実録・サラリーマン時代

実録・サラリーマン時代

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

●おじゃ丸●

●おじゃ丸●

Calendar

Favorite Blog

まだ登録されていません

Comments

海のくまさん@ チン型取られちゃったw http://onaona.mogmog55.net/3ug77hc/ 俺…
ボーボー侍@ 脇コキって言うねんな(爆笑) 前に言うてた奥さんな、オレのズボン脱が…
開放感@ 最近の大学生は凄いんですね。。 竿も玉もア○ルも全部隅々まで見られてガ…
通な俺@ 愛 液ごちそうたまでしたw http://hiru.kamerock.net/hoiiz2l/ フ○…
アゲチン@ ありがとうな!!!! http://bite.bnpnstore.com/g2txr6e/ ア…

Freepage List

September 28, 2006
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 ああびっくりした。一万文字超えてたんだ!(笑)。

 くれぐれもこの新しいほうから読まないようにしてください。
さあ、まずは一個前の文章から、張り切って読んでもらい(笑)、
その後、以下に行ってください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(前回からのつづき)

 例えば、俺が今後突然とある世界でそこは「腹筋を500回やらされる」場所で生きていかなきゃいけなくなったとしょう。なんだそりゃ(笑)。
そして、ここの世界(どんな世界よ)には俺のほかにも人がいる場合、腹筋500回という数値は物理的・人間生理学的に不可能なことではないんだというのが、わかり安心する。


 ここの世界というのが仮に運動部のシゴキとか刑務所の刑罰の一貫とかだとしたら、
それは当然、厳しくてナンボなわけだから、一筋縄ではいかないレベルなんだろうけど、
そのような行為の回数を決定する側が、いわゆるこの世界のスタンダード、いや「どうしようもなく辛い!」というレベルの中で結構ギリギリのラインの「スタンダード」というものを踏まえている、はずなのだ。
そうじゃないと、この目的である「シゴキ」や「刑罰」は達成されず、死んでしまうからだ。
だからもしこんな場面に遭遇した場合、「そんなの絶対無理!」とか「絶望だ」などという不安になることはないっていうこと。
ちなみに腹筋500回っていうのは、俺は高校時代の部活で実際にやらされていた、やれていた、ことなので、当然、人間生理学的に可能であることは実証済みなのだが、
今の俺にとってはもちろん「絶対無理!」って思いそうになるし(笑)、
本当にどこかおかしくしそうだと思うんだけど、
それでもやはり「絶対無理」とか「絶対的な不安」にはならない。
そうだなぁ、結果的に「無理」かもしれないが、
最初からどうしようもないほどの不安にさいなまれることはないってこと。


この理論を踏まえる限り、未だ体験してない世界に入ろうが、不安や恐怖はない。
あ、でも世界とはいえ外国ははずして考えてみたい。
やはりこれらのスタンダードというのはそこの人間の文化とかが重要なバックボーンになるから。
恐怖もない、といったが、例えば暴力団にしても、普通の「怖くないレベル」みたいなものがまず無意識にあって、それを踏まえていかに怖くするか、ということを追求した末の完成形だということを、まずこっちが自覚しているかいないか、ということで恐怖の質は全然変わってくると思う。

 こう考えると、絶対的な不安や恐怖というものは、雪山の遭難等の自然相手や、熊に会うなどの動物系、

つまり同じ文化にいる「人」が介在する世界においては煎じ詰めれば、必ずやそこにスタンダードが存在し、それを知りさえすれば、絶対的な不安や恐怖というものからは解放されるはずなのだ。

 究極のプラス志向、思考、の斎藤一人さんが、「困ったことは起こんない」というのも、きっとこういうことなんだろうと勝手に思う。
 だいたいにおいて人が悩んだりすることっていうのは、スタンダードが存在し、人が存在する中で起こることに関する悩みであり、さらに自分の身近に起こっていることであるはずだろうから。
 例えば俺が「総理大臣にどうしてもなりたい、どうしたものか」っていうことになると、かなり今までのスタンダードから外れ、チグハグになり、不安、諦めへと続いていくのかもしれない。
でも、だいたいにおいて、人が悩むことはもっと身近なことだ(笑)。
だいたいが自分自身が学校に通っていた頃のクラスメートみんなが織り成すレベル内での話、とでも言おうか。
だからこそ悩むんだよ、という意見があるのもわかる。
 人は女優やアイドルに恋の悩みを持ったことはないけど、クラスなり職場なり、何らかの人間関係の中で人を好きになり、恋をして悩むことのほうが多い。それももちろんわかる。
ではこう考えるのはどうだろう、それは確かに「悩む」のだろうけど、何の手の施しようも無い「絶望的」なことではないはずだ。「絶望」っていうものは、もっとどうにもならないこと、悩みようもない次元のもの、
それが突然自分の身に課された場合、やらざるをえなくなった場合、その時「不安」や「絶望」が顔を出す。
そう、女優やアイドルに恋をしたほうこそがこれに近い(これにしても完全な「絶望」ではないのだが)。
だから矛盾するようだが、「悩める」ような世界の場では「不安」「絶望」は無い、というのがここで俺が言いたい発想。
これらのことを踏まえて言える。「困ったことは起こんない」と。

 このたび俺は脱サラし、起業しようとしている。
 今の時代、世の中の飲食店の7割が廃業に追い込まれ(賃貸料がなく自己所有物件というだけで、なんとか損益分岐点は超えているという店を含めると、実に9割の店は赤字)ている中、「だからやめといたほうがいい」という考えに現在なっていないのも、これらの大発見によるものである。
 飲食業界でのスタンダード、黄金律、なるもの(例えばクオリティー・サービス・クレンリネスなど)を踏襲することで、くどいようだが本当に実践することで、廃業になることはないだろう、という自信、確信が持てるようになった、というだけでも大きいことだと思う。
世の中の喫茶店の7割以上はこれらQ・S・Cのどれかは欠けている。
これは実際に俺がカフェや喫茶店を何件も何件も行って、この目で直接確かめたことである。
まさに確率どおりなのだ。

 「廃業にならない」なんて、人によっては妙に後ろ向きだと思う人もいるかもしれないが、
規模の大小は違えど、「廃業にならない」、「ビジネスを継続させる」ということが、起業を志す人全員の最初のテーマでであると思う故、
俺にとってこの自分なりの「相対性理論」の発見は本当に驚異であった。
多くの人は、そんなことは知ってるんだと思う。そして、特にそれが自信につながったりはしないのだろう。
きっと、俺は元来ものすごい「不安がり」だっただけなのかもしれない。
でも、とにかくこの発見によって自分自身の精神が強靭になったのは確かなのだ。

ほらね、やっぱりピンとこないでしょ? 
実はもっともっと言葉を必要とするほど深い話だと俺は思っているんだが、
あんまりこのことを頑張って表現することに労力を割かなくてもいいと思うし、
でも、今回こうして半端なりにここに書き留めておく機会があっただけでもよかったと思う。

(つづく)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  September 28, 2006 10:47:25 PM
コメント(1) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: