全15件 (15件中 1-15件目)
1
サービス担当者会議。とある利用者さんのヘルパーさんの回数を増やすことになりました。で、2箇所のヘルパー事業所が入っていて、そこではどうしてもまかなえない時間がありました。でも、利用者さんが「ちょっと待つ」とおっしゃったので、事業所にも「少し待ってもいいですか?」と伝えたら。片方の事業所(ウチとどう法人のサービス事業所)の所長が陰で、私の上司に「そんなんでいいんですか。入れないっていったでしょ。どういうつもりなんですか!!」とつっかっかったって。普通そういう時って『ウチのサービスを気に入っていただけてうれしいです。でも、なかなかあきそうにないんです』って言うものじゃないんですか???伝えてきた人はそんなこと一言も言わなかったよ。「ハイ」って電話切ったもの。で、こっちに責任転嫁???ふざけんな。でもね。私も先手を打って、別事業所を考えていたの。だから、後はサービス担当者会議をやって、導入するだけ。。でも言われたことを知っちゃったから、いわれたからやったと思われるのも悔しいなぁ。ああ、自分とこのヘルパーなのに。本当に頭来る!!!
2010.06.03
コメント(0)
先日、同僚のお母様が突然なくなりました。朝起きてこないから、とご家族が見に行ったら亡くなっていた、と。享年62歳でした。何の既往暦もなかったそうです。その同僚の故郷は新幹線で4時間ほど離れています。そこからも少し移動しないといけないとのことで、出勤後、急いで帰りました。その時の彼の顔はきっと忘れることはないでしょう。で、帰省後、葬儀直後に今度はお父様が急性腸炎で入院、腸の7割が壊死していて、もう少し遅かったら危なかったそうです。そして彼は決心しました。そう。退職し、家族で郷里に戻るそうです。まだこの話はオープンにはなっていないのですが、ケアマネとしてものすごく成長した彼。人間性も本当に素晴らしく、同僚として頼もしかったのですが・・・いろいろな葛藤の中で決断した彼。残念ですが、きっと彼ならどこででもやっていけるでしょう。この後の人生を応援すべく、華やかに送り出したいと思います。で。別に自分にはそんなことは起きてもいないのですが、年に何度か自分の進退を考えることがあります。このままやっていていいのだろうか。朝7:30に家を出て、夜8:00に家に帰る毎日。幸い夫が1日おきに家にいるので、最低ラインでなんとかなっているのですが、家の中は夫のモノで溢れ(私が小言を言わないから趣味のものでリビングまでが大変なことに・・・)埃にまみれ、洗濯物が積み上げられ、ごみ屋敷になってしまいました。ケアマネとしてごみ屋敷対応してますが、いよいよ我が家にもヘルパーさんが必要です(xx)子供たちのフォローもしないといけないですし、子ども会の役員もあります。体調の管理もしないといけません。好きなテレビも見えないし、映画にももう出かけなくなりました。外出といえば夫と子供の行きたいところ。私の希望など誰も聞いてくれません。ついでに私の休みの日は必ず子供がいるので子供たちの相手をすることになります。今のご時勢、仕事があることに感謝しないといけないことは百も承知です。でも我慢できなくて、生活に対する不満が大きくなると仕事をやめたくなるんです。夫が「映画見てきた」というので、「どうだった?」と聞くと「言ったらおもしろくないでしょ?」って。「行けないからせめて内容を教えて欲しい」といってもあっかんべぇ~って。軽いふざけっこが幸せな円満夫婦みたいなことやってんじゃねぇ。ふざけんなよ。どういうつもりだよ。その態度が一番むかつくってこといい加減わかれよ。アンタが一人で映画に行ったことを知らない方が幸せなの。私は。と心の底で思っていることなど、夫は知らないでしょう。綺麗なリビングでくつろぎたい。自分が一人になれる時間がほしい。その時間を作るには寝る時間を削るだけ。でも、以前それで4日間点滴を受けることになってしまって・・・この日がいつか報われる日が来るのかなぁ。それまで、がんばり続けることができるかなぁ。辛いなぁ。ま、夫への愚痴ですが。
2010.05.29
コメント(0)
本日、近くの施設で管理職向けの研修がありました。そこの職員さんの計らいで私もその研修を受けさせてもらえることになりました。・・・でも私は管理職ではありません。講師はこの業界では結構有名な遠藤先生。認知症・介護保険のエキスパートで時々NHKにもでてらっしゃいますよね。先生の名前だけで研修を選ぶこともあるくらい好きな先生です。先生の研修のリピーターでもあります。今回は管理者向け、と言うことで認知症を語るいつもとは違う内容です。先生は介護保険や日本の福祉をどこに向けて進めて行ったらいいのか、を、ご自身の持論とともに話してくださいました。内容は割愛し、私の感想。今は以前とは違って、お金持ち相手の施設運営に傾いていっているような気がします。ユニットケアでホテルコストで稼いだり、所得4段階以上の方をターゲットにしたり。そうしないと運営できない現実もあるため、拒否もできません。でも。福祉ってそういうものなのかな?福祉って生きている人たちが幸せだと思う生活ができることだと思うんです。困っているときやことに対して助けの手があること。それが原点だったはずなのに。いつの間にかそんなことはきれいごとになっているような気がします。便利になっていく世の中はいったい誰の為に便利になっているのか。私は子供の学童保育の父母会の会長と保育園の保護者会の会長をやっています。連絡協議会などに出席すると時間の延長や日曜日の開設などの要望もよく耳にします。それは誰がガマンするの?同時に利用者様にとって使いやすいサービスの提供、これも誰の為のもの?本当に介護を必要とする高齢者の為になってるの?介護者の生活のためのサービスじゃないの?もちろん介護者含めて利用者なんだけど、しわ寄せは高齢者だよね?どっちも自分の意見を言えないほう、つまり強弱考えた時に、強い側に有利にできているの。有利な人たちが作ったサービスだから、弱い側の発言はそんなに大きな影響力がない。でも福祉はちがう。弱い人の味方でないといけない。その人たちが救われないといけない。そう思って福祉を仕事をしている人は仕事をするべきじゃないかって思います。この思いもきれいごとだと思います。でも、心の底ではそう思っていたい。今の世の中、流れる時間が早すぎてついていけない。子供や高齢者、障がいを持った方々。私も今の時間の流れに息切れを感じています。ついていけないことが足手まといのような空気が渦巻いている。でもどんな状態のひとでも参加できる社会になるといいな。そんな社会がきっと暮らしやすい社会だと想像します。どんな活動をすればこの業界にいて実現できるのか。今からはその方法を探していきたいと思います。
2009.11.12
コメント(0)
私が勤める法人には海外研修なる物があります。一般職員向けのアメリカ西海岸研修と管理者向けのオセアニア研修。で。管理者向けの研修は一般職員には研修報告はないのですが、一般職員の研修は聞かせていただけます。毎年ある福祉QCの発表会で報告があるのです。そのリハーサルを見ました。アメリカの研修でいったい何を学んできたんだろう。民意も民度も文化も違う国。日本で何を生かせるのだろう。思い起こせば学生時代、北欧の福祉先進国の対応を見て憧れた。教授や研究者も軒並みその優れたところを講義した。でも。日本の福祉でそれに倣って行われていることがどのくらいあったのだろうか。・・・その後15年経過しているが、何か変わったことがあるのだろうか。私の目には社会的に変わったことなんてひとつもない。強いてあげれば今まで隠されてきた問題が露呈したぐらい。隠されてきた社会的弱者が立ち上がる勇気をもったこと。社会が後押ししたわけではない。何もしてくれないと理解したから自分達でなんとかしようと運動を始めた。その運動が許される社会になった。それだけのことだと思う。なぜこんなことを書くかというと。報告で聞いたアメリカの介護が私の理想に近かった。とかく日本人は3大介護(食事・排泄・入浴)に心血を注ぎすぎる帰来がある。丁寧に丁寧に、丁寧に。つまりそれだけで1日が過ぎていくといっても過言ではないくらい丁寧に。もちろん清潔は大切です。私もお風呂も好きだし、トイレにも行きます。でもね。それは楽しみではないんです。本を読んだり、音楽を聴いたり、お芝居や映画も好き。バレエも好きだし、こうやってパソコンしてるのも好き。オセロやゲーム、絵を描くことや見ることも好き。こっそりケーキを食べること、友達とおしゃべりすること、お料理すること、家庭菜園も好きだし、華道や茶道も嗜みます。まだまだ好きなことはいっぱいありますが、わが特養でやっている人などみたことありません。・・・私もやらせようとしたこともありません。つまり3大介護に尽力するあまり、楽しみは二の次になっている。でも生活ってそこが大切じゃないですか?オムツをしていても人間がダメになったわけじゃない。お風呂に入れなくても好きなものがなくなったわけじゃない。でもその二つは人間の自尊心の中心にあるものだから、できなくなるとものすごく辛い。で、自分はもうだめだ、と思ってしまう。人に迷惑をかけているから、自分は我が儘言ってはいけない、と考えてしまう。・・・でもそうじゃない。(その人)らしく生きることが大切なんだと思う。(その人)らしさを大切にすることが介護の根底にないといけない。(その人)の楽しみを一緒に体験する。感じる。不安や悲しみを分かち合う。そんな介護があってほしい。学生時代、先生が「靴下を1時間かけて履くのと、1分で履かせてもらって59分好きなことができること、どっちがいい?」と言う質問をしていた。「リハビリになるので自分ではいた方がいい」と言った学生と「59分で好きなことをやりつつ、リハビリに繋がればいい」と言った学生に分かれた。もちろん私は後者だ。でも、実際の現場ではその59分の間に、職員は他の誰かのおむつ交換を行っていて、好きなことをする時間にならない。死ぬときに思い出したいのはきっと楽しかったことだと思う。間違っても丁寧におむつ交換をしてもらったことではない。丁寧にやることは大切だけれど、生活の質を見落とすことがあってはいけない。すべての施設がそれを当たり前にやるようになることを願ってやまない。
2009.11.09
コメント(1)
「命」について。今日もそのことで母と話しをしました。私の母方の祖母は現在有料老人ホームに入所しています。つい2ヶ月前まではリハ病院に入院していました。3ヶ月の定期満了につき、自宅では生活できないので苦渋の選択での入所でした。で。リハ病院では車椅子に座って生活していたのに、現在寝たきりです。寝かせきり、と言うべきか。つい2ヶ月前まで普通だったことが、不可能になっている状態に愕然としました。・・・いえ。現実を見たんです。そして母と話したこと。「老いて死ぬことがいけないことになちゃったね」と。人間は誰しも老いていきます。そしてその先に「死」が存在しています。その道のりの中に「健康」だったり「病気」だったりが転がっていて、すべてが独立してあるわけではないんですよね。生活の中にすべて入っている。健康であることもも病気になることも生きていることの一部なんですよね。でもその延長線上に「死」も存在しているんです。治る病気は治したほうがいい。その考えは正しいと思います。でも、それだけでははかれない問題があるのも事実です。でもそれが「死」を受け入れられない状態にしているのではないか、と思えてならないのです。祖母が倒れたとき、救急車を呼びました。脳梗塞で飲み込みができなくなり、食事が取れなくなりました。胃ろうをするかどうか選択を迫られました。本人はもう選択することはできない状態だったので、家族に本人の生死を委ねられたのです。家族として「必要ない」とは言えません。胃ろうになりました。でも病院にいる間はリハビリも生活も本当に尽力いただいてプリン程度なら経口摂取できるようになったんです。車椅子で過ごせるようになったんです。でも現在は寝たきりです。経口摂取もしていません。意識も微妙です。認知症も進み、母のことがわからなくなりました。当然初孫の私のことなどすっかり忘れているでしょう。初ひ孫のことは存在すら知らないでしょう。もちろんそれを施設のせいにするつもりはありません。祖母の状態がそこまで来たのだ、という覚悟もあります。そうではなくて。施設によってできることが全く違う。必要なのに、できない。要望してもそれ相応の職員配置がない。つまり、医療で助かった「命」を「生活」に繋げる事ができない。そこに居続けるだけの「生」にならないようにしたいのに、限界はすぐにある。介護ってこんなものなんだ、と無力さを感じざるを得ません。自分の働く施設の介護士を見ていても、自分が働いていたとしてもきっとできないでしょう。「生かされて生きる」のではなく「生きている」と感じていただけるような施設に変えていけたらいいなぁ・・・と切に願う孫なのでした。
2009.11.08
コメント(2)
お休みの日は意外に忙しい。まぁフルタイム主婦は皆さんがそうですよね。本日は夫と長男が某サーキットにミニ四駆大会に出かけました。今日明日連日開催なので泊りがけ。私は次男と水入らず・・・なのですが。こまごまと忙しい・・・。洗濯掃除、布団干しは一緒にやります。その後、友人のお店に商品代を届けに出かけ、レンタル本屋に本を返しに行きました。ついでに古本で小説を購入。次男は最近のお気に入り「怪談レストラン」シリーズの古本を購入。その後、市役所が新築され、その内覧会にでかけました。同僚から「○○市の市役所はひどいなぁ、古臭くて・・・」とバカにされ続けてはや10年。やっと見返すときがきました。やっぱり新築はキレイですが、机も何もなく、引越しの為に養生してあるので、イマイチ使い勝手を想像できず・・・。次回は引越し後に行ってこようと思います。そして近くのおこわ屋さんでお弁当を買って自宅に戻り二人で食べました。その後は二人で読書タイム。また心霊探偵八雲シリーズ。このレビューはまた後日。洗濯物や布団を片付けて友人の娘さんのバレエの発表会に出かけました。妖精さんがいっぱい。なんてかわいらしいのかしら。娘を持ったことがないので、本当に憧れます。ああ、娘がほしい。一緒にバレエやるのが夢でした。(私もバレエは少しかじっています)意外にも次男が舞台を食い入るように見ており、「僕もやりたい」と。「でも女の子ばかりだから、やだ」と。こんな田舎にはボーイズクラスなんてないから残念。私が教えようかな・・・。親子だと感情的になっちゃうから無理なんだけどね。で、その発表会もそこそこに学童保育の父母連絡会に出席。今年は県内の合宿地になっているわが町。県の連絡会から役員さんが来られています。自治体単位で学童のあり方も違います。恵まれているところとそうでないところ。で県内すべての学童が満たされるように合宿研修兼交流会を行います。私も介護保険などの連絡会担当をしているのでこのような団体取り組みは大切だと認識しています。子供を預けて働く親なので学童もとても大切です。県内すべての学童の高レベルでの面合わせは大切だと思います。親が仕事をががんばればがんばるほど、しわ寄せは子供たちに行くのではないかと危惧しています。預ける時間が長とか、親の時間に子供を合わせさせる、とか。親子の時間が減っていくのです。その分密に接すれば、と言うのもわかりますが、物理的に足りない時間は埋められません。いろいろなことを子供で調節するようなことはしてはいけない。子供は自分では世の中を変えていけないんだから。つまり、働きかけるところはそこではなく会社なんだと思います。不況の為、実際そんなことをしたら首を切られるかもしれません。でも。ライフワークバランスを考えた働き方が許される世の中を作っていく方に心血を注ぐ必要があるんじゃないかと思います。秩序は大切だけれど、基本的に親は子供にとって代えのきかないこと。今の会社は基本的に自分じゃないとダメ、ってことはない。そこのバランスが悪いからネチネチと嫌味を言われたりする。そして不況の為、収入源である仕事を捨てられず悩む。・・・悪いスパイラルですよね。そんな少子化対策するなら、そういったことに目を向けなくちゃ。ワーキングプアが多いから、お金を配ろう的なことしか考えられない貧困な発想は今すぐ捨ててほしい。実際子育てしにくい時代です。その本質はいったいどう論議されているんだろう。子育ても介護・医療も仕事もすべて厚労省管轄じゃん?一省の中のことなんだからちゃんと考えてほしいものです。と、県の連絡会の方に話しました。そして遅い晩ごはん。どうしてもオムライスが食べたいという次男。材料がないので外食に。おoがtショッピングセンターに出向きお腹いっぱい食べたとさ。ほんとうにこまごま忙しい1日でした。
2009.11.07
コメント(0)
私はよく「明治村」と言うところに行きます。空気の流れがゆったりとしていてお気に入りの場所です。明治時代の建築物を移築して展示している屋外博物館なのですが、そこで「小泉八雲」の住んでいた家に行きました。そこは駄菓子屋になっていて、誰でも入ることができます。等身大の「小泉八雲」のパネルが迎え入れてくれます。「小泉八雲」はお父さんがアイルランド人、お母さんがギリシャ人です。『怪談(耳なし芳一等)』がとても有名ですが、私は純粋な日本人じゃないことに驚きました。日本人よりも日本人らしい怪談。びっくりです。まぁそれは関係なくて。最近読んでいる本はタイトルどおり。「八雲」がついているのでついつい手にとって見ました。もちろんオカルト系だろうと踏んで。唯のオカルトではなくて、心霊現象が絡んだ刑事事件をかいけつしていくお話でした。何ページが目を通し、おもしろそうで思わず買ってしまいました。キャラとして「オレ様S系」が好きなので八雲の立ち位置が本当に気持ちいい。あと「魂は人の想いの塊」という表現が心に残りました。死後の世界とか輪廻転生とか信じているか、と言われると信じていないけれど、「人の想い」がこの世に残るぐらい強い物であることは信じています。同じ状況であって死ぬ人と生き残る人がいることを時々不思議に思っていました。そこには理解の範疇を超える偶然が存在していることもあると思いますが、最後に残るのはきっと想いの強さだろうな、と。「念ずれば花開く」とかその類の言葉だと思いますから。八雲が刑事と事件解決していく中で発せられる言葉が社会の中でささくれ立っていく心を癒してくれことが多くて、人を大切にしていることがよくわかります。人は関わる人たちに影響を与え、与えられながら生きています。この仕事を選ぶにあたって、出会った人たちが「私」と出会えて良かった、と思ってもらえるようにがんばろうと誓いました。仕事柄、送ることが多いです。利用者さまが臨終の際に「いい人生だった」と心の隅で少しでも感じられるように関わっていけたらいいな、と思います。
2009.11.07
コメント(0)
わが市にある介護事業者連絡会事務局スーパーサブの私。成り行き(ウチの施設長が会長の為)でなっちゃってます。その中でも一番難儀な仕事。それは連絡会で行われる「研修」を企画立案することです。今回は臨床心理士の先生に「人の話をきく」と言うことについて講義と演習をしていただくことになりました。で、今日は打ち合わせ。車で60分ほどの先生のお勤め先に出向きました。とってもいいお天気だし、先生もとても親切で、ドライブがてら本当に気持ちよかったです。「臨床心理士として、カウンセリングをする」という切り口でご講義いただきます。基本的に私たちは「相談に乗る」というスタンスで話をします。つまり「その相談の結果、明確に答えを出す」と言う概念にとらわれることが多い。でも私の理解している「カウンセリング」はその答えをクライアントから導き出すように話をきくことだと思っているので、そのノウハウを聞けるなんて嬉しい!!担当と言うこともありますが、研修を自分で組んでいて楽しみです。さて。今回この先生をどのように見つけたか。ここが今日の焦点なわけですよ。この仕事、どこまで行っても人とのコネクションがモノを言います。ドクターや病院にしても施設や相談員にしても事業所だってすべていい意味でのコネクション。お互いに助け合いつつ利用するわけです。普段の仕事は今のままでもいいのですが、スキルアップを目指すときにもう一歩進んだところのコネが欲しいと思います。研究者。実践でがんばって力をつけても、中央から出る情報だけでは世間の流れに乗れません。そこで専門に勉強している方の力が必要なわけです。それと自分の思考や価値観を融合させてキャパを広げていく。引き出しが増えれば増えるほどいい仕事ができると思いますから。今回そこを私の上司がフォローしてくれました。ご自身の知り合いが、この先生を紹介してくださったんです。そしてこともあろうか、この先生、ちょうどその打ち合わせ場所に居合わせた県内ではセンター方式の第一人者とも言われる先生まで紹介して下さったのです。名刺交換しただけですが、今後開催されるだろうセンター方式の勉強会ではきっとお世話なると思います。何かに参加していると、少しずつ自分の世界が広がっていって、その影響を受けていきます。そのつながりが自分の財産になっていくように感じました。紹介してくれた方(今回は先生)を失望させないように自分を磨かないといけないんだなぁ、と荷の重さも感じつつ、具体的な研修プログラム組みを始めないといけないです。今日無事レセ終ったし。来週は休み続きだけどナントカがんばろう思います!
2009.11.06
コメント(0)
わが法人。結構大きい。聞くところによると来年度の採用予定職員もあわせて、全職員数が1500名になるそうな。もちろんいろいろなところに施設はあるので、一同に顔を合わせることはないけれど、自分が入職したころはその1割にも満たないぐらいだったから、信じられないぐらい増えたんだなぁ・・・と実感。まぁ、そんなことはさておき、「こんなに大きな法人だからさぞかしいろいろ分担できて楽なんだろうね」と他の法人の知人などにふられます。が。何をおっしゃる。私のいる居宅介護事業所はすべて自分達管理ですよ。年間の予算組みから支出入計算、勤務組みに給付管理からレセプトまですべて自分達で行います。事務員さんもいません。社会保険や給与計算もです。・・・社会保険と福利厚生では拠点施設の事務員さんの協力を得ていますが。多分事業所立ち上げてもすべて自分達でまかなえると自負しております。それをやらないのはつかわれているほうが楽だから。そんなことはさておいて。9月に上司が変わり、それまでの上司がやっていたレセの担当が私に回ってきました。ひえぇぇぇぇぇ何故???そんな重要な役なんて私、力不足です(xx)今回3回目。前の2回は返戻も修正もありませんでした。今回も失敗なく、返戻もありませんように☆失敗すると事業所全体に収入がありません。2ヵ月後のお給料がでなくなっちゃいます。念には念を入れてチェックをするのですが、いかんせん時間がない!急に入院したり、退院したりする人が。家で生活できなくて施設手配したり、ショート手配したり・・・。挙句の果てには介護者間の揉め事を電話で愚痴られ・・・。利用者様に関わることなので無碍にもできませんが、介護観の違いを今愚痴られると・・・かなり困ります。今日はある利用者様の娘、Bさんから電話が。「嫁は財産を狙っている」とかなんとか。養子縁組してないから嫁には相続権がないんだよ?そしてその方の姉Aさんの依頼で私は動いていて。嫁はAさんに依頼されたことをやっているだけなのに。そのいざこざは家族で何とかしてください・・・あまりにひどいので「ご心配ならこれからの話し合いには地域包括と市役所の担当を同席させましょうか?」と言っても「うん」とは言わず、「あなたも洗脳されている」と罵られ同じ話の繰り返し。姉Aさんは「どうぞどうぞ」とオープン。Bさん、怪しすぎる。で、40分もグチグチ電話に付き合っていました。そんなこんなで実績も中途半端。本当にレセ大丈夫かな。今月の給付管理修正だらけにならないように祈るばかりです・・・。ちなみにレセデータ送信日は6日。がんばれ~私!!!
2009.11.04
コメント(0)
約3週間ぶりに買い物に出かけました。まぁコンビニはその間に1回は行きましたが・・・。もう買い物したくて息が詰まりそうでした。この秋に着る服もほしいし、ブーツも見たい。本屋さんにも行きたい!!と意気込んで行ったのはいいのですが。今年はハーフ丈よりチョイ短めのパンツを買いたいと思っています。カラータイツとあわせてボーイッシュにすっきりと、ってな感じを出したくて。探しましたよ。がんばって。いろいろなテナント回って。でもでも。サイズがないの。穿いてみてもヒップとウエストががばがば。かっこ悪い~好きな色、デザインだったのに。基本的に私の体形にあう服はかなり少なくて、ちょっと大人びた子供服がちょうどいい。でもさすがに最近のギャルチックなのは着られません。次の機会に別のお店に行ってまた探そう。そして本屋さんへ。私は基本的に本好きです。あれば何でも読みますが、疲れにとっもなって活字量が変わります。疲れているときはマンガを読みたくなります。で。今日はマンガ。レンタルで「オトメン」を借りました。TV放送中ですよね。なんとなく原作を読みたくなって。買うつもりはないのでレンタルで十分。もともと「花ゆめ」読者なのですが(15年ほど前まで)今もかわらない「花ゆめ」ワールドが嬉しかったです。で、購入で「心霊探偵八雲」小説も読んでますが、マンガも買っちゃいました。お手軽に読めるのも、と思って。・・・やっぱり疲れてるのね。ウキウキ気分で出かけたお買い物だったけれど、結局は欲しかったものは何も購入できませんでした。何もないのも寂しいので家族分ののおやつのドーナッツを買って帰りましたとさ。珍しく何事もない平和な休日でした。
2009.11.01
コメント(0)
朝、プッシュポンプ式ファンデーションを押してみた。!!!!!?????ない?昨日までは普通に使えたのに。こんなにもあっさりと急になくなるの??私、今日も仕事なの・・・子持ち主婦の私。スッピンではさすがにもうだめです。お化粧をちゃんとして、初めて仕事への戦闘態勢が整うのです。スッピンでは気合が入りません。急いで探す。どこかのメーカーの試供品がないか。あ、そういえば少し前に通販化粧品の冊子が届いていた。見つけ出し、開けてみる。あ、ありましたよ、入ってました!!ファンデーション。リキッドファンデが好きなんだけど、残念ながら、パウダー。でもここはそんな贅沢言いません。あっただけ感謝!!なんとなくなじみの悪さを感じましたがないよりはマシ!と思ってお化粧しましたが。残念ながらあまりいい顔色にならない。なんとなくくすんでいます。ファンデの色と顔色がが合わない。でも毛穴とか、そばかすとか、隠したいものは多い。・・・結局ポイントメイクにも力が入らず、いまひとつの仕上がり。ローテンションでの出勤になりました。今日もサービス担当者会議があったので気合を入れたかったのですが、残念でした(xx)あ、大きな問題もなく乗り越えましたが。そんなときに限って違う部署のイケメン職員さんが珍しくご土曜出勤。もっとちゃんとしたメイクで出勤したかったなぁ。・・・お化粧ひとつでヤル気十分になるお手軽な私。ちなみに好きなのはベージュ系のカラーをふんだんに使ったしっかりナチュラル。厚く見せない艶肌ナチュラル。今日の仕事の帰りにファンデを購入してきました。明日からまた気合を入れてお化粧します!!あ、明日はお休みでした^^;
2009.10.31
コメント(0)
私が勝手に思っていることでです。介護業界ってどう思われているのでしょう。「他人の世話なんてよくやるよね」「そんなに若いのに感心ね」私はほとんどの友人や現在の利用者様のご家族にそういわれます。笑って「そうでもないですよ」と答えますが、内心はハラワタ煮えくり返ってます。それは『私は介護のプロである』というプライドがあるからです。大学で学んできたことを職場で実践し、たくさんの利用者様と接しながら自分を取り巻く様々な方からいろいろなことを学びました。そして研修や勉強会に参加して時代に乗り遅れないよう努力してきたつもりです。しかし。社会は決してそう考えてはないようです。「介護業界は人手不足だから仕事のない人に介護関係の仕事を」と安易な記事をよく目にします。また、悪いことをした人が、「これからは心を入れ替えて・・・」と言うのもよく耳に入ります。もちろん、その人たちの心根を否定するわけではありません。これからがんばろう!と言う人のヤル気をそぐつもりもありません。何が気に入らないかと言うと。ここにもちゃんと専門性があって、みんなプロとしてがんばっているんです。でもボランティア的な社会通念がなかなかこの現場を「専門」とみないからいつまでたっても「仕事」としての土台ができない。介護保険の報酬を見ても、そこからはじき出される給与にしても生きている人を支えている人の得る収入ではありません。今日の新聞の地方版に「介護施設の仕事を!」と求人が始まるようなことが書いてありました。洗車や施設内の掃除、洗濯、施設周りの掃除などまでが対象でした。ちなみに時給は850円~900円。何を言っているのでしょう。介護保険になって台所事情が厳しくなった今、どれだけの施設が職員を使いまわし、本物のボランティアさんの力を借りていると知っているのでしょう。好意で助けてくださる方にお願いしないと現場は回らないのです。規定では利用者様3人に対して職員は1名。120人の施設ならば約40人の職員(看護師+介護士)が配置される計算です。でもこの40人は1日に勤める人数ではありません。公休や夜勤の職員がいます。つまり、夜勤が5人の場合、日中は単純計算で15人いないのです。25人で120人を介護します。ユニットケアならば、1ユニット(10床)に職員は二人の計算。でも入浴介助などで人手をとられれば、1ユニットを一人でみることになります。逆に利用者様はこの状態を黙認しないといけないんです。呼んでも別の利用者様のケアをしている間は中断できないことも多い。「待っててください」と言われ、いつまでも来てもらえない。そんな生活アリですか?正常な人ならば怒って当然ですよね?でも特養の現実はこんなものです。人を雇う金銭的余裕もなく、厳しい現実で専門的な勉強をしてきた職員でも離職率が高い。その現場に当たり前のように何も知らない人を雇用させようと企む行政。その何も知らない人にいろいろ教えている間にまた、利用者様を待たせてしまうことになる現実。で、以前に誠心誠意、懇切丁寧に教えた人に「こんな仕事やってられん」と10日あまりで退職された時には目の前が真っ暗になりました。あったりまえだろう。家で生活できない人や介護を受けられない人が来るところなんだもの。 何か事情があったり、専門的な技術や知識が必要に決まってる。それを「こんな仕事」呼ばわりする人には来てもらわなくて結構!!と同僚と悪態をついていました。今思い出しても腹立たしくて仕方がありません。人をみる、介護する、と言うのはきれいごとではありません。病院のように「治療する気がなければ来なくていい」というスタンスも取れません。私たちの仕事は最低限の生活を保障するものですから。だからケアマネは1ヶ月に必ず1回は自宅訪問をするんです。生活できているかしっかりチェックするんです。だからこそ介護保険とともに「介護」というものを成熟させないといけないのに。なんだか逆行しているようで怖いです。これから行政の思惑に乗ってこの業界に来る人が、「この仕事に就けてよかった」と思うような業界になるようにいのるばかりです。
2009.10.30
コメント(2)
今5本のバラがあります。育て方も知らないのに無謀にも(私にとって高級な)バラを半年前に購入しました。同時に「NHK趣味の園芸」を購入。おっかなびっくり育てております。仕事、子育ての合間の貴重な息抜きの時間です。その品種。「ブルーヘブン」青系のバラです。淡い青灰色の花弁で、数ある青バラ系の中でも品格、形状、色合いともにピカイチと思っております。名前も素敵ですよね。しかし。いかんせん、ド素人。上手に咲かせるのは本当に難しいですね。幸いにも虫や病気には今のところなんとか耐えており、暑い夏にも花を咲かせてくれました。そして秋。またつぼみをたくさんつけています。青灰色の上品な花の開花までもうすぐです。待ち遠しいですね。6月の開花画像「ルシファー」これは紫系のバラです。名前に堕天使の名がついています。ものすごく魅惑的な様子が窺えます。このバラはブルーヘブンの遺伝子を受け継いでいるんだそうです。途中まで半剣弁立ち、咲くとカップタイプになるとのことで・・・。お店の方は「育て方もそんなに難しくないですよ」と。勢いで購入。夏前に綺麗に咲いてくれました。・・・何故か咲いたときの画像がない!痛恨のミスです(xx)今回とてもいい感じのつぼみがあるのでもう少し咲いたら画像つけます^^忙しいときは朝の水遣りと休日の消毒しかできないのですが、大切に育てればきっと素敵に咲いてくれると信じてがんばっています。次の春に購入するバラの苗木のチョイスも始めなくちゃ。毎日が忙しくて「やるぞ!!」と決めないとなかなか実行できないので・・・。今は「レモンドリーム」と言う名前のバラの苗木がほしいのですが、どこかで取り扱っていないかな。花フェスタ記念公園に出かけなくっちゃ^^
2009.10.29
コメント(0)
私が勤める法人は結構大きくて、老人福祉系で事業が大きくなっております。その中で最近問題に上がること。ケアハウスや支援ハウスというカテゴリの施設を利用されている方について、です。この二つは(ウチの法人の場合)特定施設ではないので、介護はついていません。なので介護必要になったら、介護保険の認定を受けて介護保険の介護サービスを利用することになります。そして定期定期に問題が勃発します。というのは・・・。この二つは基本的に介護が必要になっても、ヘルパーや通所サービスを利用すれば生活できる人は入居の継続ができますが、常時の見守りや常時の介護、医療が必要になったら対象外になります。夜勤者は常駐していませんし、日中の職員も2人です。夜間緊急時はナースコールすれば併設の老人ホームの職員が様子を見に来てくれる程度です。つまり、一時的な体調不良への対応はなんとかできても、常時介護が必要になった方への対応は困難なのです。そしてそんな方にはケアマネと契約し日常生活が送れるように介護サービスの調整をしていきます。が。それでも生活が難しくなってくると・・・双方の施設ともこちら(ケアマネ)に退居のネゴシエイトを言ってくるんです。それってどうなの???私たちの仕事は、利用者様がそこに住んでみえるから必要があるのであって、そこに住んでことは私たちが関与できない契約の上のものでしょう?それを言ってくるのは反則ですよ。つまり、「あなたはこの施設では暮らせないとケアマネさんが言っています」ってことにしたいわけ。でも違うよ!!「あなたのお体の状態は、この施設の対象外です」ってことでしょう?だったらそれ相応の相談をすべきです。そのための相談員だと思いますが・・・。それができずにSOSならばちゃんと伝えてくれないとわかりません。できるかぎり、考え付くかぎりの支援を入れても生活がままならず、それをケアマネの力量と判断されるのは納得できません。何のためにいろいろな施設があるのか相談員ならばもう少し理解してほしいです。我が法人内でもいろいろな施設があるのですから。今の日本、終の棲家である場所は限りがあります。余裕のある方は選択肢も多いのですが、そうでない場合は更に限定されます。住み慣れた環境を離れるのは辛いことだと思いますが、自分の状態にマッチしない施設を選択するのも悲劇の始まりだと私は(経験上)思います。こんなことで今日作る予定のケアプラン、2件分作れませんでした(xx)明日もまた何が起こるかわかりません・・・。いつも泥舟に乗っている気がしている私なのでした。
2009.10.28
コメント(0)
私の仕事はケアマネージャ。基本的に仕事は好きです。でも。苦手なことがあって・・・。それはAヘルパー事業所とのサービス担当者会議。今日は昼から一戦交えなければなりませんでした。その席で「能無し扱い」をうけるのですから(xx)昼食は同僚と近くのお店でおいしいと評判のランチをしましたが。。。緊張で味がわからず、オナカを下す始末(・・・汚くてすみません)利用者様宅で別のBヘルパー事業所のヘルパーさんに背中をさすられ慰められるほどおびえておりました。知らないうちに負けるが勝ち、ではありませんが、A事業所のヘルパーの言うとおりにやれば問題ないだろう、という考えになってしまっています。でもA事業所はそれも気に入らず、その通りにプランを組んでも文句を言われます。いっそ使いたくない。しかし使わないわけには行かない理由もありまして・・・。自分の行動の一挙一動に文句を付けられています。上司も同僚もそこの事業所とやりあっています。その事業所は間違ったことをやっているわけではないんです。ただ融通がきかなすぎる。例をだすならばつまり「歩行を見守り、転倒の危険を減らす」というプランに対して、仏壇の花筒を運ぶ利用者様を立って見ている感じです。「何かを持って歩く場合、手すりなどに掴まれないので持ってあげて、安全に歩けるようにしてください」とサービス担当者会議で決めたはずなのに。「仏壇関係のことは介護保険ではできません」と難儀して歩くご利用者をじーっと見ていたそうです。利用者様は「悔しくて情けなかった」と涙してました。それを事業所に伝えたら「プランに入れてくれたらやりますけど」と。「じゃあ物運ぶことはすべて書かないといけないの?」と言いたかったけれど、言えませんでした。思いが伝わらない。本当に辛いです。一時が万事そんな状態で、ほとほと疲れ果てています。相手は法律上は正しいことを言ってきているので、大きく反論もできないのが実情。私としては法律の解釈をこう捉えて、情の部分もみこんで依頼したいことも多いので。なんだかんだと言って、実際は相手に立ち向かえない弱さを自覚すのが情けないです。でも。「それはどうよ」と応戦したら、その後利用者様がどんな扱いを受けるか、とか、同僚や上司に迷惑をかけるんじゃないかなど不安も大きく、やっぱり引っ込むしかなくて、だれもその事業所の所長を諌めてくれる人はいないのです。・・・ああ、明後日もココの事業所とのサ担。無事終りますように(x人x)
2009.10.27
コメント(4)
全15件 (15件中 1-15件目)
1