成定 竜一~高速バス新時代~

成定 竜一~高速バス新時代~

2015.05.27
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カテゴリ: メディア掲載情報
バス愛好家向けの新しい雑誌『BUS LIFE』

誌面については賛否両論だろう。従来のバス雑誌に比べると全体的に小ぎれいな作りで(とはいえ後半はどこか別の媒体で見たような…)、初心者に寄った構成。たしかに趣味誌というのは難しいようで、深さと間口の広さがトレードオフになる。特にバス趣味の場合は関心がそれぞれ地元の乗合バス事業者に偏りがちだから、想定読者は、特定の事業者の知識をやたらと持っている反面、地元以外のネタには知識も興味がない、となりがち。特定の事業者についての情報だけなら、ひたすらそれを突き詰めている愛好家の人のブログなどの方が、紙の媒体より詳しいことが多い。すると、わざわざお金を出してまで、となってしまう。

一方、こういう媒体が書店の「ホビー」コーナーに平積みされる意義は小さくない。バス趣味を「商品」と考えた場合、隣接市場の顧客(鉄道、クルマなどの愛好家)は明らかに想定ターゲット。同誌の口絵にはバスの美しい写真(「美しいバスの写真」でない点に注目)も並んでおり、そんなビジュアル的な訴求が仲間を増やしてくれることに期待している。

さて先週末からは 前回予告した通り 視察(と称した「乗りバス」)だった。夜行で名古屋に着いた後、三重交通の 「熊野古道シャトルバス」 で熊野市駅へ。さらに明光バスの「熊野古道快速バス」で白浜温泉、そして日の丸観光バスおよび龍神自動車が運行する 「高野・白浜・熊野アクセスバス」(PDF注意) でウロウロしながら高野山へ抜けた。似たような名称が並んだが、最初の「シャトル」は昨年まで観光販売システムズ(三重交通グループの旅行・コンサル会社)が企画実施する募集型企画旅行商品だったものを乗合化したもの。ほぼ並行して「南紀特急バス」があるから出張など都市間利用客はそちらを選ぶ。三つめの「アクセスバス」は、PDFのチラシをどう読んでも乗合なのか何なのかよくわからず…。

高野山から電車で大阪。大阪では懐かしい串カツ屋に2時間滞在のみで夜行で富山へ転戦(宿が取れない、という理由も)。快速バスで平湯、特急バスで松本と抜けた。

全路線ともFIT(外国人個人旅行客)を含む観光客が中心で、もともと乗車率が高い高山~松本線に平湯から乗車した際など、既に床下トランクがスーツケース満載で平湯からの乗客は車内持込みという状態。私たち以外に車内は外国人だけというシーンも何回か経験した。左側通行、漢字中心の道路標識など外国人にはレンタカーのハードルが高い分、公共交通を利用してくれているわけで、クルマ並みの便利さとは言わずとも、なるだけストレス小さく彼らに移動してもらわねばリピートしてくれない、とあらためて実感した旅だった。

居ぬき出店で急拡大中の格安旅館チェーン に初宿泊したが、興味があったのはブッフェ形式の夕食(いわゆる「バイキング」)。日本の旅館で一般的な客室に料理をずらーっと並べる「部屋食」に私は少しネガティブで、こちらから食事場所へ出かけることで、代わりに料理を一品ずつゆっくりと持ってきてもらいたい口なのだが、この宿でブッフェスタイルの夕食を見ていると、最初こそ料理元卓に長い列ができるものの、30分経つと席を立つ人が出始め60分後ではもう席に残っている人の方が少ない。「部屋食って、配膳の手間とコストをかけてるけど、むしろお客様はゆっくりと食事を楽しみたいんじゃない?」という批判的な意見は、酒飲みのただの我が儘だったのかも知れないと少し反省。

また乗り継ぎのため駆け足で抜けただけの高野山の街並みが、ずいぶんと趣深いものだったことに感銘。一度ゆっくり歩いてみよう。そして高野山から下る南海高野線が予想以上に急こう配の山岳路線であることには驚いた。調べるとこの区間の開業は1929年だ。昭和4年。うん? 鉄道開業以前の高野山は観光要素は小さい宗教の地だっただろうに、どこまで観光開発が可能かおそらく未知数のまま、よく苦労して線路を引いたものだ。「こんな所に鉄道を引く以外に、他にやることがなかったんか?」とつい突っ込んでしまいたくなるが、それを実現した我が国の運輸業界の大先輩の情熱にあらためて感銘を受けた。

さて紀伊半島から北陸までと大回りした旅の最終ランナーは、飯田からの立川経由南大沢行。日曜夕方の中央高速バス、分けてもこの路線を選ぶお客様は高速バスに慣れ切っており、車内には静けさと安堵感が漂う。乗客のほとんどは、おそらくは束の間の帰省からの戻り。伊那谷の実家では、人によっては何かややこしい問題が待っていたのかも知れないけれど、それでも懐かしい空気を吸ってほっとしたに違いない。そして渋滞の先頭でもあった小仏トンネルを抜けると、右手前方にぼんやりと東京の明かりが浮かぶ。彼らには、それが仕事に立ち向かう明日からの厳しい毎日の象徴だと映っているのか。それとも、この大都会で夢にもう一歩近づくため挑戦を続けるという決意の大きさを示している、と自らを鼓舞するのか。国立府中ICを降り勝手知った車線変更で渋滞の遅延をかなり回復した京王便は、週末の余熱が残る立川駅南口へ。終点まで乗る私たちを除く全ての乗客は、慣れた手つきで支度を整え、一人またひとり、雑踏の中へ、それぞれの明日へと消えていった。





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Last updated  2015.05.27 15:29:54 コメントを書く


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京帝117@ ご参考まで この度 K電鉄バスの取締役安全技術部長に…
京帝117@ 残念でした 他にメッセージをお送りする方法を知らな…
成定竜一@ Re[1]:中央高速バス~ふたつの路線~(02/24) 京帝117さん、コメントありがとうございま…
京帝117@ Re:中央高速バス~この風は、山なみの遙かから~(03/02) 86年に私と、その後KKKに入社したH君の2…
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