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『ブラインドネス(フェルナンド・メイレレス)』です。ある日ある時突然に目が見えなくなる。ひとりの男にそれが始まる。医者に見せても何処にも異常がない。その内に、目が見えない人々が増える。見えないというが、暗闇になるのではなく、白いものが目の前を遮ったようになる。 1998年、「想像、哀れみ、アイロニーを盛り込んだ寓話によって我々がとらえにくい現実を描いた」としてノーベル文学賞を受賞した、ポルトガルの作家、ジョセ・サラマーゴの『白い闇』が原作。 原因は、最後まで解明されず。というより、原因に焦点はあてられず、目が見えなくなった人々がどう考えどう行動するかが、この物語の求めるところ。映画では、ただひとり、目が見えている女性(ジュリアン・ムーア)が、リーダーシップを取らざるを得なくなり、人々を導いていく。かつての映画『ポセイドン・アドベンチャー』の牧師(ジーン・ハックマン)を思わせる。政府は、目が見えなくなるのは感染症であると、患者たちを隔離する。その病棟は、まるで刑務所のごとくなり、食料を独占するものが出てくる。宝石と交換だ、ついには女と交換だ、ということに要求はエスカレートしていく。そこに気をとられている間に、隔離されていた病棟の見張りはいなくなる。ついに患者たちは外に出る。外は目の見えぬ人々の右往左往があるのみ。人は、五感があってこその人であるのか。もし、人類が生まれた時視力がなければ、世界はどう変っていたのか。そのような仮定の物語をも思わせるところがある。なぜ、神(?)は、人に視力を与えたのか。 「見る」とは?「見える」とは?「見る」「観る」「看る」「視る」と、「みる」にも漢字がこれだけある。英語でもsee,look,watch,view,stareなど和英辞典に見える。正しいとか間違いとかではなく、見ることを改めて考えてみることも悪くはない。 単なるパニック映画としても面白いが、そこにある人の存在とは、という寓話としても見ることが出来る。
2008.11.30
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『竹光始末(藤沢周平)』です。久しぶりの藤沢周平。6篇からなる短編集。「竹光始末」「恐妻の剣」「石を抱く」「冬の終りに」「乱心」「遠方より来る」である。「竹光始末」と「遠方より来る」は、以前にも読んだ。海坂藩ものである。竹光始末が、中では一番。 竹光始末藤沢周平新潮文庫昭和56年11月25日 発行平成10年6月25日 42刷
2008.11.28
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新潮12月号の付録に、小林秀雄のCDが付いていたので、買った。そして、都合3度聞いた。CDのタイトルは『小林秀雄の「響き」』、ベルグソンについて(1)~(3)、朝鮮人参について、勾玉について、ゴッホについての6編。それぞれは、講演会の一部に過ぎないが、それらのさわりの部分だと思われる。さわり、すなわちさびの部分のみでは、やはり面白くない。話は、様々な要素を混ぜ合わせながら、肝心なところへ聞くものを導くのだと思うからだ。今、新潮社から、小林秀雄のCD2枚組全7巻(14枚)が出ている。各巻4200円(第6巻は4620円)。やや高いが、触手が動く。やばいやばいと思う。以前にもカセットで聴いたことがあるが、小林秀雄の講演は面白いと、その時感じた。 暫くは、迷うであろう。
2008.11.21
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『どうで死ぬ身の一踊り(西村賢太)』です。 タイトルは、藤澤清造の「何のそのどうで死ぬ身の一踊り」から来ています。3篇からなる短編集。「墓前生活」「どうで死ぬ身の一踊り」「一夜」先に読んだ、『小銭をかぞえる』もほぼ同じ様なもの。作者の西村賢太は、藤澤清造の没後弟子といっており、3作全部が藤澤モノ。しかし、読む限り、作者には申し訳ないが藤澤は狂言回してきな役目で、女との生活が、この本の根幹をなす。 暴力と罵倒と、気弱な男の言い訳の連続。それを面白いと思うか否かで、この作家の評価は割れるであろう。 2冊読んでみて、今は腹いっぱいである。だが、1ヵ月後は、分からん。 どうで死ぬ身の一踊り 西村賢太 講談社 平成18年1月29日 第一刷発行 平成18年2月28日 第二刷発行
2008.11.20
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帽子特集、「mono モノ・マガジン No.595」です。なかなか買えないボルサリーノが主役。買えないのは、高価だから。最低でも5万円は見ておかなけらばならない。勿論、ファー・フェルトのソフト。
2008.11.17
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『レッドクリフ Part1(ジョン・ウー)』です。 三国志の赤壁の戦いを、映画化のパート1。そのクライマックスは、パート2へと持ち越される。それでも、十分に面白い。マスター・ピースとして残るものではないだろうが、これだけの戦いの映像は、目を瞠らせる。 『プライベート・ライアン』の、ノルマンディー上陸の戦闘シーンがエポックメイキングとして語られるが、こちらは、まさにゲーム感覚的な映像を交えながら、個々の英雄たちの戦闘を描き、まさに中国的様式の見本のごときものだと思う。 投げられた槍を素手で受け止めるところや、武器を持たないで戦うシーンなど、欧米の感覚では到底出来るものではない。中島敦の『名人伝』にもあるような、荒唐無稽さが、嬉しい。 諸葛孔明の金城武、周瑜のトニー・レオンはじめ、役者もそれぞれいい。余談だが、関羽に扮した、バー・サンジャプが新国劇の辰巳龍太郎に、似ていると思いながら見ていた。来年春のパート2は見ざるを得ないように終わる。
2008.11.16
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『ことば汁(小池昌代)』です。短編集「女房」「つの」「すずめ」「花火」「野うさぎ」「りぼん」の6篇。「女房」は、書き下ろし。他は、読売新聞社ウェブサイトyorimoに連載。「つの」「すずめ」「花火」「野うさぎ」「りぼん」作者、小池昌代は詩人でもある。「女房」に出てくるザリガニ、その表現が流石。ザリ、ザリ、ガニニ、ザリガニニというフレーズが所々にある。いかにもザリガニが動いているようだ。ザリ、ザリ、ガニニ、ザリガニニ、ザリ、ザリ、ガニニ、ザリガニニ、ザリ、ザリ、ガニニ、ザリガニニ、・・・。「つの」は、80歳の詩人と、詩人の詩が好きで、秘書になった女のものがたり。その二人には主人と秘書という関係しかない。やはり、それが秘書には物足りない。それが、ついに・・・、現実と幻想の狭間で起きる出来事。 「すずめ」も、老人と女の話。といっても「つの」も「すずめ」も女は50歳を超えている。小池は1959年生まれだから、今49歳。50歳超えたら、こうありたいとの思い?「花火」「野うさぎ」「りぼん」も同じ様なもの。 以前読んだ『裁縫師』『タタド』を超えるものではなかった。 ことば汁小池昌代挿画:小川惠美子中央公論新社2008年9月25日 初版発行
2008.11.15
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『小銭をかぞえる(西村賢太)』を読む。初めての作家。私の情報源の一つ、「中日新聞」夕刊のコラム、「大波小波」である。先日のコラムに西村賢太があった。現代の破滅型私小説作家、西村賢太が予想に反して、どんどん書いている。(中略)この秋刊行された『小銭をかぞえる』(文藝春秋)では、同居する女の機嫌を伺う小心ぶりにさらに磨きがかかっている。表題作で二人が意地を張って寿司とピザを別々に注文する終盤など、思わず爆笑してしまう。(攻略) (保護司)匿名のコラムなので、保護司が誰なのかは分からない。このコラムで私は色々な作家とめぐり合い、読書の幅を少し広げることが出来た。 2編が収められている。もう一編は『焼却炉行き赤ん坊』、子どもの代わりに、ぬいぐるみの犬をわが子のように可愛がる女。男は、藤澤清造の全集を出版しようとしており、それらの資料をこれもわが子のように大切にしている。女の大切にするものと男のそれとの違い。男はどちらかというと、集めるという行為によるもので、女は、一つのものに拘るというものだと、分けられるように思う。兎に角、男は集めたがる。 さて、この2編ともに、悪口雑言罵詈讒謗という程の二人の罵り合いがあり、それは筒井康隆を思い出させる。 他の作品にも食指が動いく。図書館で・・・、借りてこよう。 小銭をかぞえる西村賢太文藝春秋2008年9月25日 第1刷発行
2008.11.11
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無防備都市
2008.11.10
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承前女性の肉体的特徴と性愛に対する適応性の関係についての、(以下略)。通りですれ違っても、男性が振り返りもしない痩せたおたまじゃくしのような女性に惹かれた。服を脱ぐと身体まで消えてしまいそうな感じで、ことをはじめたとたんに骨が軋み音を立てて痛々しく思えるのだが、そういう女性に限って往々、俺は絶倫だと吹聴している男をよれよれにしかねないのだ。p254 こころあたりは?映画『カビリア』を、鑑賞する場面がある。フリレンチーノ・アリーサは映画の発明にはとくに感銘を受けなかったが、詩人のガブリエル・ダヌンツィオが対話の個所を書いたというので評判になった『カビリア』の華やかな初演の日に、レオーナ・カッシアーニに口説き落とされて、むりやり連れて行かれた。p368『カビリア』は1914年のイタリア映画。監督はジョバンニ・パストローネ。それ以上のことは分かりませんでした。
2008.11.09
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『コレラの愛の時代(G・ガルシア=マルケス/木村榮一訳)』ようやく読了。約3週間。490ページぎっしり詰まった活字(400字詰原稿用紙1,000枚)との格闘であった。読むきっかけは、映画。 映画になる前から、読みたいと思っていたが、兎に角、長いし活字ぎっしりで、ついつい尻込みをしていた。だが、映画が背中を押してくれた。 はじめてその口にキスをした。彼女もそれに応え返したので、彼は頬や鼻、まぶたといったところに軽くキスをしながら、シーツの下に手を滑り込ませ、日本人女性のそれを思わせる、円く盛り上がりの毛の薄い恥部を愛撫した。彼女はその手を払いのけようとせず、さらに先へ進むのではないかと思って、身構えた。p232ヒロインのフェルミーナ・ダーサの新婚初夜のシーン 《言葉というのは何かを売ろうとすれば、覚えなければいけないけど》と彼女はからかうように笑いながら言った。《何かを買う場合は、何を言っても通じるものなのよ》。彼女ほど短い時間で、しかも楽しそうにパリの日常生活になじんでいった女性も珍しくて(以下略)p238彼女とは、フェルミーナ・ダーサ。 その他は、又。『コレラの愛の時代』G・ガルシア=マルケス/木村榮一訳発行 2006年10月30日新潮社
2008.11.08
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トリュフォーとルイ・マルです。これが1枚2100円でした。中には絶版も。思わず衝動買い。馬鹿なことやってます。
2008.11.07
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映画、『おくりびと』の種本です。とりあえず、購入。Book offで。だが、今読んでいる『コレラの時代の愛』終わらないと、次に進めない。来週一杯はかかりそう。
2008.11.06
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ということです。結局のところ10万アクセス目の方は分からず仕舞い。これからは、今までどおり、普通に進めて生きます。反省・・・。
2008.11.05
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早ければ、今日のうちに10万人目のアクセスがあります。 それとは、別の話題。今日買った本。積読です。こういう風に書いておくと、記録として残るので・・・。作者の睦月影郎氏は官能小説作家。その人の時代小説です。勿論官能でしょう。先月この続編『有情』が、同じく講談社文庫で、出ました。それで、知ったのです。だから、最初のほうを読んでみようということです。でも、今読んでいる『コレラの愛の時代』を読み終えないと、なりません。まだ、少し先になりそうです。
2008.11.03
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