「ほんと本通りに作ったらおいしいよぉ~!」と確認する。たまに、いい加減な材料でいい加減に作ったら、かなりのヒット作(99%は失敗作だが)ができたときの喜びはこの上ない。二度と作れないのがね…。マサンでの寮生活はほぼ5年近く。外国人との共同生活で、料理もかなりごちゃまぜインターナショナル。今日はそのなかで、マーク君のお話。彼はうちの学院のなかでも一番の古株。韓国人にこびて(?!)友好関係を築こうとする外国人が多い中、彼だけは、アメリカンスタイルを貫き通した。といっても、かなりの長身でイケメン。こびなくても、まわりからどんどんひとがよってきていた。こう書けば、かなりのイヤミ男のようであるが、温厚な方である。そんな彼には、不滅の1週間食がある。まずは、週末に近所のウォルマートへ買出しに。買うものは決まって、鶏のもも肉3~4パック(1パックに6きれぐらい)色とりどりのピーマン(パプリカともいうの?)(4個以上)チェダ-チーズ基本的にこれだけそして、料理開始。全部一口大に切る。準備完了!でぇ~~~~っかい鍋でひたすら炒める。塩とコショウをぱらぱら。料理完了!冷まして、これまた でぇ~~~~っかいタッパに入れて冷蔵庫へ。げつよ~うびに*ごはんにかけてぇ~そのうえからチェダーチーズを~。電子レンジでこれをチンしてぇ~塩コショウで味ととのえるぅ~。*かよ~うびに *以下繰り返しすいよ~びに *以下繰り返し yryRs(凛がしました。意味不明。) 以下ようびだけかえて、*以下繰り返しアチ!アチアチアチアチ!ヤミ~!これがマークの一週間!メロディ-はおわかりですね。見た目は、色のないカレーって感じ。でもね、一年ほぼ365日これを欠かさない彼ってどう?!一度、ごちそうにあずかったけど、まずくはなかった。チュソクのてんぷらも3日食べりゃあきるのに、すごいよマーク君!韓国にきて、最初に気に入った料理はカルビタン。1週間に3回は食べてたと思う。私の場合、あきる前に体が受け付けなくなったのか、原因不明の下痢と熱にやられ、以後見るのもいやになった。でも、焼き肉は無敵!つわりのときも、焼き肉だけはバカスカ食べた。明日から母が来る。私もだんなも母のまぜご飯を楽しみにしている。
2005年09月24日
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成り行きと直感にまかせて生きてきたこれまでの人生。不確かな未来は考えず、ひたすら今を精一杯生きてればいいと思ってた。(べたなフォークソング風)だんなが急に生命保険に入ると言い出した。あまりに急で、なんか心配なことでもあるのかと思いきや、この前の、イボ痔の時、入っていた保険で保険金が出なかったことで、保険に疑問をもつようになったらしい。「オレが死んだら、あなたと凛ちゃんは困るでしょ?」(うんうん)「まっ、その時は待ってましたとばかり日本にかえるだろうけど。」(ゲッ!ばれてる!)「でも、すぐには仕事もできないだろうから。それに、うちには 財産もないしね。」(なんかしんみり)「ねぇ。私は生命保険入らなくていいの?私が死んだら…。」「あなたが死んでも、オレは会社があるから大丈夫。」(きっぱり)一体私の存在価値って…。結局彼の保険に被扶養者(私と凛)がセットになって入れるお得?!コースに決めた。これで安心。翌日電話。テレビでやたらめったら広告しまくってる外資系の保険会社から…。(あちゃ~!どうやってことわろ~?!?!? この手の電話ってなかなか 切ってくれないんだよね)んがっ!「だんな様が、お客様のお名前で保険に加入されました。それで、ご本人の加入条件ご確認のためお電話差し上げました。」え?!?!?!?!なんで急に?しかもだまって?え?私狙われてる?保険会社のお姉ちゃんのてきぱきとした口調に圧倒されながら、質問に答えて電話を切った。その途端だんなからの電話。「これね、オレからのプレゼント。保険料は毎月のオレのお小遣いから 出すから。」ウルッときた。やってくれるね、りんパパ。なんだか、普段小言ばっかり言って申し訳ないなって思わせる。このやろ~~~!(でも、お小遣いは増やしません。)その夜、ビールを飲みながら、また話題は将来のことへ。「私りんパパより年上だから、私が多分先に死ぬね。」「りんママの小言と仕事のストレスで、オレが先に死ぬよ。」「ちょっとぉ~~~!」最後は、ちょっとでも元気に生きて、凛への負担を少しでも軽くしてあげようという結論。かねてから、「10年は我慢する。」が口癖の私。なにがうれしゅうてこんな結婚!とかなりブルーになっていたこのごろ。結婚式で永遠の愛を誓っておきながら、たった2年でこの有様だ。保険にも入り、安心して病気にもなれるようになったことだし、いつまでもグジグジするのはやめて、また万年脳天気の私に戻ってみようか。りんパパの「りんママ機嫌なおしてね。おれの保険大作戦!」はとりあえず大成功。
2005年09月20日
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長いマラソンに例えると、私のチュソクはただいま折り返し地点。だんなの家は、チュソク1週間前におじいさん、そしてソルラル5日前におばあさんの法事がある。書けば簡単。前日から(凛と二人で)汽車で5時間かけて行き、だんなの家の掃除。法事当日朝から市場で、法事の材料の買出し。帰ってきてそのまま料理。当然その合間を見て、普段の食事を作り、凛の面倒も見る。法事は夜12時に開始。法事そのものは30分程度で終了。その後みんなで法事料理を食べ、後片付け。1時過ぎに親戚が帰っていき、嫁一人残った私は後片付けの仕上げ。その後自分の荷物整理などで、2時過ぎに就寝。翌日、朝10時の汽車でこれまた5時間かけて帰る。(もちろん朝ごはんも準備しますよ)書けば簡単。これで、チュソクマラソン大会の折り返し。今週土曜日からまたチュソクで、これまた上に書いたことの繰り返し。もっと大変。好きで結婚したのだから、仕方がない!ではない!ことあるごとにだんなには「10年は我慢する!」と言っている。(かなりおどしてるね。)今日はキムさんの話。彼女は私の生徒。40半ばを過ぎ、また勉強したいと日本語を習いだした。ちなみに、マサンではかなり大きく、これまたかなり名の知れた焼き肉屋さんの女社長(だんなさんは健在)。なにがすごいって彼女、睡眠時間が一日平均3~4時間。朝5時に起きて、すぐジムで運動。帰って朝ご飯の支度。みんなを送り出し市場にお店の買出し。そして、エアロビクス。それから11時に日本語。そのままお店に出て、午後3時まで。そして、毎日お寺へのお参りを欠かさず、そのまま夜またお店へ。12時過ぎにお店を閉め、家へ。2時過ぎ就寝。書けば簡単。そんなキムさん。授業中は、ほっと一息つけるのかよく自分の身の上話をしてくれた。当時、年下の韓国人(今のだんな)とつきあっていた私は、彼女の話に一喜一憂。彼女は結婚式をあげていない。だんなさんのお母さんが、二人の結婚に猛反対し、結局あげずじまい。なんでも、占いで二人の相性が良くなかったからだとか。「今でも、お義母さんのこと恨んでます。」(かなり恐い日本語だね。)そのころ、小さな精肉店を営んでいたそうで、とにかく働いたそうだ。結局、彼女達の努力は実を結び、マサンで屈指の焼き肉屋を経営するまでに至った。書けば簡単。「じゃ、お姑さんも、今ではさぞキムさんに感謝されてるでしょうね」と言ったら、一言。「今お義母さん、ぼけてるんです。」なんと幸せなお姑さん。息子の結婚を反対し、嫁をいじめとおし、挙句の果てにぼけてしまった。んがっ!(お待たせ!)かなりすごいよ!キムさん。当たり前ではあるが、そのぼけたお姑さんの面倒まで見てる。24時間をフルに使っている彼女にそんな時間があるのか?!もうお手上げです。それに比べたら、私のチュソクは、かけっこだね。でもね、だんなの家に行くたびにつらいのは、終わりのない家事でもなく、うるさい叔母さんたち でもなく、いい加減あきてしまうチュソク料理でもなく、6人中5人が はげている叔父さんたち をみてだんなの将来をみているようだからでもなく、わけのわからない方言でもなく、なんだろな…家族・親戚が集まって、ワイワイガヤガヤしてるのになんか、孤独なんです。
2005年09月13日
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私がマサンにいたのは、かれこれ3年前のこと。ほぼ、6年間いたわけで、出会った日本人もかなりの数になると思う。その人達を総称して、勝手にマサン組とよんでます。出身も様々で、大半は関西方面だったように思う。次に、関東。そして、意外と九州も…。(私は九州組)というわけで、マサン組の集まりは、関西弁が共通語といってもよい。しかもこの関西弁、うつるんです。吉本の本拠地大阪をはじめ、京都、奈良と、なぜか、彼らは、話してるだけで、笑わせてくれる。(こりゃ、失礼!)関東出身も、九州出身も、集まると、なぜが、関西アクセントの波に、じわじわとおされていたのでありました。んがっ!ある日、マサン組のトゥサンとお茶していたときのこと。トゥサンがいきなり、こんなこと言い出した。「昨日さぁ~、だんなと話してて、なんか変だなって思ったら、文末に~じゃんねぇ。ってついてたんだよね。」そこで、盛り上がった!何を隠そう、私もだったのだ。例えば、こんな具合。「昨日、うちに電気屋さんが来た じゃんねぇ~。」知らない人に話したら、そんな話聞いてないよぉ~!となる。なんだか、知ってること(もちろん初耳)を確認されてるような錯覚におちいるニュアンス。話していくうちに発信源は見つかった。私は、ミエちゃんから、トゥサンは、さんちゃんから。そして、二人は名古屋出身!その後も、彼女達と話すと、聞いてないよぉ~!マジックが結構炸裂した。考えて見れば、行ったことないとこの人たちと会えて、その土地の言葉を生で聞けるなんて、なんて素敵なマサン組!そこで、盛り上がる方言談義!山梨出身のあーちゃん先生によれば、「くすぐった~ぃ」は、「ももっちぃ~!」となる。さすが、桃の里山梨!あれ?!ぶどうだったね。千葉では、「大丈夫」とか「もういいから」が「だいじだから」となる。はしょってるね。でも、いままでのはしょりナンバーワンは、「 どさ? 」だ。「どこ行くの?」の青森弁。寒いから、はしょるのねと思う。(思い込み?!)ちなみに、私の田舎では、「とっても」が「 いっきょい! 」になる。注:「はっけよい!」ではない。「昨日のドラマ、 いっきょい 面白かったねぇ~」といった具合。そんな私、初めて韓国語に触れたのは、もちろんマサン。だから、知ってか、知らずか、韓国語もなまってるらしい。ソウル大の語学堂で勉強してたときも、先生から「りんママさん。なまってますね。」と言われた。本人がわかってないから厄介だ。つい昨日も、薬局であり退治の薬がほしいと説明したら、薬局のおじさんが、「お母さん、方言つかうんだね」と言われた。こんなとき、いっきょい(とても)困惑する。私の韓国語は、聞けばやはり日本人のアクセントがわかる。だから、韓国語が標準語とちがうとおっしゃりたいのか?(つまり、韓国人の韓国語とは違うということ。)それとも、ほんとになまってるとおっしゃってるのか?それ以上にどう返答したらいいのか?結局いつものように笑って、「えへへ、日本人なんだよ。」と言ったら、おじさんは納得した。やっぱり私の韓国語が変だったのね。問題は、我が娘。だんなもマサンの片田舎出身。両親ともども母国語がなまっているのである。だんなも私も、うちでは日本語。私は、できるだけ方言は使わないようにしている。韓国語で話すときも、だんなの実家以外ではソウルマルで話すようお互い心がけているが…。凛も将来、「うちんお母さん、いっきょいせからしかぁ~!」と言うのだろうか…。
2005年08月31日
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里帰りから戻ったとの報告に、早速マサン組から「おかえり」のメッセージやメールが届いた。韓国にも、私の帰りを喜んで(?!)くれている友人がいる!おかげで、また、がんばってみようと思う。聞けばマサン組。定例会と称した集まりが最近さらにお盛んなようで、ビッグママから、「よう集まってるよ~。」とのこと。もちろん、私がマサンを出てからのメンバーもいるので、どんな雰囲気なのかは、はかり知れないが、なぜか仲間のような気がしてきて、Aさんがもうすぐ里帰り出産で産休に入ると聞けば、無事に生まれてほしいなぁ~、と思ってしまう。離れていても、なぜか懐かしく、なんかあったら思い出す、頼りになる友人たちである。かのアンパンマン様も、アンパンマンたいそうのなかで…「もし、じしんをなくして、くじけそうになったら、いいことだけ、いいことだけ、おもいだせ~!」とおっしゃっている。(最近のBGMなもんで…。)まさしく、マサン組との思い出が、そして、世界中に散らばってしまった元マサン組メンバーとのつながりが、今の私の元気のもとになっているといってもよい。んがっ!(ご自由にパクッてください!)そんな私にも、これは!という最悪の出会いがあった。アメリカ人のC(男)は、マサンでの初めてのルームメイト。おっと!誤解されては困る。当時学院の「寮」とは名ばかりのボロ家に、アメリカ人女性2人とC、そして私の4人で住んでいた。何が最悪って、最初の夜(あやしいね)がいけなかった。リビング、台所、バスルーム共有で、部屋は別々だったが、壁が薄いのなんのって…。隣人のコップをテーブルに置くコトッという音さえも聞こえてしまうのだ。(かなりよ!)初対面の自己紹介もそれぞれすませ、部屋で荷解きをしていた。これから始まる韓国生活に対する不安と期待、そして、期待とはまったくちがった寮の汚さと古さに困惑していた。その時ぃ~!隣のCの部屋に来客。どうも彼女らしい。(韓国人でした)耳がすっかりダンボの私は、いけないと思いつつ隣人たちの会話を聞くことになったわけで…。しかし、それが、悪夢の始まりだとは思いもしなかったわけで…。(すっかり「北の国から」のジュンくんですな)「Cちゃ~ぁん!、お久ぁ~ん!あいたかったわぁ~ん!」と、すっかり聞くのが馬鹿らしくなるような内容がえんえんと続き、私は、無視!無視!で、部屋の整理をしていた。そのとぉ~きぃ~!隣から音楽が流れてきたかと思うと、注:ここからはよい子のみんなは見ないでね。「あっはぁ~ん!うっふぅ~ん!」と、AVなみの声!声!「えぇっ~~~~~!!!!!!!」改めて申し上げるが、壁が薄い!そのうち、エスカレートしてきた。まさか、韓国のマサンまで来て、その夜に、他人様のアレを聞くことになるなんて…。(表現が下品ですみません)ショックのまま、私は他のルームメイトの部屋に逃げ込み難を逃れた。その子に、事の一部始終を話すと、「またなの~?」と、鼻先で笑われた。さすが、性に開放的な国アメリカである。(偏見です)小1時間が過ぎ、部屋に戻ったときには、彼女も帰った後のようで、また、静けさが戻っていた。(頭の中では、さっきの騒動がぐるぐる回っていたが…)おかげで、シャワーも遅くってしまったが、これから一緒に住むのだしと、ここはぐっとこらえ、疲れた体にムチをうち、お風呂場へと向かった。水圧もやはり弱かったが、疲れた体もさっぱりで部屋に戻った。まだ、荷物の整理がすんでいなかったので、いっさいのバス用品は本屋のビニール袋に…。「あぁ~、疲れた」と、石鹸などを取り出していた、その時!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!けたたましく壁をたたく音!???ピヨ?ピヨ???そこで、わかった。これは、「うるさぁ~~~~~い!」なのだった。私の、バス用品入れのビニール袋のバリバリが彼にはうるさかったらしい。心の中で「ソリ~!」といいながら、すぐにやめたけど、布団に入り、よく考えてみたら、腹が立ってきた。私のバリバリは、そんなにうるさかったのか?!(ま、夜遅かったしね。)じゃ、彼らの「あっはぁ~ん」はどうなのか?その後、Cとの確執は1年間続いた。ビデオを見ていて、有名なハリウッド女優を、僕のモト彼女だと言ったときには、さすがにあきれた。後で聞いたが、学院では有名な同居人泣かせのCだったそうだ。私が隣室だと言ったら、他の寮のアメリカ人から、「お気の毒に…」と言われた。(院長!知らないと思って、誰もが嫌がる彼の隣を日本から来たいたいけな女の子にしたのねぇ~~~!うらめしやぁ~。)そんな彼は、その後ソウルに行き、韓国人女性と結婚した。奥さんを心から尊敬する。先日、水原に来て初めての、ザ・初対面!を久しぶりに経験し、このことを思い出した。おかげで、にゃちゅさんとは、いいお友達になれそうである。またまた、アンパンマン様のお言葉で…「だいじなものわすれて、べそかきそになったら、すきなひとと、すきなひとと、てをつなごう」マサン組水原班ができそうな予感である。
2005年08月26日
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今年もまた、夏の一大イベント「ザ!里帰り」が終わった。3週間とみじかめ(!?)ではあったが、日本の夏を満喫してきた。この里帰りの終了にもれなくついてくるもの、それは…。「あ~あ。帰ってきちゃったよ。もうちょっといたかったな。まだ、行ってないトコいっぱいあったのに。それにしても、もうすぐ、チュソク。悲しき日本人妻のブルー病」土曜ワイド劇場なみの「おさとが恋しい病」である。いっそのこと、だんなには申し訳ないが、このまま日本にいたいとごねてみようかと思ったのは数知れず…。しかし、そこがすごいよマサン組!この夢のような計画をまさに実現中のミコちゃん。そう!あの、電子ピアノを韓国までもってきた彼女。10年ほどの恋愛を経て、韓国男性との結婚にいたった彼女。公務員のだんな様は、流暢な大阪弁を話す。結婚式にも参列したが、当時、だんなとの恋愛進行形だった私は、(私もいつか…!)と、二人の結婚式に自分の未来を重ねたものである。結婚後、ほどなく、おめでた。そして、長男誕生!とまるで、ドラマのような、国際結婚サクセスまっしぐら!の二人。んがっ!彼女には、彼女なりに思いもよらないことがいっぱいの結婚生活だったようだ。公務員のだんな様は、早朝にうちを出て、夜11時ごろの帰宅。甘い二人だけの時間なんて、どこへやら…。生まれたばかりの息子は、これまた、ママがいなきゃ!のあまえっコ。熱もよくだし、彼女一人で、不安な日々を過ごすこともしばしば。おまけに、方言のひどいだんな様の家族とのちいさな誤解もあったようで、あちらの家に行っても、できるだけ泊まらないようにしていた。ここまでみれば、彼女にも問題ありじゃないの!?なんて聞こえてきそうだが…。ま、もう少し続けてみましょう。生まれたばかりの息子を連れて、だんな様の家に行ったときのこと。オムツをかえようしていた、彼女。いつものように、はずして、かわかして、新しい(彼女は布オムツ!)のととりかえてっと…。ドンッ!ゴテッ!何かが彼女に衝突!その勢いで倒れる彼女!見ると、何かを叫びながら息子のオムツをかえているお姑さんの姿が…。なんと!オムツをかえていた彼女を、お姑さんが突き飛ばしたのであった。現状把握のできない彼女。聞けば、赤ちゃんのお尻を乾かそうと口で息をふきかけていたその行動に、お姑さんは激怒されたのだ。「そんなことをしたら、悪いものが子供にとりつく!」のだそうだ。その後、息子さんの発育が少し遅れ気味という理由で、家族みんなからちくちくといやみ攻撃をうけることになる彼女。ちなみに、息子さんはまったく問題なくすくすく育ち、元気におしゃべりな大阪っ子である。しかし、そんな彼女に日本永住を決断させることがその後おこる。ある日、夜中に急な発熱(かなりの高熱)で苦しそうな息子さんを病院の救急治療室へ連れて行ったときのこと。んがっ!様々な理由をつけられ、息子さんは、いくつかの病院をたらいまわしにされてしまったのだ。苦しそうな息子を連れ、病院から病院へ移動したときの彼女の心情はいかばかりだっただろうか。結局、大きな総合病院に行き、待っても待ってもやってこない担当医を苦しそうに泣く息子と待つしかなかった彼女。ようやく医者はやってきた。診察し、看護士に指示を出す医者。韓国語ができても、その状況では耳に入らず、ただただ不安な彼女。そして、処置が始まった。なんと!なんと!それは~~~~!高熱でぐったりの赤ちゃんを氷水の中にジャッブ~~~~ン!びっくりして泣き叫ぶ我が子を前に、唖然と見ているしかなかった彼女。二度と韓国の病院にはやるまいと心に誓ったのだった。その後彼女は、だんな様が比較的時間のある夏休みなどの長期休暇だけを韓国で過ごし、休みが終わると、日本の実家で過ごすようになった。ここで、いっておくが、彼女たち夫婦の仲は良いようである。日本と韓国の別居状態でも、普通なら心配するような話は聞いたことはない。そんな彼女。二人目の里帰り出産を機に、実家の近くに一戸建てを買った。だんな様も、日本に出向き一緒に選ばれたそうだ。子供たちが小さいうちは、韓国と行き来し、学校は日本になるのかな…?とのこと。もちろんマサン組でも、賛否両論。子供のことを考えれば、日本?でも、家族は?昨年7月に母になった私。里帰り出産中に、だんなが転勤になり、右も左もわからない水原で私の子育ては始まった。小さな娘が、ちょっとでも泣けば不安になり、誰にも聞けず、日本の母に一日何回も電話した。韓国に母が来てくれて、また日本に帰国するときは、空港で泣いた。今なら、彼女の気持ちがちょっとわかる。なんと言われても、小さいながらも、私だけを信じ、頼り、日々成長する我が娘は、私が守る!私にとって、彼女の「日本永住計画」は、十分にあり!である。無責任かな?!
2005年08月23日
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緊急入院&緊急手術とめまぐるしかった週末。日本への夏休みをかねた里帰り、出発4日前にして、だんながいぼ痔になった。普段病院を極度に嫌う彼が、会社を早退し、病院に直行したとこをみると、かなり痛かったのだろう。心配したけど、無事手術も終わり、月曜日には退院となりそう。すっかり弱気になっていた彼は、心もおしりもすっきりしたようで、急に甘えん坊将軍になってしまった。だんな;「アイス食べた~~~い。」(ちょっとなよってる?!)買ってくると、「あ~ん。」おかげで、1歳の娘を右に「あ~ん!」31歳のオジンを左に「あ~ん!」今日は、昔生徒だったM君の話。彼は、そのころ、就職浪人だった。そこで、奮起一番!日本留学を決めた。6ヶ月後の出発を前に、私のフリートーキングのクラスに来た。彼は、自称「かなりの小心者。」確かに、授業中もかなり、オドオドしていた。初めての自己紹介のときも、準備してきた紹介文に「僕は、とっても小心者です。」という一文があったほど…。そんな彼は、これまたとってもまじめで、予習復習を欠かさず、教科書にはメモがびっしり。日に日に日本語もうまくなり、こんな生徒ばっかりだったらいいのにと思っていた。ところが!彼が急に連絡もなしに、授業を2週間ほど休んだ。ケータイに連絡しても、つながらず、他の生徒たちもさすがに心配。実は彼、急な手術で入院していたのだ。足におできができて、これは切らなければ!ということになり、ただでさえ、小心者の彼は、すっかり動揺してしまい、私への連絡なんぞ、思いつくはずもなく…。手術当日。前夜からの禁食で、力もなく、これから起こることへの不安で恐怖はすでに、ピーク状態。ストレッチャーで手術待機室に移動し、手術の準備は着々と進められていた。足の手術のため、下半身麻酔での手術。これは、さらに彼の恐怖心をあおることになる。唇ブルブル。足ガクガク。あまりの動揺ぶりに気づいた看護士さん。天使の笑顔で、「簡単な手術ですからね、すぐ済みますよ。」いよいよ、手術室に運ばれたM君。そして、執刀医をはじめ数人のスタッフが、手術台の上の彼を取り囲む。とうとう、来た!と下半身麻酔でも、そのまま全身麻酔になりそうなくらい失神寸前の彼に、先生が、「大丈夫ですよ、じゃ、始めますね。」んがっ!なんと、始まったのは手術ではなく、お祈り。手術台のM君を囲んで、手術室にいたスタッフ全員が「神のご加護のもと、無事に手術が終わりますように…。」と祈り始めたのだ。えぇ~~~~~~~っ!?!?!?!?!?!ただでさえ、不安なM君。手術前に祈る医者たちを見て、彼の不安度が頂点に達したことはいうまでもない。なんのこたない、その病院はカトリック系の病院。そこでは、当たり前のことである祈祷も、ザ!小心者のM君にとっては、二度と忘れられない恐怖体験となった。(神のご加護のもと)手術は無事終了。2週間の入院を終え、授業にもまた、通いだした。その後、名古屋に留学していったけど、元気かな。だんなの手術を待つ間、ふと思い出した。幸いにも(?!)、病院はカトリック系ではなく、おしりベロ~ンの状態で、お祈りは行われなかったそうだ。
2005年07月31日
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イ・ビョンホン、ジョ・インソン、イ・ヨンエ、ソン・へギョ、ジョン・ジヒョン…。うちのだんなは、某化粧品会社に勤めている。上の韓流スターたちは、その会社のコマーシャルに出た人たち。韓国では、かなり名の知れたメーカーだ。いつものようにマサン組寄り合い兼お茶の会でのこと。その日は、お初にお目にかかる方もちらほら。はじめのうちは、なんとなくきまずく、でも、だんだん雰囲気もほぐれてきて、お互いの紹介を交えつつ、いつのまにか、勝手にお友達きどりのマサン組。私も例にもれず、その輪に入っていき、Yサンとごたいめ~ん!さっと、一通りの自己紹介に続き、話は彼のことに。(その頃、私はまだ結婚してなかった。)Yさん:「りんままちゃんの彼は何してる人?」りんまま:「会社員ですぅ~。Yさんのだんなさんは?」Yさん:「自営業。ねぇ、ねぇ。彼の会社、なんて会社?」りんまま:「A・P(仮名)です…。」すると! Yさん:「A~!・P~ぃ?!?!?!」さらに! Yさん:「だいっきら~~~~~~~い!!!!!!」カチン・コチン・カチン・コチン・カチン・ピキッ・ピキッ(注:みんなかたまっている状態。)こうも、はっきりと宣言されたのは、初めてだった。しかも、初対面…。思いがけない展開に、ノーマークだった私は、「へぇ~、そうなんですか。」とかなんとか言って、笑ってたと思う。それくらい、動揺していた。聞けば彼女、以前、だんなさんとA・Pの加盟小売店(!?)をしたことがあるという。しかし、思ったように売り上げが伸びず、困っているときに、A・Pからは、ノルマ!ノルマ!で、散々な目にあったらしい。結局、店もたたむことになったという。そのときの、恨みつらみが、運悪く、その会社の社員を彼にもつ私にぶつけられたというわけ。かなり興奮気味で、言った後「あちゃ~!」の彼女とカチン・コチンに固まった私。その場は、他の人が「まぁ、まぁ。」とおさめてくれた。頭が真っ白の私は、その後誰とどんな話をしたか覚えてない。彼女がいかに、つらく、苦しい韓国での結婚生活に耐えてきたのかを、他のマサン組から聞かされたのは、それから何日かあとでのことだった。その後、なぜか、忙しくて、マサン組寄り合いに参加することができなかった。「彼女、りんままが怒っちゃって、寄り合いに来ないんじゃないかって気にしてるよ。」と、さんちゃん。正直、ちょっと引っかかるものはあったけど、寄り合いに参加したくないほど、激怒していたわけではなかった。なによりも、私自身、動揺して、頭の中真っ白で、どうしたらいいのかわからない!という経験は、生まれて初めてだった。怒り…?!ちょっと違う。 あせり?!だったのかも。そんな彼女から、何年かぶりに電話があった。その後、紆余曲折あって、現在は心機一転!新天地で、元気に幸せに暮らしているとのこと。(A・Pを代表して、でもないが、)心からよかったと思った。海外で生活していると、日本人との出会いが、いかにありがたく、心強いかということを、身をもって感じさせられる。ほんとに貴重な出会いだからこそ、ちょっとの誤解から、それは、苦い過去の出来事となってしまう。人と人の縁って、奇妙なものだ。彼女とも、実はいい友達になれていたのでは…。と、ふと思った。
2005年07月26日
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日本、ウルサン、スウォンから集った勇士4人。向かうは、ソウル・ミョンドン。その名も、 「アイス・ベリー」 (ミリオレ裏)この時のために、スウィーツ・飲料系・果物系をほぼ12時間我慢。35度の炎天下、直前のウォーキング30分。右手首のストレッチに5分。レディース アンド ジェントルマン!プリーズ ウェルカム トゥ…ジャジャ~ン!「キング・オブ・パッビンス」でかっ!それでは~!ビビッて! シャカシャカ! ザクザク! それそれ!準備完了!いっただきま~す!…15分後おっと~!かなりのハイペースだぁ~!大丈夫か~?!…さらに10分後 (まわりの、信じられな~ぃ!の視線もものともせず)すでに、終盤!おっと~!りんまま!アラワザにでたぁ~~~~~~~!焼酎の回し飲みならぬ、パッビンスの回し飲みぃ~~~~!ほぼ30分にして…完食1万2千8百ウォンへの戦いは、計算された準備とほぼ完璧に近いスプーンまわしで、我らの勝利と終わった。一度、お試しあれ!
2005年07月24日
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30年以上生きてきて、自分がしてきた悪行について特別考えもしなかった。んがっ! (今日はいきなり!)私は、罪深いんだそうだ。うそついたことがあるから?(いろいろね…。)親の財布からお金をこっそり抜き取ったことがあるから?!(遊ぶ金ほしさに…ウッウッ(泣))4つも年下の純粋韓国青年をたぶらかし結婚したから?!(たっ!たぶらかしただなんて!…そうなの?!)ほかにも、口には出せない(ほどでもないが)けっして、清く正しくとはいかない人生だ。マサンにいたとき、面白半分で占いに行ったことがある。といっても、単純な私。これまでも、雑誌の占い欄を一番に見てきたし、風水でオレンジ色がいいといえば、オレンジ色のものを窓辺においたり、運の悪い日は、なるべく出かけないようにしてきた。 はい、単純です。まずは、だんなとの相性(結婚前だったので)占い師「……。合わない。」りんまま「?!」占「寅年(だんな)と戌年(りんまま)は、ちょっとしたことでも よくけんかする。うるさい。」り「人間ならけんかぐらいするでしょ。 うるさいぐらいがちょうどいいよ。(注:日本語です)」占「でも、あなたが別れたいといっても、彼が別れてくれない。」り(うひょー!火曜サスペンスの世界だね~。)(注:心の中で)占「結婚したら、娘、息子ひとりずつ。」リ(結婚させるのか~~~~~っ!)家族のことや、仕事のことを見てもらい、最後に前世を見てもらうことに。占「………。空だ。」り「?!」前世が空?占「空で、神に仕えていた。」り「ヘエ~。」占「天使だ。」???(私をご存知のかたは、天使のいでたちの私をご想像いただきたい!)すっかりいい気分の私。天使だといわれて、悪い気はしない。 んがっ! (今日はもうひとつ!)占「悪いことをした。」リ「ヘっ?!」占「だから、天上から追い出され、人間となり生まれ変ったのだ~。」どんな悪いことをすれば、天使であった私が天上から追い出されるのか。頭のなかで、すごい想像がかけめぐった。占「天上の花を、摘んでしまったのだ、」り「えぇ~~~~~~っ!」天上での大罪を犯してしまった私は、神のお怒りをかうこととなり、その罪をつぐなうべくして人間に生まれ変ったのだそうだ。罰として人間?!考えてみれば、私は、これまでの人生、花と縁がない。友達が遠足で、楽しそうに花を摘んでいても、なぜが、花がかわいそうで摘めなかった。記念日には、花束よりも食べる物。と、ここですっかり占い師の言葉に感化され、これまでの人生と重ね合わせ、思い当たるところをさがすところが、スーパー単純なりんまま。後で、だんなに話したら、「そうだったの~。大丈夫だよ。僕だけのかわいい天使ちゃん!」なぁ~んて言ってくれるはずもなく、一笑に付された。その後、結婚し、あの占いがあたってか、あたらずか、口げんかはけっこうする。(うるさいかも。)娘も生まれた。今日も、前世の罪を償うべく、掃除に洗濯に子育てに奮闘の天使でした。(自分で言ってて恥ずかしい…。)
2005年07月20日
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昨日トゥサンから夏便りが届いた。近所の「子育て大祭」に行き、屋台で広島焼きを食べ、トッポッギやチヂミを食べ、ラムネを飲み、仕上げにカキ氷…?!食べてばっかだね。さすが、トゥサン。マサン組!お祭りに、ラムネ、カキ氷。夜は、花火大会。そんな夏を、最後にすごしたのはいつだったかな。8月の里帰りでは、ぜひ、りんちゃんに浴衣を着せ、お祭りに行ってきたい。マサンに来て、初めての夏。オー君が、「カキ氷食べに行こう。」というので、まさか、マサンでカキ氷にお目にかかれるなんて!!!!とチャンドン(マサンのダウンタウン)にくりだした。いっておくが、私はアイスにはうるさい!一日一本の修行(?!)はかかさない。こちらでも、ほとんどのアイスは食べつくした。一番のお勧めは、「ロマンもち」(ナンマン・チャルトック)というアイス。黄な粉ソースがかかったクリームのなかに、あんこと団子がはいっている。韓国にきたら、ぜひお試しあれ!さて、パン屋に到着。なぜパン屋?!昔から、カキ氷はパン屋と決まってらい!かどうかはしらないが、マサン人はパン屋に行く。(喫茶店にもある。念のため)注文からほどなくして、カキ氷が出てきた!でかっ!どんぶりなみの、グラスにドデンッ!と鎮座しておられる!こちらでは、パッビンスというらしい。日本ほど高さはないが、ばかでかい。氷はもちろんだが、その上に、ドロッとつぶアン。あんこ大好きの私。すでに鼻息は荒い。その上に、バナナ、みかん、桃、さくらんぼ、トマト(?!)ゼリー、団子などなど。そこは、まるで玉手箱!仕上げにソフトクリームまでのってた。(出走前のお馬さん状態の私。)それに、なんと!牛乳をかけて食べる。「じゃ、先生どうぞ。」牛乳までかけてくれた、気の利くオー君。「オー君もどうぞ!ウフッ!」(デートじゃありません!)韓国では、目上の人が先に、ハシやスプーンをとり、食べ始める。それを待って、他の人は食べ始める。礼儀に従い、ここでは私が先に…。(だって先生なんだも~~~ん!エヘッ!) やめなさい!日本のほど高くないといっても、かなりの高さ。注意深く…。サクサク!(オォ!この氷の感触!!!!!)桃から行ってみよ! ん~~~! オイチ~!サクサク! チメタ~ィ!ソフトクリームも行ってみよー!おっと! こぼさないよーに! 落ち着いて、落ち着いて!うまいぞ! パッビンス! (サクサク!!!!:バックコーラス)(「お母さんといっしょ」のお兄さんとお姉さんに歌ってほしい。)すっかり、マサンも捨てたもんじゃないねと、昨日までの、ホームシックはどこへやら、パッビンスに、大!ご満悦だったのです。んがっ!!!!そういや、オー君食べてない。パッビンスのバカでかさから、私たちは、二人で1つを注文していた。(デートじゃありません!改めて…。)私の、はしゃぎように、オー君ひいちゃったのかな?!などと、ちょっと、控えめに食べていた私に…。「先生!まぜないんですか?」???ピヨピヨ??? ???ぴよぴよ???ここは、ビビンバの国だったってことをすっかり忘れてた私。気の小さいオー君は、パッビンスに大興奮の先生を前に、がむしゃらにがっつく先生を、ただ見ているしかなかったのだ。ちなみに、うちのだんなもよくまぜる。カレーもまぜてから。スパゲッティーだって。ホホイのホイ!しかも、体全体リズムにのりながら、食前の儀式を楽しむかのように。その後、やさしいオー君が、ザックザック!とまぜてくれて、さらに、おいしさがアップ!したパッビンスを食べた。パッビンスを食べるたびに思い出す、マサンの夏だ。
2005年07月16日
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「りんままちゃんは、ほんといい時にお嫁にきたよ。」88年のソウルオリンピックの前年に、お嫁にきたあーちゃん先生の口癖。その頃は、オンドル(床暖房)の主燃料が練炭だった。毎朝、燃え切った練炭を回収に来るトラックに遅れまいと、他のオンマたちと、朝から100m走を繰り広げていたそうだ。しかし、マサン・オンマは速い!なんでそんなに速いの?!?!?!ある日、あーちゃん先生は気づいた。練炭だ!!!!彼女は、練炭バサミではさんで、そのまま持って走ってた。(バランス悪い)マサン・オンマは、乗せてる!頭の上に!しかもこの体勢。ラストスパートのトラックの荷台に練炭を投げ入れるのに最適!(ヘディングの要領)彼女が、ふがっ!ふがっ!と練炭を持ち上げてる間にすでに、マサン・オンマの影はなし。(ヒュルーン!と北風だけが…)「ほんと、りんままちゃん。いいときにお嫁に来たわよぉ~。」今でこそ、近所の大型スーパーに行けば、日本の調味料なども手に入るが、そのころは、そのスーパーさえもなく、もっぱら定期市場での買出し。つわりのとき、日本食恋しさに泣いたとか。彼女が、だんなさんの実家(全羅道:チョルラドウ)に行くと、日本人の嫁っ子を見に村の人が集まったそうな。そんな、波乱万丈(?!)の嫁入り人生を歩いてきた彼女。結婚して間もなく、お舅さんがなくなられた時のこと…。こちらでは、亡くなった日を入れて三日目にお葬式。お葬式から三日目に、法事をする。(地域によって違いあり)お通夜は大体病院の、霊安室の隣に設けられた仮斎場で行われる。お葬式がすみ、故人の家に位牌をまつる祭壇が設置される。6日目の法事が終わるまで、朝と夕方、親族が祭壇の前に集まり、供養する。お酒や、ご飯や水を家族の代表がたむけ、その間他の人は、「アイゴ~!」と泣きながら故人を悼む。当然、息子嫁の彼女も、これをしなきゃならない。しかし、感情を人前でむやみに見せることは、恥ずかしいと教えられてきた彼女…。泣きまねでもいいからしなさい!と言われても、急にできるはずもなく…。しかし、生前、日本から一人ぼっちで来た嫁を、不憫に思い、かわいがってくれたお義父さんを思えば、やるっきゃない!とまだためらいがちな心にムチ!を入れたのだ。その日の夕方のこと…。今日も、厳かな雰囲気のなかで、供養が始まった。(彼女は、まだ葛藤中…。)長男がしきたりどおり供養を始めると、一斉に…「アイゴ~!アイゴ~! お父さぁ~ん! アイゴ~! なんでこんなに早く~…。 アイゴ~!会いたいよ~!アイゴ~。」控えめに、でも、お義父さんのことを思うと、自然に涙があふれ、自分でも不思議なくらい「アイゴ~!」の輪の中に入っていけたそうだ。そうなると、人の感情というものはなかなか調節が難しく、いつのまにか、彼女も大声で「アイゴ~!」を連発していた。んがっ!一連の供養が終わるやいなや!それまで、号泣だった親戚たち。「さっ!ご飯食べよ。」えっ?!さっきまでの、あの号泣は…?!涙、鼻水グシャグシャの顔で立ちつくすあーちゃん先生。そんな彼女をおいて、晩御飯の支度は着々と進められたそうだ。「今では、笑い話だけどね…。」とあーちゃん先生。お国変われば…とはよく言ったもで、故人を悼む方法も様々。静かに故人を思うのも、体全体で故人との別れの痛みを表現するのも、故人を偲ぶことに変わりはない。実は、うちも今年旧正月の直前に、だんなのおばあさんが亡くなられた。私は、最後まで、あの「アイゴー」ができなかった。田舎に行く度に、あたたかく迎えてくれたおばあちゃんを思うと、いい孫嫁ではなかったかもしれない。ごめんね。おばあちゃん。「ほんと、りんままちゃんは、いいときにお嫁に来たわよぉ~。」今日もまた、あーちゃん先生の「波乱万丈嫁入り記」が始まる。
2005年07月15日
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「キムチ味!きむちィ~~~!」とかいうだじゃれを、日本のあるドラマで見た。(笑いましたよ!お笑いの沸点低いですから…。)そういうだじゃれが出てくると、ほんと、韓流ブームだね(?!)と思ってしまう。今日は知る人ぞ知るユンちゃんのお話。彼女は、マサン組ではなく、れっきとしたマサン人。以前、同じ学院で教えていて、それから8年来の友達。簡単に書くけど、韓国人と本当の意味で友達になるのって難しいし、長く交友を続けるのはもっと難しい。3年の日本留学経験を持つ彼女は、日本語もペラペラ。私の、初めての韓国語の先生でもある。(標準語と方言の区別がつかないのには、まいったけど…。)そんな彼女。日本滞在中には、バイトしてた喫茶店で「ホット。」との注文に、ホットドックを出したつわもの。一緒に働いてたときも、「ねぇ。キンパチせんせいって何?」と聞かれたので、すっごく良い先生が、生徒たちといろんな困難を乗り越える涙、涙の、伝説のドラマだ、と説明した。すると!「どうしよ~う!キンパチっていうから、髪を金色に染めた不良の先生の話だと思ったよぉ~。」(そりゃ!キンパツ?!)すでに、生徒たちに言ってしまった彼女。生徒たちも、彼女が、日本帰りの、めちゃ日本事情に詳しい先生だと信じているので、いまさら訂正できない。ユン:「ま!いっか~。誰も覚えてないと思う。」だって。うちは、れっきとした外国語学院です!!!!!!!そんなユンちゃんが、ある日、鼻の穴をふくらませつつやってきた。ユン「ねぇ、ねぇ。りんままちゃん。一番やさしい日本人って知ってる?」はぁ?????????さすが彼女。このあまりにも漠然とした質問。状況把握もできてないのに、すでに答えを言う。(おいおい!シンキング・タイムくれよ~!)ユン「それはね、ネベント ニカムラさんだよ。」ここで、やっと、これはナンセンスクイズだったとわかった私。ここ、マサンは慶尚南道・キョンサンナムドウ(略してキョンナム)。日本でおなじみの、「チング(友よ…かな?!)」という映画に出てくるブサンに近い。だから、めっちゃなまってる。以下、彼女の解説から。 ネ(私の) ベント(お弁当) ニガ(あなたが) ムラ(食べて) 日本語が 方言 そのまま方言に (注)標準語では、「お弁当」は「ドシラク」。「食べて」は「モゴ」となる。なにが日本人なの?なんて、間違っても聞き返してはいけない。これが、マサン・ナンセンスジョークなのだ。ま、ニカムラが、なかむらに聞こえないこともないが…。ユン「えへっ!ちょっと、難しかったかな。」 (かなりね。)一言も話す機会を与えてくれないまま、彼女はまた授業へ…。その後も、このユン台風に、突如襲われること。しばしば。ちなみに、彼女のジョークを応用すると、タムラさんも、かなりのふとっぱら。 タ(全部) ムラ(食べて)韓国南部に位置するマサン。戦時中の旧日本家屋も残っている。タンス、ざぶとん、たまねぎなど、そのまま方言として使われている。マサン・ジョーク。あなどるなかれ!
2005年07月13日
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今朝、妙な胸への圧迫感で目が覚めた。そうこうしているうちに、なんだか粘り気のある水が鼻先へ、ポット~~ン!目を開けると、そこには…。 「バアッ!」前髪バッツン!ざんぎり頭の女の子がドアップで笑ってた…。そんな、ざんぎりちゃんにチュッとして!今日もりんままの朝が始まった。えっ?! ざしきなんとか?!ちゃんじゃないですよ。私の愛娘、凛ちゃんなのです。昨日、前髪切ってやったのだけど、そろわない!そろわない!を繰り返し、ほぼ、おでこのはえぎわぐらいまで切っちゃったのです。美容室代ケチらず、切ってもらえば良かったかな…。さて、インターナショナルなマサン組。美容室に行こうか、行くまいかとお悩み中のジュリーちゃん。CMに出てきそうなくらい、立派な赤毛が自慢の彼女。マサンに来たときは、その腰まである、豊かな赤毛ウェーブをなびかせ、さっそうと授業をこなしていた。そんな彼女が悩むのには、十分な理由がある。マサンの美容室では、「毛先をそろえる程度に…。」が通じない。詳しく言えば、そろえる!が通じない。韓国の美容室は、日本に比べて安いことは、みなさんもご存知のことだろう。カットで、500円ぐらいもあるし、染めても1500円ぐらい。太い!多い!くせっ毛!の3拍子の私は、いわゆる縮毛矯正なるものをしているが、それも、どんなに良い美容室でも2万円程度。(6ヶ月に1回)んがっ!「そろえてください!」とどんなに韓国語で言ってもあきらかに3センチ以上カットされる。マサンに来て、6ヶ月のジュリーちゃん。あの腰まであった髪は、すでに肩のちょっと下までになっていた。美容室に行く度に、短くなる髪を見ながら、「ちが~~~っう!」と半泣き。そこで、ジュリーちゃん。今回は1週間まえから、選び抜いたヘアカタログの切り抜きを持って行った。そうすれば、片言の韓国語で、あたふたすることもないだろうし、これ以上、髪を切られないだろうと思ったのだ。鼻息荒くカット台に座ると、「イグァ トッカッチ ヘジュセヨ。」(これとオンナジにしてください!)今回の、アタシは違うのよ~~~~!と、勝利の笑みさえ浮かべて言ったかは、さだかではないが、とにかく、その切り抜きを見せた。すると!店員さん。「イゲ ソンニムケソヌン アヌォリセヨ。」「これ、お客さまには、お似合いじゃありません。」???ピヨッ??? ???ピヨッ???鏡の前に、投げ捨てられるようにおかれた、彼女のヘアカタログファイル。彼女の史上最大の作戦は、髪よりも先に、バッサリ!と切り捨てられたのだ。ザクザクと、後ろ髪が切られる音と敗北の悲しみをかみしめつつ、その後の1時間は無言のジュリーちゃんだった。そんな彼女。2年の韓国滞在を終え、ミシガンに帰って行った。ベリーショートに、あのギンギン・ギラギラのヘアピンをつけまくって…。
2005年07月12日
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私の笑いの沸点は、かなり低い。マイナス(すなわち、誰も笑ってない)のときもある。どのぐらいかというと、「レッツごーひろみ!」程度でもその日の体調と気分によっては、その後5分以上の笑いの波と引きずりの後遺症に悩まされる。そう!かなり低い。でも、私はめちゃめちゃおかしいのに、周りが笑わないとか会議などの笑ってはいけない状況で笑えないとき、脳からの笑え!の指令に背きつつ、平静を装った経験はみなさんにもおありのことと思う。あれは大学のとき…。ファミレスでバイトしていた友達の話。その日も、彼女はせっせと仕事に精を出していた。そこへ、若いカップルご来店!彼女いわく、二人の間のぎこちない空気からして多分初デートだったのではないかとのこと。友達「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりですかぁ~?」男 「チョコパフェツー(二つ)。」(かっこよく、渋めに。)友達「かしこまりましたぁ~!」と、バシッときまるはずだった。んがっ!友達「いらっしゃいませ!ご注文は?」男 「チョコパペプ-!」こみ上げる笑いを、なんとか抑えつつ「かしこまりました。」と下がってくるのが精一杯だったそうな。その場に居合わせられなかったことを、私は心から悔やんだ。その日1日は、このことは思い出しては笑い、また思い出すの繰り返しだった。えっ!おかしくないって?!(改めて、私の笑いの沸点は低い。)マサン組の中でも、古株中の古株。よっちゃん。彼女とは、お互いがマサンで会った最初の日本人であり、言葉もできない大変ななか、いくつものを困難を乗り超えてきた。彼女は、日本でも日本語を教えていた。日本語を教えてみると、いわゆる生徒たちの間違いによって、思いがけない笑いの波に襲われることがある。 生徒1「先生って、鬼のように恐いですよね。ハハハ!くそです!くそ!」とか、生徒2「昨日、高校の時のたまごっちに会って、ご飯をたべました。」おかしかったら、笑えばいいのかもしれないが、外国語を学んでいて、一番意欲をそがれるのは、勇気を出して話したのに、笑われたときである。それも、小ばかにされたようで、かなり敏感な人になると、その次から授業に来なくなることもある。だから、「パクさん!くそ じゃなくて うそですよ。」(こみ上げる笑いをこらえて)「イさん、同級生にたまごっちがいたら、いいでしょうけど、 ともだち ですね。」(横隔膜ヒクヒク)と、包容力のある笑顔で、やさしく訂正する。こんな経験を重ねていると、だんだん慣れてもくる。よっちゃんが教えていた日本語学校では、もちろん様々な国からの生徒たちが集まる。ある日のこと。授業をはじめようと、教室に入ったよっちゃん。しかし、いつもと空気が違う!教室の真ん中で、今にもつかみかかりそうな雰囲気でにらみ合う二人。この二人が、いわゆる対立する国から来た生徒であることを、瞬時にさとったよっちゃん。複雑な感情が絡みあっているので、単純にやめなさいともいえず、途方にくれていた。教室は一触即発の状態。(ドキドキ)と!ここで熱血韓国男児ジョン君の登場!とにかく韓国男児の正義感は、かなりのものだ。悪をほってはおけない!すごい形相でにらみあう二人の間に割りいったかと思うと、大声で!「おやめになって~~~~!」!?ピヨッ?! ?!ピヨッ?!ジョンの一声で、正気に戻った二人。みんな席に着き、ほどなく授業開始となったそうだ。誰一人笑うものもなく、静かに授業が進むなかで、こんなにつらかった授業はなかったとよっちゃん。ほんと、わかる。笑いのつぼは、人によって、国によってちがうから。でも、日本語を教えながら、この笑いをわかちあいた~~~~い!と悶々としたのは、一度や二度じゃない。そんなよっちゃんも、今はエクアドルの空の下、新しい生徒たちと、日々日本語の勉強に励んでいる。今度会ったら、また楽しい話、聞かせてね。
2005年07月11日
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もしみなさんが、日本語はもちろん、聞きかじりの英語さえもろくに通じないマサンのようなところに住むことになったらどうだろう。どうにかなるさと、とりあえず行ってみる方も多いかもしれない。でも、慣れない海外生活の不安を、できるだけ軽くしようと様々なものを準備される方も多いであろう。じゃ、何を?マサンの意味もおわかりいただけたところで、今日のお話。今日はマサン組の昼食会。しかも豪華に焼き肉!!!!後のネンミョンのことも、その後のスィ-ツのことも、しっかり計算して食べるマサン組。そんな中、大阪出身のミコちゃん。(以下変な関西弁はお許しを…。)「今日な、うちの洗濯機が故障してん。修理してもらったんやけど、時間通り来いへんし、要領悪いしなぁ。やっぱ日本のやから、どのボタンがどれか、わからはりへんかったんかなぁ~。」私:「日本の?!どこで売ってんの?」ミコ:「持ってきてん。」「持ってきた~~~~~~?!?!?!?!」:一同ミコ:「うん、一式。」「いっしきぃ~~~~~~~!?!?!?!」:もち一同聞けば彼女、日本からほとんどの家電製品を持って来たらしい。(もち、すべて変圧器につないで使用。)しかし、恐るべし!それだけではすまない彼女。ミコ:「あと…電子ピアノ…。」「なんでっ!?」あんぐりお口を、あぐあぐさせながらやっときいた私。んがっ!事態はあらぬ方向へ。ジュージュー焼ける音をかきわけるようにして、「私も!」「私も!」の声。???なんで??? ???なんで??? あぐあぐ???あぐあぐ「だって、つらい海外生活、ひまだったらさみしさ増すもんねぇ~。」:一同そういや、フルート持って来てた人もいたっけ…。(彼女が、もっと?????なのは、吹けなかったのに!だ。)(ちょっと習ってたんだよ~~~~怒)ばちこ~~~ん!その後、どうにかなるさほいさっさ主義の私が無口になったのはいうまでもない。みんな、それぞれ、つらいであろう海外生活に備えて、いろいろ準備してきていたのであった。ミコ:「でもな…。」彼女の、以前の会社にはこんな男の子もいたらしい。つらい海外生活を耐え、夏休みに一時帰国した彼。以下ミコの話(変な関西弁は再度お許しを…。)「やっぱ、一人の海外生活は、しんどはりかったんやろうなぁ~。こっちに戻って来はるときに、AVをかなり持って来はったらしいわ。それが、入国んときにばれはって、こりゃ、不法に売りさばくんちゃうかってことになって、結局会社の上司が空港まで呼ばれて、やっとのことで誤解も解けて、入国しはったらしいわ。」どれだけ持って来りゃ、そんな誤解を受けるんだろうとスィ-ツを食べながら盛り上がった。しかし、そこは海外生活のつらさを一様に味わったマサン組。なんだか、しんみり…。でも、さびしさをまぎらわすためなら、電子ピアノよりも彼の選択じゃないのだろうか…。いまだにマサン組が理解できない私であった。
2005年07月09日
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やや落ち着いてきたとはいえ、韓流ブームの今。私たちマサン組の女たちは、山あり谷ありの生活に日々追われていた。そんな私たちにもスポットライトが当たる日が…。マサン組ビッグママからあのN#Kから、日韓カップルを取材に来るから集合!の一声。おい!おい!あのN#Kだよ~!!!出んの?!私たち、テレビに~!折しも、ブサンで国際映画祭が開催されていて、その取材がてら、在韓の日韓カップル(夫婦)から、現在進行形の日韓カップルたちにアドバイスを!というのが、だいたいの内容。ほいっ!まかしとき!このさい、何でも話しちゃお!でも、あんまり、シビアなことは言わないほうがいいかな。あとあんまりお色気もね。でもでも、現実は甘くないっ!ていう路線もあるよね。私なりに、いろいろ考え、やってきました撮影当日。もともとは、ある日韓夫婦に密着し、こちらでの結婚生活を紹介するものだったようで、主に彼女へのインタビューで撮影は進行。彼女が嫁として、いかにがんばってるかを、その後だんなさんの実家にも行ってチェサ(先祖供養)のもようなんかも取材したらしい。そんな彼女を横目に私たちは、心臓バクバクで待機。そしてついにやってきました。日韓カップルに一言!韓国の男性? そうですね~。軍隊の経験があるからかな。生活力があって、たくましくて…。アイロンなんかも自分でかけちゃうんですよぉ!(たくましい?!)それに、花束とか自然にくれて、ロマンチスト?!愛してる~!とか、めちゃ表現してくれますぅ~!(はい!これほんと、結婚前はね…。)結婚に際して?!やっぱ双方の親から反対されましたよぉ。でもね、この人しかってね。(正気のさたじゃなかったの…。)とまぁ、マサン組も結構オンナだったのねってカンジで撮影は終了。面白いことにみんなに共通してたのが、相手のことを、韓国人だと意識して付き合ってたわけではないこと。当たり前のことだが、愛する一人の人間として付き合ううちに、いつのまにか、私だけのヨン様になってしまったようで…。貴重なお話ありがとうございました~!放送日をしっかりチェックして、N#Kの方々は帰っていかれた。(なぜか敬語)あとに残ったマサン組。いつものように井戸端会議とスウィ-ツを満喫して解散!早速日本の実家に電話して、(こちらでは放送されないので)録画を頼み、その日をひそかに、首を長くして待ったのでした。ここまで、お読みの皆さんはこの後どうなったかお察しのことだろう。母の一言で…。どこに出てたの?そうです。あんなに、緊張して、気張って化粧して、ちょっと裏声で、だんなのことも持ち上げたのに・・・じぇ~~~~~~~~んぶ カット!そりゃ、ないぜN#K。うらめしやN#K。そんな冷たい仕打ちもなんのその。今日も、カジャ!カジャ! マサン組なのでした。なぜマサンかって?それは次回のお楽しみ。
2005年07月08日
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