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エックハルト・トールさんの動画「動揺から平和へ」をご紹介します。さまざまな著作や、動画が世に出ている、エックハルトさんですがこの約15分間の動画は、魔法のようです。ピンと来られた方は、ぜひご覧ください。愛と感謝を込めて・・・
2013.03.25
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庭のミモザが、枝いっぱいに黄色い花をはじけさせ、気持ちよさそうに風に揺れています。大好きな沈丁花が、甘い香りで私を包み込んでくれます。近頃は、庭にやってくる小鳥たちの種類も数も、びっくりするほど増え、毎日の出会いが楽しみになっています。都会の小さなお庭でも、空の色、土の匂い、虫やカエルたちの目覚め・・・濃厚な春の気配を、全身で感じることができるんですね。先日の新月の折、瞑想していると、ある一つの問いが浮かんできました。「あなたが、何もかもを失っていくとして、最後に一つだけ、何かを残せるとしたら、何を残したいですか?」これは、私が10年ほど前、訪問介護の勉強をしていた時、講師の先生から出された問いでした。年を取り、また病気や事故による障害、さまざまな外的要因で人は(あたりまえと思い)持っていた、身体機能や生活の質を突然、あるいは徐々に失っていくことがあります。自分の手足が思うように動かなくなり、寝たきりになったらどうだろう?他の生徒さん達も、私も、真剣に考えました。「お金」、「家族」、そう答える人が多くいました。お金があれば、家族がいれば、生活の心配なく過ごすことができるから・・・それが理由です。でも、お金も家族も、外的要因にすぎません。いつ、どうやって失うかわかりません。そうなった時、心配しか残りませんね。一体どうすればいいのでしょう?ではさらに、目も耳も口も役に立たなくなり、生きる楽しみがなくなったとしたら、どうだろう?私たちは、より深く内側に問うていきました。「家族の幸せ」、「信仰」、そう答える人たちもいました。自分の身はどうなっても、愛する子供や家族が幸せでいてくれるなら・・・神の教えを心の灯として生きていく・・・という理由です。しかし、それも外的要因と言えます。家族の幸せは、それぞれの家族のもの。それを心から願う気持ちは、十分すぎるほど理解できますがそれは移ろいやすく、確かなものではありません。家族の幸せを、唯一の心の支えとしていたならもし、家族が不幸を感じたら、自分まで不幸になってしまうでしょう。また、信仰は素晴らしい希望となるでしょうが、既存宗教の教える神は、自分の外側に存在するものです。ハートに手を当てて、さらに深く見つめます。その時、私の答える番がやってきました。私の口から出たのは・・・「内なる平和」でした。身体の機能も、生活の質も、持ち物や、仕事や、肩書や、お金も家族も、恋人も、友人も、信仰も・・・考えつく、あらゆる外的要因を失っていったとしてももし、私の内側に確かにある、この空間が穏やかで、愛に満ちた、平和なものであれば「私は幸せだ」と言える!・・・そう感じたのです。それは、誰にも、何にも、奪われず、損なわれることのない唯一の、確かなものではないでしょうか?それから10年後、再び提示された問いに、今の私が出した答えも変わることはなく「内なる平和」でした。ただ、理解というか、体感が増しているのを実感しました。内側の空間、そのより深い部分は、どこのだれであろうとも常に変わらず、静謐で愛にあふれた平和な場所です。何かを失わなくても、何かになろうとしなくても過去や未来に捕らわれず、今ここにしっかりとつながることができればいつでも「内なる平和」と一つになることができるのですね。導いてくれた全てに感謝を・・・
2013.03.17
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今日は、長女 風ちゃんの、中学校の 卒業式でした体育館の後方から、式を見つめていた私にさまざまな記憶、想いが、しゃぼん玉のように湧きあがってきます。風ちゃんが生れてから、今まで、15年間の出来事・・・中学校で、風ちゃんが出会った、たくさんの経験や思い出・・・彼女を支え、励まし、影に日向に見守ってくださった、多くの方々への感謝・・・自分の進みたい道をみつけ、それに向かって一歩を踏み出す、娘へのエール・・・それらを、一つずつ見つめ、そっと抱き締めて「ありがとう」とささやきふう~っと空に手放していきます。この中学校は、私の母校でもあり、体育館も当時のままです。その頃の学校は、いまより一層窮屈で、私はいやいや通学していました。卒業式には「これでやっと解放される~」という嬉しさしか、感じませんでした。しかし、風ちゃんたちの卒業式に参加しているうち、私自身の中学生当時の記憶まで、揺り動かされ、立ち上ってきました。それは完全に忘れていた、楽しかった思い出の数々でした嫌な思い出しかない、と思い込み、そのエネルギーはこれまで浄化してきましたがこんなに素敵な経験もしていたなんて・・・私は、改めて、中学校時代の自分に「ありがとう」と伝えました。そして当時の学校、先生、クラスメイト、親友、お世話になった全てに心からの感謝があふれ出しました。まるであたりが光に包まれたように、輝いて見えました「これで、私も本当に中学校を卒業できたみたい・・・」そんな想いも、ふう~っと空に手放していきました。たくさんの感謝と感動と涙があふれた、心温まる、素晴らしい卒業式でした。おめでとう、そしてありがとう、風ちゃん
2013.03.13
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2泊3日で、八ヶ岳を訪れました。目的は、八ヶ岳サドベリースクールの説明会。夫は、スタッフ研修も受講しました。既存の学校教育のシステムに違和感や息苦しさを感じながら過ごしてきた、子供時代。長女は、小学校の頃、不登校ぎみになったことが何度かあり長男は、不登園になって保育園をやめ、じき学齢に達します。シュタイナースクール、モンテッソーリスクール、ホームスクール・・・子供の教育の、新たな選択肢・可能性をもとめて色々なオルタナティブスクールを調べ、見学や体験に参加してきました。その一つとして出会った、サドベリースクール。1968年、ボストンに創設された、サドベリーバレースクールが基になっています。その特徴は〇授業、テスト、成績表なし。〇学年もクラス分けもない、年齢ミックス(4~18歳)〇ルールやスケジュール、スタッフ(先生とは呼ばない)人事に至るまで 自分たちで話し合い、(子供もスタッフも同等の1票を持つ)決めていく。そんな方法で、実際に運営が成り立つの?子供たちが、何も学ばないままで終わってしまうのでは?つい、疑問が頭をよぎりますが数十年の追跡調査で、卒業生が多種多様な方面で活躍しており自分に満足し喜びを感じながら、能力を発揮できる大人に成長しているというデータがあり、その実績に頭も納得。何も押し付けられず、ただ、興味がわいたことに熱中し自分ならではの時の流れを、納得いくまで満喫できれば子供は、好奇心の赴くまま、さまざまな知識や体験を自らのものとするのですね。自分の深い部分としっかりつながった彼らは自分も周囲も信頼し、新たなチャレンジや失敗をも恐れない自由に羽ばたける大人に成長していくのでしょう。サドベリースクールは日本にも数校設立されていますが、公的な学校と認可されていないため、現在はフリースクールとして扱われています。昨年、体験入学させていただいた、湘南サドベリースクールに引き続き今回は、八ヶ岳の雄大な自然に抱かれた、素晴らしい環境に新設された八ヶ岳サドベリースクールを、肌で感じてきました。豊かな、ゆったりとした時が流れていくサドベリー。子供たちが、心底リラックスし、それぞれの体験に集中しているのを感じます。それを妨げるものは何もありません。これからの地球をになう子供たちに、親御さんたちに是非知っていただきたい、教育の新たなあり方だと思います。3日間とも、素晴らしいお天気に恵まれ、八ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、富士山に囲まれた絶景の中、おいしい空気と湧水、温泉を堪能してきました。大滝湧水公園にある大滝神社、身曾岐神社にも、ご縁に感謝し御挨拶。お世話になった皆様、貴重な体験をさせていただき、ありがとうございます。パパ、空くん、海ちゃん、楽しい時を、ありがとう。また、みんなで来ようね~
2013.03.06
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3月に入り、日差しが一段と春めいてきましたね。先日は、いすみでご縁をいただいた、大切なお友達であり、憧れの女性でもあるオーラソーマのプラクティショナー 北澤蓉子さんが、遊びに来てくれました。二人で 優雅なランチタイムを過ごし、ゆ~っくり 会話とエネルギー交換を楽しみましたいつもながら シンクロが満載で、話していて ビジョンが共有できる私たち一緒にいるだけで、変容が加速するような感覚でした。すてきなひと時を、ありがとうございますさて私は、新聞もテレビも、ほとんど見ることがありません。必要な情報は、ネットや本から、また人から聞くなどして、伝えられます。そして、「今ここ」と深くつながっていれば、内側からも、もたらされます。人は真実に触れたとき、ビビビッと体内を電流が走ったりゾワゾワッと全身鳥肌が立ったり悲しくないのに涙があふれたりハートが太陽のような輝きを放ったりします。私は、そんな感覚を、とても大切にしています。とても悲惨な、痛ましい出来事、そんな情報に触れてしまうこともあります。すべてが大いなる源、光へと還っていくサイクルにある今。隠されていた闇の部分が、白日の下にさらされていきます。そんな時も、自分の内側に意識を向けます。どんな感情が動いているか、どんな思考が働いているか。起きてくる反応を見つめています。そして、どんな反応が起きようと、何も判断せず、まるごと受け入れます。否定せず、押しとどめず、執着せず、流していきます。するとそこにあったエネルギーは、昇華していきニュートラルな状態、心の平安へと再びつながることができますそんな時、私の感じた痛みは過ぎ去ったのに、涙があふれることがあります私を導管として、集合意識の痛みが昇華していくのを感じます。愛の光がすべてを癒し、包み込むのを感じます。私は、そんな瞬間を、とてもいとおしく思います。起きてくること、今あるもの、すべてに感謝を・・・
2013.03.02
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