思想悩労。

Jan 8, 2005
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彼女と対面するまでの経緯は

はっきりと憶えていない。










今、思えば

無茶な事を言ったものだ。

集中治療室の中の患者に会わせろ、と。

それも、『他人』が、だ。










でも、その時は。

彼女に会わなければいけない気が、した。









看護師にしつこく食い下がったのか、

それとも、

ベッドの横に居た彼女の母親に頼み込んだのか、

定かでは、無い。





けれども、彼女と対面することは出来た。





ベッドの横に立つ。

静かに、静かに彼女は目を閉じている。

何ら変わった様には見えない。

ただ―

人工呼吸器をつけ、

点滴の管や医療機器から伸びた無数の線が

ひどく良くない状態である事を

物語っている。





そこで、改めて気付いた。





― 何を、言えばいいんだ。 ―





『会わなければいけない』

確かにそう思った。

けれど、実際に会って何を言うつもりだったのか。

『がんばれ』?

彼女はいま、必死に戦っている。

そんな彼女に向かって、

精一杯小さい体で頑張っている彼女に向けて、

『がんばれ』だって?

そんな事、言える筈が無い。

『早く良くなってね』?

それを誰より強く願っているのは彼女だ。

早く元気になりたい。

きっと、長い長い間そう思い続けて来たんだ。

これも、言うべき言葉では、無い。










何も言えず黙っていた。

ベッドの脇で立ち尽くしたまま。

どれくらい時間が経ったのか。

分からない。

長い気もするけれども、

実際は5分位のものだったのかも知れない。





― 彼女がゆっくりと目を、開いた。





ベッドの脇に立つ人物に気付いたかのように

視線を動かす。

けれども。

それが『誰』であるのか、

はっきりと認識できているかどうか

分からない。

焦点が合っていない視線で見つめている。










『ゴメン、ね。』









そんな彼女を見て、口から出た言葉は

これだった。

『ゴメン』。

何に対して『ゴメン』だったのか。

彼女が重たい病気だと気付かなかったこと?

退院の日に会えなかったこと?

何も出来ない自分に?

―或いは、それら全てに?





彼女は、小さく首を振った。

こちらを見つめたまま。





『君の日記を、楽しみにしてるんだ。』





込み上げてくるやりきれない気持ちを

振り払うかのように

わざと明るく言った。

笑顔を作ったつもりだったが

果たしてうまく笑えていたのか。





『君の日記を読んで、目を閉じると、君の生きている景色、日常が

 はっきりと、生き生きと見えるんだ。』



『そして、それはとっても素晴らしい景色。毎日が楽しくて、

 でも、時に悩んで。それがありありと浮かんでくる。』



『そんな日記なんだ。君の日記は。楽しみにしてるんだ。』





彼女の目から、

す、っと一筋の雫が流れ落ちる。

小さく、小さく頷く。





もう、笑顔はうまく作れていなかったと思う。

ベッドから彼女がゆっくりと、ゆっくりと

手を差し出した。

そっと、手を握る。





『君の日記を、君が生きる景色を、また、見たい。』





そう、告げると

かすかに、手を握り返してきた。



― 約束、する。きっとまた書く。 ―



そう言っているように思えた。










病室を後にすると

上の空でふらふらと病院を出て行った。

何時の間にか、雨。

その雨の中をゆっくりと歩き、帰途に着いた。










その日が、彼女に会った最後の日になる。








to be continued >>>
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Last updated  Jan 9, 2005 03:50:56 AM
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