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以前、運送会社のバイトでぎっくり腰をやってしまい、その後、くしゃみをした時、変な格好でしゃがんだとき再発して苦しめられた。今はもう何年もやってこないのでホッとしているが、あれは本当に痛かった。作業中に目の前が一瞬まっ白になり、気絶しそうなほどの激痛が走った。それでも手を休めることが出来ず、脂汗がダラダラだった。昨年末、スキーに行ったとき、特に理由もなく両足の甲が腫れあがりまともに歩けなくなってしまった。半月ほどで痛みが消え、普通に歩くことが出来るようになった。どちらの場合も、トイレでしゃがむこと、階段を下りることなど普段、何気なくしていることが、それこそ気合を入れなければ出来ない。不便、不都合極まりない。感じたことは、この痛みによって普段気づかないことを気づかせてくれたこと。痛い足、腰を感じている自分がある、生きていること。痛みは、宇宙から無料レンタルしている体が自分に、「ここは変えなさいよ」とメッセージを送ってくれているのだと思う。そのメッセージをしっかりと受け入れば、痛む必要がなくなるので消える。痛むということは、実はありがたいことだったんだ。痛みの対処法、「こんなことがある」という方がおられれば教えていただきたい。
2008.03.05
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次男が「シュボボいく」というので自転車で30分ほどのところにある交通公園につれていった。無邪気に遊ぶ姿は心を和ませてくれる。この季節になるとマスクをしている方が目立つ。花粉症なのかな。うちの家族ではカミさんが花粉症でくしゃみがとまらない。天気予報の花粉情報を見てると、「ヒエ~!」などと悲鳴をあげている。「花粉が飛び交うなんてケッコウなこったな」などといったら殺されかねないので言わない。花粉症なんていつから言われだしたんだろう。子供の時にはなかったと思う。大昔から花粉は飛んでいて、そんな自然環境の中で人は生かされている。だから本来は花粉症などという症状は出ないのが自然のはず。でも、今は出ている。自然な生き方からはずれてきているのだろう。自然な生き方とはどんな生き方なんだ?私の信心のあいさつは、「おはようございます、こんにちは」ではなく、「(命をいただきまして)ありがとうございます」。実にシンプル、でも奥が深い。朝、目がさめて「もう朝か」じゃなくて、「生きてる!有り難うございます」これがなかなか出来ない。「眠いな~」だから、とにかく形から「ありがとうございます」おてんとうさん、空気さん、花粉さん、ばい菌さん、なんでも「ありがとうございます」と言っておく。感謝の言葉を投げかけたら困らせてやろうとはしないでしょ。今日も夕日がきれいだ、ありがとうございます。
2008.02.29
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今日は春のような暖かさだ。春はいいな、なんでも解きほぐされて行くからね。今は冬。冬はもっといい。必ず春が来るから。冬があるから春のありがたさがわかる。テレビで占いをやっていた。今日はトラブルに気を付けて、と。トラブルが起こるはずがないのでハズレ。起きたことをトラブルと思うからトラブルになる。もともと占いというものは一切信じない。それに囚われてその通りになってしまうから。住んでるアパートで火事を起こした知人がいる。その方、火事を起こしたことに感謝していた。自分をワンステップ磨くことが出来たと(これであってます?)。なにが起きても感謝か、学ばさせていただきありがとうございます。
2008.02.22
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昨日は、断食の報告会が熱海のホテルでで開催された。断食の報告会らしく?おいしい料理とお酒をいただきながら行われた。私は断食終了後の体重61キロと、普段の-4キロ。ちょっとびっくり。1日目は、食べないという意識と、身体は食べようとする働きでややっこしい状態。2日目は、身体が納得して胃腸の働きをセーブしたため、空腹にもかかわらず落ち着いた状態。やっぱり身体は心に着いてくる、ということが実感できた体験だった。食べれるってありがたい。その保障があるから断食なんて贅沢なことが出来る。お酒もおいしい。でも、いつもの半分くらいで酔いが回る。はじめは健康、ダイエットを目的とはしていなかったけど、これは身体にいい、身体にいいということは心にいいということで、月1回することに決めた。ところで、朝食を食べに食堂へ行くと、「お連れの方がお待ちですよ」と声をかけてくれた。特に待ち合わせをしていたわけでもないので、「鉄さん、あの素敵な女性の従業員の方に、坊主頭の男が来たら呼んでくれって言ったんですか?」「いいや、言ってないよ」「どうやら私のことをずっと注目していたんですね」「さあ?」こうして、心を自惚れに染め、いそいそと帰宅の途についた。
2008.02.16
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ここまで、仏さまにお供えしたお水(水道水)を5L、コーヒーを4杯。なかなかの出来映えだ。ピンチは何度かあった。昨夜、カレーを次男に食べさせようとスプーンにのったカレーをフーフーと冷ましていると、自然と自分の口に持っていこうとしてしまう。これは危なかった。今日のお昼に焼き飯を作っているとき、味見をしようとパクッといきそうだった。ふと、「なんでここまでやるんだ」と疑問が起きる。そんな自分の心の動きを観察しているんだ、と再びゲーム感覚で楽しみだす。そう、物事に理由や理屈はいらないんだ。好きなのか嫌いなのか、楽しいのか楽しくないのか、やりたいのかやりたくないのか。頭を使わず素直にいこう。でも、お酒だけはしんどいなーと思っていたが、これだけ空腹だと飲みたいと思わないんだなー。それと、性欲も強くなると聞いていたけど、全然ダメかー?
2008.02.14
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だいぶ、お腹がすいてきた。断食中というのを忘れて、何か食べようという意識が自然と働いてしまう。あー面白い、これはゲームだ。つまみ食いできるお菓子がたくさんある。今日は家族のお昼ご飯を作ったし、夕ご飯も作る予定。何を作ろうか。唐揚げ、とんかつ、おでん、鍋。寒いので鍋かおでんにしようか。そんなこと思ってたらお腹がグーグー鳴りだして止まらない。まだまだ余裕たっぷりだが、これからどのように気持ちが変化していくのか観察していこう。他の6人の参加者はどうなっているんだろう。楽しいなあ。
2008.02.13
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明日から2日間、自宅断食に入る。だから今日は少し食べる量を減らそうかと思ったが、なんだか余計にお腹がすく。なんでだろう。断食といってもりんご一個は食べてもいいのでたいしたことはない。いやいや、こりゃあ、たいしたことだ。お酒も飲まない。自宅だから誰にも規制されない。たとえ飲み食いしてしまったところでも結果報告会で、「やり遂げました」なんていってしまえばいいんだから。明日からの自分の心の動きが楽しみだ。今日、テレビでやっていたあの事件、人の仕業じゃない。鬼の仕業だ。その鬼、実は私の心の中にもいるようだ。時々それを感じるときがある。人の心には十界が備わっているといわれる。地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上、声聞、縁覚、菩薩、仏。いろんな縁に触れて、人を慈しんだり憎んだりと、慌ただしい私の心だ。ただ、それを行動に出さないだけ。それを行動に出すということは、何かもの凄い負のエネルギーが発生するんじゃないのか。そういうのを一つひとつやっつけていこうと思う事件だった。
2008.02.12
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今日は久しぶりに家族で近くのスーパー銭湯に行くことになったが、長男が友達と遊ぶということで没に。「そのぶん浮いたな」とセコイ発想をしてしまった。ということで次男とシャボン玉で遊んだり、クレヨンしんちゃんのビデオを見たりしていたらもう5時か。長男が帰ってきて、10分ほど今日遊んだ結果を報告。まだまだいつまでも友達感覚でいるようだ。今日もみんな無事、ありがたいことです。
2008.02.11
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昨日、ブログの達人より、「オマエのブログは全然オモローないでー、何ゆうとるのかさっぱりわからへん。もっと目的をはっきりせー!」と、ご指導をいただいた。まったくそのとーり!さてどうしようか。私はなんで坊主になったのか。生活のため?イヤ違う。寺を離れたからヒーヒーといった生活になっている。戒名書いたり、葬式を務めるため?それも違うな。そう、仏様の最高の教えを伝え、人様のお役に立てるようになること。これがきれいな言い方。つまり、自分の幸せのために人助けをさせていただくっていうことだな。人助けっていっても、ただ、一人一人が自分の足で立ち上がれるようになること。そうすれば自分も立ち上がることが出来る。そうなれば、生きているということ自体が幸せと感じるようになれるらしい。そろそろバイト探さねば。
2008.02.09
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久しぶりに腹を立て、知人と言い争いをしてしまいました。喧嘩というほどではなかったんですが一瞬、かなりカッカと熱くなり知人は、「あんた、もっと立派な人かと思ってたけど、とんでもなかったな。世間のそこらにいる人と変わらないじゃないか」世間のそこらにいる人がどういう人なのか私にはわからないんですが、このことによって誤解が解けてホッとしました。立派ではないし、偉くもない。このまんまということ。良かったよかった。でも、もうちょっと穏やかに熱く語り合いましょう。かなりしんどいですね。これをしていけない場所が家庭だ。カミさんを怒らすととてつもないエネルギーを使うし、子供は泣くし、心身ともにへとへと。家庭円満であるからこそイキイキできる。そのカギはカミさんだ。これが修行だと思い、絶対に怒らさないように心がけてます。ホント、怒ると怖いんです。
2008.02.06
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冷凍餃子の毒物混入が騒がれています。 以前ファミレスで働いていた頃は、髪の毛一本はいっているだけで大変なお叱り、クレームをいただいたものです。まったく毒が食べ物に入っているなんて論外なことです。で、何事も他のせいにしないのが自分宗のポリシーで、このようなことになっても自分のせいということになるわけなんです。だから、不良食品を買わないようにする。どうするかといいますと簡単なんです。買い物するときにお店に対して、「いつもおいしいものを売ってくれてありがとう」と感謝の思いを持って買い物をするんです。こうすればまず大丈夫でしょう。もしも、「あれっ?」というようなものを買ってしまっても腹を立てず、、まだまだ感謝が足りないのだと教えてもらっているので、「申し訳ございません、このようなものを買ってしまいました。今後気をつけますので引き取っていただけないでしょうか」と、謙虚な姿勢でお返しします。これで2度とこのようなことは起きません。電車など乗り物に乗るときも同じです。命を預けたつもりで、「運転手さん、乗せてくれてありがとう、とっても助かっています」託すときは、託しきってしまいます。完全に信じれば、その通り問題はまったく起こることはないんです。これ、本当です。私、体験中ですので。
2008.02.04
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またまた、久しぶりにパソコンにむかうことが出来ました。まったくどうなっているんだろう。オレってホント、わけわかんないですよ。宮本輝さんの小説で「クシムナレー」という名の自転車が登場しました。クシムナレーとは光が1年で進む距離のことで、9兆4千6百7十億km。計算してみたら1秒で約30万km進むみたいなんです。で、このすさまじい速さで太陽の光は地球まで約8分。遠い星は何十億年かかるらしい。そしてこの宇宙は、光より速いスピードで膨張してるんですって。頭で考えると、どういうことなのかさっぱりわからない。ところが、心で思いめぐらし想像すると、どんな遠いところでも光よりも速く、あっという間にたどりつける、というか、心自体が宇宙とつながっている、宇宙そのもののように感じるんです。宇宙には想像を絶するエネルギーとパワーを秘めている。それを私自身も持っている。ただ、気づいてないだけ。気づいていても、その使い方がよくわからない。まずは、持っていること、宇宙とつながっていることを信じる。つぎに、その使い方を心に聞いてみる。そして、何に使いたいかハッキリさせる。これをもう一度、取り組んでいこうと決めました。最近、頭ばっかり使っていたので、心がガチガチに固まってしまっていました。頭を使うと宇宙とつながることは出来ないようです。心をほぐして宇宙とつながり思い通りの人生を。願いは(願えば)叶うんです。
2008.01.19
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新年明けまして1週間が過ぎました。あわただしかったのか、ボケッとしていたのか、ようやくパソコンにむかうことが出来ました。「心イキイキ」といいながら、どうも最近、生き生きしていないようだということに気づきました。別に悩みもないんですが、アレをやっていたんです。「今年はどうかなー?だいじょうぶかなー、やっていけるかなー」未来に対する不安。それと、「去年、もっとやっとけばよかったのに」過去への後悔。私はこれをやりだすと、途端に心が縮まってしまうんです。ということで今、自分に言い聞かせています。「去年はアレで最高だった。今年もいいようにしかならない。だから、過去も未来も気にしないで、今、こうして生きてることを喜びましょう、楽しみましょう」う~ん、元気が出てきたかな?ちょっと、きのう飲みすぎでしんどいだけなのかもしれない。とにかく、軌道修正を早くやらなくっちゃ、ね。
2008.01.08
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今日は大晦日で、明日は元旦。やっぱり、これはすごいことなのかな~。私も、「無事越年」のお願いをしますが、結構本気です。「魔」が入りやすいらしいし、実際「そうなのかな?」ということも経験したことがあるんです。どうすればいいかということで、この1年間に心に湧いたよくない思い、どうでもいいこと、執着を今年中に忘れ去り、来年への大きな望みを持つこと。忘年会と望年会を今日中に終わらさなければ。急げ、いそげ、師走。でも、本当は、「真師は走らず」(S御導師)いつでも、ゆったりのんびりいきいきと。よいお年をお迎えくださいませ。
2007.12.31
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25日より家族で5年ぶりに、新潟へスキーに行ってきたんです。5年前と違うところは、おチビが一人増えたということで、私が抱えてすべることになりました。スキーをする前から右足に違和感を感じていたんですが、気にせず、チビすけをリフトに乗せ滑り降りました。チビは大喜びでした。2回滑り降りると、チビはなんと、熟睡してたので切り上げました。旅館に入り一休みしていると、右足がズキンと痛み出し腫れ上がってきました。歩くことさえままならなくなったので、「明日は旅館に残って良の面倒見てるから、二人で滑ってきて」ということになり、翌日は部屋に閉じこもり、おチビがぐずるのを懸命になだめ、午後、カミさんと長男が戻ってきて近くの温泉に行くというので3人を送り出し、布団の中にもぐりこみました。その翌日、目がさめると、名、なんと左足まで腫れているではありませんか!今年最大のピンチ!今日は帰る日。しかし、歩くだけでもすごく痛い。「よしわかった、靴を履けば大丈夫」駅から自宅まで10分のところを、途中、おじいさんやおばあさんにも抜かれながら30分以上かかって歩き、たどりつきました。おかげで、足の不自由な方の気持ちがしみじみと感じることが出来ました。自宅に着くと、それまで張っていた気が緩み、一気に毒が身体全体に回ったようで、倒れこみました。倒れながら、「心イキイキ だから健康 なんだったんだよな~」と思い出し、「そうそう、よかったよかった。スキーだって2回もおチビと一緒に滑れたし、おいしいご飯も食べれたし、毒が出てきてくれたおかげで新年に向けてリフレッシュできるし最高だよな」解毒がかなり進んで、リフレッシュ終了間近の私でありました。 (画像を貼り付けようとしたんですが、容量オーバーということで出来ませんでした。たぶん加工すればいいのでしょうが、そんな技術ありましぇん)
2007.12.29
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お風呂に入ろうとパンツとシャツでトイレに入り出たところでカミさんが、「エンヤがテレビに出てるよ!」手も洗わずテレビの前にしゃがみこみました。初めてテレビでエンヤを見た!中学生の時ラジオで、ビートルズ来日10周年記念としてその演奏をラジオで聞いて心が躍りました。高校生の時、パンクロックなるものがイギリスではやり、「ビートルズはゴミだ」みたいな事をぬかしていたセックスピストルズを聞いたとたんに、その圧倒的なパワーに心が躍りました。初めて「エンヤ」の音楽を聴いたのはCMでした。曲は「オリノコフロー」心が震えました。いつ聴いても涙が出てくるので、家では皆が寝静まってからしか聴けないんです。金太郎飴のようなこの方の音楽。その金太郎が自然に成長していく。日本語でつくられた、「Sumiregusa」、言葉になりません。藤原紀香さんが流暢な英語でインタビューしてました。その後、手を洗い、お風呂に入ってCDを聴きました。今日はもう、興奮して眠れそうもありません。
2007.12.23
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先日、「日新報道」という出版会社の社長の遠藤さんとお会いしました。今度、「皆の宗」ということがテーマの、宗教に関する本を出版したいということで、「自分宗」ということをコンセプトに動いている私を、恩人であるW会長が遠藤社長に紹介して、お会いすることが出来たんです。まだ、具体的には何も決まっていないんですが、とても楽しみなことができました。遠藤社長は宗教も組織化、団体化すると腐敗してしまうと主張される「アンチ宗教団体」で、今もあるところと10数年、裁判で争っているのだそうなんです。裁判で争うのは、大変なエネルギーが必要なのだそうで、病気で倒れてしまう方も多いということでした。でも遠藤社長は大変お元気でした。「きっと、好きで楽しんでいらっしゃるからですよね」「そうなんです」私も過去にその団体の信者にだまされたことがあるんです。喫茶店で働いていたとき、いつもカウンターに座る常連のお客さんと仲良くなり、私の信心上の体験談を話したら、「是非、私の友人にも聞かせてほしいなー。今度あってくれませんか?」「こちらこそ喜んで」ということで、車で連れて行ってくれたんです。「さー、着きました」と車を降りると大きな建物。その団体の会館だったんです。とりあえず中に入ると友人ではなく、怪しげな50代のおじさんが5人、私の前に立ちはだかり、「オマエの信心は間違っている」と、ねじ伏せようとしてるんです。「だましたな」と思い、怒りが込み上げてきたんですが、「問答無用なんで帰ります」と冷静を保ちました。あんなやり方でよくも宗教だなんていえるもんだと、つくづく感心した次第です。まあ、そんなことも私にとっては、ありがたい出来事のひとつです。
2007.12.23
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恐ろしい犯罪があとを絶たない今日このごろです。といえば、「私も犯罪を犯した一人だったんだー」ということを思い出してしまったんです。小学1年生の頃、近所のおにいちゃんにくっついて遊んでいたら、おにいちゃんが駄菓子屋に入って、おばちゃんがいないのを見計らって1円のあめをとっちゃったんです。私も何を思ったのか、負けじと同じことをしてしまったんです。あ~、駄菓子屋のおばちゃんごめんなさい!そのときも子供ながら、なんかみょーな気分でした。25、6歳の時、酔っ払って終電に乗り、寝過ごしてしまいとんでもない所にいってしまったんです。ふらふら歩いていたら、カギのついたままの自転車と出くわしてしまったんです。「えーい、これで行けるところまでいってやれー」はい、全くありがたいことに、すぐに警察のお縄にかかりました。蒲田警察に連れて行かれ、さんざんしぼられ、「今度やったら前科者だぞ」もう2度としません。自転車の持ち主の方、ごめんなさい。その後は、今日まで犯罪は犯してません。ほ、本当です。仏様に誓います、う~。
2007.12.21
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「あなたは何宗?」と聞かれるので、「自分宗」ということにしました。自分が師匠、そして信者も自分。信者は2人以上つくらない。つまり組織をつくらない。自分とは「私個人」ではなくて、自然から分けいただいた尊い自分。宗とは、宗派ということではなく宇宙の真理。誰もが持っている素晴らしい力を、自分で見つけ出す。この力で悩み苦しみ、人生の荒波を、面白楽しいさざ波に変え、イキイキと生きることができる。心がイキイキしていれば、苦しみさえも楽しみと感じ、どんな出来事も受け入れ、煩うことなく無事解決。一度きりの人生、心イキイキと楽しく送ることこそが生きる目的。そんな自分に私はなりたい、です。
2007.12.12
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2歳の次男が6日前に突然体調を崩し、吐いたり下痢をしだしました。「いたいよ~」と、かなり苦しそうに泣いていて、これが4日続きました。可愛い息子が苦しんでいる姿は親にとって誠に辛いものです。で、どうしたかと言いますと、医者には行かず、薬も飲ませませんでした。カミさんと私で交代でおなかを手でさすり、「早く治れー、強くなーれ」と応援をしました。5日目の午後、「いたいいたい」と苦しんだのち、ブリブリっとウンチをしてぐったりと寝てしまいました。目がさめると、「たべたい」病原菌に勝ったのでした。何度か、「やっぱり医者に診てもらおうか」と思ったんですがやめました。息子の力を信じようと決心したからです。長男も小学生のとき、医者、薬なしで水疱瘡をやっつけたことを思い出して、「大丈夫」と自分に言い聞かせたんです。テレビなどでも子供が苦しんでいる姿を見ると、何とかよくなってほしいと思うものです。子供にもすごい力が秘められているんですから、それを引き出せば絶対によくなる、と私は信じます。
2007.12.05
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「お坊さんにお布施、戒名料はどれぐらいつつめば良いのでしょうか?」こんな質問されるときがあるんですけど、実は私もよく分からないんです。「志」ということなんですけど、曖昧でわからない。だから、私は実費でいいのではないかと答えます。交通費や実際にかかった分と、それと戒名料は0円。これでいいと思います。先々日、義父が亡くなり私が葬儀を務めさせていただきました。「なるべく安く」ということで、私が葬儀屋さんと交渉して全部で25万円位でおさまったんです。「えっ?この葬儀屋さん、高いので有名なんだよ!」ほぼすべての飾り付けを「必要ないのでいいです」と、外してしまったからなんです。「形じゃないんです。信心です」なんて、カッコつけときました。これで亡くなられた義父は喜んでくれるのでしょうか?火葬場でお骨上げをしている時でした。まだ1歳だった次男が突然、天井のほうを指差し、「あー~!」と叫び、ニコニコ笑い出したんです。一同、上を見上げ、そして顔を見合わせました。そうなんです。次男には、おじいちゃんがニコニコと微笑んでいる姿が見えたようなんです。その瞬間、ちょっと重苦しい雰囲気が「パッ」と明るくなったのを私も含め、みんなが感じたようでした。おじいちゃんはとても喜んでくれたようでした。よかったよかった。
2007.11.28
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数々の事業に取り組む偉大なW会長は奥様の、「タダだから行ってくれば」という勧めによって区の無料健康診断に行ってきたそうです。「大腸がんの検査もしますか?」「お願いします」と言うと、いきなり太い注射をされ、「かなり眠くなりますから、今日は車の運転をしないように。それと、便秘になりますので下剤を飲んでくださいね」「病気でもないのに注射や薬とはいったいどういうことなんだ!」と、もともと薬の嫌いなW会長はかなり、お怒りのようでした。体の悪いところを見つけるのが健康診断ですが、私は、別に見つけてほしくないので行きません。「ここが悪い」なんていわれると、本当に悪いように感じて病気へと進んでしまうと思うんです。体の中では、時には故障するところもあるんですけど、体には自然治癒力というとてもありがたい機能が備わっていて、体の中の製薬工場が最高の薬を作ってくれるんです。そこに人工の薬が入ると自然治癒力が弱ってだんだん機能しなくなってしまう。今、うちの家では薬品を誰も使ってないんです。おかげでみんな健康で過ごさせていただいています。ただ、「お供水」という、仏様にお供えした水(水道水)を自然からいただいた「お薬」をいただいてます。去年、一昨年と強制的に健康診断を受けたんですが、どちらも血圧が高いということで、「要検査」といわれました。「うん、これはラッキーだ。もう検査にも行かなくても大丈夫」
2007.11.21
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いつもお世話になっている、健康食品会社のK社長さんが先日、金縛りに遭ったそうなんです。そのとき3体の人のようなものが現れ、その姿はどう見ても死神だったとお話してくれました。その日は、お父様の告別式だったということでした。金縛りは科学的に見て、睡眠中の脳の働き方によって現れる現象と言われるそうなんですが、違うと思います。私も中学生のとき2度、金縛りに遭いました。布団に入ったときから、部屋中なんともいえない異様な雰囲気でなかなか寝付かれませんでした。うとうとすると、夢の中か現実かはっきりしないんですが、枕元をバタバタと何かが動き回っているんです。そんなことが何度も続いては目がさめ、早く寝ようと布団をかぶってしばらくすると、突然やってきました。「ホントだ、全然動かないや」と思いつつ、足の指を動かしたら、「スー」っと言う感じて抜けたと思ったら、再びガチガチっとやってきたんです。怖かったんですけど、目をあけることが出来たので様子を見ると、なんと、私の足元に人の形をした白っぽいものがボーっとたっているではありませんか!思わず目を閉じ、早くこの恐怖からのがれることだけを祈って寝てしまったのか、次に気がついたのは朝でした。ホッとして目を覚まし、「本当にこんなことがあるんだ」と不思議な出来事に恐れ入るばかりでした。K社長さんが見たという死神らしきものとはたぶん、死神なんでしょう。間違ってやって来たのかどうか知らないけど、「死神さん、あんまり好き勝手なことして人を困らせるようなことはするなよ!」
2007.11.16
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こういった、心と体によくない言葉は使わないようにしてるんです。昨日は、何十年ぶりに東京タワーを階段で登りました。2歳の息子を抱えながらだったんですが、カミさんが、「12分位かかるみたいだけど大丈夫?」と言うもんですから、「たいしたことないよ」気軽に返事をしました。さて、登りだすと、手に抱えた息子が見る見る重くなってゆくではありませんか。カミさんが、「やっと半分だよ」なんて言うもんだから、「マジかよ!」と思いつつも、「以前は松戸、葛西の往復50キロを毎日、自転車で通っていたくらいなんだから大丈夫に決まってるさ」と、自分を励まし登り続けました。しかし長男が、「オッ、もう少しだ!」と叫んだときは、気力を失いかけ、思わず、「疲れた、もうダメ。ちょっと良(次男)を持って!」とノド元まで出てきたんですが、「たいしたことない」と言った手前、そして弱音は吐かないという私のポリシーを守り抜き、「良だってこんなに喜んでいるんだし、いい運動にもなるんだから、こんな楽しい、ありがたいことはない」と次男を覗き込むと、顔をこわばらせて、「コワイ!カエル」大展望台に着いたときは、汗ダラダラ、吐き気もするし、その場に倒れこみたい気持ちでしたが、カミさんや長男には気づかれないように平常心を保ちました。しかし長男が私の様子を見て、「少し休めばよかったのに」「いや、一回休んだら、たぶん動けなくなっていたよ」と強がる私でした。「疲れた」と言葉に出してしまうと、心がその言葉に反応して染まってしまうことを何度も経験しているので、今回も見事クリアーでした。言葉の影響力は、思った以上に大きいものです。だから私は、普段何気なく使いそうな、「疲れた(病垂れに皮)」とか、「忙しい(心が亡ぶ)」という言葉を頑固なまでに使わないんです。ちなみに「言語道断」とは、「仏様の教えの素晴らしさが言葉では表現できないと言う意味がある」と教わってきたので、ある先輩がとてもありがたいお話をしてくださった時、「全く言語道断ですね」と答えてみますと、その先輩は、「はー?オマエ、何ゆーとるねん!」
2007.11.12
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ある高貴なO社長「お金にとってギャンブルほど嫌な使われ方はないですね。」全くその通りだと思いました。お金にも心があるんですね。ギャンブルで儲けたお金はギャンブルにしか使われない。何の役に立つことも出来ない。だからそういう所へは戻ってこないんです。私も以前、パチンコにハマッたことがありました。ちょっと勝つと、「これを元手にもっと儲けるぞ」なんて思って、結局、全部とられ、熱くなってさらにとられ、お金がどんどん逃げていってしまいました。だから、お金を財布から出すときは、渋々出すんじゃなくて、感謝の思いで、「お金さん、いつもお役に立ってくれてありがとう。気をつけて行ってらっしゃ~い。そして、たくさん仲間を連れて帰ってきてね。」なんて思うようにしてるんです。本当は声を出して話し掛けたほうが良いんでしょうが、「ちょっと恥ずかしいな」というまだまだ未熟者の私でした。
2007.11.09
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「おばあちゃんの知恵袋の会」の中に、な、なんと私のコーナーを造っていただいてしまいました。ありがとうございます。おばあちゃんの知恵袋はこちらです。http://www.chiebukuro-net.com/
2007.11.06
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ある高貴な方からとても大切なことを教えていただきました。「最高の女性の口説き方、知ってます?」「食事に誘うとかじゃなくてですか」「そうです。『一回お願いします』って、手を合わせて言えばいいんですよ」「ホントですか」「本当ですとも」これは面白いと思い、つい、実行してしまいました。以前、働いていたときの仕事仲間の飲み会で、ワイワイ楽しんでいるとき主婦でパートのTさんに、「Tさん、あのー、一回だけお願いします」「なにー?ちょっとあんた、なにゆってんのよー。ばっかじゃないの、ギャハハ」「だって、最高の口説き文句だって教えてもらったから言ってみたんですよー」「ホント、しょうがないんだから。そういうこと言うならもっと本気で言いなさい」熟女のAさん「私に言えばよかったのよー。もっと人を見て言いなさい、ワッハッハ」その後は大いに盛り上がり、何のハプニングもなく楽しいひと時を過ごしたのでした。
2007.11.05
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私は一人残されひどく落ち込みました。「何も出来なかった。信心始めたらどんどんひどくなった。どういうことなんだろう。本当に治るのか。」と、不安や疑いが心の中に湧きあがってきました。「でも、一度決心して入信したのだし、確かに不思議な現証を感じたのだからあきらめず続けよう。」AさんやS御導師からも励まされ、一人で彼女の回復を祈りました。それから3ヶ月ほどして彼女から手紙が届きました。あやふやな字で、今、精神病院に入っていることを知らせてくれたのです。私は早速行ってみることにしました。面会しますと、ひどく薬を飲まされたようで意識もうろうとしていました。話しかけてもほとんど答えがなく、前髪がバッサリと切り落とされていました。看護婦さんに聞きますと、暴れて自分で切ったそうなのです。この病気はなかなか治らない。入退院の繰り返しとも聞きました。病院を後にしますと、体中の力が抜けてしまいました。そして、必ず治ってもらうまで仏さまにお願いし続けることを、もう一度決心しました。6ヶ月経過した頃、今度は電話で彼女から連絡がありました。なんと、まったく正常な声でしっかりと話すんです。私の体の中で電気が走り抜けました。「治った。願い、祈りが叶ったんだ。」驚きと感激が心を埋め尽くしました。「仏さま、S御導師、Aさん、ありがとうございます。」感謝の思いでいっぱいでした。彼女と電話で話す中で、不思議なことを言っていました。「このごろ、実家の周りでヘビがいっぱい死んでいるの。」私はこれを聞いて、「そっか、何かが抜けたんだ。」と感じ、のちほどS御導師にお話すると、やはり同じことをおっしゃいました。私は、この信心のありがたさ、そして、もの凄いパワーを感じ、初めて心から信じることができたのです。その後、彼女が私のもとへ戻ってきて、一緒に生活することになりました。あの時の症状は二度と出ませんでした。彼女にあの時の様子を聞きますと、「ぼんやりとしていてほとんど思い出せない。」そして、「もう思い出したくないから聞かないでほしい」今は、13歳と2歳の息子と共に家族4人、時にハラハラ、幸せに暮らさせていただいております。
2007.10.31
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信心に入信するため実家を出て、飲食店を経営するAさんの社員寮へ入居させていただき、御本尊をお奉りすることになりました。そこで彼女と一緒に回復を祈ることになったんですが、さて、お祈りを始めると、彼女の様子が一段と深刻になってゆくんです。まるで、男のようなしゃべりかたや、意味不明なことをいうんです。恐ろしかったのは、体を震わせ、包丁を手にしたときでした。私はなるべく落ち着いて、静かに包丁を取り上げました。すると今度は、はさみを持ち出してきたので、もう生きた心地がしませんでした。彼女を部屋に残して仕事に行き帰ってくると、部屋の中はヒッチャカメッチャカで、私の服はゴミ袋の中で水びたし。夜は一睡もしないで外に出ようとする。私自身、精神的に限界に近づいていました。S御導師やAさんに相談すると、「悪いものが噴出しているんです。今が踏ん張り時です。絶対大丈夫、決して命をとられるようなことは起きませんから。」と、力強く励ましていただき、立ち直ることが出来ました。3日目ぐらいの夜、帰宅しますと彼女がいませんでした。Aさんに報告に行くと、警察に保護されたそうなのです。その保護された場所を聞いて、ホント驚きました。なんと、焼身自殺の現場のすぐそばに立っていて、手にはガソリンがついていたのだそうです。S御導師にもお話しますと、「悪いものは同類を引き寄せるんです。でも彼女はこの御信心で護られているから、一線を超えなかったんです。」と教えてくれました。その後、彼女は実家に戻されました。が、彼女の本心の部分で、必死の思いでこちらに帰ってきました。しかし、やはり祈れば祈るほどそれを嫌うものが出てきて、脅しをかけたり、誘惑したりして邪魔をしてきました。「なんか、エクソシストみたいじゃん」と、開き直ってきました。そして入信からちょうど一週間目のゴールデンウイークの日、彼女がどうしても町に出たいと言うので連れてゆきました。しばらく歩いていると突然走り出し、くつを脱ぎ捨てて駅の交番に飛び込んでしまいました。私はもう何も出来なくなり、くつを拾ってその場を離れました。その後、彼女は実家に再び送られ精神病院に入院させられました(後日、彼女より教えてもらいました)。そのことをS御導師に報告しますと、「それでよかったんです。あとはすべて御宝前(仏様)におまかせしましょう。絶対大丈夫ですから、安心してゆっくり休んでください。」悲しみと不思議な安堵感が入り混じり、もう私は涙が止まりませんでした。
2007.10.24
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22年前、無神論者の私が信心を始めたきっかけは妻の病気でした。当時、彼女として付き合っていたのですが、ある日を境に変な言動をするようになり、それがどんどんと支離滅裂になって私は、「これじゃ付き合ってられない」と、彼女から離れようとしました。そんな時、どうしても会ってほしいと連絡が入り、私もこれが最後と決めて会いに行きました。会ってみると、ひどく不安げな様子で、彼女が勤務している飲食店の店主の自宅まで案内されたんです。渋々ついて行くと、店主のAさんが、「この娘は今、とても重い精神病にかかっています。私のしている信心以外、医者や薬では治らないでしょう。本人はこういう状態なので、家族や身内の方が入信しなければ助けられない。」そして私に、「あなたにもこの信心をお伝えしたので、これからいろいろな現証が起こりますよ」と言ったんです。「大嫌いな宗教の勧誘かよ」と、少々腹が立ったんですが、とても彼女のことが心配になりました。結局、彼女の両親は全く取り合ってくれず、私はその後、わけのわからない不可解な現証を体験し、「これってあの時の、何か起きてるってことなのか?」と、不思議な思いを感じ、宗教嫌いの私が、「自分が信心したら彼女の病気は治るのか」と、なにか見えないものに引っ張られるようにAさんの自宅へ向かい、入信することになったんです。
2007.10.22
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お釈迦様は生まれたとき、人差し指を天に向け「天上天下唯我独尊」とおっしゃったそうです。人差し指は親指より細く、中指、薬指より短く、小指より長い。と、そんな比較はどうでもいいことで、私たち人間自身にも言えることだと思うんです。「あの人の方が」「あの人よりも」なんてやってしまう。そして人の目を気にして、自分で不安や悩みをつくってしまう。私はだいぶこれをやめにしました。なんてったって私は、世界でただ一人の存在なんだから比較する必要がない。尊いんです。ということは、他のどんな人も同じように尊い。これで、人間、万事問題なしですね。なかなか難しいんですけど。
2007.09.28
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願い、思いは必ずかなうということです。誰がかなえてくれるのか。神仏などというと宗教色が強くなるので、宇宙、また、ある科学者は「サムシング グレート」とおっしゃっていました。私もまだまだ経験不足なんですが、先日、引越しまして、朝9時半より荷入れの開始でした。時間に間に合うように車で現地へ向かっていたんですが、8時ごろより天気はどしゃ降り。「確か天気予報もそんなこといってた。この雨の中での引越しはひどいことになるなー」と、ちょっと弱気になるものの、ここで私は、「9時半になったらやみます」と強く思い願い、家族にも、「もうすぐやむんじゃないの」と、お気楽を装いました。結果は、そのとおり9時半ピッタリにやみました。もうビックリでしたが家族には、「ほらね」なんて嘘ぶいてました。なんでもかなう。「そんなことありえない」と思ったらそのとおりになる。プラスもマイナスも関係なく叶ってしまう。それなら、どんどんプラス人間になればいいのですが、中々、そうなれないのが私たちです。そうなるためにはどうしたらよいか、自分自身で実験を重ね、お伝えしてゆきたいと願っているところです。
2007.09.10
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ダウンタウンのビデオを見ました。笑ってはいけないという罰ゲームで、笑うと竹刀でオケツをたたかれるというやつでした。これと似たこと、「あー、やったことあるなー」って思い出しました。ファミレス勤務時代、新入社員がいつも遅刻して申し訳なさそうにしているので、「あのな、そんなに反省しているなら態度で示すんだよ。よし、今日は絶対、白い歯を見せるな。でもね、心の中は青空のように『ぐっすり寝たから気持ちいいー』って、すがすがしくね」「わかりました、いつもすいません」「みんなにも言っておくから、頼んだよ」「はい、頑張ります」「そんな難しく考えないで。笑わなければいいんだから」ということなって、私と店長の二人で、彼をさんざんいたぶりました。ランチタイムのピーク中でも、厨房の中で彼を笑わすことばかり専念し、結局、3人とも心から笑っいぱなしで、それを見ていたパートの方々は、「あーあ」という感じでした。その当時の職場は、「笑える職場」でした。いうまでもなく、とても働きやすい環境でした(と、みんなも感じていたと思います)。笑うことは、体も心も元気になります。どんどん笑いましょう。
2007.09.02
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8月もあとわずか。ノスタルジーな気分になります。中2の長男が宿題の追い込みにかかりだしました。「ねー、英語の宿題ちょっとやって。」「えー?いいよ」「きれいに書くなよ」「わかってるよ」といってきたなくかく。「もー、数学わけわかんなくってウザッタイ」「そんな計算、普段は使わないよ」「あー、やめた。あとはぬかそー」といって宿題を終わらせました。なんて幸せなやつなんだろうと、しみじみ思いました。これでOK、いいんです。勉強が出来ようが出来まいが、元気でさえいれば。こんな親をもって、ほんと幸せな息子でした
2007.08.28
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お酒飲むの好きです。でも、以前は飲まれていました。おかげで、3回死にそうになりました。大げさではなく、思い出すと鳥肌が立ちます。3回目のときは自転車が大破し、顔面から落ち、前歯が折れ、顔が化け物のように腫れてしまいました。このときばかりは、大いに落ち込み反省したとともに、こんないい加減なやつでも、まだ生かされていると感謝の思いでした。次の日、何とかひどい顔のまま出勤しますと、思ったとおりでした。心配してくれる人、笑う人、怒る人、仕事は接客業でしたので絶対無理。もう逃げ出したくなりました。今は、飲まれていません、恐ろしかったからです。おいしく飲んでます。お酒はおいしいなって楽しく飲むのが一番です、百薬の長だし。体を心配しながらだと、かえって良くないんですよね。
2007.08.20
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お盆の季節、多くの方はご先祖様を弔いに行かれると思います。とても大切なことです。が、私、お墓参りには行かないんです。最近流行っている歌で、「お墓に私はいません(だったけ)」というわけで行かないんです。だって、そこには本当にいないからです。だからといって行くな、とは申すわけではありません。自由ですから。そう、規制されたりすることは面白くないですよね。
2007.08.15
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やってみたことある方もいらっしゃると思いますが、雲は消えると聞いたのでやってみました。消えました。ひとつの雲に意識を集中していると、分散を始め、ついには霧のように薄くなって消滅しました。本当です。一度試してください。宇宙とつながったような不思議な感覚です。
2007.08.13
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ところで、体の具合が悪くなると医者や薬に頼ります。私も以前はそうだったんですが、この信心を始めたときS御導師から「薬のいらない信心なんです」と教わり、そのとおり実践してきました。「薬を使うな」ということではなく、もっと、自分の中にある自然治癒力をつけなさいと私は理解しました。 おかげでこの20数年間元気で過ごせ、息子たちも風邪やはしかを見事にやっつけてくることができました。
2007.08.12
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このご信心にお出値いさせていただいてからは、さまざまな面でS御導師から学ばさせていただきました。S御導師は高僧であります(時々ご信者さんに「私は高僧ですから。コウソウの意味わかりますか」とおしゃっられ、ご信者さんは「えっ、香草ですか?」といったやりとりがあるわけです)。 そのご法門のなかで、お葬式や一周忌などについて教えていただいたことは、仏教とはお釈迦様が説かれた教えで、その中には葬式や死者を弔うことについては説かれてないそうなのです。何を説かれたのかというと、人が、いかに人生を幸せにイキイキと生きるかということです。 私は、それまでの仏教に対する認識を一変することができました。つまり、仏教、お寺、僧侶イコール葬式ではなく、いかに生きるかを学び、実践するということです。もちろん、生には必ず死がありますので、死ということも大切なのですが、まずは生きるということ、そして死を迎えるということです。お葬式で死者を無事に送り出すのは、ある一点さえ守れば、お坊さんでなくてもよいということだったんです。
2007.08.12
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JRに乗って1450円の切符を落としました。落とす前に、「携帯と一緒にポケットにしまったけど、これだと落としそうだなー」って思ってしまったんです。そして、そのとおりになりました。 ここで、「しまった」と思えばマンマと罠にはまってしまうのですが、私は「ラッキーだツイテいる」と思考を変えました。そして改札口で駅員さんが、「んー、今日はいいです」とまことにありがたいお言葉を投げかけてくれました。 身の回りで起きる面白くないこと辛いことも、ちょっと思いを変えることで都合の良いことになってゆくんですね。
2007.08.10
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少し前のことなんですが、ほろ酔い加減でバスに乗ったところ熟睡してしまい、終点でお巡りさんに起こされました。何でお巡りさんがと一瞬、疑問に思いましたが、「おい、大丈夫か?」といわれ、理解できました。意識不明の状態だったんですね。大丈夫もなにも、ものすごくさわやかな目覚めだったんですが、ちょっとマズイと思い「何とか大丈夫みたいです」とか言っちゃて静かにバスから出ますと、救急車が到着しました。 「マサカ」と思ったんですが、そのマサカでした。このままでは救急車に乗せられてしまう、何とかしなければと、「どうにか歩けそうです。ご迷惑おかけしました」、「本当か?それじゃあこの書類に書いてくれ」、「え?なんて書けばいいのですか」、「んー・・・何でもないですとでも書いてくれ」、「わかりました、ありがとうございます」ということになって開放させてもらいました。 そのときのお巡りさん、バスの運転手さん、救急隊の皆さん、すいませんでした、そしてありがとうございました。とても楽しい思い出になったのですから。
2007.08.03
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