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ただいま遺産分割協議絶賛開催中。
跡取りだからと子供のころから優遇され、いい気になって妹の私を奴隷のように扱い、祖母の相続の時も介護をしていない、生前贈与を多額に受け取っておきながら、法定相続分以上をかすめ取ったくせに、またこれだ。
双方の話し合いがまとまらなければ、親戚が間に入ってくれたりするものだが、うちにはそんな近い親戚はいない。一応、苦言は呈してくれたが、兄側は全く無視。
それで家庭裁判所に持ちこんで調停ということになったのだ。しかし、この調停、実は全然公平ではない。介護を放棄していた方が「お金を使い込んでいるんじゃないか」「オマエは別にもらっているんじゃないか?」とか、言い出すと、そのたびに介護をしていた側が証拠を示してその疑いを晴らしていかなくてはならないのだ。疲れ切った心身に鞭打ちながら、証拠になりそうなものを探す・・・母とのことを思い出しては泣き、兄のこれまでの理不尽さ、親不孝のほどを思っては泣き。心身への負担は計り知れない。これまで銀行から引きだしたすべての金額を「着服呼ばわり」し、すべて家計簿に入れた証拠のコピーまで渡しているのに、何をかいわんやだ。
私には、ある程度詳細な家計簿と、詳細で膨大な介護記録がある。だからまだ戦えるが、もし介護日誌や家計簿を付けていなければ、その証拠もない。丸腰では「そういうこと」にされてしまう。介護が大変であればあるほど、熱心に取り組めば取り組むほど、詳細に家計簿を書く時間などないのに・・・だ。
加えて、嘘を言い立てて、こちらをどんなに振り回してもペナルティーもない。こちらが弱っているうちにカタをつけようという魂胆も見え隠れ。実に腹立たしい。詳しいことは、今は書かないが、あまりの仕打ち。いつか決着がついたら、ネタとして使ってやるからな・・・。失礼しました。
また、介護をしたらそのかかった費用や労力を寄与分としてもらえるのだが。。。介護寄与分は「最低限かかる介護費用」とされていて驚くほど少額だ、しかも介護認定を受けていなれば、家で寝たきりの状態でも0、施設に入っていれば、毎日何時間も付き添って介護していても0、というのが基本的な考えかただ。要するに細やかに手をかけお金をかけるほど、介護したものは、時間も体力もお金もかかるのだがそれは考慮に入れられない。介護される本人がなかなか認定を受けたがらないケースが多いので、これまた現実とはかけはなれたルールだ。
調停はお金がかかるだけでなく、介護を放棄した側が得をして、介護する側がまるで犯罪者のように扱われる。しかも、介護しなかった側は、好きなことを言い散らかして、介護したものをいたぶり、近親者をなくした悲しみや介護の疲れをいやす間もなく、調停に振り回され、ますます消耗する理不尽極まりない。「最低の投資で最高の利益」求める親不孝者には有り難いシステムだ。
なので、生前元気なうちに、遺産のこと、介護のこと、家の存続のこと、大切なことは、家族でちゃんと話し合うなりして、遺言書を書いておくことは、とても大切だと思う。
母の場合、公正証書遺言を用意しようとしてくれていたのだが、あっという間に悪化していき、それどころでなくなってしまった。後で聞けば、詳しい正式なものでなくても、内容、名前、押印、書いた日付けさえあってすべてが自筆であれば、有効なのだそうだ。書いてもらえばよかったと後悔している。
人間いつどうなるかはわからない。自分を愛し大切にしてくれた人、自分が大切に思う人を死んだ後に、余計なことで苦しませたり、泣かせたりしないよう、身内で醜い争いにならないよう早めの準備が大切だ。
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