のぽねこミステリ館

のぽねこミステリ館

PR

×

Profile

のぽねこ

のぽねこ

Calendar

2007.08.05
XML
Michel Pastoureau, "Introduction a l'histoire symbolique du taureau"
Couleurs, Images, Symboles. Etudes d'histoire et d'anthropologie , Paris, Le Leopard d'Or, 1989, pp. 221-235.

 ミシェル・パストゥローの論文集『色彩・図像・象徴―歴史人類学研究』より、「雄牛の象徴史序論」を紹介します。

 まずは、この記事の中での訳語について一言。
 タイトルにあるtaureauは、辞書的な意味では、去勢していない雄牛。これを、ここでは雄牛と訳しておきます。
 同じく雄牛を意味するboeufは、去勢された雄牛を意味します。ここでは、単に牛と訳して、原語のboeufも併記することにします。
 では、以下、小見出しに沿って紹介していきます。

[序]

 雄牛は、古代には非常に崇敬された動物でした。ところが、初期キリスト教の時代に、失墜します。キリスト教により、熊も失墜しますが、雄牛は古代世界で受けた崇敬を考えると、最もその神聖な性格を失った動物といえます。


古代宗教の遺産

 まずは、雄牛が神聖化されていた時期について、諸地域での事例を紹介した後、ミトラ教について少し詳しく言及があります。
 雄牛(あるいは、オーロック[既に絶滅している欧州産の野牛])は、旧石器時代の洞窟壁画に最も描かれた動物でした。雄牛は、力、豊穣のシンボルでした。
 確認できる最古の牛の神は、シュメールのEnhilです。
 バビロンのAnu神は、半人半牛の神でした。
 メソポタミアでは、犠牲に捧げられる雄牛は二つの機能をもっていました。
  (1)王と戦士は、雄牛のくみつくせない力を与えられます。
  (2)農民にとっては、雄牛の犠牲は、豊かな収穫を意味しました。
 西インド(Inde occidente)では、雄牛は、その角のために、天と雷雨と密接な関係を認められていました。なお、殺した雄牛の皮は、不妊女性の服にしたといいます。その服により、不妊が治ると考えられたのですね。
 エジプトでは、雄牛は、生命の原理であり、権力のアトリビュート[象徴的な持ち物、印]でした。たとえば、Apis神の信仰では、雄牛の聖性の完全なる表現と、その繁栄の印としての機能の結合が確認できるといいます。
 小アジア、近東の大部分でも、雄牛は神の道具であり、力と豊かさの分配者と考えられました。
 興味深かったのは、 フェニキア人が雄牛を称賛し、アルファベットの一文字目(ここから、Aが派生)を雄牛に捧げた
 クレタ島は、最も牛の信仰を確認できる地です。そこで最も重要だったのは太陽と雄牛で、この両者は豊穣の宗教に結びつきます。ここでは、雄牛の角に強い関心が寄せられました。角は、最も豊穣の精力が集まる部位であり、角にふれる、あるいはつかまえることは、力と豊かさをもたらすと考えられました。雄牛に関わる儀礼や伝説も多く確認されます。たとえば、雄牛に扮した王と、雌牛に扮した王妃の性交や、ミノタウロス、エウロペの伝説などがあります。
 ギリシアでも、ミノタウロスを倒したテセウスの偉業から、雄牛に勝つことは、英雄であること、力強さを示す試練と考えられました。
 ローマでも、雄牛は戦い、戦争、勝利と関連付けられましたが、ローマ世界で雄牛信仰が発展したのは、ミトラ教が紀元1世紀に入ってきてからです。

 ミトラ教は、太陽信仰と雄牛信仰を結びつけた宗教です。ミトラは、ペルシア起源の太陽神なのですが、終末論的な意味合いも付与されたことから、ヘレニズム世界にその教義、信仰が広まりやすくなったといいます。ローマの兵士がミトラ信仰をローマ世界に持ち込みました。
 ミトラ教には神秘的な性格があり、たとえば、雄牛の血は、洗礼のために用いられたといいます。また、雄牛の肉は力と生命エネルギーの獲得のために、その精子は戦士に不屈の勇気を約束したといいます。

 コンスタンティヌス帝(306-337)、そしてテオドシウス帝(379-395)により、決定的に、キリスト教は国教となります。その後、キリスト教がミトラ教を根絶していくことになります。

雄牛に対するキリスト教

 キリスト教とミトラ教には、一神教であること、洗礼の儀礼があることなど、共通点もあるのですが、決定的な違いは(雄牛の)生け贄の儀式があるかいなかである、とパストゥローは言います。
 キリスト教は、ミトラ教を根絶するために、雄牛を「悪魔化」します。それには、二つの過程がありました。
 (1)雄牛を、その血液が有毒な、悪魔の動物とする。
 (2)そして、サタンと反キリストのアトリビュートとする。
 また、中世の教会は、雄牛への嫌悪感から、角、あるいは角のアトリビュートを攻撃します。
 (1)戦士の鉄兜、騎士の飾冠cimierに角を用いることを制限。
 (2)信徒が、動物(特に、鹿、雄羊、雄牛)に変装するのを禁止。
 こうした、雄牛の「悪魔化」は、カロリング時代末期までは強く見られるのですが、それ以後は、雄牛自体があまり語られなくなります。なお、11世紀のラバヌス・マウルスが、雄牛に肯定的な価値を認めた例外的な人物として紹介されます。彼は、両者が犠牲になる際に血を流したことから、雄牛をキリストになぞらえたのでした。彼以後は、肯定的な価値を帯びるのは牛boeufとなります。
 キリスト教は、雄牛と牛boeufを厳密に区分しました。
 ・雄牛taureau…排斥されるべき、悪魔的、淫乱
 ・牛boeuf………有用、貞潔、忍耐、キリスト教的
 雄牛の失権は、世俗の領域にも拡大します。
 12世紀に生まれ、教会の外部で洗練された社会システム、価値体系である紋章は、雄牛に低い価値しか認めません。紋章に現れる頻度も低く(動物でいえば、15-20位程度)、雄牛の紋章が与えられるのは、異教の王、不実な騎士、人物化された悪徳(淫乱など)でした。
 また、人名、地名、ことわざなどでも、雄牛がほとんど語られない、あるいは否定的に語られるといいます。

雄牛のルネッサンス

 中世末期より、古代への関心が高まり、15世紀には、雄牛はその栄光を取り戻し、キリスト教的な牛boeufよりも価値をもつようになります。図像において、雄牛は、不屈の力、肥沃なエネルギー、男性原理のシンボルを示し、バッカス、テセウスなどのアトリビュートとなります。

現代における雄牛の神話

 では、現代でも、雄牛の象徴的な歴史は豊かだといえるのでしょうか。
 雄牛は、現代でも、家畜の中で最も力強く、騒々しく、荒々しい動物だと考えられているそうです。それは、力と豊穣のシンボルであり、性的な乱暴さの象徴でもあります。また、農村において、雄牛を所有することは、社会的な権力を示すといいます。
 雄牛に関する信仰もあります。その荒々しい息は、雷雨、雷、天の怒りを意味するとか。その角も、人に恐怖を与えます。
 また雄牛は、赤い色=火=血と関連付けられ、したがって、恐怖を引き起こす存在、タブーの要因でもあります。
 雄牛が、実際に赤色によって興奮するのかどうかはともかく、そう考えられている。したがって、(文化的に)大事なのは、雄牛がいる牧場に行く子どもに、赤い服を着させないようにしていることだといいます。
 赤色との関わりから、ミシェル・パストゥローは、赤ずきんちゃんの狼に、雄牛をなぞらえます。さらに、精神分析によれば、赤ずきんちゃんは狼に会いたいという欲望をもっていた。同様に、子どもたちは、雄牛を恐れながらも、それに魅了されているというのですね。
 雄牛は、黄道十二宮にいる動物として、暦の上でのシンボルにもなります。それは、種まきの終わりと、最初の発芽のときを意味します。
 また、先史時代より、人間の経済活動と主要な動物について、次のような関係が指摘できます。
 ・定住牧畜民…雄牛
 ・遊牧民……雄羊
 ・狩猟民族…鹿あるいは猪
 西欧語のことわざ、表現、メタファーも、雄牛の性格、乱暴さなどの証言となり、象徴の歴史を研究する上での重要な資料となります。
 たとえば、「雄牛の角をつかまえる」(prendre le taureau par les cornes)という表現は、物事を最も難しい面から行うこと、困難に正面から立ち向かうことを意味するそうです。人を雄牛になぞらえるときは、その気質(激情、エネルギッシュ)、欠点(乱暴、放蕩)、肉体的特徴(筋肉質、太い首など)が念頭にあります。
 最後に、雄牛に関する儀礼は現在でも見られますが、それは紀元前3000年頃から見られる儀礼を祖先としているのか、そうであれば、いつ、どこで、断絶、変化、復活が見られたのか。こうした問題に答えるためには、より詳細で、長期的な歴史研究が待たれるということで、本論は結ばれます。

***

 雄牛という身近(?)な動物から、こうも面白い論文が書けるのかと、とても興味深く読みました。パストゥローは、色彩、衣服(模様)、動物など、身近な対象を歴史的に分析することで有名な研究者ですが、本稿は特に、とてもわくわくしながら読めたように思います。割合読みやすいフランス語だったこともあると思いますが…。
 特に、「古代宗教の遺産」と、「現代における雄牛の神話」の項目を興味深く読みました。論文集の副題にある、「歴史人類学研究」という言葉を強く感じました。前者は、古代世界の様々な民族の牛に関する信仰を、簡単ではありますが具体的に紹介していますし、後者は、(日本に暮らしているとはいえ)どこか感覚的に納得できる話でした。そういえば、赤はヨーロッパ人にとっては興奮させる色であるが、他の人々、たとえば日本人にとってはそうではないという指摘などもあり、本当かなぁと感じながらも楽しく読みました。
 牛が赤い色に興奮するのかどうか、という問題は、最近はもっと研究も進んでいることでしょう。ちらほら聞いたことがある気もします。
 これは面白かったです。
 次に収録されているのは、豚に関する歴史で気になるのですが、ちょっとページ数が多いこともあり、次はどの仏語論文を読もうか考え中です…。

*2008.11.13更新
従来、タイトルを「雄牛の象徴の歴史序論」と訳していましたが、l'histoire symboliqueは「象徴史」の訳語の方が良いと考え、訂正しました( 『ヨーロッパ中世象徴史』 の記事参照)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2008.11.13 21:14:13
コメント(4) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Keyword Search

▼キーワード検索

Comments

のぽねこ @ Re:銀色夏生『流星の人』(05/16) スパイシーチューリップさんへ コメント…
スパイシーチューリップ @ Re:銀色夏生『流星の人』(05/16) 流行りましたね!キラキラ系、あまり知ら…
のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 なにぶん…

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: