M17星雲の光と影

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2008.01.31
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カテゴリ: 本
多田富雄『免疫の意味論』(青土社)を読み始める。

免疫システムの基本は「自己」と「非自己」を識別することにある。その上で自己の同一性を保持し、非自己を攻撃、排除ないしは無力化することがその目的である。

その自己認識において、免疫系は脳よりも上位に位置するという指摘が興味深い。

たとえばニワトリの受精卵にウズラの脳の原基(将来、脳となる部分)を移植すると、それらは脳細胞として分化していく。やがて生まれたヒヨコの頭部はウズラそっくりになる。そしてその行動もウズラに酷似してくる。しかし、このヒヨコは生後十数日で死んでしまう。なぜならニワトリの免疫系がウズラの脳を攻撃して神経細胞を破壊してしまうからである。このことから自己認識において、免疫系は脳細胞よりも優位にあると多田氏は述べる。

では、免疫系はどのようにして「自己」と「非自己」を見分けるのだろうか。

ふつうに考えると、自己のなかに「変なヤツ」が入ってくると「あ、変なヤツが来た」と思って、そいつを集中攻撃して排除する。そういう仕組みがあるのではないかと思うところだが、実はぜんぜん違うのである。

「自己」と「非自己」の識別機能を担うのは、「胸腺」から生まれる「T細胞」である。だが、このT細胞は「変なヤツ」を見つける能力をもっていない。

それじゃあ、役に立たないじゃないかと思われるだろうが、それでも免疫系はちゃんと作動するのである。そのしくみはおおよそ次のようなものである。

ある幼稚園に仲良しぞろいの「さくら組」というクラスがあったとする(ちなみに私は原幼稚園「さくら組」出身である)。このクラスを「自己」にたとえる。そのクラスにある日、ずいぶん毛色の変わった転校生が一人入ってくる。クラスの結束を守るため、さくら組の全員はこの転校生をよってたかっていじめて排除する、というような人の道にはずれたことをさくら組は行わない。というか、そういう生徒が入ってきたということさえ、さくら組のメンバーは気づかないのである。(ずいぶんと鷹揚というか、おばかさんぞろいである)。



免疫系による異分子の排除はこのようにして行われる。要するに体内に異物が入ると、白血球系のマクロファージ(貪食細胞ともいう)がこの異物を取り囲んで細胞に取り込んで分解する。その分解の途中で異物の断片がマクロファージの表面に出てくる。その断片と結びついた体内の一部(HLA抗原)に向かってT細胞が反応を開始する。すなわちその抗原に対する抗体が作られるわけである。

さっきのさくら組に戻ろう。A君をたとえばインフルエンザウィルスと考えてもいい。そのウィルスに感染したB君は即座におシャカにされてしまう(なむあみだぶつ)。では、A君はどうなるか。A君にはその毒気を抜いて、おまけに尻子玉まで抜いてしまうチャーミングでキュートなガールフレンドがあてがわれるのである。(魔性の女C子ちゃん登場)このC子ちゃんが「抗体」である。A君はすっかりC子ちゃんにのぼせあがり、でれでれへろへろ状態になり、完全に無毒化されてしまう。かくして免疫反応は終了するというわけである。

私が感心するのは、この「非自己」の認識がきわめて合理的かつ効率的であるということだ。もしも非自己を直接的に認識する物差しを作ろうと思ったら、けっこう大変なことになる。なにしろ非自己というのは自分以外のすべてのものを指すわけだから、その量は膨大であり、その性質はまったくの未知である上に、てんでばらばらである。それを計る物差しなんか、考えてみたら作れるわけがない。第一、自己を認識する物差しと、非自己を認識する物差しを別々に作るのは不経済きわまりない。

物差しなんか一個ですませられればそれに越したことはない。(「オッカムの剃刀」ということばもある)だから、免疫系は自己を認識する物差しを一個しかもたないのである。その物差しでは異物を直接計測することはできない。でも、その異物に影響を受けて微妙に変化した「自己」を認識することはできる。なぜなら、それは自己にそっくりでありながら、それとはわずかに違うからである。自己を計る物差しから微妙にはみ出してしまったもの、それを即、排除する。そして、そのはみ出た寸法をもとに異物を無毒化する自己の断片(抗体)を作る。そして異物と抗体を合体させて、免疫作業終了、というわけである。

実によくできた機構である。そう思いつつ、私はなぜかこの国の「いじめ」について考える。

いじめの対象となるのは、他のみんなと「ちょっとだけ違う」生徒の場合が多い。そして、そのクラスが均質で画一的であればあるほど「いじめ」が発生する頻度は高くなる。

その「ちょっとだけみんなと違う」生徒と友だちになった生徒もしばしばいじめの対象となる。

うーん、なんだか似ている。しかし、違うのはいじめの場合には、異物に対する直接的な攻撃ないしは排除が起き、それが次第にエスカレートしていくというところである。

免疫系はそのような野蛮な行動はとらない。そこでは異物に影響を受けて変質した自己の一部が排除されるのみである。そして、異物はある意味では同化されてしまい、その状態で自己の動的平衡状態は保たれる。いじめを行うクラスが硬直し、固定し、柔軟性に欠けているのに対し、免疫系をもつ「自己」はあくまでも他者を受け入れながら、微妙に自己自身を変えながら同一性を保持しつづけていく。

異物に影響を受けた自己の断片を切り捨て、異物を無害化しながらそれを体内に取り入れるということは、要するに自分が少しだけ変わっていくということである。異物を徹底的にたたき出すことにエネルギーを使うよりも、ちょっとだけ自分を捨て、ちょっとだけ異物を取り入れることで自分自身を変化させるほうが得策だという、これは戦略であろう。

われわれが免疫系のエレガントなシステムから学ぶべきことはけっして少なくないと私は思うのである。








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Last updated  2008.01.31 20:41:34
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和久希世@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) >「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…

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