2005.12.25
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幸福と不幸の量は等量である、と。

そういったような思想だかをよく聞く。

つまり、いま不幸であっても、そのうち良いことがあるんですよ、

といった慰めみたいな。

そして、いま幸福であっても、それがいつまでも続くとは限らないから、

今の幸せを当たり前と思わず大事にしていきなさいよ、という戒めみたいな。






必ずしも等量だと、思わないし、思えない。

ただ、絶対に幸福のみの人生・不幸のみの人生は無い。

それは当たり前である。








いや、常にそれはあるのだが、よくよく耳に入ってくる、といった点に於いて。






だから?と言われても、取り立てて何か結論がある話でも無いのだが、

世に言う「幸せ」の部類に属する日常を送っている僕には、

ちょこちょこ「不幸だ」というメールが届き、

しかし、彼らに対して「そのうちいいことあるって」という内容のメールは、

力になる場合も無きにしも非ずだが、

しばしば、「手前に何が分かる」といったことにも発展する。

その時に言えることなど何も無いのだ。






「運命論」というものがある。

起こる事象のそれらは「運命」というものによって予め決まっており、

それらを変えることは出来ないという考え。



「努力することによって、成し遂げられる」というのも「運命」なのである、

というものである。






実はこの「運命論」、一笑に付されるかもしれないが、

自分自身、信じている部分がある。

もちろん、全ての事象を「運命だから」と諦める意ではない。



その運命を、人が知ることはもちろん出来ない。

ただ、この先起こることが決まっているのなら。

その中に「幸せな運命」を望んでも良いんじゃないだろうか。

「どうせこの先もずっと自分は不幸だ」と思っていてもいなくても、

「運命」は変わらずその人にものごとを運んでくる。





だったら。





「幸せな運命」を少し待ってみよう。

過剰に期待しろと言ってる訳では無い。

幸福と不幸の量は等量だから、そのうち良いことがあるって慰めでもない。

ただ、これから起こるかもしれない「幸せな運命」を心のどこかで待つだけで、

少しは「不幸な今」に救いが見えるんじゃないかと思うし、

自分自身、そうやって生きてきている。










「不幸だ」と嘆く友人に、この言葉を伝えたかった。

ただ、伝えることが出来なかった。































携帯のメールって、打つのが面倒なんだ。





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Last updated  2005.12.26 02:38:40


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