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先日は有難うございました。 私を受け止めていただき、また、温かい言葉をいただき有難うございました。 反射速度が通常に戻りパニック発作で焼き切れた神経が回復したのを自覚しました。 精神的ショックで言語・記憶・運動に障害が出て、日常に支障をきたす場合がありますが、私は理解力と力の低下を感じました。ペットボトルの蓋をあける握力も無く思うように体に力が入らないのです。 そんな中、目から入る温かいメールがプラスの刺激になり焼き切れた神経の回復を早めました。 有難う元気になりました。これからもよろしくね。 (^-^)v
2006年01月30日
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昨日は一日中泣きたい気持ちを引きずっていた。 歯医者に行き、優しく声を掛けられただけで泣き出しそうになった。 油断したら泣き出しそうで気をつけていなければならなく大変でした。 人と関わる度に心が揺れ疲れるのが分かったので買物に行くのは止めた。 こんな精神状態がいつまで続くのかと思っていたが、今日は泣きたい気分が止み、少し外に出てみたら爽やかに感じたし、特に気持ちも揺れなかった。 回復を感じて少し安心した。 でも、疲労感は強く明日の太極拳教室を欝陶しく感じている。 明日はどうなるやら。
2006年01月25日
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母の事は荷が重くて、今の私を例えると、気持ちでは必死に堪えたけど、重さに耐えかねて膝の骨が砕けた重量上げの選手です。好きで重量上げをしているならともかく、意に反してのしかかって来るんですから困ったものです。 父からは連絡がないし協力しようにもスムーズにいかず、気が滅入ります。トホホ。疲れるので自分を休めます(_ _)Zzz。 父から電話が来て私の気持ちを伝える事が出来た。 父は分かったよ。と答えてくれた。 ちょっと安心して・・・また泣いた。 さあ、自分を休ませよう。(_ _)Zzz
2006年01月24日
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この状態からどんどんエスカレートしていくのが怖い。胸騒ぎがする。このま放っておてい最悪の状態になるのが怖い。もう・・・、懲り懲りなのだ。 精神科の医師が「躁状態のときに何とかしたら鬱の状態も変わってくるかもしれません。」ソーシャルワーカーが「何かあったら相談して下さい。」と言ったのを思い出す。だれに、どう相談したら良いのか分からない。でも、とりあえずソーシャルワーカーに相談してみよう。しかし、こんな時に病院の電話番号を紛失している。病院の名前もうろ覚えで自信がない。私は頼れる友人に連絡して電話番号を調べてもらった。友人の声を聞いたら安心したのかちょっと泣けてきた。 「病状を確認したいのですか?」ソーシャルワーカーは言った。私は娘で嫁に行き母親と離れて暮らしていることを説明した。先ほど電話で話していると躁状態の兆候を感じて、ソーシャルワーカーさんと話すことなのか主治医の先生と話すべきなのか分からないのですが。と言った。「お待ち下さい。」と待たされて電話に出たのは外来看護婦だった。 「お母さんは○月○日に病院に来ていますよ。」看護婦は言った。私は母が父の態度が気に入らなくて顔を殴った事。もう一度殴ろうとして父に抵抗されて気に入らない事。「元気良すぎじゃないの?」の私の言葉に「女1人守れないようでは困る仕込み直してやる。」と答えたこと「やりすぎなんじゃないの?」の言葉に何十年も昔の話を持ち出して自分がなぐったことを正当化したことを話した。「次に病院に行くのはいつ?病院に行ったら殴った事を先生に話すんだよ。」病院には行くけど殴った話はしない。との返事。「ちゃんと自分のしたことを話さないと先生は正しい判断が出来ないんだよ。」といった。母の様子では話さないかもしれない。事を伝えた。「お母さんはご主人は通っていますね。」「はい。このまま母の態度がエスカレートして父が嫌気が差して病院へ連れて行かなくなるのも心配です。」「娘さんから電話連絡があったことをお母さんに話してもいいですか?」「それが、母と私が離れて暮らしているため、電話での会話が頼りなんです。 私が病院に連絡したと知って、今度から都合の悪い事を隠すようになるおそれがあるので困ります。」「それでは先生が困るんですよ。 本人が先生に言うか、一緒に来た人が本人の前で先生に言うかしてもらわないと困るんです。」「ああ、それでは病院に行った時に父から本人の前で先生に言えばいいですね。分かりました。安心しました。 父は言わない時があるので、その時はまた相談させていただきます。」で、電話は終わった。 すぐに父の携帯電話に連絡をした。電話には母が出た。父と車で出掛けている途中だった。車を止めて父が電話に出てくれた。何の用だ?母さんがいたらゆっくり話しが出来ないから用事が終ったら電話をくれるように頼んだ。電話の向こうから2人の笑い声が聞こえた。 私の取り越し苦労かもしれない。でも、何か重たくて冷たい感じがのしかかってきた。私は耐えられなくてボロボロ涙を流した。口は渇いてベタベタになり、胃は縮み上がり、喉が締め上げられた。しばらく動けなくなってお昼になっても食欲なんて湧かなかった。 あんな生活繰り返したくない。もう、懲り懲りだから。やるだけのことは出来るんだから、食い止めることは出来るかもしれないから。大丈夫だから。大丈夫だから。一生懸命自分をなだめた。 もの凄い脱力感でためいきばかりついている。取り越し苦労だったらそれでいい。 夫がタイミング良く早退して帰ってきた。ビックリ。母に病気の兆候を感じたこと、自分と病院のやりとりを報告した。「また、繰り返すのが怖い。」と泣き出した私を夫はソファに座らせて横に座り私が泣き止むまで背中をさすってくれた。
2006年01月23日
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久々にリカ服を作りました。素材はフェルト。参考にしたのはリカ服本のNo.10のフェルトのドレス。特長は黄色のグラデーションのスカート。春の訪れとともに咲く黄色系の花、菜の花やたんぽぽのイメージです
2006年01月15日
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いやはや、終わった終わった正月休冬休み。もともと体力がないから、元気満々の夫と子供とペースを合わせての生活は、アップアップなのだ。 里帰りでは片道、新幹線と電車を乗り継いで8時間。私は背中が苦しくなって、苦行の里帰り。里でも回復せず疲労は増すばかり、背中ががんがんに苦しくなって、息をするのもフーフー言ってました。「太極拳やっているのに肩が凝るの?」の質問に肩が凝るから太極拳をしてるんです。そう、私は肩、背中、首の苦しみから逃れるために太極拳をしてるのだ。もう、とにかく私は里帰りしてもあてにできない嫁なのです。別に自分を卑下してるわけじゃありません。事実なのです。 夫の仕事の都合で年が明ける前に里をあとにしお正月は自宅で迎えました。悠々自適。とはいかなくて、主婦はやることがあるから普段と変わらないのよね。夫と子供は体を持て余して出かけたくなるし、家事を手伝ってもらって、一緒に出かける。自分の体を気づかいながらも家族との楽しい時間。凧揚げ、部屋の模様替えのための買い物、映画館で映画をみたり、宿題に付き合ったり。お昼の外食代を節約しようとおにぎりとお茶を持参。でも、帰ってくると私は疲れきっていて夕食の支度をする体力が残っていない。夫と子供はご飯の支度が出来ない。だから、お弁当を買いに行ってもらうか出前をとるか。の選択をする。体力があれば料理のしたくなんてちょちょいとしてしまうのに・・・。いや、料理が苦手だから、ちょっとの疲れでも料理する意欲が湧かなくなるのかもしれない。 とりあえず、人並みの体力が欲しいな。どうしたら、手に入るの?体力って頑張れば努力が報われて身に付くものなの?どこまで努力したらいいの?見当はずれな無駄な努力をしているの?体力にこだわらず別の方法を探したほうがいいの?自分の疑問に答えられるほど成長したい。今年もこれが私の目標の1つ。子供の学校が始まって、パソコンに向かう時間を作れた。でも、背中が苦しい。背中に温湿布はって、つぼ押して、腕を回して、少しでも楽になりたいと努力しても、ちっともよくならないどころか苦しくなる。お正月が明けて今年か始まったばかりなのにとっても疲れている。私だけかしら。
2006年01月10日
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