~創文社、 2004 年~
森本芳樹先生 (1934-2012)
は、九州大学経済学部教授、久留米大学比較文化研究所教授を歴任され、西洋中世学会の顧問もつとめられていました。西洋中世農村研究の権威で、「所領明細帳」という史料の研究を専門とされていました。
このブログでは、先生の訳書として、
レオポール・ジェニコ(森本芳樹監修/大嶋誠・斎藤絅子・佐藤彰一・丹下栄訳)『歴史学の伝統と革新―ベルギー中世史学による寄与―』九州大学出版会、 1984 年
を紹介したことがあります。
本書はその標題どおり、先生の論文の中から、比較史に関する業績を収録した論文集です。
本書の構成は次のとおりです。
―――
序言 本書成立の経緯
第Ⅰ部 比較史の現在
第1章 比較史の現在―第19回国際歴史学会議に向けて―
第2章 比較史の現在(続)―第19回国際歴史学会議での議論から―
第3章 国際比較中世史料論の現在―熊本シンポジウム『日英中世史料論』をめぐって―
第Ⅱ部 ヨーロッパ中世から
第4章 イギリス中世初期社会経済史への新しい視角―ヨーロッパ大陸との比較から―
第5章 中世荘園制の形成におけるイングランドと大陸―フェイスの新著をめぐって―
第6章 個別発見貨の意味―イギリス中世古銭学による問題提起と所領明細帳研究への波及―
第7章 収穫率についての覚書―9世紀大陸と13世紀イギリスの史料から―
第Ⅲ部 広い世界へ
第8章 比較都市史研究の新しい動向―共同研究・国際会議『イスラムの都市性』をめぐって―
第9章 古銭学・貨幣史の東と西
第10章 封建制概念の現在―第2回日英歴史家会議に向けて―
第11章 市場史の射程―第65回社会経済史学会共通論題結論―
あとがき
注
索引(人名・地名・事項)
―――
第1章と第2章は、 2000
年 8
月に開催された第 19
回国際歴史学会議に向けて、また会議出席後にそこでの議論を踏まえて、書かれた論考です。第1章では先生自身の研究の歩みが、第2章では国際会議での討論集会「比較史。方法とモデル」での参加者の議論が紹介されており、いずれも興味深いです。両論考の本質は、従来は比較史は「区別のための比較」となっていたが、「類推のための比較」(また別の表現では「似たもの探し」)が重要なのではないか、という提言です。
第3章は、熊本大学で開かれた、「史料論」という観点からの比較史の試みの紹介と評価となっています。このシンポジウムの最良の瞬間として先生が指摘していらっしゃる、チャーチという研究者が、 12-13 世紀の財務府の記録であるパイプロール(巻物)の複製を広げて見せたというエピソードは大変印象的です。チャーチはその史料の分析から、財務府がいまだ未発達な官僚機関であったことを指摘しています。
第4章と第5章は対になっており、第4章でヨーロッパ大陸とイギリスの比較の重要性を指摘したのち、第5章ではフェイスという研究者の著作の詳細な紹介と批判を通じて、あらためてその重要性を示唆します。
第6章は本書の中で最も興味深く読んだ論文の一つです。貨幣使用者がなんらかの理由で大量に埋納していたことにより、まとまりを保ったまま発見される「埋蔵貨」に対して、うっかり人が落としたことなどにより一つ(あるいは少数)ずつ別々に発見される「個別発見貨」に着目する重要性を指摘する論文です。二種の貨幣の年代的・地理的件数や状況から、貨幣の流通状況のより深い・正確な理解が可能になるというのですね。面白いのは、「個別発見貨」が発見されるきっかけは、金属探知というホビーが広まった副産物だった、ということです。
第7章は、デュビィらが初期中世の収穫率を低く見積もっていた( 1.6
程度)のに対して、彼を批判し決してそうではなかった( 3
~ 4
程度)という研究を紹介し、また先生の専門である所領明細帳の分析もふまえながら、収穫率という概念が用いられた理由にまで踏み込んで論じている力作と思います。結論部で要点が整理されており、たいへん分かりやすいです。
第8章はイスラム都市史に関する研究会についての紹介、第9章は第6章をふまえて東アジア貨幣史にヨーロッパ中世の貨幣史が有力な材料を提供しうることを示します。第 10
章は「封建制」という概念自体が無用だとするレイノルズの極端な主張を紹介しつつ、それでも封建制概念は有用であると論じます。第 11
章は、市場史について、日本史、東洋史、また経済人類学などにもふれながら、その射程の広さを指摘します。
以上、普段はあまり勉強しない領域についての論集ということもあり、駆け足になりましたが、森本先生の論述はたいへん明快で、(私の理解力は乏しいですがそれでも)読みやすかったです。貴重な読書体験になりました。
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