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年末年始になると時々、友人らと間で上る話題がある。
「我が家のお雑煮」についてである
お雑煮は地域だけでなく、家家でも全く異なり、
多種多様なバリエーションがある料理として知られている
ある意味、その家の代表的な料理といっても過言ではないだろう
しかも、普段ではない。。。晴れの日の大切な特別の献立
学生時代には、何度か自分の家のお雑煮の違いで盛り上がった
東日本は大体 切り餅で 西日本は丸
その餅を焼くか焼かないか
味噌か醤油か、味噌でも白か合わせか赤か
具材は何を合わせるか だしは何でとるか
みんなで話して その違いで盛り上がった
自分ちの「お雑煮」を語る時、人は、
なぜか 誇らしそうな本当に幸せそうな顔になる
家族の幸せな記憶につながるからだろうか
そして、とにかく みな自分の家のお雑煮こそが一番と主張した
まあ、そのくらい オラガお雑煮は、最高で、
他のお雑煮など比べものにならない・・・と思うようだ
レトルトやできあいを食べる人が多くなった昨今
お雑煮こそが、その家の伝統食の最たるものであろう
高齢になったある親族も、お節は料亭からの取り寄せだが
お雑煮だけは必ず、自分で作るという
離れて暮らす子供や孫も帰ってきて元日にみんなで一緒に
昔から食べてきた その家のいつものお雑煮を味わうという
「歳をとって作るのが大変になってきたけれど
お雑煮だけは、楽しみにしてくれているから・・・
頑張って 来年も作ろうと思う」と・・・おっしゃる声は ( 電話 )
幸せにあふれていた
微笑ましい
その思い出もまた 次世代に伝えられていく・・・
そんなお雑煮だが
新婚家庭でははじめてのお正月に
「どちらの家のお雑煮を元旦に食べるか」で
バトルが繰り広げられることがあるという
そしてその結果の内容が、夫婦間の力関係を如実に表している と 私は 思っている
祖父母などがいる大家族の旧家に嫁入りした場合や、
長男が跡をとる旧民法の時代の結婚の場合は
その家に代々伝わる お雑煮を上の代から習い作る
が普通だったと思う・・・
私など古い意識の家で育ったために
「嫁に行けば、行った先のお雑煮」が当たり前と思っていたが
家に嫁ぐという感覚がなくなり
核家族、個人主義が幅をきかす今は、様子が違うようだ
夫婦によって お雑煮の決まり事も様々になった
A 夫側の実家のお雑煮を作る
B 自身の実家のお雑煮を作る
C 両方のお雑煮を別々に作る
D 元旦は夫の実家のお雑煮、二日の朝は自分の実家のお雑煮
E お正月はホテルもしくは旅館に泊まるのでそこのお雑煮
と 夫婦・・・それぞれ
私の友人やお姉様方の話を総合すると
配偶者の実家に帰省するのでしかたなく A という人もいたが
ほとんどが、Dのようだ
Aを 選ぶ人には頭が下がる 古風な良妻派
世界一、と誇る自分が一番食べたいはずの自分の実家のお雑煮ではなく
相手に合わせる・・・美しい・・・愛だな・・・と思う
D
もいい感じ。相手の気持ちを優先しつつも、
自分の実家のお雑煮も食べる事を諦めない
しかし、元旦は家の行事だから 妻として夫を立てる美徳
なかなか民主的でしかも思いやりがあって
よい解決案だと思う
・・・が
気になるのは B の回答だ・・・
私の親しい人にはいないが、知人などにいる
その人たちはこう答えた
「なんで、旦那の家の雑煮なんか作らないかんの ? 」
「私がつくるんやから、文句や言わさん」「食べたいなら自分で作れ」
さらには、
「相手のお雑煮など絶対に作らない」とまでいう
これって・・・ ??
なぜ ? 不思議である・・・
自分が自分の実家のお雑煮を食べたいように
相手は、相手の実家のお雑煮が食べたいのではないのか ?
それを見逃している食べさせてあげたいとは思わないのか ?
相手が食べたいもの、喜ぶものを作ってあげられる
というのが、家庭料理の最大の魅力だし、愛情表現だと思うのに
もちろん体調を崩しているとかで作れないなら仕方 ないが、
殺されても死なないのではと感じるほど心身ともに頑丈だったりする
さらに言えば、ありもしない病気をかたって
家事や仕事から逃れる言い訳にする 油断ならない
「えっ ? でも旦那さんも自分の実家にちかいお雑煮を食べたいんじゃないの ? 」
と尋ねると こ答えたのだ
「子どものためになら料理を作る気にもなるけど、
旦那のためになんか作りたくない」
「口答えなんかさせない」
「旦那なんて、黙って家にお金だけ入れてくれたらいい。
退職してもずっと働いて、家にいないでいてほしい」
心臓の悪い旦那の尻を叩き、外で働き続けさせる・・・
「この人は回遊魚だから、働き続けないと死んでしまうから ( 笑 ) 」
などと言って・・・
その家のご主人様は、夫ではなく、間違いなく妻の方だ
ご愁傷様
では我が家、母の場合どうだったか・・・
私は結婚していないので、母の例を基に考える
我が香川の お雑煮は餡餅入り、白味噌仕立て
県外の人からは「信じられない」と驚かれる
今は、餡餅雑煮は珍しい郷土料理として
テレビで取りあげられたり、お取り寄せも出回るほど知られてきたが、
私が大学生だった当時は、まったく知られていなかった事もあり
「お雑煮に餡餅なんて、変」「そんな雑煮は食べたくない」
気持ち悪いとまで言われ大ショックを受けた
・・・それほどの変わり種
ご多分にもれず、我が家も その讃岐の餡餅雑煮
元旦の朝、家族そろって、
手作りの餡餅、自家製白味噌で作るお雑煮を食べる
それが幸せだった
そして一人になった今も、その味をできるだけ守ることで
父や母、祖母や先祖とのつながりを実感する
家の代表的な味で、幸せの記憶の味だ
が、曾祖母、祖母らと違い、県外で生まれ育った母にとって
この香川の餡餅雑煮は、衝撃だったのではないか ?
夫の家族と同居する形で家にはいったから、
餡餅雑煮以外の選択肢は無かったからなのか ?
辛くはなかったか ?
そう思って、大学を卒業し郷里に帰ったあとで母に尋ねてみた
すると母は、跡取りに嫁いだんだから当たり前だけど・・・と前置きしつつ
「そりゃ、お雑煮に餡餅を入れるなんてびっくりしたわ」
「でも食べてみたら、すごく美味しくて、
これからパパの好きなこのお雑煮が私のお雑煮になるんだな~って思って嬉しかった」と言うのだ・・・。いやん あま~い。
甘党だったこともあり、口に合い、すぐに馴染んだ事もあるだろうが、何より父のことが大好きだったから・・・父が喜ぶことや父の母親や祖母の味を受け継いで父にずっとその味を食べさせてあげたいと思った・・・という。父の生前、また祖母が同居していた間は、母はお雑煮は、白味噌餡餅雑煮ひとすじで通したが、母自身が育った実家のお雑煮より我が家のお雑煮がすき、と言う訳ではなかったようで、その後、私との二人暮らしになってからは、母の実家の醤油ベースの白餅雑煮を何度か食べた。それはそれは懐かしそうに美味しそうに食べていたから、実家のお雑煮が本当は一番好きだったのではないかとにらんでいる。
そういえば、大好物の牡蠣も父や祖母が嫌いだからと一度も我が家の食卓には上がらなかった。父最優先で、父の嫌いな物は好物でも我慢していたのだ・・・。
可愛い。。。。可愛すぎる。我が親ながら、素直というか、いじらしいというか・・・母の愛情深さ、律儀さには、脱帽する。それほど父が好きだったんだと思う。
愛だな・・・愛・・・母はいつでも、父や私たちを自分より優先して生きていた。
山本周五郎の小説の登場人物のような・・・良妻賢母ぶり
ただ、今なら夫婦の不平等とか時代遅れと言われるのかも。。。 だから、
元旦は夫の、二日は妻の・・・が、妥当なところだと思う。
一番多いのもうなずける
ただ これからはますます未婚者か増え
なんでも、レトルトや゛てきあいを利用する人がますます増え
お雑煮すら作らない 作れない人が増えるのかも・・・
夫婦という形式も・・・
お雑煮という我が家の伝統料理も。。。
存亡の危機なのかもしれないね
今回は、一般的な一番多いだろう男女の結婚について書いているが、これが同性同士でも、男性側が料理担当でも、同様の相関関係が見て取れる気がする。
ただ
お雑煮問題も夫婦間の力関係も、多様性の問題で・・・
当事者同士が納得し 幸せなら問題なし
他人が口出しする必要は無い
みんな違って みんないい。。。だよね ( 笑 )
そして、未婚で一人暮らしの私は、
これからも ずっ~と 我が家のお雑煮 食べ放題。
たまに、母の実家のお雑煮も解禁。。。
心に中で、両親やご先祖様と一緒に
代々の味を楽しむ贅沢 家庭内の伝統食三昧
なんと、贅沢なことか♪
追記
私が大学時代、餡餅雑煮をカミングアウトし、一斉攻撃をうけ
「ホントに美味しいんだってば」と懸命に言い続ける私の為に
優しい友人が ( その子も県外の子で本当は奇異に思ったていたのかもしれないが )
「白味噌とあんこなら、味噌餡みたいで、美味しいんじゃない ? 」と
フォローを入れてくれて、本当に嬉しかった・・・これは嬉しかった
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