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2009年07月16日
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自分がこれまでに経験したさまざまな依存から、
世の中に蔓延する様々な依存をも取り込んで、
残り少ない人生を効率的に生きるために
依存するとは果たしてどういうことなのかを探りゆく「 依存する私 」。

スーパースターの誕生というのは、
特にテレビメディアが激しく取り上げると、
その後のその選手人生を大きく左右する。
下関在住当時、ある競技にて誕生した小さなスーパースター。

4.テレビ依存(続き)

女子の競技人口の増加に対応するがごとく、
柔道競技でも国際大会が数多く増えていた。
その中の一つ、福岡国際女子柔道選手権大会は、
RKB毎日放送がバックアップしていて、
九州地方では、年末を彩る看板大会とまでなっていた。

1990年の48Kg以下級。
誰もが最強はカレン・ブリッグスの優勝を信じて疑わなかったこの階級で、
地元の中学3年生が初出場初優勝の快挙を成し遂げる。
その名も 田村亮子 (現:谷亮子=巨人谷佳知夫人)

若干15歳の地元選手の優勝に、
福岡地区の各テレビ局はこぞって彼女を取り上げる。
2年後のバルセロナ五輪にメダルの期待ができる選手として、
やがて全国中の注目を浴びることになる。

そして奇しくも当時週刊ビッグコミックスピリッツで
浦沢直樹が「YaWaRa!」を連載していたことが影響して、
田村の愛称はそれまで最強女子に与えられていたはずの「 女三四郎 」から、
YAWARAちゃん と呼ばれるようになる。
(いや、容姿は全然猪熊柔に似てないじゃないかという批判と共に)

これがスーパースターの誕生というものなのだろうか。

ちょっとテレビ依存に関する話からはずれかかっているので、
次回は少しだけ戻す。
自分が下関に来ることになった1989年は、
昭和の歴史を支えてきた数多くの有名人が亡くなられた年でもある。
その中で・・・。

(続く)
<依存する余談>
海外ではオリンピックで金メダルを獲得しようものなら、
メダリストはその名誉からその後の一生を国家から保障されるほどになる国もあるが、
日本の場合は、
長らく何も得ることがなく、せいぜい有名になるということぐらいで、
あとはそのスポーツの後進の指導にあたる職に就くことぐらいしか道がなかった。

しかし、一時の名誉でテレビ局に出演することで、
うまくいけば金銭的に将来が保障されると思った五輪出場選手の一部には、
そのまま芸能界入りしてタレントとなったり、
自分が経験してきたスポーツの解説者などになったりする人も少なくない。


五輪メダリストからだと金メダリストでは森末慎二(体操)などがその筆頭だろう。
(この人がいいともに出演するかどうかで迷って、体操協会をあっさり辞して
出演を決めたことでタレント入りへの第1歩を示したというエピソードは衝撃である。)

ま、スポーツ選手→タレントという道を歩む人だと、
明らかにプロ野球選手が一番その比率が多いと思うんだけどね。

かつてスポーツで栄華を極めた人がその後の生活のためにテレビ業界に 依存 するという形態は
日本独特のものなのだろうか?
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最終更新日  2009年07月16日 05時25分29秒
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