信濃路見聞録 陽だまり

信濃路見聞録 陽だまり

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

バックナンバー

2026年10月
2026年09月
2026年08月
2026年07月
2026年06月
2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月

フリーページ

2004年10月15日
XML
カテゴリ: 生活



当たり前だけど 中学時代。



バスケに夢中 で

一生懸命に バスケ ばっかり。

得意科目は?????

しいて言えば生物。



運動神経 も特別あったわけではないし、

英語は1年生で 挫折。




そんなおかんの 将来の夢 は

漫画家になること だった。



今と違ってなんでもすぐに

漫画の描ける状況にはならない時代だった。



Gペン 一つ、 インク、ケント紙 など

ご近所のあちこちの店を回っても

全てが揃わない時代だった。



ケント紙 などはもちろん

梅田などの専門店にしかなかった 時代である。



お金もない中学生が色んな道具を

手に入れることは難しいことだった。

ましてやケント紙などは1枚いくらで売られていて

とても手が出なかった。




そこでおかんは 大学ノート に

いくつかの 漫画を描いた。



今でも自分だけの 宝物 として保管してあるが

たった 1冊だけ 残っていたのを

娘が見つけて、時どき面白がっていた。


今見たら

今のおかんにそっくりの キャラクター だったので

びっくりするやら

おかしいやら・・・・




娘と一緒に何度お腹を抱えて

笑ったか~♪


1


漫画


まんが


内容も 駄じゃれ、大阪弁 ばかり・・・・



面白くて笑ったのと

結構丁寧に書いてはいるが

へたくそ で 漫才のようなくだらなさ



そこでまた 爆笑 した。



これはたぶん 中3の頃。




中学1年生の時に毎日のように

授業中 いたずら書き をしていたら

帰りのホームルームの 反省会 の時に

( 思い立った時に自由に投書が出来る )

目安箱にそのことを 告げ口した男子 がいて



先生が大きな声で

その男子が書いたメモを読み出した。



ご丁寧に最後に 自分の名前 まで書いてある。



そんなことでは めげないおかん であったが

その時の 恨みは 今でも残っている。

みんなの前で恥ずかしかったもん!!

(いやおかんのほうが悪いんですが)




このHPを毎日見ている あなた。



あなたですよ、それは・・・。



きっとあなたはそんなこと

これっぽっちも 覚えていない でしょうねぇ。



今ではメル友の 大阪便りの太郎君。



ずばり あなたです。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2004年10月17日 10時00分37秒 コメント(14) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: