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2026.05.05
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大下宇陀児『偽悪病患者』
~創元推理文庫、 2022 年~

 大下宇陀児さん (1896-1966)

 表題作 「偽悪病患者」 は、兄妹の往復書簡の形式で展開します。妹夫婦のもとを訪れるようになった美男子・佐治さんは、学生の頃、偽悪者ぶることで有名でした。大きな犯罪を成し遂げるようなことを口にしていた彼を近づけないように、兄は助言しますが、やがて妹夫婦のもとに事件が…という展開です。
 冒頭から好みの物語でした。

「毒」 は、幼い兄妹の視点で進みます。前の母が亡くなり、新しい母がやってきました。いつもは優しい母ですが、小父さんがやってくると兄妹のことを構ってくれません。ある日から、兄は、母と小父さんがこっそり話している部屋の覗き見をはじめるのですが…。
 一見平和な家に忍び寄る事件ですが、兄妹が幼く、何が起こっていたのか分からないところにどこか救いがあるように感じました。

「金色の獏」 一見みすぼらしい置物をどうしても欲しがる紳士が店にやってきました。店主は、その置物を紳士と取り合う女性の来店も受け、さらなる依頼には高額な料金を吹っ掛けるのですが…。
 これも好みの物語でした。紳士たちが狙う「金色の獏」にどんな秘密が隠されているのか、その興味もあいまって、意外な結末にやられました。

「死の倒影」 死刑を言い渡された画家が、恩師を殺すに至った経緯を友人に語る告白文の形式です。学生の頃の殺人、同僚の殺人、そして恩師の殺人につながる、その理由とは…。
 倒叙スタイルの物語で、犯人の心理描写が胸に迫ります。このことはエッセイの紹介の際に後述します。

「情獄」 も、殺人を犯した男が逃亡先で友人に残した手記の形式です。主人公の進学を援助してくれた同級生の結婚をきっかけに、主人公はおかしくなってきてしまいます。同級生夫婦とともに訪れていた温泉で、その事件は起きるのですが…。
 倒叙スタイルの醍醐味である、犯人がどこでミスをしていたのか、もさることながら、主人公自身、そして周辺の人々の心の動きが印象的です。

「決闘介添人」 自分の顔を醜いと思い宿に逗留していた画家のもとに、ひそかに心を寄せていた女性の弟子が訪れます。しかし、さらに、その女性をめぐって争う二人の弟子が訪れ、決闘をするというのですが…。
 主人公の画家による日記の形式で物語が進みます。人が事件を起こす―いわゆる魔が差すというのでしょうか―心理を巧みに描く作品です。

「紅座の庖厨」 SF的作品。胃腸が弱く、大食漢の妻と食事をめぐってケンカしがちだった夫が、ある日訪れたレストラン―紅座では、大変においしい料理をいただきます。さらに、紅座では、弱い胃と丈夫な胃を交換してくれるというのですが…。
 ブラックユーモアというのか、なかなかに衝撃的な展開の物語です。奥さんの思いを考えるとかなりつらいですね。

「魔法街」 深夜に走り出す怪電車、殺人の様子を放送する怪ラジオ事件……と、まるで魔法のような事件が相次ぐ街に、真相を明らかにしようとする青年が現れるのですが…。
 こちらも、まるでSFかのような、とてもありえないような謎が提示されます。物語がどんな風に進むのか、わくわくしながら読み進めました。

「灰人」 こちらは、病気をした犬の目線で始まります。彼を救ってくれた校長はよくできた人でしたが、ある日、事故で視力を失います。その頃、彼の妻の行動をきっかけに、家庭に不穏な空気が流れていき…という物語です。
 ある事件が起きてからは、若い刑事の視点で展開します。とはいえ、主人公の犬がここでも重要な役割を果たします。

 と、バラエティ豊かな探偵小説が並びますが、いわゆる奇抜なトリック(密室やアリバイや)の解明には重きが置かれておらず、むしろいくつか収録された倒叙スタイルの作品に顕著なように、犯人の心理描写に力点があります。
 このあたりの事情は、末尾の短いエッセイ 「探偵小説の型を破れ」「探偵小説不自然論」 で明らかにされます。というのも、甲賀三郎という作家は、勤め先でも探偵作家としても大下宇陀児の先輩に当たりますが、彼が謎解きを重視したのに対して、大下宇陀児は甲賀三郎と真逆の立場で、謎解きだけに集中していると、探偵小説に未来はない、という主張を展開しています。二つ目のエッセイのタイトルにも明らかなように、事件や謎解きに重点を置くと、物語や人間の行動に不自然な点がでてきてしまう、というのですね。
 私がミステリを夢中で読みだした時期は、いわゆる新本格ブームの頃で、それこそ「人間が描けていない」という批判があったと聞きますが、すでに 1930 年代に大下宇陀児がそうした批判を江戸川乱歩や甲賀三郎に向けていたことが大変興味深かったです。
 個人的には、大下宇陀児さんのこの作品集には、冒頭の表題作から引き込まれましたし、その他にも子供の目線で語られる「毒」や犬の視点の「灰人」など、視点も面白く、好みの短編集でした。

(2026.03.07 読了 )

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Last updated  2026.05.05 11:00:58
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のぽねこ @ Re:銀色夏生『流星の人』(05/16) スパイシーチューリップさんへ コメント…
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