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2023.03.04
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池上俊一『歴史学の作法』
~東京大学出版会、 2022 年~

2021 年3月に東京大学を退官された池上先生による、歴史学の方法論に関する1冊。
 これまで、数多くの著作(本ブログでも色々と紹介しています)を刊行されてきた先生による、初の方法論に関する著書です。
 元々、東京大学出版会のPR誌『UP』に 2015-2016 年に連載されていた論考に、大幅な加筆修正を施して刊行されたものです。(余談ですが、いつか単行本になるかな、と期待しながら、我慢しきれず『UP』の連載は 2020 年に目を通していましたが、このたび願っていたとおり著書として刊行されて嬉しかったです。)

本書の構成は次のとおりです。

―――
はじめに すべてを歴史の相の下に
第1章 歴史の道筋
第2章 いかに歴史を叙述するべきか
第3章 史料批判は終わらない
第4章 拡散する数量史
第5章 心性史と感情史
第6章 社会史の冒険

第7章 無告の民の歴史
第8章 文化史の課題
第9章 土台としての自然と身体

10 章 甦る政治史
おわりに これからの歴史学

あとがき
参考文献
人名索引
―――

 本書の主な主張は、歴史学の姿は、全体史を念頭に、社会史と心性史(そして文化史)の重要性を強調することにあります。政治史、経済史などの重要性を否定するものではありませんが、それらについても、旧来の手法ではなく、社会史・心性史的な手法を取り入れていく必要があるということを強調します。

 まず「はじめに」は、いま述べたように「全体史」、そして社会史・心性史の重要性を説きます。また、「歴史学は役に立つのか」という点について、歴史家はより広い読者大衆に向けてその成果を問うていく努力を可能ならどんどんすべきで、「そして魅力的な歴史叙述、ワクワクするような議論展開で多くの読者を引きつけられれば、歴史的思考の重要性が徐々に人々に伝わっていくのではないだろうか。おそらくそれができれば十分なのである。それが何の役に立つのか、どんな影響をおよぼすかは、読者が決めることである」( 15 頁)といいます。
 また、「はじめに」で面白かったのは、言語論的転回のインパクトについて、「歴史とフィクションの境界が融解されたとの思い込みが広ま」った(6頁)として、過大な評価はしていない立場をとられていることです。
 第1章は、史学概論系の議論で頻繁に取り上げられるテーマである客観性や因果関係などについて論じたのち、時代区分の重要性を説き、さらに国民史やグローバル・ヒストリーなどの動向を概観します。
 第2章では、自分なりの道筋をもって問題をたて、「結論」を意識して叙述することが重要とされます。多量のデータで議論を展開しながら、結論は不十分と見受けられる研究が多いとの嘆きも見られます。
 第3章は、オリジナル重視の史料批判から、ヴァリアント(異本)の重要性が認められてきた流れを見たのち、しかし歴史家として重要なテクストを「選択」して行う校訂は重要だと説きます。また、歴史補助学(古書冊学、古書体学)や考古学、図像学、近年の史料論の役割を論じます。
 第4章以下は、上に掲げた構成のとおり、「便宜上、歴史をその諸分野…に分けて、それぞれの分野の成果や課題・問題点などを洗い出」していきます。上に書いたとおり、個別分野でも、社会史と心性史の役割が特に強調されます。

 膨大な著作を発表していらした池上先生による方法論に主眼を置いた本書は興味深い1冊です。
 最後にまた余談です。『UP』で連載されていた業績はこうして本書として結実しましたが、池上先生は『ミネルヴァ通信』に「抒情の中世」と題して全 36 回の連載をされていたようです(これは未見です)。ぜひこちらも、一冊にまとまった形で発表されないかと、待ち望んでいます。

(2023.01.01 読了 )

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Last updated  2023.03.04 23:03:36
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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