M17星雲の光と影

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2008.01.08
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カテゴリ: 映画
正月休みに「フラガール」を見る。以前、地上波で放送していたものをビデオ録画したものである。

最近では映画館はおろか、貸しビデオ屋に行くことすらおっくうになってしまった。映画から遠ざかる一方である。でも、書棚の奥にはいつの日か見ようと思って録った映画のビデオがごまんとある。なんだか見るだけでげっぷが出てしまって、さらに映像から遠ざかることになる。

さらに時間もない。精神的余裕もない。文章を書く暇と気力にさえ事欠くというありさまである。かくしてこころの砂漠化現象は確実に進行しつつある。

「乾いたこころにお水をあげましょう」ということで、手の届きやすいところに「ALLWAYS三丁目の夕日」と「フラガール」を置いておいたのだった。

「ALLWAYS三丁目の夕日」は面白かった。よく出来た映画だと思う。正確にいうと、「よく出来たつくりもの」といったほうがいいか。

これは悪口ではない。むしろほめことばだ。あの映画にこめられた多くの人々の真摯な情熱や熱意や創意や努力を私はおとしめようとは思わない。誠実で立派な仕事である。(ところどころにただよう「日テレ」臭にはいささかげんなりしたが)

だが、この映画を「名画」と呼ぶのは、ちょっとちがうだろうと思う。丹念に作られた誠実な仕事のすべてがマスターピースになるわけではない。「良い仕事」のすべてが「傑作」や「名作」であるわけではない。

「良い仕事」とはどこまでも誠実に真摯に細やかに作られた作品である。それは基本的に作り手の統制下、支配下にあり、それを超えて勝手に動き出したりはしないものだ。

それに対して、作品が作り手の意図を超えて、自分の足ですっくと立ち上がり、未知の領域に歩を進めた時、はじめて「傑作」や「名作」が誕生するのである。



だから、「三丁目の夕日」はよく出来たつくりものなのである。見ていて嫌みを感じず、とてもいい時間を過ごすことができた。たまたま酔っていたこともあり、後半、涙が出たりしたが、なに酔っぱらいの涙なんかなんのあてにもなるものではない。ただ、見ている時の気持ちのよさはけっして酔いのせいではない。それだけはたしかだ。

主役の少女(堀北真希)は好演。しかし、なんといっても薬師丸ひろ子がすばらしい。ピュアなコメディエンヌというのはこの国では貴重な存在だ。「あくがないのに存在感がある」という点では、彼女は吉永小百合直系の映画女優といえるだろう。この映画はたとえ巧妙なCGがなくても、彼女ひとりの存在感だけで十分に持ちこたえることができると思う。

それに比べて男優陣はあまりぱっとしない。堤真一は誉める人も多くいるのだろうが、私の目にはミスキャストに見える。コメディに「力み」と「熱演」は禁物である。吉岡秀隆は予想通りの役を予想通りに演じていて、可もなく不可もない。この人はこれからちょっと苦労をしそうな気もする。

と前置きが長くなったが、本題は「フラガール」だった。

世評ではこの映画は蒼井優を見るべき作品ということになっているようなので、私もそういう予断をもって見た。

蒼井優はいい。にこにこしながらも、どこか「こわい」ところがある。なかなか言うことをきいてくれなさそうな「太さ」と、起き上がりこぼしのようなたくましさがうかがえて、感じがよい。(わかりにくい表現ですみません)

彼女は存在自体にある種の「批評性」があるように思う。ことばで理屈を言うのではなく、生身の肉体で目の前にどんと立ちふさがるような存在感がある。小賢しい理屈になびかない肉体そのもので、きちんとものを言うというのも、女優の重要な条件のひとつである。

ただ、率直な感想を言わせていただくと、これは蒼井優の映画ではなかった。松雪泰子の映画だった。

松雪泰子という女優を私はこれまで一度も美しいと思ったことがない。魅力的だと感じたこともない。だが、この映画を半ばまで見ると、その彼女が輝くような美しさの持ち主に思えてくる。物語にはある種の女性を神秘的な輝きで包みこむ作用があるのである。

とくに前半で彼女が一人で踊るシーン。これは見事である。本来ならば、蒼井優がラスト近くでこの踊りを舞う時に、松雪以上の輝きを見せなければならないのだが、残念ながら、蒼井には松雪ほどの体のキレがない。結果的に前半に映画のピークが訪れることになってしまった。(もちろん最後のダンスシーンはすばらしいものだったが、それにしても、松雪のあの一人踊りにはかなわない)

映画の内容にはいろいろ不満もある。あまりにも「定型」にもたれかかりすぎており、挑戦がなく、スリルがない。脚本・構成もゆるく、フォーカスが甘い。



私は蒼井優と松雪泰子の戦いの映画として見た。その観点から十分楽しめた。

映画を見ていて気づいたのは、脚本や構成や演出などに見られる映画的ほころびが、蒼井にはマイナスに作用し、松雪にはマイナスに作用していないということである。

蒼井という女優は、やはりそのほころびを際立たせてしまうような「批評性」を身に備えている。変な演技を付けられた後など「えっとこれはどうなんだろう」という表情が時折正直に顔に出てしまうところがある。

それに対して松雪は、自分を輝かせることにのみエネルギーを傾注している。だから陳腐でどうしようもない場面でも、彼女の輝きは揺らがない。彼女は良い映画を作るために献身的な努力をしているというよりも、自らを輝かせるという一事に没入しているのだ。

これに対して、蒼井はどこかで作品全体における自分の位置を考えている。その上に立って演技している。だから、映画が揺らぐと彼女の立ち位置も揺らいでしまうのである。



しかし、結果的により強い輝きを見せたのは松雪だった。

制作者の意図を超えて一人歩きをはじめるのが「名作」や「傑作」の定義だとするならば、全体の文脈を離れても不思議な輝きを放ちつづけるのが「女優」の定義ということになるのだろうか。

私は個人的には蒼井優を好むが、この映画を見る限り、勝利は松雪泰子の側にある。

映画の構成が甘く、どちらが主人公なのか焦点がはっきりしない作りに(結果的に)なってしまっているせいで、二人の女優の戦いが期せずして実現したわけである。

蒼井優は07年のキネマ旬報ベストテン、報知映画賞、毎日映画コンクール、日本アカデミー賞で助演女優賞、ブルーリボン賞、高崎映画祭、ヨコハマ映画祭では主演女優賞をとっている。ちなみに日本アカデミー賞、日刊スポーツ映画大賞では松雪泰子が主演女優賞を受賞している。

同一人物が同じ映画で助演と主演の両賞を受賞しているのはなかなか興味深い。また主演女優が二人に割れているのも面白いところだ。

でも私の軍配はやはり松雪泰子にあがる。

この映画をベストワンに挙げなければならない日本映画の実状はいささか心もとないが、日本の女優陣は当分安泰である。そう感じさせる映画だった。





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Last updated  2008.01.09 06:30:58
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和久希世@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) >「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…

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