早やお盆も過ぎ、オリンピックも金メダルが数個取れまだまだ増えるかもしれませんね。今日は昼から土砂降りの雨…雷も鳴り空も暗くなって雨が涼しさをもたらしてくれました。
私は「要約筆記を広めたい」と思っているので声がかかればどこにでも行きます。
二ヶ月ほど前も知人からちょっと声がかかり県民ホールで話しました。その時、視覚障害の方も話しておられましたが時間の都合で挨拶もしていませんでした。
その方、Mさんは視覚障害の立場で、私は聴覚障害の立場でそれぞれ話しました。
それから二ヶ月経った最近そのMさんが知人に連れられて店に来られました。
Mさんは私が活動を始めた4年程前から私のことを知っていたそうです。
「前からmichiさんのこと、知っていました。会いたいと思っていましたがなかなか機会が無く今日やっと出て来れました」と初対面の挨拶をされました。
そうなのです。目が全く見えないMさんは自分一人で初めての所には行けないのです。知人に「頼んでここまで連れて来てもらった」とのこと。
私の店は二階なので階段を上がるのも不自由したと思いますが「次回からは1人で大丈夫です」とニコニコ顔で話されました。
「階段がありますよ。あと一段で二階にあがります。入り口で又段があります」というふうに
同伴の方の言葉で周りの状況を把握して杖を持ち歩かれます。
お互いに障害があることで不自由さが沢山ありますがMさんは「聴覚障害者は外見でわからないので理解され難いでしょうね。私みたいに目が見えないとすぐわかるけれどね」と
聴覚障害の不自由さを察してくれます。
「michiさん、聞こえるようになってよかったですね」と人工内耳のことまで知っておられました。
「Mさんこそ、一人暮らしで大変でしょう?」と話を聞きましたら「いえいえ家族がいると却って大変なんですよ。テーブルのこの辺に物を置いたつもりなのに、家族がいると置き場所が変わっていたりして困ります」
目が見えるものにとっては何でもないことが目の不自由な方にとっては不便なのです。
「買い物もどうされてるんですか?」
「近所だったら1人で行きますよ。〇〇はどこに置いてありますか?と店員さんに尋ねるから困らない」そうです。
「レジもレジ機の音で場所がわかるので並びます」
「お札が解らないでしょう?」と私が聞いたら「お札には印がつけてあるのでわかります」とのこと。
へエー―ッ知らなかった。千円札など隅の方に少し膨らんでいる箇所があります。
「料理もされますか?」
「近頃はあまりしないけれど基本的にはしますよ。ガスも水道の水の出具合も音で判断するし調味料もそれぞれビンの形が違うので間違いませんよ」
ウワーッ凄い!!私より料理が上手かもしれない。
お互いにどんな事が不自由か、世間に理解してもらっているのか・・・で話が弾みました。
次からは連絡しやすいように携帯アドレス交換もしました。「それにしてもmichiさんは聴覚障害者と思えないほど発音がハッキリしていますね」と褒めてもらいました。確かに私は人工内耳手術後発音がハッキリなったようです。
「発音は全く普通の人と同じですね」とのこと。
「世の中にこんなに音が氾濫していると知りませんでした。最初の頃は何の音だろう?と周りの人に確認していましたよ。それにしても近頃の蝉の音って喧しいですね。あまりうるさいとスイッチを切れるので人工内耳も便利ですよ」と私が話しましたら
「その蝉の音がうるさくて周りの音が消されてしまうので困るんですよ。炊事のガスの音も消されるし誰かが近づく足音も聞き取り難いですものね。」と困っておられました。
足音だけで誰が来たのかわかるそうです。
又知り合いの体臭でも判断できるとのこと。
人間の身体ってすごいです。足りないものをちゃんと補うように出来ているのですね。私が読唇で話がわかるのにも驚かれていたけれど、今はその特技も落ちています。
帰りに電話でタクシーを呼ばれました。
階下まで見送りに行きましたが「次回からは1人で来れます。店の入り口ももう覚えました」・・・と話している時何台かタクシーが通ったけれど「私がいつも頼んでいるタクシーではない。エンジンの音で私が呼んだタクシーがわかります」には驚きました。
「アッ来たようです」と私が言うのと同時に「タクシー来ましたね」とMさんが言ったのには又驚いてしまった。
人間どんな障害があっても心の持ち方で不自由さを補えるのですね。お互いに「障害があっても悪いことばかりではないですね。痛みがわかって人の情け?が身に沁みる」との結論に至りました。
素敵な出会いに感謝します。こうして知り合いが少しずつ増えていって心が豊かになっていくようです。