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2026年09月26日
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【「喜ばれる存在」という生き方】

小林正観さんの心に響く言葉より…

人間が生命をいただいたのは、頑張ったり努力したり、自分の思いを成し遂げたりするためではなく、「いかに喜ばれる存在になるか」であるような気がします。

人間は、「長く生きること」が目的ではなく、「いかに喜ばれるように生きたか」が生きる目的だと思うのです。

もちろん、長く生きたほうが多くのものを投げかけることができますが、肉体の死はさほど問題ではありません。

それよりも、死後に自らの「存在の死」を、いかに遅らせることができるか。

ちなみに、「存在の死」とは、その人の生きざまを語る人が誰もいなくなったときのこと。

この意味では、釈迦も坂本龍馬も、まだ「存在の死」を迎えていません。

「肉体の死」ではなく、喜ばれるように自分の命を使っていく結果、多くのものを残して疲れ果てて死ぬという、「存在の死」を考えながら生きるといいと思います。



自分の周りにも、喜びがたくさん降ってきます。

人に喜ばれれば喜ばれるほど、自分の人生がどんどん楽しいものになっていきます。

『神さまに好かれる話』知的生き方文庫
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「人に喜ばれる」というと、何か特別に大きなことをしなければならない、と思ってしまう。

「多額の寄付をする」「多大な社会貢献をする」「多くの人に感謝され、マスコミに載るような善行をする」・・・。

もちろん、それらの行為は素晴らしいことだ。

だが、「人に喜ばれる」ことの本質は、実は、小さくて目立たないことにある。

「いつも笑顔でニコニコと挨拶する」「人の話をさえぎらず、しっかり聞く」「何かしてもらったら、ありがとうという」「自分の機嫌は自分で取り、いつも上機嫌でいる」・・・。

「積小為大(せきしょういだい)」

小さな努力をコツコツと積み重ねることが、やがて大きな成果となって返ってくる。



それは、「蟻(あり)の一穴から、堤(つつみ)も崩れる」のことわざのごとくだ。

我々の生きる目的は・・・

「喜ばれる存在」になること。





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最終更新日  2026年09月26日 07時00分06秒
[小林正観 Seikan Kobayashi] カテゴリの最新記事


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