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農哲@イタリア

農哲@イタリア

2010.05.25
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カテゴリ: 心の窓
366.jpg



今日の午後ついに種まきが終了した。
数にして182枚。
およそ1町歩弱分。

そして、徐々にではあるが、
19日にまいた種籾が発芽してきた。

412.jpg

苗ケースの到着が遅れたり、
土が足らなくて追加したりと
なんやかんやはあったが



416.jpg

こうして、自分のペースで黙々と
農作業ができるというのはほんとうに理想的。
他に、なにもいらなくなる。

おそらく、人にとって
土に触れるということは
「自然」だったに違いない。
だから、これが仕事だとは思わないし、
極端に言えば、おしっこをするような
ある種の人間の生理現象みたいなもののような気がしてきた。
みんな、ではないけれど大多数の人が
なんの為に働くのかわからないままいたずらに時を過ごしていく。

なんだかもったいない気がしてならない。

自然に即して生きていくならば、
必要なものってのは相当少なくて済むのだろうし
与えられるだろうし、作ればいいのだし、
もしどうしようもないのなら諦めればいいだけ。


(特にいわゆる先進国と言われるところは)

不当に高い年貢で自分の収穫物をしぼりとられるわけでもない、
疫病が発生したら町が全滅する勢いで死者がでるわけでもない、
凶作だからといって餓死者が大量にでるわけでもない、
こんなに生きていくのにたやすい時代は他にはなかっただろう。


他に何を望むのか。


生きていること自体が奇跡であるし、
それを全身で享受できないのはなんだかおかしい。

土から離れた瞬間、
なにかのネジがはずれたのだ。

生きていること自体が幸せで
とりあえず、飢えずに雨露さえしのげれば、他に望みません、
農作業や山の仕事を頼むからやらせてください。

そんな人が増えれば、世の中は変わる。
そんな人が田舎のみならず、都会にも出現すれば
間違いなくこの世は天国になるはず・・・なんだけどね。


すごく、すごくここは贅沢な場所。
山が近くて、田んぼがあって畑があって、
料理がおいしくて、優しい家族がいて。

なんだかこの世は複雑になりすぎてしまっているけれど、
もっともっとシンプルでいいのにな。

良いも悪いもなく
ただただ、黙々と自然と向き合う、触れ合う、一体になる。
それだけで十分なのに。


そして、余力がすこしでもあるようならば、
他の人・他のイノチの役に立てるようななにかがしたい。

今はまだまだその時ではない。
そんなことができるような力もまだない。
でもいつかきっとそうなれるような気がしてならない。
この気持ちがずっと続くのなら。

Yasu





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最終更新日  2010.05.27 13:39:12
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