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明日からバイト。朝起きられるかすげぇ心配。給料入るまでどうして生活してゆこう。うぅむ。
2004年06月15日
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先日誕生日があった。20代最後。だからここはぱぁ~っと…と思っていたが、彼は転職活動で東京へ、他にも予定すらなにもなく、とにかく普通の日になった。疲れた彼を駅まで車で迎えに行き、とにかく内定をもらった旨を聞き激励。彼をとても気に入ってもらえたらしい。そういう人の傍らにいるというのはとても喜ばしいことだ。けれど、と、彼は新幹線の中でかかってきた電話の事でかなり気にしていた。大学の同期から電話があったらしいのだが、その人なのかどうか確信できない、というのだ。「あんなしゃべり方はしない」と、しきりに気にしていて、あちこちに電話をかけた。そして、とある人の電話をかけた。電話には誰も出ることがなく、しかたがないと思っていた頃、他の人から電話があった。電話を受ける彼の様子がだんだんおかしくなってくる。運転しているスピードが落ちてくる、そして、声は完璧に「何か不穏なこと」を含んでいるものとなった。電話の内容は、彼のゼミの同期が自殺をした、ということだった。どうしてそういう経緯になったのか、誰もわからないということだ。元々自分でなんでも抱え込む人だったらしいので、その理由は誰もわからない。電話をしながら涙ぐむ彼にティッシュを差し出す。涙を拭き、一生懸命普通を振る舞おうとする彼。私は苦しくなった。そんな彼をどうやって慰めてあげよう?とりあえず背中に手を回して電話をする彼の背中をさすってあげただけだった。私はずっと思っていた。どうして私の誕生日にそんな話をするの?そんなのエゴであるのはわかってる。けれど、少しでも私を見ていて欲しい日なのに、ただでさえそばにいなかったのに、それ以上に私から彼を奪うの?悔しかった。寂しかった。でも、私にとっての特別の日は、他人にとっては普通の日なのだ。どんなことがあってもおかしくない日なのだ。私だってもっとわがままを言いたい。けれど何も言えない。もう大人だし。来年の誕生日は、もう少しでも楽しい一日になればいいのにな。
2004年06月08日
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お客さんの相手をしていたら喉が痛くなってきた。なんとな~く痛いなぁ、と思っていながらも、シャワーをあびたり全裸でお相手したり…。と、最後のお客さんがついたとき、ふらっと来た。立っていられない。寒気がとまらない。どうしようもない倦怠感と寒さ。それをひた隠しながらも、私は必死でタオルを全身に巻きながら相手をしていた。「明日も来るんだぞ」と店長に言われてもちろんそのつもりでいた。けれど、帰りの車の中でも寒気と妙な震えが止まらない。指先が震えて、力が入らない。ぼんやりとするし、幸い車の量が少ないだけ安全運転をして帰ってくることができたが、あわてて熱を測った。「37.5℃」これはいけない、と、厚着をしてさっさと寝た。翌朝、喉はパンパンに腫れ上がり、つばをのみこむのもやっと。熱は38℃を超え、私はフラフラ状態になってしまった。当然店は休み。こんな状況で仕事なんてできるわけがない。客に風邪をうつすわけにもいかないだろう。また翌朝。熱はさらに上がり39℃代。これは病院で座薬でも入れてもらうしかない、と、病院へ。しかし結局はイソジンと解熱剤、消炎剤をもらい、点滴を2時間受けて終わり。お金はないけど、いっそのこと入院してしまいたかった。家にいても彼は転職活動で大変だし、余計な心配はかけてしまいたくないし、風邪をうつすこともできない。おかげで、風俗もやめることになった。まあ堅気の仕事に戻れる安心感もあるけれど、その前にはこの扁桃腺炎を治すことが先決だ。これを打っている今も熱があって、フラフラしながらキーを打っている。まだこうやって動けるようになっただけマシ。昨日やおとついは暑いだ寒いだ言って布団をかけたりはいだり大変だった。ばかやろう、私の健康早く返せ!!!!!!
2004年05月30日
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どうしても腸の調子がよくない。辛くて、店を休むことにした。土曜日もお腹がゆるかったが、なんとか仕事をしたけれど、どうしても落ち着かなかったし。熱があると嘘を言って休む。その代わりお家でごはん。ご飯を食べた後、BGM代わりに昔のライブビデオ(私が好きなバンドの)を見る。見ていたらボルテージはあがるあがる。いつかこのバンドのライブに彼も連れて行こうと思っているし、その予行演習のつもりで。思ったより彼も楽しそうに見てくれたし、なかなかいい。それから、ちょっと早いけれど誕生日プレゼントをもらった。ハートに羽根の付いたピンキーリング。あまり高い物をねだるつもりはなかったけれど、ずっと身につけていられるものがいいと思い、彼からもらう3つめの指輪となった。おかげで左手は指輪だらけ(苦笑)。それでもかなり気に入っている。ありがとう(^^)明日からは普通の日々が続くのだろう。風俗は来月の中頃にやめてしまおう。百貨店の中元期バイトに合格したからだ。昼も夜も働くのはあまり体力的に自信がない。きっと寝過ごしてしまうだろうし、どこかで体が不調を訴えてしまいそうだ。風俗だって立派な職業かもしれないけれど、できれば全うな仕事に就きたい。それから。彼に初めての「内定」が来た。幸先がいい。多分その会社には入社しないだろうけれど(あまりに仕事が事務的すぎて、彼の望む「人とべったり付き合う」というのにそぐわないだろうから)、とにかく転職活動のひとつの励みになったのには違いない。このまま全ていい方向に進んで欲しいものだ。
2004年05月24日
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結局、以前いたキャンパブの店長の店に行くことになって3日。ヘルスだけど勤めてます。あ~、辛い。さっさと辞めてしまいたいけど、今はお金が必要だから。ストレスが溜まってるのか、現実逃避してしまいたい。映画見たい。特に「世界の中心で愛を叫ぶ」。あれを見ながら映画館で彼の胸を借りながら大泣きしたい。心から感情を吐き出したい。昨日から彼は面接で東京。今日も今頃は一社受けているはず。がんばれ、応援してるぞ!!夕方にはプラットホームで会えるよね。待ってるからね!!
2004年05月23日
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彼に言われた。「できちゃった婚、勝手な入籍は、親から縁を切られる」「それを俺の両親はきっと、後悔してしまうと、もう分かっているから、そんな思いをさせたくない」だから、彼の病気が治り、落ち着いてからの結婚にしよう、と誓った。でも今の私はどうしても彼の子供が欲しい。焦ってなどいない。数年後でもいいとは思う。分かっているけれど、心の底からこの人と一緒にいる「証」が欲しいのだ。今は転職活動で忙しいから、私も何も言わない。でも、心から愛してるから、そうしたいんだもの。辛すぎる。
2004年05月18日
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結局風俗はこわくてやめてしまった。はじめてヘルスで働いたときに犯されたのがトラウマになってるのかもしれないし、心から愛している人以外に体を委ねたくない。結局どうしていいのかわからなくなってしまった。死んだ方がいいのか、それで解決するのか。死んだ程度じゃ何も解決しない。前向きに生きるしかない。彼と結婚して子供を産み、幸せな家庭を築くのが私の正しい道なのだ。そう思うしかないじゃないか。
2004年05月14日
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とりあえず明日は面接。朝のバイトと両立できそうにないし。やめる予定。でもこわい。すっごいこわい。私が繁華街でのそういう仕事にふさわしいかどうかもわからないし、面接に受かるかどうかもわかんない。先行き不明過ぎて、こわい。なにもかも。…もうすこしかわいく産んで欲しかった(無理?)
2004年05月10日
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泣かないで欲しかった。彼は泣きながら「つれぇよ」と何度も連呼した。私も泣いた。こうなったのは、私が再び風俗店で働く決心をしたからだ。プライドを持とう、と彼に言われてその一線をしいてみようと言われたが、今現状ではそうせざるを得ない。プライドではメシを食うことができない。たとえ自己満足しても。そりゃもちろんふつうのバイトだってしているし、それを続けてゆくつもりだけど、それだけでは生活ができない。当座のお金がないのだもの、お米すら買えない生活を想像するだけでぞっとする。今、この年齢の私じゃないと勤まらないことなのよ、と彼に諭した。他にする仕事があったとしても、お金が入るのは数週間後。ならば手っ取り早く高収入を得られる仕事のほうが効率的でしょ?と、明らかに「そういう仕事はやめてくれ」と言いたがっている彼の抱きしめる腕に問いかける。20日まで3000円で生きられる?それはきっと無理な話。きっともう、3000円なんてあさってには無くなっているに違いない。悲しいけどそれが私たちの現実。長期で働けなくて(彼が転職するまでしかここにはいられない。きっと3ヶ月後には別の場所に引っ越す)給料がそんなに高くなくて、という場所にいたって、なにかと問題が多くなるだけだ。少しの我慢。ほんの少しの我慢。
2004年05月09日
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ホステスのお仕事、クビになっちゃって最悪でした。お金は手元に残らないわ、仕事はなくなるわ、ダブルパンチ。でもまあいいや、人に気を遣いすぎるぐらいつかわなきゃいけない仕事だから、切られても痛みはあまり。でもまた別の仕事を探さないといけない、という試練が待っている事は事実であって、そっちの方に心が動いてくれないのが今の現状。だって朝仕事してたら普通の会社員なんてできないべ?コンビニ一本でがんばるしかねえべ。嫌ではないんだけどカネが入ってこないってのがいちばんつらいわな。自分の時間、彼との時間をつぶしてまで稼ぎに没頭するか、いままでどおりのまったりとした生活で極貧に耐えるか、二つに一つなんだよね。これってけっこうムズカシイ。それはともかく。最近カタカナ使いが多くなってる。私の嫌いな人は日記でカタカナつかい放題。なんか似てきてやだなぁ。存在自体がむかつく。なぜその人をそこまで憎むのか自分でも不思議だけどね。(過ぎたことではあるけれど執念深いのですよ、私は)
2004年05月06日
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4・5日と行ってきました。唯一のGW旅行ですな。やっぱり都会はいいなぁ、なんでもあるんだなぁ(そりゃ田舎でも車持ってるんだから、行こうと思えばどこでもいけるんだがしかし)と思ったりなんかして。友人宅(彼の友人は私の友人である、という定義の元です)は綺麗で広くて機能的で、お人柄も見えるなぁ、という感じですね。マンションは買いだよ、とおっしゃっていたけど、そうだったら私も欲しいなと。(いやまだ引っ越さないけど)友人夫婦様、本当にありがとうございました。楽しい2日間でございましたよ。また(遠いけど)こっちにも遊びに来て欲しいでございます。で、4日ぶりに再会した彼と合流し、一泊したら、ふたりきり(なんか意味の分からない文章になってきたな)。「エロいことしたい」という彼の連呼に、私は答えましたさ、カラダで。体当たりっていうか、されるがまま~。あちこちひっかかれ~の、つねられ~の、かみつかれ~の。まだ私の心にSモードが残ってるもので、Mモードにはなかなかなれず、彼のS心を満たせたかどうかは全然自信ないんだけど、まぁこんなもんでしょ久しぶりのSMは、ってな感じで。まだ尻が痛い。ああ痛い。明日バイト大丈夫かなぁ(汗)…。
2004年05月05日
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絶対私にはできないと思う。一人暮らしもそう。今は「これからもずっと一緒(^^)」と言い合っている人がいるからなんとか精神状態も安定してるけれど、一人きりで長い時間を過ごすというのは絶対に耐えられないと思う。根が淋しがり(でも表にあまり出さない)だから、彼と出会わなければ寂しい日々を過ごしていたに違いない。小さい頃、そういえばそこまで両親に甘えたことなどなかった気がする。弟が昔から病弱で、構ってもらえなかったことは今でも引きずっているのだろう。覚えていないけれど、「お姉ちゃんだから」と我慢させられたことも多々あったと思う。自分に子供ができたら、なるべくそういうことがないように育てたい。もちろん健康に育ってもらえばそれ以上のことはない。(今のところその予定は全くないけど、自分の中では来年に第一子をもうけたいと考えてる)今日はよく寝た。寝てばかりで頭が痛かったので投薬。さすが強い薬、すぐに効いた。これから夜ご飯。そして落ち着いたら速読の本をじっくりと読んで身につけたい。学習に対する意欲はなかなかありそうだ。
2004年05月02日
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彼氏が家を出たのは12時半。それまでチュウを何度もして(照)、会えないこの数日間を埋め合わせるようにしてみた。でも、出て行ってからな~んもする気がせん。とりあえずは台所を片付けてみた。さっさとできた。買い物に行こうかと思うけど、余計なものまで買いそうでちょっと怖い。でもいかなくちゃカレー作れん。だからってサイトを作るっていう気持ちにもなれないし、ということで、ここに来てみた。日記書いてりゃなんとかなるか、と。好きなんだなぁ、とつくづく思うのはこういうとき。好きだからこそ常に一緒にいたいし、行動を共にしたい。常に一緒じゃないとつまらない。感性も一緒だから行くところ(行こうとするところ)とかすること、喋ることが一緒。そんな人と一緒なのは楽でもあるし楽しくもある。好きな人と一緒だから余計に一緒にいたくなる。早く合流したいなぁ。
2004年05月01日
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いいことってあまりない。彼は明日から東京。私は猫とともに名古屋で4日まで待ってる。その間にすることはたくさんあるけど、でもそれでも、彼と一緒にいない、っていうのは寂しい。4日は彼の友達の家に行く。それまで彼とは合流なし。ゴールデンウィークの思い出もいいものがない。失恋したり遊びに行く人がいなかったり、そういう感じ。だらだらした休日になる。まあ、生理が来たので、家で英語を勉強しながらのんびりすればいいかな、と思っている。あとは自炊ね。カレー作って日々過ごせば最低限生きていける。ただ、連休後の朝のバイト、うまく行けるかどうかは少し心配だったり。朝早いからね。
2004年04月30日
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私は両親が嫌い。父親:どちらかというと私はファザコンに近い。けれど父は私に内緒の話をしたことが多かった。初めて父に彼女が出来たとき(初めてじゃなかったかも知れないが)父は私を寝室に呼び出してそういう話をした。もしかしたら異母姉妹がいるかもしれないよ、と。初めは「ふぅん」とだけ言っていたし、当時中学生だった私はそれが父のたのしみであればいいと思っていたし、卑情な父の心の内を見つけられなかったのかもしれない。でも、父はそれから私にだけその「秘密の話」をするようになり、私はそれを小さな胸の中で消化不良を起こしながらもそれを聞く、という事を続けていた。今となっては、父も再婚。私には継母とその連れ子姉弟がいる。母親:とにかく母親は愚痴っぽい。自分の意のままにならなければ後々まで愚痴をし続ける。今だって「あの時に○○していなければ」とか「あの時○○していれば」と、本当に後ろ向きな発言が多い。最近は後ろ向きよりも、自分の事を教訓にしてほしいとばかりに「ああすればいい、こうすればいい」と口やかましく私にアドヴァイスする。鬱陶しいにもほどがある。子供の頃ファザコンだったのは、弟が病弱でほとんど母は弟につきっきりだったことも連鎖する。私は母の腕で甘えた記憶がほとんどない。母がかばってくれたこともあまりない。お姉ちゃんなんだからと悟られてばかりいたという記憶だけだ。彼(同居中)は、全く違う。彼は父と母を尊敬まではしないでも、心の中から信頼し、つらい思いをさせまいと努力をしている。彼はとてもいい人間だ。いや、それが普通なのであって、私がふつうでないのかもしれない。でも、私は彼のそういうところに尊敬し、彼のそんなところが好きなのだ。こんなわたしです。どうぞよろしく。
2004年04月29日
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