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張国栄(レスリー・チャン)の9回目の命日
だった。
レスリーは『覇王別姫』という映画で有名な香港の俳優さん。ちなみに
この「覇王」というのはPeterが只今撮影中の項羽の事だ。
そのニュースを聞いて思い出すのはMさんという女の子の事だ。
中国語講座の同学(クラスメイト)だったMさん。私より8つ年下のOLさんだ。
もう一人のおじさん同学のSさんと3人で、よくランチに出掛けた。
年齢もバラバラの3人、唯一の共通項は中国旅行が好きな事。お互いの
旅行の写真を見せ合いっこして、時間も忘れておしゃべりの花を咲かせた。
Mさんはレスリーのファンだった。私と知り合った頃にはすでにレスリーは
この世の人ではなくなっていたのだが、4月1日の命日には香港で行われる
追悼式に参加するくらいの大ファンだった。
私は口には出さなかったが、内心「そこまで芸能人に入れ込めるなんて、
ちょっと私には理解できないな」と思っていた。
彼女は華流芸能通で「この前大阪までワンリーホンのコンサートを観に
行って来たんですよー」なんて話しかけてくるのだが、私にとっては、それ誰?
状態だ。
私は語学としての中国語に興味があるだけで、中国文化にも、華流芸能
にも全く興味がなかったのだ。
今ならば、「ああ、王力宏ね。彼の音楽センスはすごいわね。でも私は
周傑倫のほうが好きだわ」くらいは言えるのに。
彼女は私を華流好きにすべく、『流星花園(花より男子台湾版)』のDVDを
貸してくれたりした。私は一応お義理で最後まで観たが、結局F4の誰の
ファンにもならなかった。でもそのおかげで、大Sの事も知ることができた
ので、その後の追星活動には、幾らか役立った(笑)
そういう訳で、私はPeterのファンになった後も、彼女にだけは何となく
カミングアウトできなかったのだ。
そして、2009年にはだんなが帰国し、実家の父が入院したこともあって
三人会に参加することが出来ないまま、いつの間にか2年の年月が
流れていた。私のほうも落ち着いたし、また久しぶりに3人で集まりたい
なあと思っていた矢先、久しぶりにおじさん同学Sさんから電話があった。
それは去年の12月の事だった。
Sさんは思いつめた声で「Mさんのご両親から喪中葉書が届いたんだ
けど」と言った。
私はMさんとはメールが主で、年賀状のやり取りはしていなかった。
しかしSさんとMさんの間では年賀状のやり取りがあったので、こうして
彼女のご両親から葉書が届いたということだった。
その葉書で初めて、私たちは彼女が亡くなった事を知った。
その後色々調べるうちに、彼女が突然の事故でこの世を去ったという事
がわかった。
まだ30代なのに、突然未来を絶たれてしまった。
私と彼女の付き合いはそれほど濃密なものではなかったけれど、自分の
家に遊びに来てくれた事もある人が突然居なくなってしまうなんて、とても
受け入れがたい。
去年の年末からずっと、この事が心のどこかに常に引っかかっていて
気持ちが沈むことが多かった。
考え事をしていて注意力が散漫になったためか、庭で転んで左の足首
を捻挫した。転ぶ時に「プチッ」と不気味な音がしたので、もう駄目だ、
足首が取れたと思った。実際には取れてなかったけれど。
3か月以上経って、ようやく正座ができるようになった。
私は普段、あまり天国の存在を信じているわけではない。私の父もそこ
には居ないような気がする。何となく、「千の風になって」のように、風に
乗って、自由に旅をしているような気がする。
でも彼女だけは、空の上でレスリーに会えたと思いたい。
昨日はレスリーの命日だったので、やはり彼女の事を思い出さずには
いられなかった。
