2005.12.26
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大学の3年生の頃だったと思う。

殆んど喋ったことのない男に、校内でいきなり話し掛けられた。

「不老不死について、興味があるんだって?」ってね。

その頃の俺は、すっかり諦め切っていたし、

寧ろ、その話を持ち出されたくも無い気分だった。

だから、その男の話なんか聞くつもりは始めは全く無かった。

どうせ何かの宗教の勧誘だとか、そんなもんだろうって。

だけど、どうしても気になった。

あれだけ固執していた『不老不死』。



いま、そこにあるかも知れない。

最終的にそいつの話を聞こうと決断をしたのは、

そいつの両親が亡くなっているってことを聞いたからだった。

それでも、最初に『死に至らない病』のことを聞かされても、半信半疑だった。

当然だけれど、そんな症例聞いたことも無かったし。

事実、当時は『死に至らない病』の臨床実験は、人間に対して行っていなかった。

何百年もの間には、人間に対しても病の臨床実験を行った例もあったかも知れない。

ただ、『その団体』はあくまでも慎重にものごとを進めていると。

そいつは言っていた。

ゆっくりと、ただ、確実にそれを完璧なものにしていき、そして世界中に『その団体』を広げていく。

その時にはほぼ世界中にその団体の人間は居たし、



俺は、その団体に帰属することを簡単に決めた訳じゃ無かった。

どれだけ話を聞いても、実際に団体の会合に出席しても、

まだ俺の中で疑いの気持ちは残っていたんだろうな。

俺がどれだけ調べても欠片も出てこなかった話が、こうも目の前で繰り広げられて、

ちょっと悔しさもあったのかも知れない。



その団体に人生の全てを捧げることに決めた。





*****

「病院で会った男性は…その団体の方?」

「そうだ」

夫は長い話に少し疲れた声で答えた。

「あの団体では、なんで自分がこうやって『病』に興味を持ったか、

 そして、この『病』をどうしていくか、ってお互いに話すんだ」

「そう…」

私は夫の『希望』の意味を、そこでようやく分かった気がした。

夫は『死』を憎んだ。

大切な人を奪う『死』を。

だから、自ら病になり、そして大切な人も病となって、

そして、ずっと、共に生きていくことを望んだ。

夫が私の方を向く。

恐らく。私は全てを悟っていたことが分かったのだろう。

小さく、頷いた。

「君が、まだ。『病』に対して良いイメージを持っていないことは分かってる」

ええ、でも…

「だから。ゆっくりと時間をかけて。君に話そうと思っていたんだ」

それから、また柵の向こう側へと目をやった。





*****

期は熟していたのかも知れないし、まだだったのかも知れない。

ただ、団体は病の種を蒔き始めた。

正直に言うと、それは、一部の人間の『暴走』だったんだ。

臨床実験は成功した。

数年前には一部の団体の人間はもちろん、その他の人間でも病の患者は居たんだ。

ただ、団体の人間が把握出来ていないところで、『患者』が出てしまった。

それが、君のお母さんも含め、世界で幾つか報告された患者達だった。

団体の一部の人間が、無差別と言っていいほど、病を撒き散らし始めた。

彼らは、世の中全ての人間が『不老不死』になることを、素晴らしいことだと思っている、

少々危険な思想の持ち主だった。

事故、って言っても過言じゃない。

病は、簡単に感染するものじゃないけれど、製薬会社に勤める連中も、団体の中にはたくさん居る。

彼らが、あらゆる薬品に病の細胞を混入させることは可能だったかも知れない。

或いは、途上国に対する支援物資の薬品にも、それが混ざっていた可能性もある。

ベトナムの集団感染は、恐らくその疑いが強い。

だけど、こんな形は間違っている。

団体は大きくなり過ぎて、自身を制御することが、最早出来なくなりかけているんだ。

だから。

俺は、『正しい形』に戻さなければならない。

当初、団体が進もうとしていた、その形に。

誓ってもいい。

君のお母さんが『患者』だから、俺が君に近付いた訳じゃない。

いつかも言ったけれど。

俺は、君に惹かれて、その君のお母さんが『患者』になった。

けれど、俺は、いま。

俺の望みは。

君も『死に至らない病』の身体になって、そして、

俺についてきて欲しいんだ。





*****

夫の目は強かった。

その目を真っ直ぐに見ることが出来ないくらい。

彼の思いは強すぎて、私の胸は痛かった。

知りたかったこと。

私がずっと知りたかったその『答え』は余りにも大きくて、大きすぎて。

潰されてしまいそうだった。

私は、全てを知った今、それでも夫が大切な人であることは変わらなかった。

そして、夫の進む道を痛いくらいに理解出来た。

でも、私自身は。

私自身の進む道は。





「時間を、下さい」

「ああ、分かってる。俺自身、この話をこんなに早くするとは思わなかったんだ」






オレンジ色が消えた街に、灯りが点いていく。

ひとつ、ひとつ。

私の中には、灯りが見えなかった。

いや、確かにあったのかも知れないけれど。

その灯りを頼りに歩くには、余りにも心もとなくて。

『真実』は時に、進む先を覆い尽くしてしまうのだと。

私はその時に知った。





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Last updated  2005.12.27 02:04:35


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