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だんなの店は6時半閉店。流通業って世の中の休みとカンケーないから家族はつらい。「9時には必ず帰る」というので、せめて今日ぐらいは、年越しそばぐらいは一緒に食べたい・・・って思って子ども達と一緒に待ってたのに・・・結局帰ってきたのは11時40分。いつもうちに帰ってくるとご飯食べながら寝たり、風呂で寝るのは日課。大晦日まで!?と思うともう腹が立ってきて、「疲れた」ばかり言ってるだんなに「私だって疲れてるんだ!!」とぶつけてしまった。「お疲れさまぐらい言ってくれよ」って、あんた、私だって子ども達やうちのこと1人でぜーんぶやってるじゃん!!当り前って言ったらそれまでかもしれないけど、夫婦って持ちつ持たれつなのに。だんなはふてくされて、私の手を振り払い寒い中出ていってしまった。大人げない・・・。親が喧嘩してると子ども達がかわいそう。私だって家出したいよ・・・・。こんな時間からじゃ奈良には行けないけど・・・。だんなは疲れたといっては、いつもうちでは居眠りばかりしてる。自分が食事した皿すらも下げないし、ちょっとゴミ出しなんかたまにすると「手伝った!!」と大騒ぎするし、そのくせ外ッ面がいいので「いいだんなさんね、お子さんかわいがってて」なんて見知らぬオバハンに言われるのだ。あーーーー!!!ムカツク!!!最悪の年越しになってしまった。2002年こそいい年にしたいのに・・・。マジで離婚したろかと思った日だった。
December 31, 2001
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ちぃちぃの手術の時にかけつけてくれた母(ばあば)が急遽奈良に帰る事に。弟が体調を崩したのだ。来月国家試験を控えているので、帰ってもらうことになった。母と夜通し語らった。自分の実家が遠いことは心細い。母が倒れてもすぐに帰れる距離ではない。母も私のことをいつも案じてくれているのがよくわかる。ちぃちぃの水疱瘡を心配しながら母は帰った。八戸から盛岡・東京・京都を経由して9時間弱かけて新幹線で・・・。なっちも淋しそうだった。私は駅のホームで泣いてしまった。ありがとう、ばあば。3月には1年ぶりに奈良に帰りたい。
December 28, 2001
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サンタさんが来た。なっちのお願いしていたドレミちゃんのお菓子とカレンダー以外にも、ドレミちゃんのワンダーステップという靴を置いていってくれたのだ。(ちぃちぃの入院中ほんとおりこうで頑張ったもんねっ・・・)なっち大喜び。「サンタさん、ありがとう・・!!」と窓の外に向かって満面の笑顔で言っていた。こういう姿を目の当たりにするとお母さん業ってたまんなく最高のものだと思える。ちぃちぃも元気に回復していてプレゼントのスナック菓子をもぐもぐ。午後外科外来に行き、執刀してくれた先生も「お腹の音もいいし傷もきれい。これでオシマイでいいよ」と。いい先生だった。ホントに。感謝。でもあの先生に今後お世話になることがあってはならないんだけど・・・。とりあえずはいいクリスマスだったってことかな。
December 25, 2001
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またあのバカ姑から電話がかかってきた。「ひどい声だな。まだかぜひいてらのか?(ひいてるのか?)」「やっぱりまだこっちの冬に体が慣れてなくて」「まず、働いてれば体は慣れるんだけどもな。」「・・・・・」「言う人は言うからさ。」てめえが一番言ってんじゃねえか。「でも、子どもにとって母親が育てるのって大事だと私達夫婦は思ってるので。人の言うこと気にしてませんから」「ま、私が子どもを見るってったって出来ないからな、今は」誰もあんたに頼むつもりなんてねえよ。自分がちょっと仕事してるからっていい気になんな!!「このところ色々持っていってやってるけど、邪魔になってないかあ?」頼んでもいないのに口に合わないもの持ってきて恩を売るな!!思いっきり邪魔なんだよ!!今回ちぃちぃが手術してもまる3日間音沙汰なかったし付き添いすらするわけでもなかったくせに・・・。電話でも「ちぃちゃんどうだ?」の一言もないんだ。「姑ってかわいそうな人なのかもしれない。自分に自信ない人に限って自分の自慢したり口出ししたりするものだ・・・。」気持ちの余裕があるときはそう思えるけど、今回は、ダンナが以前「専業主婦して子どもを育ててることに金輪際口出しするな!!」と言ってくれたにも関わらずまただ。仕事と子育て両立してる人は立派だと思うけど、それは個々のやりかたであって、私は少々貧乏でもこの子どもと過ごせるかけがえない時間を大切にしたいのだ。専業主婦をバカにするな!!私だってがんばってるんだー!
December 23, 2001
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あ~~~!!!やっちゃいました。スリップして壁にゴチン!!今にやるとは思ってたけど、自分でもぶつけてないのがちょっと自慢だったのにな~。凍結した道は恐ろしいです。ま、自損事故で良かったって自分を慰めてます・・・。愛車クン、ゴメンよ。負傷させてしまって。バンパーとライトがちょっと割れただけだったから修理代は4万弱。。。といえども痛い出費。ほんと今年はろくなことが起こらない。今年って厄年だったのかな・・・・。(数えで31だ・・・。)スリップはほんと怖いですね・・・。
December 21, 2001
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水疱瘡の不安を抱えながらの退院。外科の先生には感謝しているけど、婦長には憤りを感じている・・・。しかしこれからまたいつお世話になるか分からないので強く言えない。患者は弱い立場なんだ・・・。嬉しい気持ちと悔しい気持ちが入り混じりながらの退院。ちぃちぃは院内感染の風邪をお土産にもっての帰宅だったがやはり家は嬉しいみたい・・・。幼稚園から帰ってきたなっちは久しぶりに妹に会えて大喜びではしゃいでいた。来週いちど外科外来に行って調子が良さそうなら終了だ。とりあえずは良かった・・・と思いたいんだけど。
December 18, 2001
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39度熱を出したちぃちぃ。外科の先生は「院内感染だろうなあ・・・。」と。当たり前のことなのか、院内感染って・・・。なっちは妹に会いたがっていてかわいそう(子どもは病室には入れないのでいつも1人で待合室で待ってるのだ)。それにしても寒い。夕方、病院に行くときは顔面凍るかという寒さだ。犬の散歩中の人は「強盗!?」と間違えるような格好で歩いてるし、寒いのは嫌いじゃないけどこっちも帽子被らないと脳天にきそうだ。八戸の冬2年目。皆口をそろえて言う、「今年はなんだかおかしい。いつもこんなに雪降らないべ。」と。これからまた病院へ戻る。歩いてても滑って転んで頭打っってピーポーにならないように気をつけよ・・・っと。
December 17, 2001
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ちぃちぃは熱をだしたせいか部屋を替えられた・・・。病棟が婦人科と同じため「こっちもやりくりが大変なんです。」と婦長。しかし・・・あとで分かったことだが、どうやら感染症の患者と同じ部屋にいれられたのだ。しかも、向かいのベッドの子は水疱瘡だったともう一人の人がこっそり教えてくれた。「うちはやったからいいけど・・・もうかかった?」なに~っ!?手術後の患者をそんな部屋に入れるか?向かいのベッドの子はぶつぶつがはっきりしてきたので慌ててこそこそと退院していった。おそらく水疱瘡とわかったから自宅で治せると医者が判断してのことだろう。看護婦がうちにだけ隠していたのはまだかかっていなかったからだろう。うつったら病院のせいになるもんなあ・・・。それにしてもこのごろ病院ってずさんだ。外科で手術してるのにばい菌だらけの部屋にぶち込むとは・・・。ちぃちぃに移っていませんように(手術後で体力落ちてるのに・・・)。皆さんどう思いますか・・・!?
December 16, 2001
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今朝の回診で、先生は「うん。いい感じだね、よしよし、今日から水分とっていいぞ!」と泣きじゃくる(すっかり白衣恐怖症になってる)ちぃちぃに言ってくれた。早速、ポカリスエットを飲ませようとストローマグを出すと、ちぃちぃは目の色を変えてカラのマグをわし掴みにしてちゅうちゅう飲んだ。中身が出ないのでウエーン。中を入れてあげると一気飲みだった。そりゃ、まる6日間何も口にしてないもんね・・・。まずは良かった、順調に行けば明日の午後からご飯が食べられるかも!なっちは奈良のばあばの言うことを聞いていい子にしてる。ちぃちゃんに会いたいと涙をこぼしたりもするけれど、子どもは病室の中に入れないのだ。退院まで我慢・・・。姑はやっとやってきた。親戚も見舞いに来て「看病で倒れないようにね」といわれると、さも自分が頑張っているかのように「うん」といってたのがしゃくに障った。話してても自分がかつて手術した時の話ばかりしている。自己中極まりなくて私も母も主人もうんざりしている。気にしないように・・っと。まずはちぃちゃんが元気になってきたんだから。
December 13, 2001
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小さな体に鼻から管を通され手の甲に点滴の針を刺され、板でぐるぐる巻きに固定されて、見ていてかわいそうでそれだけで胸が締め付けられるようなのに、あの活発ないたずら娘のちぃちぃがぐったりと横たわっている・・・。出来るものなら代わってやりたい。ほんとに・・・。ごはんもおっぱいも水すら飲めないから、この管はちぃちぃの命綱なのだが・・・。細い腕から血を抜くのも血管を探すだけでも大変で何回も失敗されてもれて手が腫れあがっていた。訴えるような、助けて・・!という目で枕もとにいる私を見て泣いていた。子どもは健康・・・それが当たり前だと思っていた。それ以上のことを望んでいた。今ほど、健康であることや元気に育っている事の大切さを痛感した事はない。なっちは奈良の母が来てくれて大喜びだ。「心配でいてもたってもいられなかったから。」と遠い青森までもすぐ駆けつけてくれた母に心から感謝している。それに引き換え・・・近くに住む姑は「何で私に頼まないんだ。やはり実の母親がいいのか。」とへそを曲げてしまった。私は、ちぃちぃが市民病院に行く段階でだんなの実家に連絡しちぃちぃの病状を舅に話したが、その時姑は仕事+職場の忘年会とやらで不在だった。舅はきちんと姑にちぃちぃの病状をも話していなかった。一歩間違えば命にかかわったこと、私はつきっきりでいて電話を掛けに行く余裕などなかったことなど考えもしなかった。一度へそを曲げた姑は、だんなが何を言っても聞き入れようとしない。私の母が見かねて「ごめんなさいね。来てしまって。心配だったので・・・。目障りでしょうけれどもしばらくお許しください。」と電話してくれた。「お母様もどうぞご遠慮なさいませんよう、ちぃちゃんの会いに行ってやってください。」と・・・。私も「今から病院に戻りますから、よろしければ乗せていきますが・・」と言ったが、「いえ。あとで行きます。」という返事だった。私に対しては責める気持ちばかりのようだ。決して「よく頑張ったね」とか「大変だったね」という言葉はなかった。期待してはいけないけれど・・・。「あとで」とはなんと曖昧なのだろう。私は夕方には姑が病室に現れるものだとばかり思っていた。しかし、姑が孫の見舞いに現れることはなかった。あの人は常に自分が一番かわいいのだろう。わかってはいるが、精神的にかなり疲れる。たかが姑ごときで。私自身の気持ちを破壊してはならない。だんなは「わが親ながら情けない」とこぼしていた。未だ笑顔の出ないちぃちぃに暗い顔を見せないようにしないと・・・。やめられなかった母乳は遂に止める時が来たようだ。晩だんなと付き添いを交代してうちに戻り、お風呂で絞ったら出るわ出るわ・・・。おっぱいが「ちぃちゃんが恋しい」と言っているような気がした。
December 9, 2001
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きのうから食欲が落ち、機嫌が悪かったちぃちぃ。今日の午前中眠っていたので午後一番でかかりつけの先生のところに連れて行った。お腹をさわった先生は、「昨日からずっとこんなふうでしたか?」と・・・。「ごろごろしたものがあります。腸重積の可能性があります。」腸重積とは、1歳前後の子どもに起こりやすい腸閉塞の一種で、大腸と小腸のつなぎ目のところが中に入り込んでしまう病気だ。大体はひどい嘔吐で始まり進行すると血便が出る。しかしちぃちぃの場合、嘔吐も血便もない。「紹介状を書きます。すぐに行って下さい。」・・・市民病院へ。ちぃちぃが生まれた病院だ。なっちも2ヶ月前急性大腸炎で3泊4日の入院をした。因縁深い病院だ・・・。「どうしてもっと早く医者につれて行かなかった!!」救急外来の先生はそういって私を責めた。「腸重積ならこれは大変な病気だぞ!!」この病気は発生してまる1日以内なら大体浣腸で治ることが多いが、これで治らない場合、外科的手術となる。しかし腸重積の典型的症状がなかったことから医者もだんだん口調が弱くなり「これではお母さんわからないな・・・。しかししこりはある。やはりバリウムを浣腸し、透視して見ましょう。」私もX線の部屋に入った。なっちはずっとおりこうに待っていた。いじらしかった。妹の事が可哀想だ、私も何かしてあげたい・・・と泣いた。ちぃちぃは何度も浣腸をした。本人に力が加わるので軽い全身麻酔もした。途中までは腸が戻った。しかし、最後の最後で戻らないのだ。小児外科の先生も呼ばれ最大限先生方は頑張ってくれたがだめだった。1時間半かかった。救急の先生が言った。「お母さん。小児外科の先生にお願いしよう。決断してください。」このままでは重なっている腸壁が腐ってしまうのだ。一瞬全身麻酔に対する抵抗やお腹につく傷のことが頭の中をよぎったが迷うべきではなかった。手術の説明を受け、同意書にサインした。早くちぃちぃを助けてあげたい・・・。緊急手術が始まった。腸壁を元に戻すだけなら1時間余りの手術。しかし腸壁が腐りかけている場合そこを切除したら2時間以上はかかると言われていた。あの待ち時間ほど長く感じた時間はかつてなかったような気がする。3時間近くがすぎようやく救命センターから連絡がはいった。「ちひろちゃんの手術が終わりました。先生から説明があります。」説明室に入ると執刀医の小児外科の先生は言った。「ちぃちゃんはただの腸重積ではなかったんです。・・・本来ない組織が先天的にあって、それに水がたまり、悪化して結果的に腸重積を引き起こしていたんです。お腹を開けて分かりました。悪いところを切除し縫い合わせる手術になりました。」切り取った病巣を見せてもらった。予想よりも大きくて驚いた。「ちぃちゃん、よく頑張りましたよ。いま麻酔を覚ませていますから、もうすぐ会えますからね。」ちぃちゃん、ごめんね。私のお腹のなかでもう、病気の原因が出来ていたんだ。辛い思いさせて、ごめんね。まだ1歳1ヶ月なのに・・・。腸を縫い縮めたので将来的に再発する可能性もあるらしい。その時はまた手術になる。お腹の中を縫っているから経口で飲んだり食べたりは早くとも5日目以降になる。それまでは点滴だけだ。今晩はHCU(救急救命センター)の病室に入った。経過が良ければあす小児科病棟に移動できる。入院の見通しは2週間。今晩奈良を発って私の母がかけつけてくれるので、安心してなっちを頼もうと思う。「なっちゃん、しばらく寂しい思いをさせるかもしれないけれど、ごめんね。」、と話すと「大丈夫よ。ばあばがいるから。あたしが市民病院でねんねした時、ちぃちゃんはママに『おねえちゃんとこ行っていいよって行かせてくれたから。あたしもできるよ。ママ、ちぃちゃんとこ行って一緒にねんねしてあげて。」といってくれた。パパも仕事があまりに忙しいが「出来る限り看病も頑張るから、ママが倒れないように」と言ってくれた。しっかりしなくては。ちぃちゃんに元気をあげなくては。くよくよしている場合ではない。ちぃちゃん、ママ頑張るからね。早く元気になって、あのかわいい笑顔を見せてね。
December 8, 2001
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パパとちぃちぃが先に寝たのでなっちと2人で夜更かししてゆっくり話が出来た。幼稚園大好きの彼女が「きょう幼稚園でいやな事があった・・・」などと珍しいことを言うので「どうしたの?」と聞くと「私たちなんにもしてないのに、Sちゃんがなっちゃん大嫌いって言ったりお人形にされて遊ばれたの・・・」と涙を浮かべながら話した。彼女を含め4人の子が、残りのクラス全員からいじめの標的になったようだ。先頭にたっていじめたSちゃんという女の子は、ちょっと前まで「なっちゃん、なっちゃん」と寄ってきていた子なので、彼女も「何故・・・?」と理解に苦しんでいるらしい。「他の3人は泣いてたけど私泣かなかった。先生は意地悪な子達を怒ってくれて私たちをぎゅってしてくれたよ。」・・幼稚園の年少でも寄ってたかっていじめってあるんだ・・。ショック・・・。Sちゃんが「なっちゃん大嫌い」と言うと日ごろ仲良く遊んでる子たちも口々に「僕も」「私も」と言ったらしい・・・。一緒にいじめられた3人以外は。親としてはS以外の尻馬に乗った子たちも叩きのめしてやりたいとマジで思う。なっちは明日も幼稚園行く、だって3人はいい子だし先生も優しいから、と言ってるがお人形にされたことにはかなりの憤りを感じているようだ。
December 6, 2001
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最近というわけではないけど、なっちは自分の思い通りにいかないと泣いたりいじけたりするので、困ってしまう。急いでいる時とかもさっさとして欲しいのにわざとノロノロするので、イライラしちゃう。きっと気に掛けて欲しいんだろうな。それは分かるんだけど・・・。ついつい強い口調で叱ってしまう。そんな時は後で自分で自分がイヤになる。体罰は絶対反対だから手を上げることはしないけど(マジで叩きたい時も我慢してる)、ひどい言葉をあびせていたら(なっちなんて嫌いだよとか知らないよとか・・)子どもの心は傷ついてるのにな。どうしようもない時は叩いた方がいいなんて母やお姑さんは言うけど・・・よそは皆どうしてるんだろう。また壁にぶち当たってます・・・。
December 3, 2001
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