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ピサの斜塔
僕らを乗せたバスはシエナを出て、フィレンツェに向かった。向かったとは言っても、じつはそのまま通り過ぎて、その先のピサを目指すのだ。
のっけから添乗員Kさん曰く、「日程表には1時間半と書いてありますが、これは嘘ですね。..1時間半では着きません。2時間半くらいかかります。」
うむむ、日程表どころか、旅行パンフレットも違っているわけか。(^^;)
ピサに着いた頃は、まだ日暮れには早いものの、すでに少し日が傾きつつあった。バスを降りて、いったんトイレ休憩。そこから歩いて踏み切りを越え、城門をくぐると、目の前にドドーンとピサの洗礼堂や大聖堂、その先に斜塔が見えた。そこまでの道はまるで浅草あたりのように土産物屋が軒を連ねている。

ここでピサのライセンスガイドと待ち合わせ。やってきたのは、日本語ペラペラの小粋な兄ちゃんだ。この兄ちゃんに付いて順番に歩き、各建物の説明を受けた。
ピサはその昔、海運都市だったそうだ。目の前は海! でも現在は海岸線が11km後退して面影はない。でも、海の近くだった証拠に地盤が緩い。
ピサの斜塔が傾いているのは有名だが、実は洗礼堂も少し傾いている。そんな説明が続き、とても解りやすい。
斜塔は下部の建設中にすでに傾き始めていたという。普通はそこで工事を中止するだろうに、上部を反対側に傾けるように築いていったために、今のようなバナナ型になってしまった。
それにしても、そこまで来たらいっそゴミ箱も傾いたデザインにしておけばいいのにと思う。アメリカ人ならそうしただろう。

そういえば、しばらく前にピサの斜塔の傾斜が大きくなり過ぎ、このままでは倒壊するので、傾斜を復元する工事をするという記事を読んだことがある。その頃はしばらく観覧中止だったと思う。でも、僕らが着いた頃にはそんな工事は終わっていたようで、どこからでも自由に見学できる状態だった。また大聖堂は基本的に内部観覧が有料だが、11月からは無料。今回の旅はいろいろとツイている。(^^)傾斜復元と言えば思い出すのが小田原城だ。(僕だけだろうけど。) あの城の天守閣は江戸時代に地震で傾いたが、当時何とか傾斜を直そうということで天守閣に縄をかけ、大勢の人夫を集めて引っ張って起こすという、うそみたいなことをやっている。予算節約だったらしいけど、成功しちゃったから凄い。(笑)
...話がそれた。まあピサの斜塔も似たようなもんだよね(←そうか?)ということで。..
無料観覧できる大聖堂にさっそく入ってみた。もはや感想はこればっかりだが....実にすばらしい。こういう場所は一階(フロア)が男性信者しか入れない。二階が女性と決まっているそうだ。しかし、その二階はかなり高いところにある。フロアから見上げれば、ほとんど雲の上(大げさ)だ。結果的には二階の方がずっと偉そうだと思うのは僕だけか?(苦笑)

ただ慌ただしいことに、間もなく閉館時間だ。大聖堂だけでなく、トイレまで閉館時間があり、そちらは何と大聖堂より早い! トイレに行きたかった人は大聖堂のわずかな観覧時間を泣く泣く削ってトイレに走ったはずだ。(^^;)トイレで思い出したが、イタリアの公衆トイレは(ドライブインも含めて)ほとんどがチップ制だ。場所によって値段が違い、さきほどのバス降車場のトイレは50セント、この大聖堂近くのトイレは30セント。でも、バス降車場のトイレの方が綺麗だったらしい。そんなことまで相場を比較しなくちゃいけないのだから、イタリアは面倒くさい。(苦笑) でも、イタリアで毎回トイレに入るために小銭を用意する生活を送っていたら、日本に来てニュー新橋ビルに入っても、トイレでちゃんとチップを入れるんだろうなあ。..(あそこは有料だが、誰も入れてないのだ)
大聖堂を出た後、斜塔の前でお決まりの記念写真を撮った。斜塔を支えてみたり、逆に押して倒したり、掌に乗せたり..。(笑)
もうその頃にはだいぶ暗くなり始めていた。あっという間に日が落ちていく。自由時間はここでもわずかだ。Tシャツをおみやげに買う妻をせかして、集合場所に急いだ。" シエナの悲劇
"(?)を繰り返すわけにはいかない。
幸い(?)今度は集合時間に間に合った。バスに戻った頃はすでに真っ暗だ。僕らが戻るのとすれ違いに、中国人らしいツアー一行がピサの斜塔に向かうべく歩いていった。今頃から観光するのか?! 外側だけ観光するつもりなのだろうけど、あちらは相当過密スケジュールを組んでいそうだ。
< つづきはこちら >
2013ドイツ・イギリス旅行記[13]帰国 2013/11/12 コメント(2)
2013ドイツ・イギリス旅行記[12]ウィン… 2013/11/12
2013ドイツ・イギリス旅行記[11]ウィン… 2013/11/11
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