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キリスト教との自然観は、人間と自然を対比して、「我思う、故に我あり」という考え方で、自然は相対的で、自然は悪魔である。
人間が修正しないと、カルチャーで秩序をつけなければ、自然は人間の役に立たない、悪魔だ。
砂漠の自然は人間に対して非常に危険なものである。
子供も放っておいてはだめになるという思想です。
その自然観がどうもおかしいことに気がついてくると、聞く耳ができてきます。
日本人は自然観がわかっている、俳句もつくる、絵もつくる、すべてのことを感性的にキャッチする性質をもっていると思っているから、自然に対して傲慢なんです。
だから、自然にものができるなんていっても信用できない。
科学的な智恵が優先する。
自然に甘えているというか、自然をわかっている気になるんです。
見た目で日本人は自然がこんなものだと知っているけれど、知っていないことを知ることが先決です。
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