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うむうむネット通信 第4回「あの人に会いたい」 エディターズミュージアム「小宮山量平の編集室」代表 荒井きぬ枝さん以前、上田市にあるエディターズミュージアム(小宮山量平さんの編集室)を訪れた時のこと。突然の訪問にもかかわらず、小宮山さんの長女である代表の荒井きぬ枝さんは、一見の若造である筆者を温かく迎えてくださいました。「兔の眼」の作者である灰谷さんの思い出を聴かせて下さったり、児童文学について、子供について、教育について、平和について、小数派についてなどなど、時間を忘れてしまうほど、自由に楽しく、熱く、いろいろなお話をさせていただきました。とても貴重な時間でした。先日、筆者はテレビで山田監督の「母べえ」を観たとき、同じ母として、いてもたってもいられない気持ちになりました。今も世界中のあちこちでは、戦争で親を失う子供があふれ、傷だらけで戦う兵士たちは、それぞれの「正義」の名の下に、誰かを殺し、街を焼き尽くし 戦争が続いています。 一方で、今自分が、こうして静かな朝を迎えられるシアワセは、温かい夕食を家族で囲めるシアワセは、すべて「平和」であるという大前提のもとに成り立っていることを今更ながらに、強く強く感じたとき、言いようもない焦燥感に襲われました。そして、「命を大事にするという哲学を日本人はもう一度取り戻さなくてはいけない」という小宮山量平さんの言葉と出会った、エディターズミュージアム代表の荒井きぬ枝さんから、「平和を守るということについて」のお話を聴きたくなったのでした。 IMAGEIN ~想像してみよう~「平和を守る」とは、何も、声高に「戦争はんたーい!」と大声で訴えることではないと思うの。それは、「想像する」ことから始まるのです。「もし、あなたの愛する人が戦場にいかなくてはならなくなったら・・・もし、あなたの大事な子供が、爆撃を受けたとしたら・・・・・」愛する人がいる人なら、お母さんになった人なら、想像しただけで、とても耐えられないわよね。そんな親としての当たり前の気持ちを書いた父の文を紹介するわね。」 荒井さんは、一冊の本を静かに開き、朗読を始めました。****************************************私はお前をえたとうとうお前は生まれてきた。(中略)生れるとすぐ眼をひらいた。きれいな体。あらゆるものを祝ってあげたいような、祝福、祝福!1947・11・11お前のお七夜ということで、十何人のお客様だ。お前を抱いて、仏前。神前におじぎ。そうしながら、私はふっと、涙ぐむ。ひとりの人間が生長する過程には、こんな素朴な祝福が、やはり何度となく積み重ねられているのだ。私たちは、1人1人の人間を、そういう祝福の累積として見ることを忘れがちだ。人のいのちが大切だ・・・・・ということの内容は、ひとりの人間の中にも、実にたくさんのひとびとの祝福が積み重ねられているからだ、ということになるかもしれない。お前によって、今更のように、命の尊さ、温かさを知る。1950・7・13昨日、おもいがけなく、お前にけがをさせてしまった。表てを通るジープを珍しがってはしりでたようとしたとたんにころんで額を割ってしまったのだ。血がふきでるのをおさえて、お母さんが医者へかけていったあと、私は寝台にひっくりかえって、どきどきしながら、ただ泣いていた。ふた針ぬったあと、お前も自分から醒めるのをおそれるように、こんこんと眠り続け、夜じゅうまんじりともしないで見まもった私たちの心配の中に、今朝はもう、すっかり元気な目醒めだった。その笑顔を見て、ああよかった、と思ったとたん、何だか力が抜けて、こんどは私の方がぐったりと眠ってしまったのだ。 それにしても、これからのお前の成長過程を通じて、こんなつらい思いを何度も味わねばならぬことを思うと、今更のように、人の生きることの深さをかんがえさせられる。そして、「子供は可愛い」という月並みなことばを持つ意味深さが、新たな深みを加えて私に迫ってくるのだ。ああ、その辺にさりげなく凡々とうごめいている無数の父や母の心に、こんなに痛みやすい心が秘められているのだとは!うかつにも、これは、お前の傷によってえたわたしの新しい体験だ。 毎日の新聞が、大きく朝鮮の戦争を報じている。「爆撃」とか「占領」とかいう文字をよむ私たちの心には、二つの勢力の進退を測る、将棋見物の心情が先に立ち易い。しかし、私の心は、こういう痛みやすい父や母の心を、先ず感ずべきなのだ。私は、もう白い包帯をしていることさえ忘れたように、私の膝で歌うお前を抱きながら、何トンの爆弾、何機の飛行機という文字に注目をする。すると、その一トン、その一機が、ぴくん、ぴくんと、私の心に痛い。どうか世界の皆さん、一発の弾丸でも、どんなに父や母の心が痛むか、そういう数えきれない累積として、戦争を思い、新聞をよんで下さい―私は今更のような反省で、遠いところを見つめるような気持ちになり、無意識にもお前の頭を撫でてしまう。1950・8・1どうして?―という問いをお前のまわらぬ舌は、どおって?と発音する。この数日、急にお前は、そういう問いを発するようになった。あの、質問によって知識を得ようとする成長期がお前の中で始まったのだ。【中略】「どおって?」この幼なことばに、わたしは生涯をかけて答えねばならない。じつに無数の問いにたいして、正しく答えることのできる父でありたい。【中略】愛とか苦しみとか喜びとかの人の心の彩りについて、更に、死や戦争や貧乏について・・・・・水々しい(原文ママ)お前の問いに答えることにより、私も新しくすべてをみつめなおすことだろう。お前と共に、また勉強だ。*****************************************荒井さんは、すでに茶色に変色し、ところどころページがほつれかかっているその本をいとおしそうに触れながら、話を続けた。「これは、私が生れた時から2歳半ごろに書かれた父の日記なの。公の場でお話をする機会があるときに、私はこの文を引用することがよくあるの。それは、自分がいかに愛されて育ったかということではなく、親の子への愛、親としての責任、平和に寄せる思いを強く伝えてくれる文章だからなんです。」 筆者は、荒井さんの朗読を聴きながら、涙があふれてくるのを止められなかった。以前、夫の不注意で、娘が腕に大やけどをおった時のことを思い出していたのだ。その時の、夫が泣きながら、壊れてしまうのではと思うほど娘を強く抱く姿を。抱かれながら、懸命に痛みをこらえる娘の姿を。その二つの愛おしい存在を眼前に、何もできずに立ちすくむ自分を。また、本文中にある「爆撃」という言葉を聴いたとき、筆者は終戦の日を目前に長野空襲で47人の死者がでたという事実のことを考えていた。たった数十年前、今私たちが暮らすこの街で、47人もの民間人が戦争で亡くなったという事実。47という数字は、単なる一塊の数字ではない。その先にはひとり、ひとりの命があり、わが子の死を悲しむ47人の親たちの姿を想像すると、怖くて、辛くて、涙が止まらなかったのだ。――荒井さんは、続ける。眼に見えない大切なものを見抜く力「平和って、決して軍隊や兵器で守られているものではないと思うの。私たちの、ほんの少しの想像力で、世界中のあちこちの痛みを自分の痛みのように感じることができる人がふえれば、その気持ちの延長線上に、「平和」を守ることはできるはず。そのためにも、大人たちが、想像力と創造力を使って、眼には見えない大切なものがわかる心。そして、おかしいことは、おかしいと言える強さ。本質が何かをわかる大人として、成長していきましょうね。」「この文は、この本で読んでほしいから、お貸しするわ。」と荒井さんは、1950年に理論者より出版された大事な大事な初版本「愛になやみ、死をおそれるもの」を、筆者に貸してくださった。筆者は、まだまだ話し足りない気持ちを抱えたまま、エディターズミュージアムを後にした。:****************************************荒井さんとお話を終えて・・・母だからこその使命戦争やテロのニュースを見たとき、遠い国のどこかの話ではなく、私たちは、わが子の「いのち」はもちろんのこと、すべての「いのち」について、もっと敏感に、もっと真剣にならなくてはいけないのではないか・・・それこそが、母としての使命ではないか・・・と思うのです。ひとりひとりの「愛するものを守りたい」という強い思いの累積が、怒りや欲望や恐れや怨みで、複雑にからみあうマイナスのエネルギーの集大成としての「戦争」を食い止めることができると、信じたいのです。そんなこと言うのは、おろかなドリーマーだと政治家やオトコたちは笑うかもしれません。でも、母たちは、本気で平和を望みましょう。本気で、わが子を、自分たちの暮らしを、世界の平和を守りましょう。 それぞれの出産。それぞれの子育て。それぞれの家族があっていい。でも、どんなときも「平和」でなければ・・・そんな思いを少しでも皆さんと共有したくて、書かせていただきました。文責 大日方 雅美★エディターズ・ミュージアムEditor's Museum 「小宮山量平の編集室」上田駅下車お城口徒歩2分 若菜館ビル3階 ?0268(25)0826開館時間:AM11:00~17:00 休館日:火曜日入館料:一般300円・中学生以下無料 http://www.editorsmuseum.com/今回、私が訪れたのは、上田市にあるエディターズミュージアム~小宮山量平さんの編集室~そこは、数々の良質な児童文学作品を送り出して下った理論者の創設者であり編集人であり、96歳にして現役の作家である小宮山量平さんの15000冊からなる蔵書が納められているスペースだ。その空間に入って一瞬にして私は、図書館が大好きだった小学生の私になった。かつての私が夢中になって読んだ本、繰り返し読んだ、懐かしい本に出あえたのだ。ちなみに、このビルの中にある若菜館は、創業110年の老舗のうなぎやさん。残念ながら私もまだ味わっていないので、今度行く時は、ぜひうなぎも食べたいと思っています。
2010年05月24日
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うむうむネット通信 第4回「あの人に会いたい」 エディターズミュージアム「小宮山量平の編集室」代表 荒井きぬ枝さん以前、上田市にあるエディターズミュージアム(小宮山量平さんの編集室)を訪れた時のこと。突然の訪問にもかかわらず、小宮山さんの長女である代表の荒井きぬ枝さんは、一見の若造である筆者を温かく迎えてくださいました。「兔の眼」の作者である灰谷さんの思い出を聴かせて下さったり、児童文学について、子供について、教育について、平和について、小数派についてなどなど、時間を忘れてしまうほど、自由に楽しく、熱く、いろいろなお話をさせていただきました。とても貴重な時間でした。先日、筆者はテレビで山田監督の「母べえ」を観たとき、同じ母として、いてもたってもいられない気持ちになりました。今も世界中のあちこちでは、戦争で親を失う子供があふれ、傷だらけで戦う兵士たちは、それぞれの「正義」の名の下に、誰かを殺し、街を焼き尽くし 戦争が続いています。 一方で、今自分が、こうして静かな朝を迎えられるシアワセは、温かい夕食を家族で囲めるシアワセは、すべて「平和」であるという大前提のもとに成り立っていることを今更ながらに、強く強く感じたとき、言いようもない焦燥感に襲われました。そして、「命を大事にするという哲学を日本人はもう一度取り戻さなくてはいけない」という小宮山量平さんの言葉と出会った、エディターズミュージアム代表の荒井きぬ枝さんから、「平和を守るということについて」のお話を聴きたくなったのでした。 IMAGEIN ~想像してみよう~「平和を守る」とは、何も、声高に「戦争はんたーい!」と大声で訴えることではないと思うの。それは、「想像する」ことから始まるのです。「もし、あなたの愛する人が戦場にいかなくてはならなくなったら・・・もし、あなたの大事な子供が、爆撃を受けたとしたら・・・・・」愛する人がいる人なら、お母さんになった人なら、想像しただけで、とても耐えられないわよね。そんな親としての当たり前の気持ちを書いた父の文を紹介するわね。」 荒井さんは、一冊の本を静かに開き、朗読を始めました。****************************************私はお前をえたとうとうお前は生まれてきた。(中略)生れるとすぐ眼をひらいた。きれいな体。あらゆるものを祝ってあげたいような、祝福、祝福!1947・11・11お前のお七夜ということで、十何人のお客様だ。お前を抱いて、仏前。神前におじぎ。 そうしながら、私はふっと、涙ぐむ。ひとりの人間が生長する過程には、こんな素朴な祝福が、やはり何度となく積み重ねられているのだ。私たちは、1人1人の人間を、そういう祝福の累積として見ることを忘れがちだ。人のいのちが大切だ・・・・・ということの内容は、ひとりの人間の中にも、実にたくさんのひとびとの祝福が積み重ねられているからだ、ということになるかもしれない。お前によって、今更のように、命の尊さ、温かさを知る。1950・7・13昨日、おもいがけなく、お前にけがをさせてしまった。表てを通るジープを珍しがってはしりでたようとしたとたんにころんで額を割ってしまったのだ。血がふきでるのをおさえて、お母さんが医者へかけていったあと、私は寝台にひっくりかえって、どきどきしながら、ただ泣いていた。ふた針ぬったあと、お前も自分から醒めるのをおそれるように、こんこんと眠り続け、夜じゅうまんじりともしないで見まもった私たちの心配の中に、今朝はもう、すっかり元気な目醒めだった。その笑顔を見て、ああよかった、と思ったとたん、何だか力が抜けて、こんどは私の方がぐったりと眠ってしまったのだ。 それにしても、これからのお前の成長過程を通じて、こんなつらい思いを何度も味わねばならぬことを思うと、今更のように、人の生きることの深さをかんがえさせられる。そして、「子供は可愛い」という月並みなことばを持つ意味深さが、新たな深みを加えて私に迫ってくるのだ。ああ、その辺にさりげなく凡々とうごめいている無数の父や母の心に、こんなに痛みやすい心が秘められているのだとは!うかつにも、これは、お前の傷によってえたわたしの新しい体験だ。 毎日の新聞が、大きく朝鮮の戦争を報じている。「爆撃」とか「占領」とかいう文字をよむ私たちの心には、二つの勢力の進退を測る、将棋見物の心情が先に立ち易い。しかし、私の心は、こういう痛みやすい父や母の心を、先ず感ずべきなのだ。私は、もう白い包帯をしていることさえ忘れたように、私の膝で歌うお前を抱きながら、何トンの爆弾、何機の飛行機という文字に注目をする。すると、その一トン、その一機が、ぴくん、ぴくんと、私の心に痛い。どうか世界の皆さん、一発の弾丸でも、どんなに父や母の心が痛むか、そういう数えきれない累積として、戦争を思い、新聞をよんで下さい―私は今更のような反省で、遠いところを見つめるような気持ちになり、無意識にもお前の頭を撫でてしまう。1950・8・1どうして?―という問いをお前のまわらぬ舌は、どおって?と発音する。この数日、急にお前は、そういう問いを発するようになった。あの、質問によって知識を得ようとする成長期がお前の中で始まったのだ。【中略】「どおって?」この幼なことばに、わたしは生涯をかけて答えねばならない。じつに無数の問いにたいして、正しく答えることのできる父でありたい。【中略】愛とか苦しみとか喜びとかの人の心の彩りについて、更に、死や戦争や貧乏について・・・・・水々しい(原文ママ)お前の問いに答えることにより、私も新しくすべてをみつめなおすことだろう。お前と共に、また勉強だ。*****************************************荒井さんは、すでに茶色に変色し、ところどころページがほつれかかっているその本をいとおしそうに触れながら、話を続けた。「これは、私が生れた時から2歳半ごろに書かれた父の日記なの。公の場でお話をする機会があるときに、私はこの文を引用することがよくあるの。それは、自分がいかに愛されて育ったかということではなく、親の子への愛、親としての責任、平和に寄せる思いを強く伝えてくれる文章だからなんです。」 筆者は、荒井さんの朗読を聴きながら、涙があふれてくるのを止められなかった。以前、夫の不注意で、娘が腕に大やけどをおった時のことを思い出していたのだ。その時の、夫が泣きながら、壊れてしまうのではと思うほど娘を強く抱く姿を。抱かれながら、懸命に痛みをこらえる娘の姿を。その二つの愛おしい存在を眼前に、何もできずに立ちすくむ自分を。また、本文中にある「爆撃」という言葉を聴いたとき、筆者は終戦の日を目前に長野空襲で47人の死者がでたという事実のことを考えていた。たった数十年前、今私たちが暮らすこの街で、47人もの民間人が戦争で亡くなったという事実。47という数字は、単なる一塊の数字ではない。その先にはひとり、ひとりの命があり、わが子の死を悲しむ47人の親たちの姿を想像すると、怖くて、辛くて、涙が止まらなかったのだ。――荒井さんは、続ける。眼に見えない大切なものを見抜く力「平和って、決して軍隊や兵器で守られているものではないと思うの。私たちの、ほんの少しの想像力で、世界中のあちこちの痛みを自分の痛みのように感じることができる人がふえれば、その気持ちの延長線上に、「平和」を守ることはできるはず。そのためにも、大人たちが、想像力と創造力を使って、眼には見えない大切なものがわかる心。そして、おかしいことは、おかしいと言える強さ。本質が何かをわかる大人として、成長していきましょうね。」「この文は、この本で読んでほしいから、お貸しするわ。」と荒井さんは、1950年に理論社より出版された大事な大事な初版本「愛になやみ、死をおそれるもの」を、筆者に貸してくださった。筆者は、まだまだ話し足りない気持ちを抱えたまま、エディターズミュージアムを後にした。:****************************************荒井さんとお話を終えて・・・母だからこその使命戦争やテロのニュースを見たとき、遠い国のどこかの話ではなく、私たちは、わが子の「いのち」はもちろんのこと、すべての「いのち」について、もっと敏感に、もっと真剣にならなくてはいけないのではないか・・・それこそが、母としての使命ではないか・・・と思うのです。ひとりひとりの「愛するものを守りたい」という強い思いの累積が、怒りや欲望や恐れや怨みで、複雑にからみあうマイナスのエネルギーの集大成としての「戦争」を食い止めることができると、信じたいのです。そんなこと言うのは、おろかなドリーマーだと政治家やオトコたちは笑うかもしれません。でも、母たちは、本気で平和を望みましょう。本気で、わが子を、自分たちの暮らしを、世界の平和を守りましょう。 それぞれの出産。それぞれの子育て。それぞれの家族があっていい。でも、どんなときも「平和」でなければ・・・そんな思いを少しでも皆さんと共有したくて、書かせていただきました。文責 大日方 雅美★エディターズ・ミュージアムEditor's Museum 「小宮山量平の編集室」上田駅下車お城口徒歩2分 若菜館ビル3階 ?0268(25)0826開館時間:AM11:00~17:00 休館日:火曜日入館料:一般300円・中学生以下無料 http://www.editorsmuseum.com/今回、私が訪れたのは、上田市にあるエディターズミュージアム~小宮山量平さんの編集室~そこは、数々の良質な児童文学作品を送り出して下った理論社の創設者であり編集人であり、96歳にして現役の作家である小宮山量平さんの15000冊からなる蔵書が納められているスペースだ。その空間に入って一瞬にして私は、図書館が大好きだった小学生の私になった。かつての私が夢中になって読んだ本、繰り返し読んだ、懐かしい本に出あえたのだ。ちなみに、このビルの中にある若菜館は、創業110年の老舗のうなぎやさん。残念ながら私もまだ味わっていないので、今度行く時は、ぜひうなぎも食べたいと思っています。 皆さんも、少し足を伸ばして ご家族で訪れてみてはいかがですか?
2010年05月05日
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