おぢさんの覚え書き

おぢさんの覚え書き

2017.03.24
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カテゴリ: 歴史/考古学/毛人
行田市の埼玉県立さきたま史跡の博物館では現在、企画展「弥生の空間 実りと祈り」が開催されている。6/11日までの開催となっている。

埼玉県立さきたま史跡の博物館 (公式ホームページ)

弥生時代がメインであるが、縄文晩期から古墳前期までの流れが分かる展示になっている。


展示室に入るとまず最初に鴻巣市赤城遺跡(縄文晩期)の土器が展示されている。


深谷市上敷免遺跡出土の遠賀川式土器の破片。弥生時代前期の西日本に広範に分布する遠賀川式土器も関東にはほとんど届いていない。関東では水田稲作も前期には確認されていない。
この破片でよく遠賀川式土器と分かるなと感心。


熊谷市池上遺跡、行田市小敷田遺跡の石製農具。白い丸は照明の反射。
弥生中期になると石包丁や一般に土堀具とされる打製石斧など、農耕の動かぬ証拠が普通に見られるようになる。


そして、決定的証拠の炭化米。



キャプションにも書いてあったのだが、縄文が施してあり縄文土器の系譜を感じさせる。後期の吉ヶ谷式土器のようにも見える。


池上遺跡出土の壺(弥生中期)。
関東の弥生中期以前の土器はどちらかと言うと縄文土器との連続性の方が、次の時代の弥生後期の土器との連続性よりも強いと感じる。弥生中期が農耕を主な生業とする社会への過渡期で、この時期に文化全体も変容したのではないだろうか。再葬墓が無くなるのもこのころだ。それ以前はエピ(続)縄文ともいうべき時代だったのだろう。地域によって弥生時代の開始の時期が大幅にずれる [1] というのは今では一般的な認識といえる。


北島遺跡の土坑から出土した磨製石鏃(弥生中期)。残念ながら両方とも完形ではないが、 東日本の磨製石鏃の一般的な形 なら想像できる。ただ、左側の石鏃の浅く平基に近い抉りは一般的とは言えない。


中里前原遺跡出土の壺(弥生後期)。弥生町式ですかね。中里前原遺跡からはこのほか高坏、双角有孔土製品などが展示されていた。


さいたま市大木戸遺跡1号周溝墓出土の大型壺(古墳前期)。純粋に美術的に美しい。

展示会では紹介した遺物のほかに人面付き土器(上敷免遺跡)、土偶型容器(池上遺跡)、斧の柄(北島遺跡)、再葬墓の土器(飯塚北遺跡)、壺棺墓の土器(大西遺跡)、方形周溝墓の土器(小敷田遺跡)などが展示されていた。


[1] 国立歴史民俗博物館 編 『弥生時代はどう変わるか』 、石川日出志 『農耕社会の成立』


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Last updated  2017.03.25 19:59:05
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