Laub🍃

Laub🍃

2017.12.07
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カテゴリ: 🌾7種2次表
 →1 

→2  『わけがわからない』
→3  『話せない』
→4  『置いておけない』
→5  『収拾がつかない』
→6  『違えない』
→7  『手段を選ばない』
→8  『知らない』
→9  『受け止めきれない』
→10 『溶けない』

→11
→12 『救われない』
→13 『そつがない』
→14 『聞き捨てならない』
→15 『要らない』
→16 『蒔かない種は生えない』
→17 『夜はまだ明けない』
→18 『仕方がない』
→19 『比べ物にならない』



*涼まつ・嵐花などNLがナチュラルに入ります
*涼の安居ラブもナチュラルに入ります
*新巻さんと花、安居とナツが距離近くなりますがカップルにはなりません

*あらすじ:
1~
・外伝後安居・涼・まつりが海で嵐に巻き込まれ乾季直前の混合村にタイムスリップする
絵面的にはオズの魔法使い
・混合村(山中)→未来安居・未来まつり・過去涼達が暮らすことになる

・夏B村(浜辺)→過去要・未来涼・過去安居達が暮らすことになる
16~
・皆に父の仕事が判明した後、無事に村を一時離脱する花
・花と安居・涼の距離を取る取り決めを作る涼、不自由を強いる代わりに花と嵐を会わせる約束をする涼
・花・新巻・ハル再会&旅再開
19~
・一方その頃夏Bは……













 新たにやってきた人は、先生みたいな人でした。



*******************

カイコ              19





 百舌さんが居なくなってすぐ、間欠泉を見ようとしてあたし達の船は座礁してしまった。

 けれど、何故かすぐに百舌さんが引き返してきた。

 遠くからあたし達の様子を見てたと言ったけど、百舌さんは何かを心待ちにしているようで……実際、百舌さんが戻ってきた次の日、彼らがやってきた。
 熱血な安居くんと冷静な涼くん。

 百舌さんはきっとこの二人を、待っていた。






「……何が夏だ。あいつらとは比べ物にならない」
「まあ待て、安居。こっちは二人だ、慎重に行こう」

 そう言って憤る安居くんを、涼くんは冷静にいなす。

「あいつらはな……割と面白いんだ」
「面白い…?どういう意味だ」
「その内分かる。……ああそうだ、安居、ここの近く、海面にあるシェルターがある。そこに次は行くってことでいいか」
「…………それはいいが……」
「決まりだな」

 靴の手入れが終わったみたいで、涼くんが立ち上がってこっちに来る。急いであたしはしゃがみこんだ。

「……あと、一つだけ忠告だ。安居」
「何だ」
「要さんの事は信用するな」
「何を、言ってる。あの人はこの未来でも変わらずに、皆を導いているだろうが」
「…………警戒する意味がなかったならそれでいい。だがな安居、誰かを赦せないと思ったとして、それを要さんの居る所で言うな。要さんの耳に入れるな。あの人は」

 そこで一度息を詰まらせた涼くんは、それでも静かに聞き入る安居くんに観念したように言った。

「……未来に来てもまだ、『テスト』を続けてる」







 出会ってから少しして、涼くんは一度『仲間を探しに行く』と言って居なくなった。

 そして次にやって来た時、涼くんは(随分と遠くに)冬の新巻さん、春のハルさん…そして、花さんを連れてきていた。

 新巻さんは、あたし達が彼を置いて行った数日後、花さん達春のチームに出会ったのだと言う。
 安心する反面、表情を曇らせた嵐くんが気がかりだった。

「嵐よ」
「新巻を置いてかなきゃ花といい感じにもなんなかったのになーとか思ってる?」
「……そんな事、考えてない」

 蝉丸さんの発言にはいつもヒヤヒヤする。

 だけどあたしは、嵐くんのその表情にどこか共感してしまった。
 そうだ。……この間花さんの手紙を嵐くんに渡す前。あの時のあたしはきっと、こんな感じの顔をしていた。





「何か……お前、変だ」
「そうか?」
「お前なら、要さんの言うことに従うか、先生達に憤るかのどっちかだろうと思ってた」
「……要さんに抗っても意味がない。想いを主張しても無駄だ。
 あの人の中で答えは決まっている、一般人や、源五郎達ならともかく、一般人を殺した俺の言うことなんて響くわけがない」

「俺はもう同じ失敗はしたくない。殺し合いも、不毛な諍いで連携が取れなくなるのも御免だ。
 だから俺はあの人に何も言わないし、問わない。
 過去の俺にもできたらそうしてもらいたいが…難しいか」

「……あいつはお前ほど達観してねえからな。
 だが、逆に懐きすぎて何も言わず問わないってこともありうるんじゃねえか」

「…不自然さや、わだかまりに気付かない振りをしてるだろう。
 あれじゃその内爆発する。何かでガス抜きをしなきゃ」

「まさか殺し合いや殴り合いに持ち込ませるってわけにもいかねえし」

「……殴り合いに持ち込んでもあまり意味ないだろうしな。
 大体殺し合いに発展したのは互いに話が通じなかったからそうなったんであって、初めから殺し合いたかったわけじゃない」

「……核心に触れる前に、相手の考え方を知る機会があればいいんじゃねえのか」

「そんなものあり得るか?サバイバルに関する知識や価値観はほぼ同じで、施設のみんなや一般人の生き残りについての考え方は大きく隔たりがあって話し合いの余地がない」

「これだよ、これ」

「……トランプ?」



「え~先週ののど自慢大会では俺の『許してくれとは言わないが、そんなに俺が悪いのか~』には何故か音痴嵐以上に苦情が殺到しましたが、今回の隠し芸大会では優勝してやる意気込みだぜ!!!」

 蝉丸さんの根拠のない自信とハイテンションな司会にももう慣れた。

 だけどあたしは、この後本当の隠し芸を知ることになるとは知らなかった。



 安居くんと涼くんが二人居る。

「……なんだ双子かよ~、びっくりさせんなって!」

 固まるあたし達の中で、初めに口を開いたのは蝉丸さんだった。

「どっちも『安居』と『涼』って名乗ってたわけだ、すげえな、隠し芸用に仕込んでたのか?
 で、今回めでたく紹介出来ましたってわけか」
「紹介したかったことはしたかった。なかなか言い出せなくてな。悪いが隠し芸大会のテンションなら平気かと思ってやった」
「まあなんでもいいけどよ、安居じゃない方、涼ちんじゃない方、名前はなんていうんだ」
「どっちも安居と涼だ。ああ、判別するために俺達の事は鈴木・佐藤と呼んでくれても構わん」
「え?何同姓同名?まさかのそっくりさん?」
「違う。……蝉丸、埒が明かない。一旦口を閉じてこっちの話を聞け」




 未来から安居くんと涼くんが来たと知ったのは、出会ってから数か月後だった。
 彼らから教えられてもまだ信じられない。

 事情を知らなければ、螢ちゃんとひばりちゃんみたいに、親戚でこっちに来たんだと思っただろう。


 実際今でも話してる様子は、同一人物なのに性格が違い過ぎて、双子を見てるみたいだ。

 あたし達が初めに会ったのは、元からこの世界に居た安居くん。
 この安居くんは厳しくて感情豊かで、嵐くん曰く生徒会長とか部長とかやってそうな人だった。
 百舌さんのことを要先輩と呼んで、涼くんと三人でよく今後作るものの相談とか、生活や移動の計画を立てていた。
 だけど、昔馴染みのようなのに思い出話は一切してなかった。
 暫く後に出会った、未来から来たと言う安居くんは落ち着いていて、あたし達に何かを教える時も苛立たず、あたし達の癖や性格を見ながらやってくれた。
 蝉丸さん曰くどこかに失踪しそうな、いつでも旅立てる支度をしているような人だった。
 この安居くんは百舌さんにはあまり近寄らなかった。話す事も業務的だった。
 それでも、本当にたまに、昔の話をしていた。

 百舌さんはどちらにも冷静に対応していた。

 あたしは小学校や中学校を卒業してから一度も昔の先生に会いに行ってないけど、あれが普通なのかなあ。

 二人の安居くん達の相性はといえば、時折スタンスの違いで衝突しながらも、何事か話し合うと急にヒートダウンしていて、仲がいいのか悪いのか分からない。

 涼くんは二人がヒートアップする度にピリッとするし、あたしもヒヤヒヤしちゃうけど、他の皆は慣れてしまったようだった。


「要さんが死神になんてなってるわけないだろ」
「だから何度も言ってるだろ。赤い部屋の中身と同じになるだけだ」


 その意味は分からない。
 だけど、分かってしまえば、そちら側に引きずり込まれてしまうようで、あたし達は何も訊けなかった。


「どうして俺達は要さんを殺す権限を持ってないんだろうな」
「俺達があの人より世間知らずだからじゃないか」
「そうやってお前は納得しちまうのかよ。俺にはとても真似できねえな」
「お前はそれでいいだろう。秋のチームの奴等でも、あるいは貴士先生でも、要さんを殺せる。だけど俺は、要さんをこの手で殺したら、その瞬間に全部壊れてしまいそうなんだ」
「お前はそこまでやわじゃねえだろ。言っただろうが、お前は俺と同じ臭いがするってよ」
「……懐かしいな。だけど駄目だ、あの人の規律で全部正しいことと間違ってる事を学んできたんだから、あの人を殺すわけにはいかない。……あの人がそもそも世間から歪んでいたのなら、今度は反対方向に歪めればいいだけの話だろ?
 そしたら俺も、立ち直れる。やり直せる」
「……お前、俺より傲慢だな」
「嵐には負ける」
「……お前は、あの人と接触する度に顔色がどんどん悪くなっていく。
 あの歪みに負けてるんだ。
 お前らが顔を合わせるのすら不安だ。
 この安全な状況がいつまでも続くとは思えない」
「だけど俺はもう一人じゃない。……夏Bも居る。お前も居る。あの時とは違って、他の皆も。大丈夫だ。あの人と会っても、あそこに行っても、俺は」
「……」





 あたし達夏Bの存在、あたし達、特にあたしがダメダメで無理にでも鍛えなきゃいけないって話、秋や春や冬のチームとの諍い、夏Aのみんなの話。

 今日も二人の安居くんは、そんな数ある衝突、もとい話し合いの一つをしていた。


「あの、すみま……」


 洗濯しながら話す二人に後ろから話しかけようか迷って、ようやく落ち着いた所に一歩足を踏み出した、そんなとき。

「殺されかけるって……何をしたんだよお前は……」

 踏み出しかけた足が固まる。

「……施設の時と同じだ。先生達にとって不合格な事を俺はしたんだ。
 生き残った集団にとって不都合で、処分すべき存在だと判断された」

 そのままそろりと身を引いて、岩陰に座り込む。
 幸い二人は気付いてないみたい。

「……ああ、……7人に残ってもまだ、終わりじゃなかったのか」

 早くこの場から去らないと。蝉丸さんのお使いで来たけど、蝉丸さんにはもう少し我慢してもらおう。

「…………ただし、もう先生達の中で生きてるのは要さんだけだ。
 他の奴等も追放や離れて暮らす事を望んだが、あの頃みたいに殺処分なんてことにはならない。
 リーダー失格でも、何かで不適格だと判断されても、生きてまた試練に挑めるんだ」

 プライベートな話のようだから出来るだけ話を聞かないで去ろうとする。
 だけどそういう時に限って体が力んで、近くに落ちた小枝や小石で小さな音を立ててしまって、動けなくなる。

「……それでも、完全な自由じゃないんだな」

 これ、盗み聞きしてることになっちゃうのかな。
 あたし盗聴してる人みたいなのかな、悪い事してるよね、どうしよう、逃げなきゃ、でもそしたら気付かれちゃうかも。

「完全に自由だったらきっと、俺達はもっと壊れてただろうな」

 なんだかどんどん話が深い方向に行ってる気がする。
 聞いちゃいけない話になってる気がする。早めに飛び出すか逃げ出すかしてればこんなことにはなんなかったのに、あたしの馬鹿。馬鹿ナツ。どうしよう、ほんとにどうしよう。
 ああああ、耳を塞いでも聞こえる……。耳栓がほしい……!

「…………お前は、同じ俺なのに落ち着いてるな」

 もう仕方ない、一旦落ち着いて待とう。

「失敗して学ぶことも、追放された先で出会った仲間も居たからな」

 蝉丸さんも、嵐くんも、まつりちゃんも、どうしようもない失敗をしたらむしろ開き直ってその失敗に学んだ方がいいって言ってた。

「俺もそうなれるか?」

 聞いてたとしてもきっと安居くんはそう怒らない。…と思う。面倒見のいいひとだし、素直に事情を説明したらきっと赦してくれる。
 むしろここは大事な話してるっぽいところで腰を折ってしまう方が悪いと思う。
 後で聞いてないみたいに振舞えばいいんだ。
 でもって、触れちゃいけないところに触れないように、気を付ければいいんだ。
 頑張れナツ、やればできる、ナツ!

「……お前はきっと、俺ほど大きい失敗はせずに居られる筈だ。
 こっち側に来なくても大丈夫だ」

 あたしが一人決意した瞬間、その声が冴え渡るように届いた。
 後から来た安居くんが、初めに来た安居くんに、そう言ったみたいだった。

 「こっち」が何のことか分からない。
 ……あたし達が行けない所。そこでは何が見えるんだろう。


「……そうかよ」
「ああ。お前の今の立場が羨ましいよ。
 緊急時じゃなくてもみんなと話せて、協力できる」

「……そうだな。あのまま暴走してたら、要先輩どころか混合チームの奴らとは、より深い溝ができてただろうな……ところで、要先輩と話さないままでいいのか、お前は」
「……そっちの方がいい」
「何も訊かないままでいいのか」
「要さんに何を、どう訊くんだ。何を教えてもらいたいんだ」
「……どういう気持ちで、俺達の最終試験を見ていたのかとか」
「生き残る力を持つ者が少なくて残念だそうだ」
「っ……俺達の事を、どう思ってたのか、だとか!」
「ただの生徒で、観察対象だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「それでいいのか、お前は…!要先輩に、何も言わなくてもいいのか!」
「要さんは常に俺達に教える立場だ。誰が何と言おうと、あの人が正解を持ってる。
 だから俺が何を言っても、動いても、要さんは何も変わらない。
 お前が何か言いたいなら言えばいい、だが期待はするな」
「……っお前の方が、色々知ってるんじゃねえのかよ……」
「もういいんだ。俺は。お前より手を汚してるし、お前より要さんに見放されてるし、お前よりも要さんを信じられない。俺は薄暗い道をずっと歩き続けてる。
 お前はまだ光の中に居る。お前の方が適任だ。
 俺は」


「世界をもっと広く知りたい。茂が送りたかった世界を見て、茂が俺なら出来るって信じた事をやりたい。未来で出会う、方舟の子供達を起こしたい。」
「それだって……この世界でやればいいんじゃないのか。
 お前は元の世界が辛いんじゃないのか」
「やれないことはない。
 それに、この世界の仕事は、この世界のお前のものだ。俺のものじゃない」




「……おいこらナツ!俺様のパンツを安居から貰ってこいっつったろーが!」
「せっ、蝉丸さん!?すみません!」
「……ナツ?蝉丸?」
「なんて格好をしているんだ」
「仕方ねーだろうが!今これしか服がねえんだからよ!お前ら回収した服早くくれよ!」
「生乾きだ、もう少し待て」
「焚火にあたってくっからそれで平気だっつの!」




 家の中に居る。
 シェルターでも船でも、非日常の内はわくわくしたけど、慣れてくると家が懐かしくなってくる。

 本当に、生活するだけならキャンプ用品でいい。
 不安定な環境なら引越しも必要だし、荷物を少なく軽くするためには不用品のない状況に慣れた方がいい。だけど、あたし達はそれにまだ慣れられない。
 大事なものを捨てられない。

 生きる為だけに、人は生きられないと、花さんが言ってた。

 そうだ。趣味や快適さ、そして誰か大事な人とのコミュニケーションの道具があれば、色々なものを喪ったこの世界でも、まだ気力を保てる気がする。








『お前はいつまでそうやって嘘を吐き続けるつもりだ』

「うるさい」

『真実を捻じ曲げて嘘を押し通して、本当にあいつらが見るべきだったものから目を背けさせている』

「これが最善だ」

『お前の贖罪する場所はここじゃない。元の世界だろう』

「まだ時間はある」

『そうやって永遠に届くあてもない謝罪を繰り返して』

「茂には届いてる筈だ」

 安居くんが一人で喋っている。
 その意味は分からない。


『命は循環しなければいけない。
 分かってるだろ、俺達はこの世界の余所者だ』

『あいつらに任せて、俺達異物は帰るべきだ』

「俺の方がうまくやれる!」

『なら未来はどうする気だ。
 約束したことを放り出すのか』

「……あいつがいっそのこと未来に行けばいい……!
 俺は、もう少しここに居て、今度こそやり直すんだ。
 皆と一緒にあの場所に居て、村を、未来を作るんだ」

『さすがだな、欲張りの嘘吐きのどうしようもない失敗作』

「黙れ」

『そんなんじゃまた要先輩に殺される』

「黙れ……!」


 安居くんの姿が消えた。


「……!」

 一瞬後、崖の下でざぶんと大きな音。

 慌てて覗き込むと、波紋が大きく生まれていた。

「安居くん!?大丈夫ですか!!」

 叫んでも返事はない。
 そのあと、……凄く長い時間待ち続けた気がする、下に岩場があって、あたしは飛び込む勇気もなくて、でも下手に目を離すのも怖くて、ずっとそこで固まって水面に目を凝らしてた。
 ……波紋が落ち着いて来たころ、ぷかっと安居くんの頭が浮かんだ。

 白い頭が夜の波間でもはっきりと見えた。

「安居くん!!」

 あたしの小さな声に安居くんは、気付いてくれた。

「…………」 

 何事かこっちを向いて呟くと、安居くんは顔を拭って、また水中に飛び込んだ。

「ちょっ、待っ……あ……」

 安居くんは見事なクロールであたしの乗り出してる崖に着いた後、今度は凄い勢いで崖をクライミングし始めた。

「ひっ」

 こういうのどこかで見た。
 小学生の頃一度読んで夜眠れなくなった怖い話。
 夜中に海を見ると白い手が伸びていて、その近くに行ってしまうと凄い勢いで引きずり込まれるんだとか。

 思わず仰け反ったあたしを他所に、安居くんは無事崖の上に到着し、服を絞っていた。

「……驚かせて悪かったな」
「い、いえ……こちらこそ、すみません……」
「……いつから見てた?」
「……えっと、安居くんが、飛び込む所から…です」
「…………そうか。……少し頭を冷やしたくてな、そんなに寒くもないし飛び込んだ。
 それだけだ、心配の必要はない」
「……そうですか……」

 お互い、言葉を発する前の間が多い。
 けれど無難な答え以外にどう返せばいいのか分からない。

「……あ、あの、昨日出された宿題、終わったので…見てもらえませんか」
「裁縫のやつか。分かった。着替えたら行く」

 その後、安居くんは平常すぎるほど平常に、涼くんに揶揄われながら焚火で服を乾かし、あたしのやった繕い物の採点と手直しをして、新たな宿題を渡してきた。

 ……さっき見た『あれ』がどういうことか、考える余裕がなくて、よかった。




 雪が降っている。

「要さんは、正しいままだと思ってた」

「何にも葛藤を抱えないで、例えば俺の教育と始末みたいに、失敗してもそれを全部ひとり掌の上でどうにかしようとしてると思ってた」

「違ったんだな」

 海辺で、安居くんの白髪と赤いマフラーが揺れる。

「……元の世界で、要さんは行方不明なんだ。
 話そうにも話せない。……会ってもきっと、話せないけど。
 だから、この世界で会えてよかった。気まずいけどな」

 未来の安居くんは、百舌さんとひどく距離を取って話す。
 過去の安居くんが、何かを振り切るように近い距離で話すのと対照的だ。

「……あのっ!」
「なんだ」
「本当に、無理してないですか。……涼くんから、聞いたんです。殺し合いになったって」

 手元の籠に目を落としながら、ちらちらと様子を伺う。
 怒らせないかな。泣かせちゃうんじゃないかな。

「……あいつ……まあ、いいか。……安心しろ、ナツ。大丈夫だ。今俺達は、殺し合うことはあり得ない」

 予想に反して安居くんはひどく落ち着いていた。
 おじいさんのように凪いだ瞳は、少し寂しそうに見えた。

「……で、でも、前に殺し合いになったって気持ち抱えたまま、話すなんて……」

 あたしなら、一度傷付けられた人には近付きたくない。
 殺されると感じたなら猶更だ。
 ……それが育ての親だったなら、どんなにつらいだろう。

 だけど、

「……そうだな。はじめは、ずっと近付かないつもりだった。けど、話せてよかった。……でなければきっと、俺はあの人の目以外を忘れてしまっていた」
「目、ですか?」
「ああ。…錯覚かもしれないけど、どこに居ても感じるんだ。監視して、見守ってるあの人の目を。俺達はそれでいいと思ってた。あの人から卒業したから、もう何も要らないと思ってた。
 だけど、あの人に質問を聴く耳があることも、人に合った答えを返してる様子も、見てて嬉しいんだ。……勿論、俺達をあんな目に遭わせてと言う憤りも、平然と皆の輪に加わってる事への違和感もあるけど……混合チームからしたら俺も同じようなものだろうし。
 ……俺は元の世界に帰る。この記憶を持って、要さんも、俺も、人の輪の少し外側に居る世界で、生きるんだ」






「ずっとここに居るわけにいきませんか」

 出会う筈がなかったあたし達。

 未来の皆の村には居場所がなかったらしい安居くん。

 この偶然を、せめてこの世界でだけは、生かしたい。

「……まつりは、未来のお前に会いたがってる。涼だって、まつりだけじゃない、俺と違ってまだ夏Aの皆に認められてる。涼は、俺が未来で居ないと駄目だと言う。役割があると」
「……でも…でも……」
「引き留められるのは…正直、少し……嬉しいが、
 この時代には、この時代の俺が居るだろう」
「この時代の安居くんが嫌いなわけじゃないですけど、……あなたとは違います」
「……」

 安居くんは、ひどく優しい顔になって、あたしの頭を撫でた。

「……ありがとう、ナツ」
「……は、はい」

 どうしたものか分からずにあわあわしてるあたしを見て、安居くんは眉尻を下げて苦笑した。
 昔テレビで見た、大家族のお兄さんの笑顔が重なった。
 恋心とかじゃない。だけど何かを預けたいような、何かを預かりたいような、そんな気持ちになる。もうしばらく、色んな話を聴きたい。聴き終わったら、この人の目で見る世界を知りたい。

 じっと見詰めてると、安居くんはふっと笑みを消して口を開いた。

「…そういえば。
 俺は、前にも一回、お前にこうしてありがとうと言ったことがあるんだ」
「安居くん達が来た未来でですか」
「ああ。要さんが、犯罪を繰り返した俺のことを必要かと皆に問うんだ。そこでお前は、『安居くんはこの世界に必要な人です』と言った」
「……あたしが、そんなにはっきり……?」
「ああ。でも、そんなに珍しいことでもない。お前は決断まで慎重だが、決めたら辛抱強く物事に立ち向かえる強さを持ってる」
「そ、そんな」

 褒め過ぎです。

「本当だ。俺達の歩んだ道とこの過去の世界でお前達が歩んでる道はかなり違うが、お前のそういうところは一緒だ。もっと自信を持っていいんだお前は」
「は、はいっ!」

 強く言われて目を射抜かれる。背筋がびしっと伸びた。

「……だから俺は、その言葉の為にも、戻りたいんだ」
「結局……その話に落ち着いちゃうんですね」

 未来のあたしは、きっと、三人を心配してるのかもしれないと思うと。

「戻らないって心配してますよね、きっと」
「……そうかもな。
 多くの人には持て余されてるかもしれない。また諍いの種が生まれるかもしれない。
 だけど、やり残してることもあるんだ。
 涼にはマゾかよって言われたけどな」

 思わず笑ってしまった。それを見た安居くんがほっとしたように笑って、また話す。

「まだ起こさなくちゃいけない子供達があそこに居る。
 まだ会ったことのない外のやつらが居る。
 まだ見たことのない世界がある。
 ……それに、あの世界の茂が、俺に託したんだ。
 だから、俺は行く」
「……分かりました」
「すまない」
「いえ、こちらこそ、……すみません……っ」
「いや。……少し、嬉しかった」

 少し微笑んで頷くと、未来の安居くんはあたしに背を向けて歩き出した。
 あたしもついていく。
 その先には、『もうひとつのぞうとらいおん丸』の前で待ってる、未来のまつりちゃんと涼くん。そして、この時代にもともと居た安居くん達。

「じゃあねー!」
「またねー!」
「いってらっしゃーい!!」

 まつりちゃんとハグして、涼くんに別れを告げて、安居くんにももう一度別れを告げて。

「……ナツ!!」

 離れていく船の甲板で、安居くんが思い出したように大声で叫んだ。

「安居くん!?どうしました!!」

 顔が真っ赤になってると思う。
 喉が枯れるほど、酸欠になるほど叫ぶ。

「……もし……嫌じゃなかったら、俺の話を書いてくれないか…!!!」
「…!はい!!!」

 まだ聞こえてるかな。
 あたしの声ちっちゃいけど、届いてるかな。
 そうだ、蝉丸さんに無理やり歌わされた時の、発声方法。

「絶ー対ー!!書ーいーたーらー!!!読ーみーにー!……げほっ、来ーてーくーだーさーいーねー!!!!」

「……ああ……!!……」

 あゆさんが、メガホンっぽくした厚い木の葉をくれた。
 会釈して、ぜえぜえお礼を言って借りる。

「つーづーきーもー!!!!!書ーきーまーすー!!!!!!はーなーしーきーかーせーてーくーだーさーいーーーー!!!!!!!」

「……-分ーかーっーたーーーー!……」

「でーはーまーたっ……げほっ」

 咳き込む。もう限界か。背中を花さんが撫でてくれる、まつりちゃんが水をくれる。

「ありがと……」
「……まーたー……なーーーーー……」

 あたしより大きい安居くんの声も、殆ど海風にさらわれて、かすれたあたしの声よりも小さくなって消えてしまった。


 あたし達が見送る中で、船は次第に小さくなって、海面のきらめきに溶け込んで、消えた。





 あたし達の時代の安居くんは、ずっと静かに立っていた。
 安居くんが地面に立てている大旗も、微動だにしなかった。










戻って来なくていいと彼女は言う。
戻って来ない方があの人にとって幸せじゃないかとあたしは思う。


だけどあの人は戻ってきた。
返す為に。





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最終更新日  2018.12.26 17:23:00
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