ねこが歩けば・・・
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またまた久しぶり。でも書くことで思考がクリアになったり、感情が消化される効果って思ってるよりだいぶあると思うのです。自分の今までのブログとか見直しても、あーこんなこと書いてるよ自分・・・って思うし。MIXIとかで公開するのは嫌だけど、日記帳に書くよりも公的に書いていきたいような気分。すごく大事なことにいくつもいくつも気づけてきていて、こんなことも気づいたよ。こうしたらいいと思うんだ!って驚きや感動を伝えたいと思うのだけど。コミュニケーションは私だけでは成り立たなくて、それこそ先方にも意思が必要で。その意思を持つだけのモチベーションがないことに、持たせられていない自分に、非常に悲しいと思うのです。だから、こんな届くのかわからないような発信の仕方で、リアルタイムでの接触をさけることで、受信可能性をあげられるよう祈りながらブログをかいたりしているのです。今日は付属資料を纏め上げて、明日TLに認めさせなければならないので今日はこのくらいにしておこう。日記に書きたいこと、話したいこと、逃げたい気持ち、立ち向かってやろうという気持ちの混在する中で。本当にほしいものを一つだけ選んで、慈しんで集中しても、それらが絶えず手のひらから滑り落ちてしまうのであれば、私は闇雲に手を伸ばし、その手に触れるものを絶えず手にいれ、奪い去り、自分に必要がなければ容赦なく切り捨てていかなきゃならないんだ。そんな風になりたいと、恍惚とするような憧れを抱きながら、その手の中にわずかにわずかに残った切れ端を握り締めすぎて、それさえも失おうとしているのだろう。そんなことはわかっているのに。それでも手の中のものの強度を試してみたいと思うのだ。期待と同じ位の狂気で。どんなに握り締めても無くならない、砕けないものがあるんだよっていう証明をしたいのだ。その一方で、結局砕けてしまうものならば、今ここで私が跡形も残らないように砕いて、ちぎって、踏み潰してしまっても、同じことなのだ。自分に刃物をあてるほどの勇気もないし、跡に残るような傷をつけないだけの分別も思慮もある。だからこれは、単に退屈しのぎでもあるのだ。かわいそうな自分をつくってみるだけの。誰もいないところでは、涙は流さないものなのだ。誰かがいるから心から泣けるのだ。私が今持っているのは、心から泣くことができるかもしれないという可能性。全身で呼吸ができるかもしれないという可能性。とりあえず、それだけを抱えて、毎日がんばってたりするのです。そして、自分の崇拝する理想を隠れ蓑にして、さまざまなことから逃げているのも理解しているのだけれど。
2007年06月24日
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