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ひでさん、凛陽さん、niratanさん。ありがとうございます。「母子家庭の☆」目指して、がんばっていくのだー!今回の異動の話があって、実は内心「彼がマイナスモードになったらいやだなあ」と心配していたのです。友人で、途中入社で取締役にまでなった女がいるのですが、どうも男運に恵まれない。彼女が「私が昇進すると、どうも男の人はおもしろくないみたい」だからうまくいかなくなるというような話を聞いていたもので。しかも、彼はいま、けっして職場でうまくいってるわけではないし。でもねでもね。すごく喜んでお祝いしてくれたんよ。うれしかったー。そいで、「僕も負けんようにがんばってみるよ」って今までにない言葉が…。二人の未来についても本気で考えようとしてくれるようになったし、最近いい感じです、ふふふ。今日は、先日17歳の誕生日を迎えた長男の誕生日祝いに、うちで焼肉をしました。ビールとワインを飲んで、私もちょっといい気分です。ナイショで子どもたちも缶チューハイをちょっと…。親子で乾杯の夕べでした。編集長の仕事について、今日、現・編集長と話をしました。うーん、大変そうです。今まで頭の隅っこで考えていた「原価管理」とか「長期的展望」とか。数字とも山ほど格闘していかなくちゃいけないし、いろんな意味で広い視野が求められる。しかし不思議なもので、「編集長になる」ってわかってから、同じものを見ても感じ方が違う。「立場が人を作る」ってこういうことなんだなー。まだ正式にその職に就いたわけじゃないんだけど、早くもいろんな意味で新たな一歩を踏み出した感じです。
2004年03月13日
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みなさーん、おはようございます。本日、まだ会社におります。今、朝の6時過ぎ。昨日の9時半に出社してから、ずーっといます。疲れました。眠いです。今まで2カ月に一回あった、この徹夜デーも、ある理由からこれが最後。まあ、違う理由での徹夜はまたあるかもしれませんが、とりあえずこの仕事は今日が最後なのです。小人数でやってきたプロジェクト(?)なもので、なんだか「最後」と思うと感慨あります。けっこう仲良かったからねー。あー、しかし眠い。ひさびさにやってきたのに、まともなことが書けそうにありません。今週はこれで、3回目の午前さま。いやあ、40歳の身には堪えますぜー。前回だったか、この日記に「会社の人事異動が大変だー」というような話を書いていたと思うのですが、「春の嵐だよなー」と思っていたら、なんと台風の目は、このわたくしでした。先週の木曜の夕方、部長に呼ばれて言い渡されたのは、0.01%も想像だにしていなかったポストへの異動。一般的には「おめでとう」といわれるような内容なのですが、そのあまりにも意外な人事に、心底驚いてしまいました。喜びなど何もなく、驚きと戸惑いばかり。けれど、その部長に「あとに続く女の子たちのためにも、お前がうちの会社の新しいモデルケースになれ」と言われれば、引きうけないわけには(というか、ほとんど口をさしはさむ余地はなかったんですが)いきませんでした。私が在籍しているタウン誌は、もうすぐ30年を迎える歴史を持っていますが、その歴史上初の女性編集長を務めることになったのです。重責です。きっと、しんどいことが山のように待っているんだと思います。今以上に忙しくなって、家のことなんてますますほったらかしになってしまう可能性も小さくはありません。でも、これも神さんから与えられた人生の宿題だと思って、ここはひとつがんばってみようと思います。異動を告げられた日、家に帰って子どもたちに話しました。すると2人とも手を打って喜び、「やったー、母さん!すごいなー! お祝いせんと!」って。「でもねー、今までより帰るの遅くなるよ。あんたたちにはもっと迷惑かけるようになるよ」と言ったのですが、「そんなんいいって。おめでとー」って。そのあと、台所にいるときに次男がそばにきたので「でもねー、母さんほんとは自信ないの」って言ったら、「いけんいけん! 胸張って!」って励まされました。応援してくれるこの子たちのためにも、ふんばってみようと思います。あ、そうそう。でもね、昨日、思わず涙…な出来事が。うちの会社、4月からフレックスになるかもしれないらしくて。今は9時半~6時半が定時(に帰れることはめったとありませんが)なんですが、これを8時~22時ぐらいの間のフレックス制にしようかという話が出ているらしいんです。家で次男にその話をしてたんですね。「瞬輔が部活に行くときに一緒に母さんも会社に行ったら、少しは早く帰れるようになるかもしれんよ」って。そうしたらね「それって、母さんが会社におる時間は短くならんけど、オレが母さんとおれる時間は長くなるってこと?」なんて言うのです!反抗期のはずの、中学2年生の男の子がですよ!この子が5歳のころから私は今の仕事をはじめて、本当に一緒にいられる時間の少ない生活を強いてきました。でも、一度も「寂しい」とか「早く帰って」なんて言ったことのない子でした。でも、本当は寂しかったんだね。わかってはいたけれど、昨日のそのひと言に、瞬輔の寂しさの深さを見た気がしました。今週もずっと遅くて(これは異動とはあまり関係ないんですが)、おとついは家で夕飯を作って3人で食べたものの、あまりにしんどくて昨日の夕飯の用意まではできなくて。それで「悪いけど、明日はパスタでも食べといて。いろいろソース買ってあるから」って言ってたんです。そしたら、夕方長男から電話かかってきて、「ソースいっぱいなんてねーぞ」とお怒りのご様子。「なかったら、自分で適当にしてよ」と言ったらブチっと電話を切ってしまいやがった!のですが、次男に「航輔(長男)が、パスタソースが少ないってブチ切れてるけど大丈夫?」ってメールしたら、「ラーメンあるから」って返事が。そいで、「悪いね-」って返したの。しばらくしたら「ごっそーさん!」って。いつもは、余計なこと一切メールしてこないのに。「瞬はやさしいねー」って返したら、「帰るの遅いの気にしとったら、母さんの子どもじゃおれんよ」って返信が…。職場で思わず泣けそうになりました。ありがたいことでございます。って、皆さん、「ほんなら楽天なんかしよらんと早くうちに帰ってあげれば?」とお思いでしょ?いやいや、この仕事。ひたすら「待ち」が長いんですよ。帰れるのは、たぶん8時か9時ぐらいだな…。家に帰ってお風呂に入って、少し仮眠してまた出社です。ふぅ~。山場です。がんばります。明けない夜はないのです!
2004年03月12日
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「忙しい」は心を亡くすと書く、ですって?はいはい、わかっております。が、ほんま忙しい!先週は、ほとんど12時前後の帰宅で、楽天に来る余裕もなかったよー。企画がいろいろあってあっちもこっちもかかわらなきゃいけないだけでも大変なのに。どこの職場もそうでしょうけど、人事異動の時期ですよねー。今回、私のいる部署はおおもめにもめております。っていうか、本社(親会社)は何を考えてんだ?っつー人事で。先日、産休に入ったベテラン女性社員がいるばっかりだというのに、うちの部署の一番の稼ぎ手で、一番のムードメーカーをさらって(まさにこの表現がぴったり)いきやがった!しかも、増員なしっていうんだから、ほんとに何を考えているのか…。が、それでも予算は増えるっていうんだから、これはもう、なんとか現場が納得するように考えてもらうしかない。というわけで、私と、30歳の主任とふたりで、「上にどういって話すか」というようなことを、仕事の合間や、土曜は休日出勤までして考えておりました。今日も、その話を課長あたりと話し合ったりしてて、目の前の仕事がなかなか片付かない…。しかし、私、ここの会社に入ったときは契約社員で、正社員になるまでに6年もかかったってこともあって、勤続年数はもうすぐ丸9年、10年目に入るっていうのに、まだ「主任」にすらしてもらってなくって。だけど、長くいるから社内の事情はわかるし、現場が混乱するのを黙ってみているわけにもいかないじゃないですか?30歳の主任も、「できる人がやりましょうよ」って言うから一緒にがんばってますが…。ふと虚しくなるとき、ありますね。こんなに一生懸命やってて、それが認められるときって、くるのかなって。確かに、現場ではいろいろと重宝がられています。若い子の多い、うちの職場で、年齢的にもちょっと特殊な立場だったりするし。なんてったって、10年選手なんてほとんどいない職場だから、経験値は社内でもけっこう高いほうだしね。だけど、こういう働きって、上には認められないんだよね、きっと。ま、いいけど。ここにこうして書いたら浄化されたし。今日は、事情で長男がいないので、次男がやたらと甘えてきます。「反抗期!」なんて思ってたけど、ほんままだまだかわいいもんです。先週は、ひさびさに1週間の間、一度もサボらずに学校行きました。やれやれです。
2004年03月01日
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米本和広さんの著書を読みました。これで2冊目。前に読んだのが「洗脳の楽園」、今回は「カルトの子」。ルポです。ルポ、好きなんですよね。真実には真実しか持ち得ないないパワーがある。「作り事」で人を感動させたり泣いたり笑ったりさせられる小説も、大好きなんですけどね。ルポとか、テレビでいえばドキュメンタリーには真実ゆえの重みがあります。で、今回読んだ本。要は、カルト集団に属した人たちの、その子どもたちについての報告です。もちろん、オウムのように他人の命を傷つけたり奪ったりすることは、誰にも許されないことですが、分別のある大人が、自分の意思で(洗脳されているとはいえ)あるカルト集団に帰属してしまうのは仕方がないかもしれない。けれど、その人に子どもがいた場合、彼らは自分の意思に関係なく、そのカルト集団に取り込まれてしまうわけで。むごいことやなあと思います。「洗脳の楽園」でヤマギシに実際に潜入し、「特講」を受けた著者が、今回は「子どもたち」に焦点をあてて書いています。あまり報道はされないけれど、弱い立場にいる子どもたちのこと、考えていかなくちゃいけませんね。そして次に読んでいるのは、「こんな夜更けにバナナかよ」。アマゾンでもかなりいい評価をたくさん読んだので、かなり期待しています。いま30ページほど読んだところですが、なかなかの手ごたえ。また読後感を報告しますね。ところで、こういう「!」と思う本にめぐりって思うのが、「私もいつか自分の本を」ということ。いまの仕事は、それはそれで楽しいけれど、それってやっぱり自分自身の言葉じゃないし。いかにその店を魅力的に見せて読者の足を向けさせるかっていうところに、それはそれでやりがいを感じてはいるのですが。いつの日か、自分の名前が背表紙に入った本を…。私の夢です。
2004年02月23日
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木曜あたりから、どうにも長男にいらついてしまって。原因はわかってるの、しかもどうにもしょーもないこと。わたしの弟が誘ってくれてるスキーに、長男が行きたくないって言うこと。いやいや、読んでいただいてる皆さんがおっしゃりたいことはよくよくわかります。「いきたくなけりゃ、いかなきゃいいやん」。はい、そのとおりです。が、私はいらつくの。2月の中旬から、長男が通っている定時制高校はすでに春休み。なのになのに、この小春日和の毎日、長男はずっと家でごろごろ。スキーは、数少ない長男の趣味なんよね。だから、弟からの誘いを喜んで受けると思ったんだけど。「俺、スキーなんか好きじゃねーし、親族なんかと行ったっておもしろくねーし」というのが理由。なんか、言いにくいけど、事実を知ってる人間にとってはこれって理由になってないんよ。もう、土曜の金曜の夜から土曜にかけてあたり、どうにも腹がたって腹がたって。結局、土曜の昼には「いきゃあええんやろ、いくよ」つって、弟んとこに行ったんですが。私の気持ちがどうにもおさまらん。で、カウンセラーをしてる友人に話を聞いてもらいに行きました。ちょうどその日は、彼女がある女性団体の電話相談員当番の日で、その事務所に会いに行きましたら、彼女よりずっとベテランのカウンセラーの方がいて。まあ、前から知ってる方なのでその人にも聞いてもらってたんですね。で、長男に腹がたつーって話をしているうちに、私のしんどさは、長男ではなく、彼氏との関係によるってことが明らかになってきて。思春期の子どものことがなかなか理解できない彼に、私は子育ての悩みをいえなくなってて。言えば自分が余計に傷つくのがわかってるから。だけど、ほんとは一番聞いてほしい相手は彼なんだよねー。だけどいえない…。ってことが明らかになった時点でタイムオーバー。で、昨日の夜。息子たちがスキーでいなくて、彼がお泊りに来てたんよ。彼には今回のこと、すこーしだけ言ってたん。もちろん、昼間にカウンセラーの友人と会ったことなんかは言ってないよ。だけど、「なんかしんどいことあったんやろ? なんもいわんから、何があったんか言うてごらん。楽になるんとちゃうか?」って。うれしかったっす。何度も「なんもいわんから」って言うてくれた。少しずつだけど、いい関係が築けてたらいいな。無理せず、でも相手のことも自分のことも大切にして。理想だね、こりゃ。
2004年02月22日
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この日記を書き始めたときに書いた、次男の遅刻ですが。どうにもいいようにならん。昨日もサボリでした。で、考えた。今まで色んなやり方してきてもだめだったからね。コレも失敗かもしれないし、もしかしたら親としては失格なやり方かもしれんが。昼間に考えたことを、夜家に帰って次男に提案しました。「いま、月に1800円のお小遣いを3000円にあげてあげよう」「え? なんで? ほんと?」「ほんとよ。ただし! 条件がある。1回遅刻したら100円マイナス、1回サボったら200円マイナス。だからあんたががんばってちゃんと起きられたら3000円もらえるけど、遅刻ばっかりしてたら今よりも少なくなる。どうする?」何回遅刻したらどうなるとか、いろいろ紙に書いてシュミレーションしました、一緒に。結果、「やる!」で、本人からの申し出で、「今月は、明日からで2500円から出発」ということに。ここのとこ、週に2,3回は遅刻、最低でも1回はサボっていたわけで、最低でもそれよりはがんばらないと、3月の小遣いは今までより少なくなる。お金のために動くっていうのは、教育上よくないのかもしれませんが、最近何かと友達とのつきあいが増えていくらでもお金がほしい次男ですから、かなり「がんばる理由」にはなるんじゃないかなと。で、とりあえず今朝は6時50分に起きて、ちゃんと朝ごはんも食べて朝練にも行きました。明日も続くといいな。
2004年02月17日
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ふふふー。違いましたー。なんか、二人で飲んでるとほんと楽しいのね。で、勢いもあったんじゃないの?ただ、「そんな気はない」というわけではなく。まあ、まだ彼も迷いがあるというか。理由はよくわかるんです。何度か書いたけど、うちの長男、ほんとに難しいタイプで。親である私ですら、ほんと、どう接したらいいのかわからない。自分の子どもという存在を持ったことのない彼にすれば、ますますわからない。しかも彼はいま、お母さんと二人暮らしで。体調がよくない母親を、まさかひとりにするわけにもいかない。とあると現実問題として、まっすぐ育っているとはいえ反抗期の中学生と、難しい高校生、そして身体があまり丈夫ではないお年寄りを抱えて暮らすのは、たしかに大変なことだと思うの。ただ、私と彼は一度別れて、またよりを戻したんですけど、そのときに「結婚の話はいったん白紙に」ってことで、再びつきあいを始めたんね。そのときに比べると、彼も変わってきたのかなと。実はきのう、マンションのショールームに行ったのです!彼がいまお母さんと住んでいるのは、築100年という長屋。彼の家は、彼んちの持ち家(土地も含めて)なんだけど、なにせ長屋なので、自分のとこだけを、たとえばつぶして建て替えるなんてことができないわけ。おまけに、その長屋は、彼のとこみたいに「土地も家も自分とこのもの」という人ばかりじゃなく、「土地は地主のもので、家だけが自分のとこのもの」という人や、「全部借り物」という人もいて、おまけに今なら絶対に消防法にひっかかるような路地に面して建っている。これが老朽化が激しくて。いつ2階が落ちてくるかというような状況なんですね。だけど、所有が入り組んでいるので、どうにもいろんなことが難しい。で、彼は考えたわけですよ。私との未来(いやあ、40歳超えても未来はあるのだー)も考慮に入れて。年齢的に考えても、これが「人生を前向きにとらえるための買い物をする、最後のチャンスではないか」と。今彼が住んでいる家のすぐ近くに、全戸1000万円台というマンションができると。で、そのショールームに行ったわけです。結果としては、今日先輩とかにも相談して、そのマンションを買うという選択はしないことに決めたそうですが、「家を持つ」という夢は諦めないと。私たち親子を迎えるための場所としても、それを自分が用意することが必要だと。それができれば、自分としては、もう少し自信を持って子どもたちと対することもできるんじゃないかと。どうも、今彼の気持ちはそんなところにあるみたいです。一生懸命、みんながうまくいくための方法を考えていてくれることに、感謝の気持ちでいっぱいです。
2004年02月16日
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おお、びっくりしたよ。昨日の日記、今までの最高のアクセス数。うーん、タイトルのつけ方なんかな?っていうかさ、ほんとにいろんなことがあるっす。「人生いろいろ~」って、演歌の世界だけじゃないよね。あー、なんか何いってんだかわからんようになった。明日はバレンタインですね。今日、お昼休みを使って、息子たちへのチョコを買ってきました。生意気だとか、言うこときかんとかいろいろあるけど、やっぱり私の愛は子どもたちに向いています。ははは。
2004年02月13日
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なんか、私が書いている日記の内容が内容だからだとは思うけど、バツイチ仲間(再婚してる方も含めて)が増えた感じしてます。で、実はこうなると気になるのが「離婚理由」なんですよね。林寛子が「贅沢な離婚」(だったかな?)という本を出しましたが、私のもある意味「贅沢な離婚」なのかもしれません。だからね、「夫の暴力」とか「よそに女の人が…」というタイプの離婚ですごく傷ついている人には、もしかしたら共感してもらえないのかもしれない。それって自分としてはすごく寂しいことなんだけど。1995年1月17日。私は、神戸に住んでいました。はい、あの阪神淡路大震災に遭ったのです。しかも住んでいたのは、もっとも死者の多かった東灘区。住んでいたマンションはさいわいにして無事でしたが、近辺には火事も多発しており、知り合いの家族で亡くなった人もいました。当時の私は4人家族。結婚9年目でした。長男小2、次男保育園児。当時の夫と知り合ったとき、私はまだ18歳の短大生でした。バイト先のマネージャーだった彼は25歳。おこちゃまだった私の目には、すごく「大人」に映っていました。彼に「つきあってほしい」といわれて、女子高育ちでなんの免疫もなかった私は、文字通り「恋に恋する」状態でつきあいはじめます。が、わかってきますよね。「あれ? 全然大人じゃないやん、この人」とか、「なんなんだ、この度量の狭さは?」とか。でも、そのときにはもう婚約していました。「結婚の話をとりやめたい」とも言ったけど、「そんなこと言われたら生きていけない」という彼の言葉に押し切られた20歳の私でした。あとからおもえば、このときにちゃんとお別れしていれば…なんですけどね。まあ、私のなかに「惚れられて結婚するのがしあわせ」っていう刷り込みがなかったともいえない。高校時代から対立を繰り返してきていた父と、合法的に離れられるチャンスと思っていたのも確かです。だから、そこで彼を責めるつもりはまったくないの。だけど、結婚生活が始まって愕然としました。コミュニケーションが成立しない!けれど、22歳で結婚した私を、友人たちは「幸せだねー」「やさしいダンナさんでよかったねー」と祝福してくれる。親の手前もあって、「しんどいんだー」っていう気持ちを表現することもできないまま長男を出産。たしかに元夫は、私をある意味ではすごく大事にしてくれました。愛していてもくれたと思います。浮気なんてとんでもないし、暴力を振るわれたことも一回もありません。けれど、私は毎日がつらかった。だって、「好き」だと思えないんです。いえ、私だっていつまでも「恋愛感情」が持続すると思っていたわけではありません。もっと根本的な、人間的な部分で「好き」だと思えないんです。これには参りました。でも、夫として父親として、彼はけっして落第ではなかった。だから、好きになるように努力したつもりです。私が彼を好きになりさえすれば、すべてはうまくまわると思ったから。だけど、人間の気持ちって、そんなに簡単なものじゃないんですね。次男が生まれてからも、私の気持ちはずっと宙に浮いたままでした。そしてあの大地震。「死んでたのは自分かもしれない」と思いました。本当にそう感じました。だけど自分は生き残った。ならば、残りの人生を、自分に正直に生きようと。自分にうそをついて生きるのはやめようと。べつに、ほかに好きな人がいたわけじゃありません。震災の約2年前に再就職をはたしてはいてけれど、夫の経済力なくして暮らしていく自信があったわけじゃありません。でも、自分を大事にするためには、9年間努力しても「好き」だと思えなかった夫と、これ以上一緒に暮らすことは考えられなかったんです。「何もいりません、とにかく別れてください」とお願いしました。ただ、子どもたちは手元に引き取りたかった。その後の生活がどんなにしんどいものになろうとも、やっぱり子どもたちを手放したくはなかったのです。彼も子どもを引き取りたいといいましたが、結局は折れてくれました。しかも、養育費を渡すと。ありがたく受け取りましたが、そのかわり、今も元夫とは子どもたちの親という点ではつながりを持っています。皮肉なことですが、彼も離婚という事態を通じて、いろいろと考えるところがあったようです。もう別れた、しかもけっして悪い人ではない元夫のことをけなすようなことは言いたくありません。が、一緒に暮らしていたころは、本当にいろんなことがありました。そんな私が感じ、そして彼にぶつけていたあれこれも、離婚という事態を経て、はじめて彼は深いところで考えてくれたようです。皮肉な話です。これが本当の、真実の話です。読んだ人もいるかもしれません。かつて「震災離婚」ということで雑誌や新聞に取り上げられたのは、ほかならない私のことです。
2004年02月12日
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恐がってるのかもしれない。なかなか思い通りに話せない。また閉じこもってしまったらどうしようと思ってしまう。もう、4年間の不登校時代の長男ではないのだと信じたいのだけれど、やっぱり弱さが目についてしまう。自分の発言がもとで、「引きこもり」になったらどうしようと思ってしまう私の弱さが、親としては許されないものなんだよね、きっと。しかし、自分を擁護するわけではないのだけれど、どうして一生懸命しても報われないのかと思ってしまう。だってさー、口を開けばひとの悪口・陰口しか言わないような、品性のかけらもないような(少なくとも私にはそうしか見えない)母親の息子が、あたりまえに優等生っぽく育ってさ、まっとうに人としてまっすぐに生きていこうと努力しているつもりの自分がこんなにしんどい思いをしてる…。そんなふうに思ってしまう時点で、私もだめなのかな。
2004年02月11日
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今日、営業関係の取材で、とある私立高校に行った。いやあ、驚いたね。その学校、校内に携帯ショップがあるんすよ。50円で携帯が充電できる機械もその横に。先生と生徒、生徒会活動の連絡網も、携帯が中心なんだとか。いやあ、時代ですなあ。まあ、いろいろと感じたことはあるんだけど、なかでも印象的だったこと。その学校も、少し前までは携帯の所持を禁止していたとか、多くの私立高校のように。が、授業中にもメールするような生徒があとを絶たない。教師によって「見つけたら没収」「その場でつぶす」「取り上げる」「見てみないふり」と対応がバラバラで、甘い教師の授業時間にだけ、携帯を平気で持ち出す生徒も多かったとか。それを、・授業中は携帯を使わない・校内を歩きながら携帯を使わない・通学時の電車内などの使い方は社会のマナーを守るという3つのルールを定め、生徒会の要望を聞き入れる形で携帯の所持を許可したのだとか。結果、授業中に携帯を使う生徒は、皆無に近くなったらしい。携帯の是非はともかくとして、むやみに「禁止」をすることの無意味さを改めて感じましたね。さてさて、本日の我が家のおぼっちゃまたち。次男はもうすっかりご機嫌。が、長男は難しいです。さっき、次男が寝てから「ちょっと話したいんだけどさ」って切り出したんだけど、少し話が(昨日から始まった長い春休みをどう過ごすか、考えないとね)といったような内容に入ると、途端に暗い顔をしてだまりこむ。うーん、もう私、どうしたらいいのかわからんー。現実から逃避しようとする10代に対処する方法、教えてくださいよー。明日はお休みです。ひさしぶりに、彼とお昼間デートです。っていうか、デートらしいデートになるように、明日は私が提案するんだー。電器屋とスーパーとホームセンターに行くだけなんてのからは、ひさびさに脱却したい。お天気よさそうだし、たまにはドライブしてカフェでお茶、なんてのもいいやんねえ。そうそう、今日思いついたことがある。会社の女の子としゃべってて、「ああああ、もうほんとに男って子どもも大人も甘えん坊よなー」と感じることしきり。で、ふと。ああ、そうか、だって「坊」だもんな。「甘え嬢」なんて聞いたことないもんな。「甘えん坊」は男の専売特許なのか、そうかそうか。だからなんだなー。
2004年02月10日
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よくわからんなりに、なんだか、「二人とも受け止めてやらんといかんのなー」と思っております。どちらの言うことも「ええ加減にせえよ!」と言いたいほどに相手のことを、よくぞここまであしざまに言えたもんだという内容ですが。二人とも、要は私に甘えているのでしょう。まだまだ「俺のほう見て!」といいたいのでしょう。その裏返しで、相手を悪くいうっていうのもあるんちゃうかな。我が子が、もう片方の我が子を悪く言うのを聞くのは、本当に心が痛みますが。そんな自分の気持ちは抑えてでも、聞いてやらんといかんのやろね。ただ、「あんたらがそんなだと、母さんはほんとに悲しいんだよ」という意思表示だけはしとかんとね。長男は傷の深い子なので、余計に受け止めてやるこちらの懐も、深くすることが必要になります。が、私の息子だもんね。しんどくてもがんばるしかないんよね。そうそう、このごたごたを修正するためにも、長男の昼夜逆転のくせをなんとかしなければなりません。次男から見たら「なまけている」としか見えないらしくて。もちろん、長男本人のためにもここらでなんとかしないとな。行きつ戻りつですが、不登校時代から引きずってますから、結構長い間、やってますしね。今の問題の大きな原因のひとつは、長男が自信をもてないからっていうのがあると思うんだけど。ちゃんと睡眠を自分でコントロールできるようになるってことは、ひとつの自信につながるんじゃないかなと。克服した人が読んでたら、教えてください。お願いします。
2004年02月09日
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長男が出ていった。昨日「あいつ(長男のこと)がおるかぎり、うちには帰らんから!」というメールを送ってきていた次男は、部活にもちゃんと行ってストレス発散してきたからか、ちゃんと戻ってきた。その10分ほど前のこと。私が台所で夕飯の用意をしていると、長男がやってきて、いつものようにあれこれと手伝ってくれた。いや、我が子ながらようやってくれるなあと感心します。が、やりながら弟の悪口を言い続ける。それも、なんとも聞くにたえない言い方で。で、言ってしまったんです。「ねえ、航輔(長男)はほんとによくやってると思うよ。偉いよ。だったら、それでいいやん。瞬輔(次男)がいろんなことちゃんとせんから腹が立つんだろうけど、自分がちゃんとしてるんだから、人のことはどうだっていいやん」って。……失敗でした。しばらく言い合いをしたのち、ぷいっと出ていった。でもね、今までにもあったんです。「頭を冷やす」みたいな感じでしばらく出ていって、機嫌を直して帰ってくるってこと。で、そんなに心配してなかったんですが。かえってこない。もう出ていってから、4時間経ちます。そんなに友達が多いわけじゃないし、行き先のない子だから心配。携帯にはメールしても電話しても反応ないし。家のまわりは探してみたけど、もちろん形跡なし。自転車で出てるので、けっこう遠くまでいけるかもしれない。帰ってきたときのこと考えたら、あんまり家を空けるのもどうかと思って。やきもきして待っています。ひとり親って、こういうときにやっぱり心細い。ふたりいたらいたで、父親が母親を責めたりして大変なこともあるんだろうと思うけど。なんかあんまり物が考えられない。いまはとにかく早く帰ってきてくれることを祈るのみです。と書いた数分後、11時ぐらいに帰ってきました。何か考えこんでいるふうで、ほとんど口をききません。今夜はそっとしておくに限るかな。
2004年02月08日
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という、タイトルどおりの組み合わせなんですよ、うちの長男と次男。どっちも「すぎ」がつくぐらい。長男は、何度か日記にも書いたけど、4年間の不登校を経て定時制高校の2年生。いろんなことに繊細すぎて、自分で自分をしんどくさせてしまうようなこともあります。その反面、私にも基本的にはすごくやさしくて、高校生男子としては異例なぐらい、家事もよくしてくれます。かたや次男は友達も多いし、学校は楽しくて仕方ない(寝坊でさぼることはありますが)。部活にも一生懸命。が、分担が決まっている家事もなんとか口実を設けてさぼろうとするし、言われた以上のことは絶対にしない。で、いい子だけど世間が狭い長男は、そんな次男に腹が立って仕方ないんですね。うん、嫉妬もあるんだと思う(長男本人はもちろん自覚してないでしょうけど)。自分が欲しくても得られないものを全部持っている弟に対して。ああああ、今夜はひさびさにそんな兄弟の修羅場が。長男は、けっしてほかの人には手を挙げない、どちらかというと温厚な性格ですが、弟にだけは手を挙げるのですね。今日も殴りにいきました…。私はやっぱり暴力っていやなん。「男同士」なんてわかったような許し方はしたくない。だいたい、次男は手を挙げないしね。そんな弟に対して暴力をふるうのはやっぱりいや。で、カラダはって阻止しましたが。次男は(もともと今日は友達んちに泊まりに行くことになってたんだけど)喧嘩のあと出ていき、外から「アイツ(長男)が家におる限り、家には帰らんから」ってメールをしてきました。ああ、明日の夕方、ちゃんと帰ってきてくれるかなあ。実は、長男の高校はここから自転車で40分ぐらいかかるんですよ、しかも峠越し。まあ、通えないことはないんだけど。私の実家の父が持っている古い学生アパート(ほとんど入居者のいない)が高校のすぐそばにあるってこともあって、本人たっての希望で、そこに住んで学校に通ってたんですね。本人の意思としては、「バイトしながら定時制高校に通う、アパートに住んで自立する」というところだったんです。が、4年間の不登校のあとすぐにその生活はやっぱり無理があったんですね。バイトでつまづいて、そのまま「バイトが恐い」になってしまい、結局「ひとり暮らし」にも挫折。1年生の3学期から、ここに戻ってきたわけです。次男にすれば、けむたかった兄貴がいなくなってせいせいしていたのに、「なんで戻ってきたんだよー!」っていう感じらしくって、どうにもうまくいかない。一応、アパートはほかに入居希望者もいないしってことで、荷物はそのままにしてあって、たまに長男はそこに泊まって学校に行ってるんですが。このたび、私と次男がインフルエンザにかかって、しかも長男は学校の試験期間ってこともあってしばらくアパートに行ってたんです。ひさびさに帰ってきたら、互いに「うっとおしい」。で、大喧嘩ですわ。ああああ、もう間に立つ母さんのことも少しは考えてくれよ。って無理?実は、何ヶ月か前に、いつもは絶対に兄ちゃんに手を出さない次男がブチきれて、金属バットを持ち出すという一件もあり、ほんと冗談じゃないのです。そのときは、止めに入った私の鼻に、次男を殴ろうとした長男のパンチが当たって大鼻血になって終結したんですが。母子家庭で、母は仕事が忙しくて、協力しあって幼い時代をすごしてきたはずの兄弟がこんな状態で、母としては本当に心が痛い。問題はきっと、「長男の自信のなさ」。なんとか、この子が自信を持つことができれば、次男のことにこと細かく腹を立ててブチブチいうこともなくなり、特に仲がよくはなくても、今日みたいな陰湿な喧嘩にもならんのじゃないかと。難しいです。親としての力量のなさに情けなくなります。今夜はちょっとブルーなじゅんぺいです。
2004年02月07日
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ふー。次男のインフルエンザに感染し、しばらくお休みしておりました。この日記を始めたころに「中2の次男が朝起きない。もう起こさないぞ」という旨の日記を書いたのですが、その後。いやあ、ほんま思春期って難しくないですか?あのあと、自ら起きて遅刻せずに行ったのはほんの数回。なんと、私が会社に行ったあとも寝続けて結局さぼったのが3回…。なんだけど、出席停止となったインフルエンザの間は「あー、はよー行きてー」なわけ。で、今日。起きない! またまた起きない!「明日は起こしてよー」と言って寝たにもかかわらず起きない。なんか、勢いでさー、「もー、いい加減にしなさいよ!」みたいなこと、ひさびさにやっちゃったわけですよ。私、6時半に起きてるのに、おかげで会社に大遅刻。が、大事なのは仕事だけじゃないもんね。いろいろ不満がたまっていた次男を受け止めてやれたのは、あの時間があったからかな。職場のみんなには迷惑かけてるけど(ごめんなさい)。ごくごく簡潔に言いますと、朝ここんとこ確かに「吐き気がする」とは言ってた。が、確かに私は「まーた、起きたくないからって…」といなしておりました。で、今朝、次男がいわくには「母さんなんか俺がそう言っても信じてなかったろ。ほんとに吐いたことだってあるんじゃから。そんなん精神的なもんに決まっとるが!(そこまでいえるんなら健全じゃんと母は思う)」。「そうか、そんなにしんどかったんな。ほんなら心療内科っていう病院があるから、そこで一度診てもらおうか」という話をして今朝は私が職場に行くという形でとりあえず話は終了。で、先ほど遅い夕食をとりながら「朝の話だけどさー、調べたら土曜も診察してるって。午前中、部活ないんだったら一度行ってみようか?」と切り出したところ「いや、また『行ったほうがええなー』と自分で思ったら言うから」って穏やかに。要は「こっち見てー!」信号だったわけですよね。私が離婚したのは、この子がまだ保育園に行ってたころで。雑誌編集という仕事がら、幼いころから3歳違いの長男とふたりで「寂しくても寂しいといえない」生活を送らせてきています。普通のおうちの子なら、まだまだおかあちゃんにべったり甘えている時期に、そばにてやれなかったのも事実です。人は、一生の間に甘える総量みたいなものがあって、ある時期に甘えられないと、それをどこかで取り返すようになってるのかもしれないね。生意気な口をきいてはいても、まだまだ甘えん坊の次男。ある意味では、これがこの子を甘えさせてやる最後のチャンスなのかもしれませんね。で、今日のタイトルの後半と、どうつながるのかっつう話ですね。なんていうか、こういう話、彼にできないんだよね。いつも(と、少なくとも私には感じられる)、うちの子たちが非難されるから。あと、私が「甘い」とも非難されるから。子連れ母と恋愛している男性が読んでくれてたら言いたいね。「彼女を丸ごと受け止めるとともに、その子どもも丸ごと受け止めてあげて」って。いやいや、そんなに簡単なもんじゃないのかもね。ところで、実はこの日記を教えてくれたのは、職場で私の前の席に座っている男の子なんですが(おーい、読んでるか?)、その子と今日話していて、自分の口をついて出た言葉で、いろいろ考えてしまいました。ねえ、「恋愛のくせ」の話、聞いたことあります?たとえば、暴力をふるう男がいやで別れた女の人がやっぱりまた暴力男を選んでしまうという。私にもどうやらそんな「くせ」があるような気がする。なんていうか、「情けない系」の男性に好まれる傾向があるらしく、で、しかもそうなると「ほっておけない」という気持ちが愛情に変わってしまう。そのうえ、そういう男性からなぜか「うらやましい」とか「妬ましい」という気持ちを持たれてしまう何かを、どうも私は発しているらしい。元夫とまだ一緒に暮らしていたときも友人に、「結局、○○さん(元夫)は、あんたのことがうらやましくて素直になれんのじゃない?」って言われた。今の彼も、なんかそうなんじゃないかなーと思ってしまったのよ。なんていうか、必要以上に、「わしは、女(私のことね)の言うとおりになんかならんぞ」って肩肘はってる気がするの。それって、そういう感情の裏返しのような。なんていうかなー、いわゆるいい意味での「男らしさ」というか「自信」みたいなものがない人を、どうも私、「よしよし」してしまうらしい。なんだけど、そういう人から見ると、「楽しく生き生きと、自分のための人生を過ごしたいよ!」っていう私は、どうも少し煙たいのかも。しかも、わたし、「男の人を立てる」っていう感覚が、どうも希薄だし。となると、肩肘はって見せかけの「男らしさ」を演出しようと(本人はその気はなくてもね)してしまうんじゃないかなー。さっき、「自分のための人生を…」みたいなこと書いたけど、私はそんな毎日を送るための努力は自分でしてきたつもりだし、そこで生じるリスクも全部背負ってきた。だから、他人(たとえ夫であろうと恋人であろうと)にとやかく言われたくはないんだけど。うーん、恋愛って理屈でわりきれんところがよくもあり悪くもあり。いろいろ彼の悪口もこの日記に書いてしまいましたけれど、大事な人であることも、かわりはないんですよ。
2004年02月05日
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中学校でもめっちゃはやってるらしいんですが、どうもうちの次男もやられちゃったみたい。熱と節々の痛み…。まあ、今は薬をのめばすぐに治るから心配はしてないんですけど、かわいそうではある。明日は、午前中に病院行かないとなーと思ってたんですよね。で、実は私、車の免許も車もないんですね。それで、彼に「明日病院に連れていって」っていうメールをしたん。そうしたら、「僕が菌を持って帰ると、母親(あんまり丈夫じゃないの)にうつすといけんから悪いけど、できない」ってメールが返ってきた。ほんでまあ、「それならしゃーないな、タクシーでいこ」って思ってそう返信したんよね。そしたらねー、しばらくしたら、「瞬輔(次男)にマスクさせて。やっぱり送っていくわ、ごめん」って。なんかね、やっぱりうれしいわ。ありがたいことです。前に、彼のいやなところいろいろ書いちゃったけど、もちろんいいところもいっぱいあるんよ。彼はね、「子どもたちにとっては、『お母さんの彼氏』じゃなく、親子3人にとっての『友だち』でいたい」という考え方の持ち主で、だから、私んちの「役に立ってる」場面を多く見せたいと。男手がいなくて、いろいろ大変だった「日曜大工」とか「電器」系とか、重いものの買い物とか、いろいろ「役に立って」くれるんです。でもね、私が「してもらって当たり前」と思ってると「彼が」感じるとだめなんよ。難しいっすね。「当たり前」とは思ってないんだけど、彼がそう感じてしまうと駄目なんだからね。とりあえず今回は助かります。そうそう、昨日は26歳・25歳の男の子、26歳の女の子、それと私の4人で飲みに行きました。会社の子たちです。恋のこと、仕事のこと、アツく語り合い、少しは年上らしく忠告&説教なんかもしつつかなりヒートアップ!終電乗り遅れた女の子をうちに泊めてあげることになったんだけど、家に着いたら朝の4時!あーびっくりした!今朝は案の定、二日酔いでつらかったよー。仕事だったのにー。
2004年01月31日
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自分では、子どもに依存してないつもりなんだけど、やっぱりしてんのかな?3人で10年の間、片寄せあって暮らしてきた…なんつーと暗いけど、我が家の周辺ってほんま閉鎖的な土地柄で、周囲の目は冷たいのよー。子どもの学校でも、なんか浮いてる存在でした。なもんで、やっぱり世間の冷たい風から3人で身を寄せ合って互いを守ってきたって感じ、やっぱりあるんかも。それが、きっと彼には理屈ぬきでいやなんだろうね。部外者って感じてしまう?やっぱりあれかな。息子たちがしっかり独立するまで、「再婚」なんて考えないのが正解なんかな。しかし今夜は彼、ご機嫌さん。自分ちで「ラブジェネ」のビデオ見ているらしく、なんかちょっと「恋愛」モード?ちょっと甘いめのメールが何回か続いて届いております。あ、でもやっぱり離れて住んでるから、2年半以上経っても、こういう気持ちになれるんかな。と、つけたしっていうか。今日感じたこと。仕事で、バレエを習っている6歳の女の子とそのお母さんに会った。「どうしてお嬢さんにバレエを?」「私が子どもの頃にかなえられなかった夢を、娘には。女の子が生まれたら、きっとバレエを習わそうと思っていました」よくある答えなんですよね、バレエを子どもに習わせているお母さんの。他人を否定しないことを身上としている私ですから、否定はしません。が、お母さん、ほんとにそれでいいの?大人のための初心者向けバレエクラスだってあるよ。我が子で自分の夢をかなえるより、自分自身の夢を追いかけるほうが楽しいと思うけどなあ。バレエじゃないけどさ、私の知ってるフラスタジオでは、50代、60代のおばちゃんたちが生き生きと踊ってるよ。いやいや、今日のお母さんも、「バレエ」はあきらめてても、何か違う、自分自身の夢を、今持ってるかもしれんよね。そうだといいなあ。
2004年01月29日
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離婚して何が楽だったって、「夫に気を遣わずに子どもに応対できる」ってこと。うちは、長男が離婚5年目あたりで不登校になったってこともあって、「夫がいたら、ある意味もっと大変だったなー」と感じることが、実は多かった。だけどねー、人を好きになる気持ちは止められない。で、好きになったら「少しでも長い時間を一緒に過ごしたい」と思うようにもなるわけで。そのあたりで悩んでいる人、いませんか?誰かお話にきてくれたら、いろんなこと、分かち合えたらなと思っています。
2004年01月28日
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彼のこと、聞いてください。私40歳、彼43歳。私は思春期の息子との3人暮らし。彼はお母さんとの2人暮らし。5年ほど前に転職したってこともあって、彼、収入が非常に少ない(らしい)。それはええんですわ、別に経済的に助けてもらいたいとか、そんな気持ちでつきあってるわけじゃないからね。だけどだねー、今月も「ないんよー」って話でさ、週末の昼間に会っても、お茶飲むお金ももったいないって。うちで一緒に御飯食べたときも、正真正銘手ぶらで来てさ。なのになのに、今夜はスナックに行ったっきり、まだ帰ってないんすよ(6時に退社してそのまま)。いや、べつにお姉ちゃんがいる店じゃないんよ。私も連れていかれたことあるし。60歳ぐらいのママさんがいる古いスナック。しかも、自分の趣味のパソコン関係や水槽関係に「これとこれ買って、いっぱい使っちゃったよー」なんて報告するんよ、私に。いわなきゃわからんのにさ。なんなんかな、これって。デートだっていっつも割り勘でさー。いいの、ほんとにいいの。それは。でも、私に(っていうか、私と楽しむことのために)使うお金はないけど、それ以外のお金はあるように見えてしまうのは、私が間違ってる?とはいえ、惚れた弱み?ここに書いたようには言えないのよねー。仕方ないんかな?でもなんか腹が立つ!
2004年01月27日
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昨日の夜中、ひとりでDVD見ました。イギリス映画の「アイリス」。若かりし頃、奔放で聡明だった妻。心から愛したその妻が、ある日、アルツハイマーに冒されて…。という老夫婦のお話。っていうと、なんだか暗いんですが。いや、そりゃ明るくはない。現実の持つ重みが伝わってくる力作だし。だけどなんだろうか、あの「うらやましい」に近いような気持ち。次第に意味不明の行動をとる妻にいらだつ自分にいらだつ夫。そこにあるのは、年を経てもなお、育っている愛。きれいごとじゃないと思うんだよね。たしかこれ実話だったと思うし。夫婦って、愛情って。いろんなことを考えさせられました。長年愛し慈しんできた相手。その人が壊れていってもなお、人はかの人を愛し続けることができるのでしょうか?それを決めるのは何?やっぱりそれまでに、どんな関係を築いてきたか、それだけ?昔、保健婦さんをしていた人に聞いた話を思い出した。ある亭主関白なじいさんが寝付いたそうな。妻は長年、夫のもとで耐えしのんできた人。夫が自分の身の回りのことができなくなったとき彼女は、夫が欲しいものを、ほんの少し手が届かない(もう少しで手が届く)場所にいつも置いたそうな。その家を訪れた保健婦さんは、「ああ、リハビリの一環ね」と思ったそうだが、実はそうじゃなかった。妻は保健婦さんに言ったと。「今まで私がしてきた我慢に比べたらこんなもの」。年老いた妻は、身動きできない夫の欲しいものを、いつもほんの少しの差で手にすることができない場所に置くことで、長年の恨みを晴らしていたのだとか。なんとも悲しい話…。いま、私は独身ですけど、この先もしもまたペアとして誰かと暮らす幸運に恵まれたら、どちらが倒れてもせめて「いじわる」にはならずにすむ関係を築いておきたいなと。それにしても、ケイト・ウィンスレット。「タイタニック」の頃よりひとまわり、いえふたまわり以上スマートになって、主人公の若かりし日を好演。活発で自由奔放で聡明で…。こっちの彼女のほうが、絶対に「タイタニック」のときより断然いいですよ。
2004年01月26日
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息子二人が、週末、父親(元夫)とスキーに出かけた。小さい頃はけっこうしょっちゅう、父親のうちに泊まりに出かけたりしていたのだが、長じるにつれてその回数も激減し、今回ひさびさに二人そろって我が家を留守に。ということは! ひさびさに私、この家にひとり~!という状態だったのでした。ほんでひさびさに、ほんとひさびさに彼を我が家にご招待~。前日から、日本酒好きな彼のためにおいしい冷酒を仕入れ、夕飯は奮発して(冷凍じゃない)鴨すきー!私には、先日の誕生日、会社の上司からいただいたとっておきの赤ワインがあるしー。実をいうとね、この彼とは昨年の秋、一度「お別れ」をしたんですね。ほんで年末に復活愛。が、なんとなく溝が埋まりきらん感じだったのよー。いやあ、時間をともに過ごすって大事ねー。なんか、やっと元に戻れた感じがしてますー。けどけど、ほんとの本音。……。難しいよね、子連れ女の恋愛は。バツイチの母ちゃんたち!再婚目指すんなら、やっぱり子どもの年齢は低いほうがいいよ。おっきくなってくると、何かと面倒。うちの場合は、子どもたちがどうのっていうより、彼のほうが思春期の子どもたちに対してどうしていいかよくわかってないって感じだけど。彼はバツイチだけど、「血がつながった我が子」というものを持った経験がないってこともあって、ある意味で気負い過ぎ、ある意味で考えが浅すぎ…。彼と過ごす時間は本当に楽しくて、「一緒に暮らせたらどんなにいいだろう」と思う反面、今のあの息子たちと彼との間に立って四苦八苦するのは私じゃん!と思ったら、なかなか次には進めない。まあ、彼も足踏み状態だから、お互いにこれでいいのかもしれないけど。今日の夕方まで彼と過ごした時間の余韻を楽しみつつ、現実を考えるとなかなかに夢見心地にはなれない、今日のじゅんぺいなのでした。
2004年01月25日
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水曜の夜、久々に友人と飲んだ。こいつが、「才色兼備」を絵に描いたような女で、「天は二物を与えず」は嘘よなあといつも思わされるのだが。以前、JTBに勤めていたのだけど、故あって退職。その後、生まれ故郷に戻ってきて再就職。そこで、5年の間になんと取締役に!はあ、いくらがんばってもヒラどまりの私にはため息の出るような話だ。で、今回の飲み会。彼女がJTBにいた頃の後輩2人が転勤でこの地にやってきたため、その人も交えて(少しばかり大人の合コンの要素も)ということで男女2人ずつ4人で飲んだのでした。で、いよいよ本題。この友人、やっぱりというかなんというか、JTB時代も信じられないような売り上げを記録していたらしい。「何が違うの? 旅行の売り上げがいい営業とそうじゃない人って?」と聞いてみた。すると、涼しい顔して「旅行の話はしないからねえ」。「は?」「いや、その人なりご家族なりを、好きになることから始めるの。その人たちに喜んでもらいたいっていう気持ちだけだよ」と。これ、かっこつけで言ってるんではないんですね。それが証拠に、JTBを退社した今も、その当時のお客さんと、手紙などのやり取りが続いているとか。うーん、かなり驚きました。ほんとのこと言って。今だって営業として大成功を収めているこいつの言葉だけに。しかも今の会社は、けっしてJTBのようなネームバリューがあるわけではないのよ。それがいまや、全国飛び回ってるんだからね。私はいま、営業部にいながら営業をしない(でも、事務職でもない)という中途半端な立場にいて、私から営業の子たちにこの言葉を直接伝えるのも、少々気がひけるんだけど。なんだか誰かに言いたくて。シビアな世の中とはいえ、やっぱり最後は誠意なのかな。そう思うと、心のなかが少しあったかくなった。そんな出来事でした。ちなみに、合コン的要素の成果はゼロ…。ま、友人の新たな一面が発見できた、それを自分の糧にできただけでもよかったよ。
2004年01月24日
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はぁ~。中学生男子の母は疲れる。中2の次男は、2学期から遅刻ばっかり。うちは母子家庭だから、なんか私やっぱり余分な力が肩に入ってるんかなと思う。「母子家庭だから…」って人(学校の先生とか)に思われたくないって。自分ではそんなつもりないけど、実はそうなのかも。でなきゃなんであんなに躍起になって毎朝毎朝起こしてたのか…。昨日のよるはそのことで親子喧嘩までして、それ以来頭痛が…。文字通り「頭の痛い」状況だと思い込んでた。今朝も案の定起きなくて。会社に行ってもまだ痛くて。だけど開眼したね!会社の先輩女性に、「ほっとかんといけんよ」って言われて。なんか今日はそれが自分のなかにすとんと落ちたの。本人にも「おめーが起こすから起きたい気持ちがなくなるんじゃ!」とか言われてるんだし、もう明日からは起こすのやーめた。ほんで、今日は午後から代休だったってのもあって、中学校の先生に会いに行って、「しばらく起こしませんから」宣言をしてきた。そしたら、まあ楽になったことなったこと。だいたい私はちょっと気に病むと潰瘍が出たり、今回みたいに頭が痛くなったりするんだから、子どもの遅刻ぐらいでふにゃふにゃ思ってちゃいけんのよね。はい、ここに誓います。明日から次男を起こしません!!!!うーん、私って自分で思ってるよりずっと、子どもに手をかけすぎなんかも。ちょっと反省しつつ。
2004年01月21日
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