乳癌は早期発見も早期治療もいらない

乳癌は早期発見も早期治療もいらない

2015年11月11日
XML
テーマ: 癌(3526)
カテゴリ: 乳癌
健康新聞の記事から、大切な文言を拾ってみました。

>「元気というか、普通なんです」と、別段、
>がんの影響はないこと付け加えました。

癌というのはそういうものなのです。
よくあるでしょう?
癌が見つかった時点で既に末期で、
手術もできない状態だった、という例が。

>樹木希林さんに初めてがんが発覚したのは、
>さかのぼること10年前の2004年の夏の終わり。


これには理由がありそうですね?
そして2005年1月に右乳房の全摘手術を受けました。
その後、二年間は調子が悪かったといいます。

>2008年には摘出したはずのがんが、腸、副腎、
>脊髄などほぼ全身に移転していることが発覚します。

この記事を書いた記者の無知がさらけ出されていますね。

癌を摘出してもそれは完治したことにはならないのです。
癌にかかった原因を取り除かなかったら、改善しなかったら、
再発、転移は十分にありえます、というか、
あるのが当たり前なのです。

>がんは死ぬことを覚悟しなくてはいけない病気だと

>がんになって、何か人生が変わった気がします。

みなさん癌は死につながる病気だ、と思っています。
というか、洗脳されています。でも本当は
死ぬ覚悟なんかしなくていいんですよ。

>「私の考えでは、がんで死ぬっていちばんいいと思うんです。


こういう本↓もあります。


>自分に合う医者や治療法、本などを、本気で探すことが大事。
>自分を知る勉強だと思います。

>自分の体のことですから、少し医者を疑うくらいの気持ちで
>良い治療法を探すことが大切。

その通りですね。


 樹木希林さんは2014年の1月に記者会見で、がんの治療終了を報告し、多くの関係者を驚かせました。というのも、一年前に、全身にガンが転移していることを、激白したからです。その本来であれば規律するべき場面にもかかわらず、座ったままだったので、体調が悪いのであろうかと思ったものの、樹木希林さんは「元気というか、普通なんです」と、別段、がんの影響はないこと付け加えました。
 いずれにせよ、とても全身をがんに侵されているようには感じられないのです。

 いったいなぜでしょう?

 実は、樹木希林さんに初めてがんが発覚したのは、さかのぼること10年前の2004年の夏の終わり。

 翌年2005年1月には、右乳房の全摘手術を受ける。その後、二年間は調子が悪かったというが、2008年には摘出したはずのがんが、腸、副腎、脊髄などほぼ全身に移転していることが発覚します。

 その後、樹木希林さんは放射線治療を選択し、そして2014年にがん治療終了宣言をします。

 これは決してがんが治ったという宣言ではありません。あくまでも治療がいったん終了したということであり、本人いわく「大きく体に影響を与えているものは消滅したみたい」ということだ。

 いずれにせよ、樹木希林さんを見ると、とても10年間もの間がんを患い、全身に移転しているような患者には見えないことは確かだ。

 いったい、どのようにしてがんを克服したのでしょうか?

がんを宣告され、死を覚悟した
樹木希林さんは2004年に初めてがんを宣告された際は、死を覚悟し、身の回りの整理までしたといいます。

がんは死ぬことを覚悟しなくてはいけない病気だと思っていたんです。身辺整理から何から、全部やりました。がんになって、何か人生が変わった気がします

 治療に関しては、当時の担当医と相談した時、一部だけを切除する温存療法という選択肢もあったものの、樹木希林さんは、手術する先生を気遣ってか、先生のやりやすいほうで、ということで右乳房の全摘手術となった。

 その後も体の調子が悪かったものの、次第にがんに対しての考え方が変わって来たのです。

樹木希林が成功したがん治療へのスタンス
初めのうちは、「がん=死」と捉え、治療に関しても、どこか医者に身を委ねるようなかんじでしたが、次第にがんに対する考えが変わっていくのが、その時々の発言から見て取れます。

がんを肯定的にとらえる樹木希林の発言
「私の考えでは、がんで死ぬっていちばんいいと思うんです。用意ができるじゃないですか。それぐらいの感じで生きています」
「ガンは有難い病気よ。周囲の相手が自分と真剣に向き合ってくれますから。」
「がんに感謝よね。経験してなければろくに『死』にも向き合わず、主人の 内田(裕也)さんのこともちゃんと理解しようと思わなかったかもしれないし」
がんを治療するのは自分だという意識
 樹木希林さんは当初、がんの手術に関しても、「先生のやりやすいほうで」というようなことで、医者に委ねていた感があります。

 しかし、その後、がんに関して、勉強をしだしたといいます。そして知識を深めていくと、がんを自分が治すんだという、心構えに変化していきました。

自分に合う医者や治療法、本などを、本気で探すことが大事。自分を知る勉強だと思います。

自分の体のことですから、少し医者を疑うくらいの気持ちで良い治療法を探すことが大切。良い医者に出会う、というよりもその医者の良い部分をキャッチできるかがカギだと思います。

そして、全身にがんが移転したことを知ったのちに、樹木希林さんが選んだ治療は放射線治療でした。

そうして放射線を照射する場所に関しても、医者任せではなく、樹木希林自身が医者に対して、「ここから、ここまで」と命令したといいます。

責任は自分が自分に自分で持つ
 よく、がん治療では、プロポリスが効くらしいといえば、プロポリスを買ってみたり、あっちの温泉がいいと聞けば、温泉に行ってみたり、抗がん剤はだめだといえば、抗がん剤を毛嫌いしてみたり。

 そうかんがえると、実は樹木希林さんが選択した放射線治療も、一部では大変な反対意見もあることは事実です。もちろん樹木希林さんもそのことは重々承知で、だからこそ、自分が体験し、うまくいったはずである放射線治療のことも、周囲には紹介するものの、決して無理強いはしないといいます。

「それは責任が持てない。要するに個々のがんの質が違うからね。人はがんと向き合って自分を知るということじゃないかと思うんです。それがわからなくては、いっくら良い治療法があっても、それはただただ一過性のものになるだろうと」

 そして、自分のがんがどういうものかを知ったうえで、それにあった治療法を自ら選択する。選択した治療法に関しても、決して医師任せにせず、逆に医師に治療の仕方を命令する。

 つまり、自分が自分に自分で責任をもつ、それが、樹木希林さんが癌を克服した秘訣だったのでしょう。

全文はこちら↓
http://kenkou.xyz/1489





人気ブログランキングへ
どちらか↑ ↓1つでもクリックしてくださると、とっても嬉しゅうございます。
にほんブログ村 医療情報

★本日3つめの記事でした。前のも読んでくださいね★












お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2015年11月11日 21時25分42秒
コメント(8) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

野母伊 志穂輔

野母伊 志穂輔

サイド自由欄

設定されていません。

バックナンバー

2026年10月
2026年09月
2026年08月
2026年07月
2026年06月

キーワードサーチ

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: