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今日は特別な日なので一日だけこちらのブログを復活します。厄年と言うのは、長い人生で休憩すべき歳なんだと聞いたことがあります。最近は人生80年。90年?とも言いますがどんなに健康に気を遣っている人であっても歳を取ることは避けられないわけで歳を取ることで体にガタがきてしまうのは仕方のないこと。長い歴史の中で、平均的にそういった体に異変がある歳を厄年と呼び、注意しましょうという事らしい。体にガタがきてしまうと精神的に疲れてしまったり、それが元で怪我や事故を起こしてしまったり、なので厄払いをして大丈夫という事ではなく、厄払いと言う行いをすることで自分自身を戒めるという事なのだと思います。気持ちは若いままであってもいや、気持ちが若いままでその記憶のまま同じ行動をしたりすると体が思うように動かず怪我をしてしまう。怪我をして初めて、自分は歳相応なんだと実感する。そしてもう歳だからと諦めてしまう。そうではないと思う。まだまだ諦める歳ではないのだと思う。だって後半分の人生は残ってるんだから。体に関しては今以上に気遣い気持ちは歳だからと諦めずまだまだ先は長いんだと自分自身を奮い立たせ頑張っていかなくてはね。前半戦を振り返り、得点で負けているのならこの休憩を挟み後半戦で逆転すればいい。そして試合終了した時に、いい試合だったと、いい人生だったと思えるようにこれからの1日1日を過ごして欲しい。頑張ろう頑張ろう諦めずに頑張ろうお誕生日おめでとう。
2011.05.15
今日をもってこのブログを終わります。とても思い出が深いブログなのでこのまま残すことを許して下さい。去年一年。私はどんな時も幸せだった。久しぶりに愛されること愛することのできる一年だった。この一年は私にとって生涯忘れることのない思い出になった。「ありがとう」と心から伝えたい。私にとっては「あなたがいたから」頑張れた。平凡な変化のない一日一日を暖かな空気で包んでくれた。ぎゅっとされるのはとても気持ちがよくてとても気持ちが満たされて「あなたがいたから」私は幸せだった。あなたにとってはどうだったんだろう「あなたがいたから」道を間違えてしまった。「あなたがいたから」自分を信じていられなくなった。「あなたがいたから」今の自分はこんなにも苦しいんだ私は私の見えたものを信じていた。私はあなたを不幸にするつもりで伝えたわけでも迷わすつもりで伝えたわけでもない。ただ見えるもの信じ、あなたを信じ、あなたの未来を信じてた。だから去年、どん底に落ちているあなたを見ても私は何も心配などしていなかった。ただ、あなたはその責任の重さからまだ暗く未来が明るいとも思えない近い未来に囚われ右にも左にも行けず後ろを振り返り、あの時、あの時と後悔と自責の念で押し潰されてしまいそう「あなたがいたから」あの時の選択を間違えてしまった。だから「あなたのせい・・・」そう言われた。確かに私には軽がるしく口にしてしまった責任がある。でも、私にはそれを償うすべがわからない。どうしたらいいのかわからない。でも。私はずっと信じて微塵も疑ってはいないあなたの未来は明るい。でも私はもうそれを見ることはできない。私はあなたの傍にいてはいけないのだと思う。随分と傷つけて沢山の負担をかけなにも返せないまま。何十年掛かってもあなたに辛い思いをさせてしまった物を返せるように頑張るからおばあちゃんになってしまうかもしれないけど必ず返しに行くから。それまで「さよなら」ありがとう。
2011.01.02
新年明けましておめでとうございます。今年もよろしく?お願いしてもよろしいのでしょうか・・・。今日は初詣&2度目詣に行きました。一度目は深夜に家族でいつもの神社へ。結婚してから11年同じ神社へお参りに行ってます。年々、思うのは若者が増えたということ。なにか勘違いをしているのか神聖な気分で神社でお参りをしたいのにカウントダウンが始まった途端に大声で叫び出し、明けたと同時にお祭り騒ぎ・・・。若い頃は何でも楽しけりゃいいみたいな気持ちもわかる。でもここは神社で神様の前なのでお祭り騒ぎは別の場所でお願いしたい。せっかくの初詣もご利益なさげに思ってしまう。2度目のお参りは初めて行った神社でとても凄い人・人・人一応、手を合わせた時、神様に名前と住所を告げたけどこんなに大勢の願いを聞くのも大変だろうなと思いながらのお参り。神様にそんな心配は不要なのかな。神様だし・・・ここ数日は一日仕事が休みで、久しぶりに時間に縛られない生活を楽しんでる。休みっていいもんだなぁと思った。でも、もう休みは明日しかない。また一年頑張って働かないとね。来年はできれば新しい仕事にチェンジしてまた、なにか新しい事も始めたいな。少しだけ考えがまとまってきてやりたい事もあるんだけど年々延ばし延ばしにしてきたから今年こそは始めたいかな。将来、自分の為になるように・・・。今年はどんな年になるのかなどんな事があってもいいけどそこから立ち直れる力を持っていたいな。
2011.01.01
人の出会いに偶然はなく全て必然であると思っている。人として生きていれば必ず出会いがあり、別れがある。出会いにもいろいろあり、数分、数時間、数日だけで関わりがなくなってしまう人もいればその出会いが人生の中で深い思い出になる人もいる。それはいい思い出にもなれば、出逢わなければよかったと思う人もいるずっと昔にこう聞いたことがある今世で出逢った人は前世でも必ず出会っているとそれは、ただすれ違った人であっても、挨拶だけを交わした人であってもなんらかの関わりがあった人だとそして今世で深い関わりをした人は前世でも深い関わりがあった人だと。そう考えると今世での深い関わりがある人は・・・人の出会いは全てが必然。その出会いには理由がある。何かを学び、また来世へと・・・今世では敵わない。そう思った。
2010.12.29
クリスマスイブイブの出来事。ソファーに座っていて立ち上がろうとした瞬間に腰に激痛が・・・その日はなんとか我慢して次の日の朝、整形外科に行った。8時半受付開始で8時20分から待って、待って漸く診察を受けたのは10時だった。診察室に入ると、そこにはおじいちゃん先生とその横に看護師さんが1人。おじいちゃん先生がそこのベットに仰向けに横になってと言った。私は痛みをこらえながら仰向けに横になり触診を受けた。するとおじいちゃん先生がこれは詳しく検査しないといけないね。と言いレントゲンとCTを撮る事になった。レントゲン室とCT室は別の部屋になるのでそこまで必死で歩いていきそれぞれの部屋でズボンを脱いで足首まで下げてくださいといわれた。腰が曲げれないので自分では下げれませんと言い、ベルトだけ外してしたまで下げてもらった。なんと情けない恥かしい格好なんだろうと思ったけどそこは仕方ないと我慢。漸く服を整えて、またもとの診察室に戻った。レントゲンとCTを診て先生がまた横になってと言った。私は再びベットに寝転んだ。おじいちゃん先生の声はか細くぼそぼそとつぶやく程度なので耳の悪い私は何度も聞き返した。「え?」「え?」その度に傍にいた看護師さんが大きな声で先生の言葉を復唱してくれた。また、おじいちゃん先生も私の声が聞こえないみたいで全ての言葉を看護師さんが大きな声で先生に伝えていた。この診察室にいる3人は明かに日本人なのに看護師さんはまるで通訳のように大きな声で私と先生のやりとりを伝達してくれた。看護師さんの仕事もいろいろだなぁと他人事のように思ったけど私の前の患者さんも後の患者さんもお年寄りだったので常に先生の横でスタンバイしていらっしゃるんだと思った。お年寄りでもなく私まで通訳しなくてはいけないなんてと思っただろう。その後、うつぶせになり注射を6本・・・・・痛くて痛くて笑い出した。「は・は・は・は・・・・」すると看護師さんが「笑うしかないよね」とぼそっと一言。きっと外で待っている患者さんは何してるんだろうと思ったと思う。そして極め付けにとっても臭い注射を腕に一本。そしておじいちゃん先生が腰に数回手をあててくれた。すると不思議な事に少し痛みがやわらいで歩けるようになった。数時間待ったかいがあった。結局、私の腰は「椎間板ヘルニア」と診断された。特に手術するわけでもなく、そのままにしていれば出てしまったヘルニアが乾燥して干からびれば痛みはなくなると言われておしまい。あれから3日経ったけど、日に日に痛みが和らいで動きやすくなってきた。もう2、3日もすれば治るんじゃないかと勝手に推測。早く治って欲しいなぁ。
2010.12.26
もうすぐ私の誕生日です。誕生日は私にとって、とても意味のある大切な日でした。ちいさな頃、お誕生日に祖母がケーキを買ってきてくれました。でもそれは小さなショートケーキだった。それでもお誕生日にケーキを食べる事は楽しみで嬉しかった。祖母は洋菓子は食べない人だったので大きなホールのケーキを1人では食べ切れないこともわかっていたけど、それでも子供心にホールの真ん中に自分の名前のプレートがのったケーキを一度でいいから食べてみたかった。一度も食べることなくもうアラ40。このまま一生食べることはないだろうな。去年の誕生日も娘の誕生日ケーキに便乗して「ママ」と小さく書いてもらった。それでも娘にとっては自分だけのケーキを食べたいだろうと今年はそれもやめておいた。小さな頃、誕生日がとても待ち遠しく、怖かった。一年に1度だけ「おめでとう」と言ってもらええる。でも、生まれてこなければよかったと思う日々の中で迎える誕生日は自分を審判にかける日でもあった。誰でもいいから心から「生まれてきてよかったよ」と言って欲しかった。この歳になってもそれは変わらない。口だけかもしれないけど、「おめでとう」と言ってもらえることで心が嬉しく思う。それが自分の嫌いな人であっても苦手としている人であっても同じ。だから今日、「おめでとう」と言ってもらえて嬉しかった。1人の人間としてその気持ちを素直にもらいたかった。それが裏切ることになると思わなかった。プレゼントをもらって心から嬉しく思ったわけではない。正直、「おめでとう」だけでよかった。そのプレゼントは重く、正直、どうすればいいのかと思ってもいた。それは自分が一番よくわかっていた。私も同じ事をされたら嫌な想いをするし、素直によかったねとは言えないと思う。自分の気持ちばかりで大切な人の心を傷つける事になってしまった。いい加減大人だし、もう誕生日にこだわる心はやめようと思う。生まれてきてよかったと言われなくても充分生きてきてしまったしね。ごめんね。
2010.12.17
この年になると物忘れがひどくなってきてドラッグストアにトイレットペーペーを買いに行き、違うの物を買ってきて結局買い忘れてしまったり・・・。でも小さな頃からの思い出で今でもずっと覚えていることがいくつかある。3歳のころ、すでに末期癌で余命わずかという祖父が一度だけ手を繋いで保育園へ連れて行ってくれた。大きな手でぎゅっと手を握ってくれ、しんどいのか少し歩いては立ち止まり、もう少し歩いては立ち止まり・・・その光景を今でも思い出す。小さな頃はよくヒキツケを起こす子で晩御飯で茶碗蒸しを食べている時にもヒキツケを起こした。ヒキツケになると首が上に吊ってしまって下に向けなくなってしまう。そこで祖母が私をおんぶして小さな町医者まで連れて行ってくれた。上しか見れないので、祖母の小さな背中から夜空をみて「星がきれいだよ。おばあちゃん」と言ったことを思い出す。流れ星に願い事をすると願いが叶うと思っていたので、夜になると空ばかり見ていた。中学生になると、今見ている星はすでにこの世にはない星かもしれないと知った。宇宙は神秘的でその大きさを考えると怖くさえ思う。反対に自分はなんてちっぽけなんだとも思っていた。そしてその宇宙の先はどうなっているんだろうと思っていた。幸運にもその答えを知ることができた。テレビ番組で世界で一番IQの高い人に質問というコーナーで「宇宙の終わりはどうなっているの?」という質問があった。私は興味津々でそれを見ていた。その答えは・・・「そんなこと考えるのは馬鹿だ。終わりはない」という答えだった。誰も見たことがないのだから真実かどうかはわからないけど終わりがないってどういうことなの???と更に疑問なんだけどきっと私では理解できないこと・・・そうなんだと思うことにした。その後の思い出は結構ある。でもよく思い出すのは幸せな時間ばかり。場所であったり、品物であったり。大切な思い出はずっと忘れないで持っていたいな。この先、その思い出をいくつ作ることができるだろう。一つでも多くあるといいな~。分不相応かな・・・。
2010.12.11
昨日、大好きな人と映画を観に行きました。大好きな人には子供過ぎる映画で興味のないものと思っていたので1人で観に行くつもりでした。でも、出掛ける時間になると「一緒に行こう」と連れて行ってくれました。大好きな人は最近、とても忙しそうで夜も遅いし、疲労も蓄積しているであろうに数時間を私の為に使わせてしまうのは申し訳ない気持ちでいっぱいでした。映画を観終わってからもやはり一緒に観るべき映画ではなかったなぁと自責。ずっと以前、旦那と映画を観に行った時、その時も旦那には興味のない映画で旦那は映画開始10分で熟睡。結局、最後まで起きなかった。で、映画が終わると平気な顔で「どんな内容だった?」と聞いてきた。開いた口が塞がらないとはこの事だと思ったのを思い出した。それ以来、映画は1人。映画は娯楽なので楽しまなければ意味がないと思っている。観終わった後、心の余韻を共有してその映画と共にその時間も心に残すことができる。そしてその映画を観るたびにその思い出を思い出すであろう。内容は大満足とはいかなかったけどその思い出は充分すぎるぐらい心に残った。ありがとう。
2010.12.09
12月は誰もが忙しい。私も今月はイベントや、やならくてはいけない事がいっぱい。1.仕事は休みなし2.娘の誕生日3.私の誕生日4.冬休み5.クリスマス6.大掃除7.温泉普段から何かと忙しいけど今月は殺人的に忙しい。私の大好きな人も忙しくなるみたい。でも、私は忙しいのは嫌ではない普段なら考えてウジウジする事も忙しければそれも紛れる。去年は封印の12月だった。今年は違った12月になるかと思ってもみたけど。思うことは儚い夢になりそうなので今年の12月は思いを封印。今年は年末も年始も休みなし。でも10月11月と沢山お休みをしてしまったのでそれも仕方ないかと。でも働いていれば時間も気持ちも紛れるので働ける場所があってよかったなと感謝。12月ってなんでこんなに寂しくなるんだろう。みんなが急がしそうで、でも生き生きとして見えるからかな。
2010.12.02
今日は私にとって大切な記念日。死ぬまで忘れることのない大切なとても大切な思い出の日。昨日、今日の記念日を1人で過ごすんだと聞いて涙が溢れてしまった。初めての記念日は1人で過ごしたくはなかった。でも、仕事なら仕方ないな。明日は1人であの日を思い出し、心の中で感謝しようと思っていた。でも、そうではなかった。今日は記念日の上に更に新しい思い出ができた。またまた私にとって大切な日になった。ほんとうは今日は始まりの日で終わりの日にしようと思っていた。こんな幸せがいつまでも続くわけがないと思っているから。その終わりが来た時に、私は耐えられえるだろうか?ううん。きっと耐えられそうにない。幸せの日々が急に終わってしまうことを思うと、一日でも早く、終わらせるしかないと思ってしまう。大切な幸せな思い出だけで終われるのなら、その思い出だけで生きていけるから。私は弱い。もう少し強いと思っていたんだけど、この幸せが幸せ過ぎるから強いままではいさせてくれない。来年の今日になってこの日のブログを読んだ時私はどう思っているんだろう。あぁこのころは幸せだったなぁと懐かしく思うのか?なに馬鹿な事言ってたんだろうと思うのか?とにかく今日は幸せな日を過ごせて嬉しかった。口に合わなかった料理も、「世界」も一生忘れることはないと思う。ありがとう。
2010.11.28
昨日は岐阜まで葬儀に参列しに行った。結婚するまでの約5年間お世話になった先生がお亡くなりになってしまった。22歳に未経験の私を雇って下さり、資格まで取らせていただき結婚するまでずっとお勤めさせていただいた。この5年間で私はかけがえのないものを手に入れた。それは本当に心から信頼できる友とその思い出。結婚してから離れ離れになってしまったけど今でもあの時のままずっとずっと親友。何でも話すし何でも相談できる。私の一番輝いていた時代を共に過ごした。11年経ってもあの時の思い出話をするといつまでも尽きない。3歳からの幼馴染の友でもここまでの付き合いはできない。そんな大切な親友と出会えた職場でほぼ毎日、同じ時を過ごせたのもそこが居心地がよかったから昨日の葬儀でもあれやこれやと思い出し語り合い、笑ったり泣いたり廻りを見渡すと泣いているのは4人だけだった。最後の挨拶で先生のお兄様が先生について語った。「弟は自由奔放で自分の生きたいように生きた。 でも、自分の仕事に誇りを持ち、 馬鹿みたいに丁寧な仕事を最後までやり通した。 そんな弟を誇りに思う」と。親友と私、それ聞いて号泣(嗚咽がでるくらい)先生の仕事はほんとに職人気質で丁寧で完璧だった。1年に1度、先生の運転するワゴン車に乗り、西へ東へ旅行に行った。お昼休みにカツライスを食べに行った。仕事は丁寧なのに靴のかかとはいつも踏んでいた。ほんとにいろんな思い出をもらった。先生に感謝。そして心から「お疲れ様でした」と伝えたい。心からのご冥福をお祈りいたします。
2010.11.25
今日は倉庫で処分作業中心。いらなくなったMOやCD-ROMなどのデータ消去。いろんなところから定期的に処分品が送られてきていつもはつまらないけど時々、面白いものも送られてくる。過去には「〇〇組兄弟杯の儀」というちょっと怖いDVDやH本の付録CDなど・・・。付録なのできっと中身はしょぼい内容だろうけど何十枚も積み重ねられてるとちょっと恥ずかしい。その中に今日は1本だけ洋物のアダル〇DVDがあった。「これなんだろう?エクササイズDVDかなぁ?」と聞いてみると見てみればわかるといいPCで再生してみた。すると・・・白人さんのアダル〇DVDだった。ちなみにモザイクなし。外人さんの裸って上半身しか見たことなかったから下はどうなってるんだろうと暫く2人で鑑賞。ふ~ん。そうなんだ。下も金髪だった。でも、外人さんの行為ってどうしてあんなに声出してうるさいんだろう。見てると興ざめしてくる。でも、どの人もボン・キュ・ボンのナイスバディ。羨ましいな・・・。
2010.11.11
今日も貧血検査と病気の診察に行ってきた。病気の方は小康状態みたいで回復はしてないけど悪くはなっていないので薬が効いている模様。と同時に貧血検査の為に今日も血液検査。貧血検査の時に先生が目をべ~とめくる。なんかその度にベロをペロッと出してしまう。その度に先生に「舌は出さなくていいですよ。」と笑いながら言われる。私もへへっと笑ってごまかす。なんだろ?もう何回も同じことしてる。ベロを出した瞬間にまたやってしまった・・・次回は気をつけようと思うんだけど目をぐっとされると自然と舌が・・・次回の検査は要注意。
2010.11.08
ベランダの掃除をしました。といっても、去年、大規模修繕工事の時に荷物は片付けてしまったので簡単にホースとデッキブラシでごしごし。窓もぴかぴかで気持ちいい。でも、動くと少し貧血。最近は体の調子が少しずつだけど戻ってきてなんとか日常生活を送れるようになった。ずっと寝ていたせいか、こんなにお天気がいい日だと飛び出して行きたくなる。でも、貧血が心配でなかなか1人で遠出する勇気はない。ほんとなら、毎年恒例の京都巡りの時期なんだけど今年は行けそうにないな。毎年、色んなお寺や神社を巡るのを楽しみにしてたんだけどな。紅葉が一番綺麗な頃になる頃にはもう少しマシに復活して1人京都でも堪能しに行こうかな。
2010.11.06
今日、久しぶりに仕事に復帰しました。先週の月曜の夜に救急で入院して次の日からは安静を約束して自宅で静養。寝て、寝て、寝て・・・どんだけ寝れるんだろう。と同時にこんなに仕事を休んでしまって大丈夫なのか???いくつもの仕事を掛け持ちしていると時間に融通がきくし、気持ちの切り替えもできるので働くことに苦はなく、むしろ楽しく仕事をさせていただいている。一つの職場で3時間以内なのでそんなに重要な仕事を任されているわけではないし私のしている仕事は誰にでもできる内容それでも、休むことに申し訳なく思う。普通の風邪で少々の熱でもお勤めにいくのでめったに休まない私が長期休暇・・・ほんとに心が痛む。昨日から2つ、今日も2つ復帰。どの職場でも「大丈夫?おかえり~」と暖かく迎えていただけた。それがとっても嬉しかった。こんな私でもいていいんだと・・・少しは役に立ててるんだと・・・心から感謝。とても有難い事です。それでも、もう迷惑は掛けたくないので今以上に気をつけて、少しずつ完全復帰をめざしてまた頑張っていこうと思う。
2010.11.01
両手いっぱいに大きな荷物をいくつも抱えて前に進んでいるけど時々疲れて荷物を落としそうになる。先日も一つ大切なものを落としてしまった。立ち止まってしゃがんで拾おうとすると他の荷物まで落としてしまいそうになるそれでも拾おうと延ばした手を拾うなと言われ?私は拾うことを諦めた落としたことは見なかったことにしまた前に進む。なくしたものは大きいけれど前に進めなくなるほどの事はないと自分に言い聞かせる。もう落とさないようにしっかり抱えて進まなければ
2010.10.22
今、何時だろうと目を覚ますと夜中だった。先週、病気が再発して寝たきりの生活で気付くと寝てたり、起きたりいつもは4~6間睡眠なのに今は起きてる時間が5、6時間。早く良くなって復帰しなくてはと、心は焦っているけれど身体は言う事をきいてくれない。去年の1ヶ月はどうやって乗り切ったかな?1人で心細くて、自分の身体はどうなってしまうんだろうと仕方なかったな。今回は再発だけど、そんなに落ち込んではいない。今は大好きな人が支えてくれる。逢えなくても、どんなに離れていても言葉を交わせる文明て凄いな。先進国に産まれて良かったな。と訳のわからない事に感謝。この再発は罰なのか?それとも神様からの休暇なのか?休んでいてもこんなにしんどいのはやっぱり罰なのかな。片方を完全に失ってもいいから、早く通常生活ができるまでに回復したい。もう少し待っててね。
2010.10.18
その日、私は1人でライブを見に行ってそのまま帰宅するはずだった。その時、大好きな人が近くにいることがわかって待ち合わせをして逢うことになった。随分、長い時を顔も見ずに関わって私の事をよく知っているはずだけどいざ、逢ってみるという事には少しだけ躊躇した。逢ってどう思うだろうか?もの凄い想像をしていて期待を大きく外してしまったらどうしよう。でも、私も逢ってみたかったしこれが最初で最後でもという想いで待ち合わせの場所に向った。私が先に着いたので辺りをキョロキョロしていると1人の男性が小走りで私の前を通り過ぎた。一瞬にしてその人が私の待つ相手であるとわかった。そのまま目で追っていると道路を挟んで向かい側に立った。その人も携帯を見ながら辺りをキョロキョロ絶対に間違いないと確信していたけどほんの数分、その人をじっと見つめてみた。私の視線に気付くかな?私はここだよ?でも、その人の視線は私を通り過ぎた。確かに視界に入ったはずなのにこんなに見つめているのになんでだろ?私は仕方なく、その人に向って一直線に進んだ。そしてその人の前に立ちにっこりほほえみ挨拶をした。その時のその人の表情。一生忘れないがっかりしたような、不思議な生物を見るような表情だった。一瞬にして私は悟った。やっぱり、その人の中の私は現実の私とはかけ離れていたんだと。私は逢った瞬間にその人も私を笑顔で迎えてくれると思っていたので1人勝手に凹んだ・・・。そしてそのままお茶をしようと歩き出した。歩き出すと隣に並んでしまったのでその人の表情を読み取ることができない目的の場所?に行って並んで座ってお話していても私はその人を見ながら話すことができなかった最初に拒絶まではいかないけどあのガックリの表情の前に顔をあげることができなかった。あれから幾分か時が経って最初に出会ったときの髪型とにっこりの笑顔が1番よかった。と聞いて???なんだか今になってちょっと救われた。全拒否ではなかったんだなぁと。人は好きになるとその容姿は余り重要ではなくなるけど好きになる前にあれほどガッカリされるとかなり凹む。でも、それも今となってはいい思い出。
2010.10.14
昨日は大好きな人といつもより長い時間を一緒に過ごした。お昼間は買い物に付き合って時々、いつもの攻防戦を繰り広げ手を繋ぎながら歩いた。大好きな人の手はふわふわしていてその触感が好きでたまらないずっと手を繋いでいたい。でも大好きな人は、きっと心はここにあらずで私が隣にいることは二の次だったんだろうけどそれでもとても幸せな時間だった。お昼間の太陽の下で顔をあわせるのはまだ恥ずかしい。もう随分、時が過ぎたというのにあの時の事が忘れられないからだと思う。それは初めて顔を合わせた瞬間の事その時の表情が忘れられなくていまだに少し凹むでもつい最近、大好きな人が最初に見たときの髪形が好きだったと言った時少しだけほっとした。そして昨日、フジテレビの某アナに似てるかもと言っていたそれはちょっと違うかな。自分自身の事はわからないけどあの女性とは違うタイプと思う。初対面の時にどうして凹んだかという話はまた後で・・・
2010.10.13
今日は朝の仕事が忙しくてあれをして、これをしてと一つずつ仕事を片していった。朝、出社と同時に冷蔵庫から1本カフェオレを出して飲んでたけど喉が渇いていたので1時間も経たずに飲んでしまい2本目も同じカフェオレは・・・と思い自販機にジュースを買いに行った。自販機に着いて迷っているととても興味をそそられるジュースが1本。でもこれは絶対にハズレであると確信したそこでももジュースを買ってその場を立ち去ろうとした。でも、でも、やっぱりあのジュース気になる。どんな味なんだろ?原型と同じ味なんだろうか?と誘惑に負けて買ってしまった。ジュースを2本手に持って倉庫に戻ろうとしたら隣の倉庫のおっちゃんに呼ばれて隣の倉庫へおじゃました。お「最近、見かけへんやん。毎日、顔見せによって~や。 ほれ、お菓子あげる。」と言われ、大量のおにぎりせんべいをもらった。こんなに沢山のおにぎりせんべい・・・食べ切れるのか?まぁでも好意に甘えて戴いてきた。私「ありがと~」お「うん、なんぼでもあげるから寄ってよ~」私は小学生か!!そしてその場でたわいもない話を5分程して倉庫に帰った。今日は忙しいのに!!倉庫に帰って、まず、ももジュースを飲んで一息。そしてもう1本。まずかったらこのままここに置いておこう。そしておそるおそる飲んでみた・・・結果、これは飲み物じゃない!!やっぱり食べ物!!挑戦しなければよかった。ももジュースで口直し。そして恐ろしくまずいその飲み物はそこに放置してきた。やっぱり直感は信じるべき。むやみに挑戦してはいけないと一つ勉強になった。
2010.10.12
出会った頃まだ何も知らないあの人は私の目には輝いて見えた。初対面での第一印象でプラスかマイナスか外した事はない。あの人は確かにプラスだった。正直に言えば、思い描いていた人物像とは違っていたけどもう二度と逢うまいとは思わなかった。どんどん好きになっていくのが止められなかった。そして私の心は満たされた。その頃から私の心で見る目は曇ってしまったのかもしれない。私の変わらない現実から逃げたいが為に見えるものを見ようとせず、見たいものを見ていたのかもしれない。そのせいで、今、大切なあの人を苦しめる事になってしまったのかもしれない。どうしてくれるの?と、責められてもお詫びのしようもないし、償いもままならない。でも私の曇った目には、まだ変わらず輝いてるあの人が見える。これで終わりではない。未来は明るいそれだけは自信を持って言える。ただ、今のこの苦しい現状を打開する策は私にはわからない。でもあの人は必ず乗り越える。その力がある。それは限りなく未知数に近い。でもあの人はそれを信じる力さえ見失おうとしてる。自分を信じ、一歩一歩ゆっくりでいいから前に進んで欲しい。私が傍にいる事ができなくなったとしても
2010.10.11
人と人には時には間が必要なんだと思う。今はその時なんだと思う。最近、大好きな人が苦悩している。それはきっと私のせい。これまでずっと1人で頑張ってきた岐路に立った時、どちらへ進むか?大きな決断に迫られた時、どうするのか?大好きな人はそれを1人で乗り越えてきた。それは普通ではできないことだと思う。本来持っている天性の勘やセンス、先見の明そんなものが備わっているからありとあらゆる山を越えられたんだと思う。大好きな人は本当は自分ではわかっているはずなのに私に聞く。どうすればいいと思う?私はその答えを答える。でも、それは私の意見ではなく大好きな人の心の底にあるものを伝えているだけ本当は決めているのに背中を押して欲しいだけなんだと思う。それが今は本当にわからないらしい私もどう背中を押せばいいのかわからないそうなってしまったのはきっと私のせい私が余計な事を言ったばかりに結果、大好きな人の勘を鈍らせてしまった。本来、見えるものに目隠しをしてしまった私は何も言ってあげられない苦しんでいる大好きな人を助けてあげることができないでも、私がいなければまた本来の自分を取り戻せるのではないかと思う正直、私は大好きな人に支えられて日々を過ごすうちにその大きさ、暖かさに包まれることに慣れてしまって今、それを失うことは身を裂かれるよりも辛いそれでも、今は間が必要だと思う。大好きな人が本来の姿を取り戻す為には私はいてはいけないとそう思う。どのくらい離れていればいいんだろう?離れているうちに心も離れてしまうのかな?でも、それは仕方のない事大好きな人が幸せであればそれでいい
2010.10.08
うちの娘はその性格と容姿で幼稚園の頃から今に至るまでよくモテる。幼稚園の年長さんの時はクラスの半分の男の子が娘の事を好きなんですよ。と先生に言われた。今のクラスでもちらほらとそう言う話を聞く。でも娘はクラスの男の子には全然興味がないらしい。今は女の子の友達と遊ぶことや習い事が楽しくてそれどころではないと言っていた。息子はと言うと・・・幼稚園の頃から7年越しで好きな女の子がいる。いや、正確には5月まではそうだった。母からしてみると、なんて一途なんだというか・・・いい加減、諦めたら?なんて思ってたりもしたけどつい最近、好きな女の子ができたと聞いた。いつもの女の子の名前を出すとそうではないと、別の女の子の名前だった。なんだかとてもがっかりした。息子の性格からすると。このままずっとその女の子を好きなまま大人になっていくんかな?と少なからず思っていたから。そしてそれがいきなり急展開。先日行われた運動会の時に今好きな女の子から「私の好きな人教えるから、誰の事が好きか教えてよ」と言われたらしい。おとといの夜、息子が私の隣に座って「ねぇ、母さん、俺、告白するわ」「え?そうなの?」「で、両思いだったら付き合うの?」すると息子、それには答えず隣でポケモンブラック・・・30分ぐらい過ぎた後一言「俺、両思いでも付き合うのはやめとくわ。俺にはまだ早い」思わずぎゅっと抱きしめた。「頑張りな。両思いだといいね」息子はにっこり笑って「うん」と言った。そして今朝、じゃあ頑張ってくると言って出掛けていった。息子の初告白...両思いであればいいのになぁ。
2010.10.07
私の性格の一つに「後先考えず、思い立ったらすぐ行動」という習性がある。自分ではこれは長所であり、短所であると思っている。でも、それは自分自身の事に対してだけと今日思った。人が絡む事については短所にしかならないと。よかれと思って思いつき、行動したことによってその相手に気を使わせるような事をさせてしまった。その人はとても貴重な時間を割いたにもかかわらず「ありがとう」とだけ言ってくれた。私はどうする事も、どうしてあげる事もできなかった。私が行動をおこさなければその人も気を使うことなくまた、時間を無駄にすることもなかった。人に対してはこの性格は発動してはならないと心に刻もう。一つ先ではなくもう一つ、二つ先まで考えようそしてもう2度とこんな気遣いをさせてしまわないようにしよう。だから「もういらない」と言わないで欲しい・・・。
2010.10.05
さっきスーパーで買い物をした。いつも行くスーパーでヨーグルトとコーヒーを買った。レジに進むと「スプーンいりますか?」と聞かれたので「いりません」と答えた。すると店員さん・・・「いらにゃいですね」ん?????「にゃい?」噛んでしまったんだと思いスルーすると今度は「レジ袋はいりますか?」「いりません」と答えると「いらにゃいですね。」んんん???「にゃい?」ワザと言っているのか?ないが言えないのか?それとも2度も噛んだのか?あんなに真面目に言われると普通にしてたけど・・・帰りの自転車漕ぎながら1人でクスっと笑った。ちょっとだけUP
2010.10.05
鬱蒼とした森の中に1本の木を見つけた。何気なくその前を通るだけの日々を送りある時その木に近づいた。木は大木ではなく、細くもなく、それでもしっかり根を張り枝には実を付けている。周りの木や草が邪魔をして全ての枝に日が当ることはなくお腹いっぱい養分を吸い上げる事もできずそれでもその木は必ず実をつける。小鳥達はその実を食べその枝で休み飛び立って行く。私はその木の後ろ側に周りその木の根元にあるくぼみに腰掛けた。そのくぼみは暖かくやさしく私を包んでくれた。時々そのくぼみに座り休ませてもらう代わりに私はその木の傍にしばらく留まる事にした。その木はとても風の強い日も雨が降らない日が続いても雪が振り、凍えそうな日でも必ず実をつける。私は傍にいてその木を見つめる事だけしかできない。それでも雨が降らない日が続いたら、両手にしか掬えない水を少しでもかけてあげよう風が強い日はその幹に手を回し一緒に祈ろう雪が降る日はその枝についた雪だけでも払ってあげようそして少しだけそのくぼみに腰掛けて休ませてもらおういつかその木が生長し、充分に日が当たりその実も沢山つけるようになったらその幹に腕を回せなくなったらそのくぼみが腰掛けられない高さになったら私もその木から行くあてもない旅にでよう。その森を出てしまったらその木を再び見つけることはできないだろうけど。傍らにいる事で時々、その木から声が聞こえるもう立っているのは疲れてしまったと。本当は切り倒されて椅子になりたいんだと。背もたれがあり両肘もかけられ磨き上げられた一脚の椅子になりたいと。もう実をつけなくてもいい加工された椅子になり暖かな部屋で過ごしたいとその木は呟く私はそれに答えることなく聞こえないふりをしてあげるその木はまた今日も頑張るだろう沢山ではないけれど小鳥達が休めるだけの実をつけるために
2010.10.03
昨日、新車のバイクに乗ってりんくうアウトレットへ1人で出掛けた。お目当ての物は決まっていて、長居するつもりもなくお昼に出発して夕方前に帰宅しようと思っていた。ナビタイムで調べると距離は45~50キロ時間は片道2時間弱。うん。まずまず慣らしにはいい感じと思い出発。出発して30分後・・・どこにいるんだろう?道はあってるのかな?近くのコンビニに入って地図をチェック。道はやっぱり間違えてたけど、このまま行けなくはない。そしてまた走り出した。初めてのミッションなので頭で1,2、3,4と数えながらあれ?今何速なんだろ?時々2速で発進。うん、失敗。の繰り返し。目的地に着くと2時間半もかかっていた。すっかり疲れきってしまい、お昼ごはんを食べる気力もない。スグにお目当てのお店に向って物色。15分で買い物終了。ベンチに座って缶コーヒーを1本さぁ、帰るか・・・。だんじり祭りで通行止めしてたので帰りは同じ道を通れない。まぁ来た道も覚えていないからどっちみち同じ道は帰れない。なので看板を見てひたすら大阪方面に走る。いつまで経っても堺市。う~ん。それでも走り続け、漸く帰宅。帰りは3時間越。ほんとに疲れた。でも、そのお陰ですっかりバイクに乗れるようになった。相変わらず、頭はまだ1、2、3、4と数えながらだけど大体のシフトの感覚は?めた。明日からのバイク通勤が楽しくなりそうな予感。
2010.10.03
今日、新しいバイクがきた。練習の為にバスで取りに行って運転して帰ってきた。帰ってきてマンションの駐輪場にとめた。でも、問題が。バイクの置き場所がない。管理人さんに言って、もうすぐもう一台置きます。って言っておいたのに、ギリギリ3日前になっていっぱいなので置けませんと言われた。管理人さんはパートのおじさんなので大元の不動産会社の担当さんに連絡して欲しいと頼んでおいた。でも、当日の今日になっても連絡なし。で、管理人室に行ってみると連絡するようには言ってあるんですけど今、電話してみましょうか?と。そこで電話してもらうと本日はお休み。じゃあバイクはどうしたらいいの?と管理人さんに詰め寄っても私ではどうにも・・・全く話にならん。何のための管理人か?何を管理しているのか?
2010.10.01
小さな頃から祖母に躾だけは厳しくされていた。それは難しい事ではなく人として当たり前の事ばかり挨拶をする。人の話を最後まで聞く。お茶碗やお箸を正しく持つお礼を言う。小さな頃はそれらがちゃんとできた時に褒められるのがとても嬉しかった。夜寝る前なんかは正座をして指をつき「お先に休ませていただきます。おやすみなさい」と頭を下げてから布団に入った。今は子供達に厳しく躾けている。なので、たまに逢う主婦友さんにいつもちゃんと挨拶してくれるんだよ~と言われるととっても嬉しい。同じマンションの子供達は大きくなるにつれて挨拶をしてくれなくなる。声に出すのが恥ずかしい年頃だと思ってはいるけれどこちらが「こんにちは」と言っているのに頭を下げるぐらいはすべきではないのか?と思う。でも、よそのお子さんなので叱ったりはしない。うちの子達がしていればそれでいい。お礼を言うというのも同じ。買い物をしたとき、外で食事をしたとき親しくない間柄、一度しか逢わない相手でもお礼はちゃんと言うべきだと思っている。子供達がもう少し小さいときは人が来る前に小さな声で「あいさつしなさい」レジに行く前に「ありがとうといいなさい」と耳打ちした。今はそれをすると「わかってる!!」と言われる。そしてちゃんと挨拶&お礼をしてくれる宿題をしなさいとは言うけれど、勉強をしなさいと言ったことはない。自分でもしろと言われてしたくなくなった経験がある。お勉強ができないのは全て自分の責任。でも人としてのマナーができないのは親の責任。子供達は私にさえ、ご飯作ってくれてありがとう。いつもお洗濯してくれてありがとうと言ってくれる。それだけで心が充たされる。そしてまたこの子供達の為に頑張ろうと思う。で・・・・・旦那は・・・
2010.09.30
昨日、大好きな人のお使いで秋冬用のお洋服を買いにでかけた。基本、お買い物は好きな方なので沈んでいた気持ちも吹き飛ぶほど楽しいお買い物ができた。今でも初対面の時の大好きな人の服装を覚えている。正直に言えば、可も不可もなくでも私が買うような服ではなかった。普段着はそれでも、スーツの下のシャツなんかは時々「へ~」と言うようなシャツも着てたりして、センスは悪くはないんだと思っていた。でも、夏前に1度お洋服をプレゼントしてから普段着に着用するものは全て私が選ぶようになってしまった。大好きな人は文句も言わず着てくれる。それでも着用回数が多いものはお気に入りなんだと勝手に思う。実際、服ってとても難しい。服のセンスって本人そのものだから自分がいいと思っていても、全く受け入れられない場合もある。それに、着ている服を見るだけで、その人の好みやセンスがある程度わかる。大好きな人のお洋服を選ぶときはもちろん大好きな人を思い浮かべ、似合うかなどうかな?着心地はどうかな?といろいろ考えるんだけど、例えばトップスにぴったりした白のYシャツ←柄や色つきは×パンツは細身のデニム靴は先の尖ったブラウンの革靴(魔女靴?)←蛇や白とかは×なんかも好きなんだけど、実際に一式揃えてプレゼントしてもきっと着てくれない事はわかっている。それに、大好きな人の温かみやふわっとした感じが壊れてしまいそう。そういう意味で今のお洋服は私のもつ大好きなイメージそのもの。それを着てくれるのはとっても嬉しい。突然心配になって昨日、大好きな人に聞いてみたすると「新しい世界観を学べる」と言う返答だった。???新しい?という事は私の選ぶお洋服は大好きな人にはなかったセンス???それでも着てくれてるし、気に入っていると言ってくれるから嘘かもしれないけど、まあ、よしとしとこか。
2010.09.29
先週末、旦那さんと喧嘩をした。正しく言えば私が一方的の腹を立てただけで旦那からしてみれば、なんで怒ってるのかわからないんだと思う。でも、あれ以来、ろくに口もきいていないので触らぬ神に祟りなし・・・で寄らず触らず。昨日、機嫌も気分も体調も悪くて、仕事から帰ったら、ソファーで目を瞑った。目は瞑ったけど、頭は寝られない。でも、目を開けると頭ぐるぐる目が回る。仕方なくそのまま2時間。その間に子供達が帰ってきて、雨が降ってきて、外が暗くなった。リビングのソファーにいた私はただ寝ていると思われていたらしく、真っ暗になったリビングでポツン。それでも夕方になってご飯を作るために起きた。起きてからも頭ぐるぐる。ご飯作ってまた、ソファーでバタン。お洗濯物濡れちゃったな。なんで取り込んでくれないのかな・・・。もう一度洗わなくちゃな。と思いながら。旦那は休みで家にいたのに子供達の部屋でゲーム。ご飯ができたら何も言わずに食べて食器も下げずにまた子供部屋へ・・・私はご飯を食べる元気もなくてあと片付けだけしてまたソファーでバタン。それでも仕事に行く時間におきてどしゃぶりの中出掛けた。帰ってきてずぶ濡れの服を脱いですっかりぬるくなった湯船に浸かると声も出さないのに涙が頬をつたった。心も体も温まることができずそのまま布団に入る。目を瞑ったけれど朝まで眠れなかった。
2010.09.28
書きたい事はあるけれど…今日は書かない。雨が降っているから。
2010.09.27
昨日はとっても忙しくて、テレビをつける暇もなく夕方のニュースの時間だけテレビを見た。その時、たまたま世界文化賞が発表されて演劇・映像部門で「ソフィア・ローレン」さんが受賞したというニュース見た。このソフィア・ローレンさんという女優さん全く知らない人だったけれど受賞のインタビューでとても深い事をおっしゃった。「人と適切な瞬間に出会うという幸運が必要。」深いなぁと。その通りだなぁと。人が人と逢うのは偶然ではなく全て必然だと聞いたことがある。その人にとって出会うべく人であると。どんな人との出逢いにも必ず一つ学びがありそれを学ぶ事ができれば人として成長するんだと。偶然にも先日、大好きな人が私に「僕と出逢ったのは何かの転機だったのかも」とおっしゃった。どういう意味で言ったのかわからないけど大好きな人から見た私と私から見た大好きな人ではその出逢いに大きく違いがあるのかもしれないけれど私にとって、この出逢いはとても学ぶことが多い出逢いだった。まさに適切な瞬間に出逢うことができた人。つまりソフィア・ローレンさんの言葉を借りると、「幸運」だったみたい大好きな人に出逢うこともなく、普段通りというか、今まで通りに生きてきたならきっと考えもしなかった事って沢山ある。それならそれで幸せだったのかもしれない。でも、知らずに生きていくより少しでも多く学び、知って生きていくことこそ生まれてきた事に意味があるのだと思う。多くの出逢いに感謝。そして大好きな人に感謝。「ありがとう」
2010.09.25
朝の会社で2人きりになって2週間。Hさんはこれ以上1人では無理ですと会社に直訴した。結果、今日から応援で部長が来ることになった。朝、出社して小さな事務所に入ると・・・???????なに?この匂い????とっても臭い匂いが充満。息が詰まりそうで、その匂いの出所が部長だとわかった。わけのわからないメーカーの香水をこれでもかと言う位つけていらっしゃる。とっても我慢できそうにない。早々に、事務所内の作業を終えて広い倉庫に非難。それでも部長が移動する度に残り香が・・・我慢できなくてHさんのところに行って訴えた。「ねぇ!!」そこまで言うとHさん「言いたい事はわかってるよ」私「わかってるならなんとかしてよ」H「俺も言いたいけど我慢してる」あぁ~新しい人が入るまでこの匂い我慢しなくちゃいけないのかと思うと気が遠くなる。あんなに香水ふりかけて何目的?なの?そんなに体臭がキツイの?それともそれがかっこいいと思ってるの?しばらく我慢か・・・。
2010.09.24
今までの恋愛で前半(10代まで)は外見がタイプな人が好きになる人だった。後半(20代から)は外見では好きにならなかった(例外もある)人を好きになる時は、その人の人となりとか雰囲気とか色とか・・・ちゃんと中身を知ってから好きになる事が多かった。だから友達に、あの人の事好きになったかも・・・と言うとあれのどこが?と言われた事もしばしばでも、やっぱり上辺だけの体裁で繕った性格は少し長めに付き合うとボロがでてきてやっぱり好きじゃないのかもと思うこともしばしば。そんな時は一瞬で好きという感情がふっとんでしまう。私ってやっぱりいい加減で気分屋。今、私の大好きな人は長い時間をかけてみてきたつもり。初めて言葉を交わした日から深く付き合うようになるまではその人となりも雰囲気の印象も随分変わったけどそれでも真にある部分は同じで揺るぎがない。好きになった人が好きなタイプっていうけどそんな事にあてはまらないぐらい私の周りにはいない人。とっても好き。でも、私の好きな人は私をどうみてるんだろう?同じような状況で、同じように付き合い始めて・・・私の事を外見で好きになってはいない。でも、好きだと言ってもらえる程の中身でもない。ちゃんと奥深くまで私をわかってて好きと言ってくれてるのかなぁ。そうであったら嬉しいんだけど。こんな事思うのは、つい先日ある一言を聞いてから「レベル高いらしいよ」↑この一言大好きな人の周りには素敵な女性が大勢いらっしゃるみたいでその方々はもちろん中身も外見も知っていて、大好きな人の話を聞いているといつ心が変わっても不思議ではないと思う。心の持ちようが変わらないのは実は紙一重で社会的立場であったり、ほんの少しの理性であったり・・・近くにいればいるほど、その感情に気付き難いものなのかもとも思うなので、ふとした瞬間に、自分の気持ちに気付き、この人こそがと思う日がくるかもしれない。それならそれで仕方ないかなと思う。それが好きなタイプなんだろうと思う。
2010.09.23
昨日は、急なお呼び出しをうけて久しぶりに大好きな人とお買い物に行きました。スニーカーが欲しいとおっしゃって駅で待ち合わせ。お店まで時々、手を繋ぎながらあるきました。この時々というのがポイント気を許すと、すっと離されてしまうのでその度にちょっとだけ凹みそれでも果敢に手を繋ぎにいき、ぎゅっとするという小さな攻防戦を繰り広げています。お店に着いてお目当てのメーカーの靴を2人でざっと見渡す。秋冬ものなので、同じような色、素材ばかりぱっと目を引くものがなくてお買い物に時間をかけない私も少しだけ迷う。とそこで大好きな人「ビビットなのはダメだよ」と言って早々にお店の椅子に座ってしまった。あっ・・・ついに自分で選ぶのやめてしまったな・・・それでも目を皿のようにして見渡す。どれが似合うかな?どれが履きやすいかな?ちょっとかわいいなと思うデザイン&色があってもきっと嫌がるだろうな。と思うものを手にとって振り返る。すると大好きな人、私を見て首を振る。きゃ~~~~~かわいい。なぜか私のツボにはまってしまった。それを2,3度繰り返し満足した私はやっとこれなら、と思う靴を手に取る。でも、いつも大好きな人が履いている靴とイメージが違うし・・・これも却下かな?で、振り返ると意外にも、あれ?ちょっと反応よろしい?持っていって試履。満足かどうかはわからないけどその靴を買うことに。あぁ取り合えず気に入ってもらえてよかった。と思う反面、もう「うんう」が見れないなと少しだけがっくし。その後、また小さな攻防戦を繰り広げながらお茶を飲みに・・・そこでしたお話でびっくりここまで自分の事を理解してくれていると思ってなかった。私以上に私の気持ちがわかる人だったんだ・・・楽しい時間もずっとは続かなくて帰路につく帰りの電車の中で先に下りる大好きな人は少しだけ私の頭をなでなでして降りてくれた。それだけでとっても幸せ。昨日のお買い物とっても幸せで楽しかった。
2010.09.22
さらさらと少しずつ落ちていると思っていた砂がいつのまにかなくなっていた自分でも気付かないうちに・・・新しい砂時計はいろんな色が入っててキラキラしていた「希望、愛情、労り・・・」その砂は綺麗な色で満たされていたその砂が少しずつ落ちて、少しだけ残った砂も全て落ちてしまった。一生掛けて落ちるはずの砂がスピードをあげて落ちてしまったのは私が砂を気にしなくなってしまったからなのか?落ちきってしまった事に気付かなかったのはそれを見ようとしなくなったからもう一度リセットしてひっくり返す事ができたら情という名のその砂から再びこぼれ落ちる事になるのか?でも、私にはその砂時計をひっくり返す事はできないそんな力は残っていない。
2010.09.21
昨日、目標に達したのでブログは気の向いた時にと書きましたが訳あってもう少しだけ継続で書くことになりました。もう少しだけおつきあい下さい。この3連休、ずっと睡眠不足で今朝はなかなか起きられませんでした。アラームがなって体は起きても、頭が起きてくれない。なのに、トラブル発生で私の仕事は取り次ぐことなので取次ぐ相手がいないとどうしようもありません。なのに今朝は誰も電話にでてくれなかった一体どうしたらいいのか?30分後に漸く連絡がとれてひとまずは一件落着。社員さん。もっと自覚を持って仕事して欲しい。
2010.09.20
「女心と秋の空」私も例外ではないと思う。とても好きだなと思っている人でもある瞬間からとっても嫌になってしまったりする。でもそれは片思いの時に限る心を許し、体を受け入れて愛情を育んだ人を嫌いになったことはないこんな私とお付き合いいただいた方々にはお別れをした今でも幸せでいて欲しいと思っているそうではなく、勝手に好きだと思っていたりいい感じにお話していた相手でも相手のちょっとした言動や、私の事好き?と感付いた瞬間から嫌になったりする自分でもどうしようもないけど「女心と秋の空」という言葉が存在する事を考えればそれは特別な事ではなく、女にはよくあることなのかもしれない昨日、去年好きだった人と電話で話している時に感じてしまった。私、なんで好きになったんだろう1分でも早く電話を切りたかった。連休明けに同じこと思うんだろうな。私ってやな女だな。今日はおしらせが2つあります。1つ目・・・ここ最近、書ける日はブログを更新してきましたがある目標に達したのでこれからは気が向いた時だけの更新になります。明日書くかもしれないし、半年先かもしれません。いつもこっそり来て下さった方々、読んでくれてありがとうまた気長に待ってやって下さい。2つ目・・・先日、日記で変な事を書いてしまった為に不快な思いにさせてしまった方々がいます見えないものが見えると書きましたがそれは過去の事です。今は見えることはありません。なので鑑定して下さいとか相談とか私ではお役に立てそうにありません。この場をお借りしてお返事とさせていただきます。一つだけアドバイスするとしたら苦しいのはあなただけではないという事です。人は楽して生きていける人なんていません。大なり小なり、必ず心で戦っているものです。「明けない夜はない」「振り止まない雨はない」いつか必ず乗り越えていけるはずです。不幸と幸福は半分づつあることを忘れないで。お互いに頑張っていこう!!
2010.09.19
朝の会社で2人きりになってから1週間が過ぎた。月曜、火曜、水曜とそれまでと変わりなく・・・でも木曜日辺りから雲行きがあやしい。なんとなく、なんとなくだけどHさんの態度が違う例えば、飲みかけのジュースを置いてるといつの間にかそのジュースがペットボトルごとなくなっていたりする。あれ?どこおいたっけ?って言うとあぁ、半分残ってたから飲んで捨てたとかこれやっといて~って言われていつものように「やだ」というと「絶対服従。俺、上司だし」発言・・・。背もたれのない椅子に座ってると・・・反対側から座ってくる。昨日の飲み会でも集合時間前に電話がかかってきてH「どこにいるの?」私「お買い物中」H「じゃあそこまで行くよ」とか正直、しんどい。早く、新しい人来てくれないかな。
2010.09.18
先週の日曜日に小学校のイベントのお手伝いに行った。そうか私、今年は役員だったと思うぐらい4月から何もお手伝いしてなくてもう2学期だというのに初参加。炎天下の中、3時間程お手伝いをした。打ち上げの時、お昼間だというのにビールで乾杯喉がカラカラで、飲めないビールを粗一気飲み酔いが回る回る。久しぶりに会った主婦友と話を始めた下の子の同級生のその女性は、私と同郷で実家もかなり近く、年も一つ上一緒に話ていたもう1人の女性も同郷だった。酔いが回ったこともあり、大阪で名古屋弁を繰り広げる「でさ~」「そうなんだが~」「~なんだわ~」ともう使うこともない名古屋弁が出てくる流石に11年も大阪に住んでいると名古屋弁も控えめに?なっているはずなのに同郷の友とお話をすると名古屋弁に戻る1人の主婦友は夏休みに3週間も名古屋に帰っていたと話していた。旦那さんの転勤が多くて、色んな土地に行くことが多い為に、どこの土地も馴染み始めると転居になるので、今でも名古屋がホームベースらしい私はもう、帰る家もないので名古屋に帰っても1日、2日。大阪に帰ると落ち着くでも、やっぱり懐かしい。いつか1人になった時帰る家はないけれど、入るお墓はあるので残りの人生は名古屋に帰って骨を埋めようと改めて思った。
2010.09.16
小さい頃、見えてないものが見えていた。見たくなくても見えるので見えないように、見えないようにと思っていたらあまり見えないようになった。大人になってからは本当に危険な時にしか見えないようになった。それでも頑張って見ようとすれば見えないこともない。小さな頃は人が色で見えていた。人間ってなんて綺麗なんだと思っていた。お友達にあの人の色綺麗だよね。って話したときに、友達には見えていないことがわかった。それ以来、人が色で見えることは内緒にした。大人になって23~25の時に一番のピークだった。付き合っていた彼氏の気持ちが手に取るようにわかる今日、来るな、あれ買っておこう。ご飯作っておこう。突然現れる彼に「どうして俺が来ることがわかった?なんで俺の欲しいものがわかるんや?」と言われた。わかり過ぎて、別れる時まで自分で言った。それ以来、あまり人の気持ちがわからなくなった。見えていることで気持ちを先回りすることもできるけど見えないほうがずっといい。未来は変えられるものなのに見えた未来を信じて受け入れてしまうから。今は頑張っても、ぼんやり。それでいいんだと思う。
2010.09.15
今日も倉庫でまったり仕事してお昼になったのでマックでも食べようかという話になった。で、2人でマック食べてたら、話があらぬ方向へ・・・先週、退職したMの送別会を金曜日にしようかと話しててそのメンバーを倉庫の3人(私含め)とMの彼女の計4人でということになってた。後は場所を決めるだけ。で、マック食べながら、場所どこにする?なんて話をしたらH「俺、あんまり行きたくないな」と言い出した。私「なんで?」H「誰にも言ってない話あんねん。」私「なに?」H「実は・・・」私「え~!!まじで!!」HさんはMさんの彼女とMさんの彼女になる前に数回、関係を持っていたとの事。Hさんは一見おだやかで、奥さん想いで、まじめで・・・と思ってたのに。私「なんでそんなことになったの?」H「据え膳くわねば・・・」らしい。その後もMと付き合うようになるまでは泣きつかれたり、H写メを送ってきたりと大変だったらしい。Hさんだけは浮気などしない、奥さん想いの人だと思っていたのに人は見かけでは判断できないなぁと。据え膳・・・やはり置かれたら食べてしまうものなんかな。
2010.09.14
結局、朝の職場の1人が金曜日に辞めてしまった。今日からHさんと広い倉庫の中で2人きりそれでも、なんだか寂しいよねといいながら2人キリでお仕事。2人になったとしても、同じ数の電話が鳴るわけで今までは2人の内どちらかが電話にでてくれたけど今日からは私も参戦。でも作業場がこれでもかというぐらい広いので電話が鳴るとダッシュしないといけないわけで・・・作業場の端っこに2人でいた時は鳴った瞬間に私「電話だよ」H「うん。鳴ってるね」私「だから電話だよ!!」H「うん!!」みたいな感じで何回も・・・私に電話があることは100本に1本もないので私が電話に出る必要もないんだけど近くだったら取り次ぐこともするけどお互いに遠くにいるのになぜ電話の争奪戦を繰り広げるのか?で、2時間後・・・私「ねぇ、子機持ち歩いたらいいんじゃないの?」H「・・・・・。」お互いに目を合わせてなぜ気付かなかったのか?と笑う。そんな感じで3人から2人になってどうなるかと思いきや、2人でもまったり仲良くやっていけそうです。
2010.09.13
小さな頃の夢は誰かに愛されたいと願い早く結婚して自分の家庭を持ち愛する旦那様と子供達と幸せな家庭を築くことが夢だった。11年前やっと結婚し、次の年、そのまた次の年と子供が生まれ、その夢が現実になった。一生この家族に献身をし、揺ぎ無い愛で満たされるものと信じて疑っていなかった。でも、現実は少し違っていた。私の献身は捧げれば捧げるほど当たり前になり、今はあんなに欲しかった愛が目の前で囁かれる度に憎しみに変わる帰る場所さえ、居場所さえあれば何もいらないと思っていた私は欲張りなのかな居場所ができたのにその居心地の悪さに苛立ちが起こる当たり前にそそぐ愛を当たり前に受け取り感謝する心さえない現実を虚しく思う何もしてくれなくてもいい何かをして欲しいと望んでいるわけではないただ、心を気遣う気持ちさえあれば私の献身は一生続いたであろう今は、満たされることない心と毎日繰り返さなければならない献身に心が蝕まれる。何度も、何度も訴えたのにあの人はその献身を揺ぎ無いものと信じ今も私を苦しめ追い詰めるこれが私の求めていたものだったの?居場所をくれたあの人への代償は一生かかって払うべきものなの?「愛って相手からの見返りが基準ではない」と大好きな人から言われた私は見返りを求めているのかなだったらこのまま献身し続けなければいけないのかなもう捧げられる愛も残っていないのに何を捧げればいいのか身を削って、心を削って捧げ続けなくてはいけないのかな見返りってなんだろ?そんなに多くは望んでいないと思うんだけどな・・・
2010.09.12
動物占いをすると私は「落ち着きのあるペガサス」自由を愛し、気分屋、束縛されるのを我慢できない。ひらめきや感性だけで物を考え、掴みどころがない。と書いてある。まさしくその通りだと思う。でも私の足には枷がつけられ、重い鎖で繋がれている。10年前はそれが嬉しかった。飛び立とうとも思わず、羽を広げることも空を見上げることもなかった。数年経ち、私は少しだけ羽を広げて空に羽ばたいた。大きな空には自由があったでも、どこまで飛んでいっても足につけられた重い鎖で連れ戻される。無理やりにつけられてのではなく私自身が決めたこと。そしてその鎖が一生外れなくても仕方がないそういう運命なんだと思っていた。でも近年、その鎖の繋がった枷には鍵がついていてそれを外す鍵も既に自分が持っていることを知った。そう、いつでも鍵を外して、どこまでも飛んでいける。でも鎖は重いけれど、飛べないほどではない今だって、戻らなければならないけれどどこにだって飛んでいける。でも、もう決めているそう遠くない未来に鎖を外そうとそして大空を自由に飛びまわろうと自由には代償も払わなければ知らず知らず守られ、羽を休める場所がなくなる事も覚悟しなければそして疲れても飛び続けなければならないことも休める時は羽を広げることができなくなった時だということも
2010.09.11
昨日、酷く体調が悪かった。朝からグルグルもやもやと考え込んででない答えを求めてあれやこれやとお昼過ぎになって、帰路に立った私の心はやはり進みたくはない方の道を選択しようとしていた大好きな人と逢う約束をしてこれが最後になるかもしれないと覚悟もし、駅へと向う途中、息が苦しくなった。引き返そうかと思うぐらい自分でも容態が悪いのがわかるさっきまでは心だけで体は元気だったのにやはり心と体は繋がっているんだなぁと。なんとか待ち合わせ場所についても一向によくなるとは思えない感じででもなんとかその場は持ちこたえた。とても美味しいケーキがあると聞いていてずっと行きたかった場所だったので隣の人がケーキを注文してお店の人がプレートに載せたケーキを持ってきた時の甘い香が私を余計に悲しくさせた。あぁ食べたかったなぁでも、無理をしても食べられはしなかったんだけど正直に言うと、頭も朦朧としてたし、ざわざわしていたので半分も聞き取れなかったんだけど大好きな人が言いたいことは心で感じることはできた帰りもあとちょっと、あとちょっとと自分に言い聞かせてやっとの思いで帰宅。その後、ソファーに座ったと同時に意識がとんでしまった夜まで何度も起きたり寝たりを繰り返し、それでも仕事に行って自分のすべき事だけはして早めに帰らせてもらった。でも、また途中で意識がなくなりそうになって途中の公園で一休み。一休みのつもりが気付けは3時半。やっと家に帰ってお風呂も入らず服のまままたソファーでバタン。朝、起きたら漸くすこしマシになってた。今日も仕事に行ってからお昼寝。すごくマシになった。心が壊れてしまうと体も壊れてしまうんだと実感。1年前によく聴いてた曲があって、「私を愛せないなら、私を愛してくれる人を探して下さい・・・」 by柴田淳「愛をする人」という歌詞でほんとにそうだと思っていたけど今は、私を愛せなくても、探さなくてもいいと言えるもうこれ以上愛する事ができる人なんていないと思うから。
2010.09.10
この前の結婚式で急遽、歌を歌う事になっていた。で、前日にお昼の職場メンバーでカラオケに行った。お昼の休憩に無理やり付き合ってもらったので時間も1時間だったし、3人とも歌を選んでる時間が長すぎで不完全燃焼で終了・・・。で、仕切りなおしということで来月にまた3人でカラオケに行くことにした。Y君は妻帯者だしお子さんも小さいのであまり時間がないとの事。でも、カラオケは行きたいらしい。なので日曜日のお昼から行くことにした。でも、Tは友達もいないし、時間もあるので先に2人で待ち合わせしてランチでも行こうという話になった。前に行きたいと思って、大好きな人にささやいたんだけど大好きな人は時間がなくて行けそうにないのでそこに行くことになった。Tは大阪に来てまだ半年なのでどこに行くのでも嬉しいらしい彼女が出来た時の為にいろいろと知っておかないとね。と言うことで、あくまで予行練習であってデートではありません。
2010.09.08
昨日、お昼からの職場でワンピースの話をしていてYが「4週も休みなんてありえないですよ。僕を殺す気ですかね。」と言った。「仕方ないよ。一年中書いてるんだから夏休みでしょ。」と私。ほのぼのとワンピースの話をしていた。はず・・・なのに・・・なぜか次はグロイ系の話になった。Yが「ウクライナ21って知ってます?」と言った。聞いたことなかった。内容を聞いてみるとありえないような残虐な殺人事件だった。3人の少年が1ヶ月で21人を殺した話。その殺し方もとにかく酷い。ありえない。しかも、その映像がネットで出回っているらしい。私は検索するのさえ怖いので見ていないけどYは探してるんですけど~と言っていた。ずっとMだと思ってたY君、実はSだったのか・・・。世の中には数多くの犯罪があり、年々その残虐性も増している。ウクライナで起きた話もかなりだけど、日本にだって、コンクリート事件やカップル事件など多数。人が人とも思わない殺し方できるなんて意味がわからない自分の身内、自分自身が同じ目にあっても何とも思わないのかな。そういう風に置き換えて考えればあんな酷いことはできないはず人は人生でありとあらゆる困難や不遇に逢い、その人格をも変えてしまうこともあるとは思っている。でも、生まれてきた瞬間だけは祝福されていたと信じている。私も私の事をそう思っている。何日か経って母親、父親にいらないと言われたとしてもその生まれた時の瞬間だけは・・・それを思い出せば、忘れなければ人としての心も失わずにいられるのにと思う。人が人として生きていかれないのに生きていく意味があるのかな。それさえもわからなくなってしまってるんだろうね。私はいらない子だと言われて、何度も生まれてきたことを悔やんだけど自分ではどうする事もできずに大人になってしまった。今は・・・誰にも遠慮せず、自分の人生を1歩1歩、歩いて行けると思っている。そして生まれてきてよかったと思っている。先日、大好きな人が数ヵ月後に来る私の誕生日に頭を悩ませていると言っていた。なんで悩むの?ただ、「僕に逢うために生まれてきてくれてありがとう」と嘘でもいいから言ってくれさえすれば何もいらない。そして少しだけ「ぎゅっと」して欲しい。
2010.09.07
先日、「木を見て森を見ず」と言う話を聞いた。私も見てないんだろうなぁと思った。子供の頃、とても我侭で自分勝手だった。後先考えずに自分の言いたいこと、したい事をしてしまっていた。私の自分勝手な行動で一体何人の人を傷つけてしまったんだろう大人になった今はどうだろう多分、子供の頃よりは少しはマシになったと思うんだけど・・・それでも、自分から見える範囲での森は見ても、見ようとしていても、全体は見渡せていないと思う。いつまで経っても成長しない自分が情けない。木を見て・・・という話を聞いて、木に纏わる話をもう一つ思い出した。1人きりで一本道をゴールに向って歩いてる時遠くの方で「森の奥の方で木が倒れたらしい」と聞いたとする。ある人は「ふ~ん。倒れたんだ。」と情報だけを鵜呑みにしそのまま道を外さずゴールに向う。ある人は「本当に倒れたのか見に行こう」とゴールが遅くなったとしても遠回りになったとしても自分の目で見て事実かどうかを確認してから先に進む後者に当る人は成功者になる人らしい多分、私は前者。人の言う事をそのまま信じ、本当かどうかは確認せず先へ先へと急ぐだろう2つの木の話を人生に置き換えると私は自分がろくでもない人間に思えてくる。でも、その話をされて、「森を見る人」「確認しに行く人」にはなれないと思うわかっている事だけど、今の自分を変えることは中々難しい。既に人生の折り返し地点は過ぎてしまったというのに残りの人生でもう少しマシな人になれるんだろうか?生まれ変わるまでは無理な気がする。いや、多分、生まれ変わっても成長してないんだろうな。
2010.09.06
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