2011年03月04日
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期待したわけでもなく借りたDVDだった。
いつのまにか続編を見ずにはいられなくなった。
毎年エミー賞の候補にあがるテレビドラマなので、
よいドラマなのはわかっていたけど、
内容が暗いので敬遠していた。
アメリカの三大ネットワークではなく、
ケーブル局が製作したドラマである。
このケーブル局という発信場所が、台風の目になりつつある。
以前にも『カリフォルニケーション』というテレビドラマを見て、

日本でもそうだが、NHKや地上波といった大手のテレビ局は、
あたりさわりのない作品しか作れなくなった。
冒険しないのである。
東大やハーバードといった一流大学のエリートが、
経営陣に名前を連ねると、企業は元気がなくなる。
スティーブ・ジョブズのいないアップルみたいなものである。
無難な路線を歩めば、さしあたり一流企業でいられるわけで、
視聴者離れが進行し、企業収益も減っているのだが、
その悪循環から逃れられなくなっている。

さて『デクスター』だが、第1話のオープニングから、
これでもかというくらいショッキングな映像が続く。

警察の鑑識に、そうした専門職があるそうだ。
殺害現場の壁や床に飛び散った血液を分析することで、
事件の状況を把握する。
それだけでも見るに耐えないのだが、この主人公は連続殺人犯である。
昼は警察で働いて、夜は殺人鬼になって人を殺す。

さすがにこのドラマだけは放映しないだろう。
原作は推理小説なので、人物の造詣が深く、複雑なドラマに仕上がっている。
家族の絆やフロリダという土地柄、
メキシカン、キューバリアンといった民族コミュニティー、
警察のリアルな人脈、上司と部下の関係、政治の組織図など、実に興味深い。
そしてなによりも、デクスターという主人公の描き方がおもしろい。

ハンガリー生まれの精神科医にレオポルド・ソンディという人物がいる。
ソンディ・テストの考案者である。
人の衝動は、父から息子、息子から孫へと遺伝的に継承される。
家族的無意識という言葉で名づけた。
フロイトの個人的無意識、ユングの集合的無意識、ソンディの家族的無意識、
人の心に働きかける無意識の三位一体である。
外科医の息子は外科医に、といった具合に、
外科という職業が要求する衝動を、普通の人よりも多く受け継いでいる家族がいる。
モーツァルトの父親が音楽家だったように、
家族には、その家族特有の衝動の傾向がある。
さらにソンディは、人の衝動は職業によって社会化されるという。
社会化されない無意識は、人の心を狂わせたり、犯罪に向かわせたりする。
ソンディの構築した理論は運命分析と呼ばれている。
人にはそれぞれ特有の衝動の傾向がある。
几帳面で、冷たい感じのする人いれば、
大雑把だけど、性格が明るくて、だれからも好かれる人もいる。
暴力的で、喧嘩ばかりしている人もいれば、
臆病で、おとなしい人もいる。
そうした人々の衝動は、両親から受け継いだものだから、
生涯に渡って、その人の人生を左右する。
職業によって効率よく社会化できれば、モーツァルトのように天才にもなれる。
社会化できなければ酒に溺れたり、犯罪者になったりする。
衝動は、人をして行動へと駆り立てるエネルギーである。
そのエネルギーが日々の仕事で昇華され、職業という形で結実する。

テレビドラマの話に戻るが、
デクスターは殺人衝動を人よりも多く受け継いだ人物である。
このドラマを見ながら、ソンディの家族的無意識を幾度となく思い起こした。
まるで心理学者が書いたドラマのようなシリアスさである。
デクスターのような人物がなんの訓練も受けずに大人になれば、
連続殺人犯になって社会に大きな害をもたらす。
このドラマの優れたところは、
父と息子の話として殺人衝動を扱ったところにある。
息子が動物を殺す。
その殺しを必然として受け入れる父親が、はたしてこの社会にいるだろうか。
殺人を悪と教えるのではなく、殺人をいかに社会化させるか、
社会にとって有益なものになりうるかどうか、
その点をこれでもかというくらい突き詰めて問いかける。
殺人衝動も、モーツァルトの想像力と同じくらい価値ある衝動、
神が、アプリオリに人に与えた衝動である。
幼い子供は、自らの衝動に戸惑うばかりで、実に哀れな存在である。
価値あるものになるかどうかは、父親の教育にかかっている。
父親はデクスターが思春期を迎えるその前に、
彼の殺人衝動を見抜き、デクスターの将来、まさしく運命と立ち向かう。
衝動をうまくコントロールし、社会にとって有益になる方法を考案し、
息子に伝え、訓練し、一人前の大人に育て上げた。

殺人というと、すぐに悪と考えてしまいがちだが、
よい殺人と悪い殺人、社会に役に立つ殺人と害になる殺人がある。
殺人なしに存在できる社会はないのである。
日本の社会もそうだ。
凶悪な犯罪者を法律と死刑制度で殺人することで、
わたしたちは安全な社会で暮らしてゆける。
民主党の法務大臣が死刑執行するのが嫌で、一年間職務を怠慢したことがある。
こうした状態が長く続けば、司法制度は崩壊し、犯罪者の天国になる。
ジンバブエ、クメール・ルージュ時代のカンボジア、アフガニスタンなど、
司法制度が役に立たなくなった社会は人類史には数多く存在する。
カンボジアも、共産主義という理想が実現したはずだが、
実際には日常的に虐殺が行われる社会になった。
理想と思われた社会が、いざ実現してみると地獄になる。
政治は正義という名を借りて、欲と欲が衝突し合う場である。
複雑すぎて先を見通すことができないので、皮肉な展開を招きやすい。

いわば国が行う殺人を、デクスターにやらせることで、
彼の殺人衝動を社会的に昇華させる方法を父親が開発する。
とんでもないストーリーである。
善と悪、衝動と超自我、社会的規範とそれを破ることの快楽、
さまざまなテーマが、実に乱暴な方法で問われている。
かつてドフトエフスキーは『悪霊』という小説で、
悪に魅せられた人物たちの内面に迫った。
トルーマン・カポーティは『冷血』という小説で、
殺人を行う犯罪者たちの心理に迫った。
そして現代は『デクスター』である。
なぜ人々はかくも殺人者に魅せられるのか。
オーデンの詩に、答えが隠されているかもしれない。

 狩猟で暮らしたわたしたちの先祖は
 生きものの悲哀の物語りをものがたった。
 留めを刺された獣の顔に刻まれた限界と欠乏とを憐れんだ。
 ライオンの不寛容の面魂のなかに見た
 射止められた鹿の死にゆく眼光の裏に見た
 人間の栄光を狂い求める愛を見た
 理性によっていや増すであろう人間的栄光と
 あの寛容の衝動と支配力を
 ひとつの神の正しさを

この世にあるすべての人々のDNAには、
狩りの本能と戦争の快楽と殺人の衝動が、
つまりは勝者として生き残った者たちの本能が、
止みがたいほど強く刻印させている。
わたしたちはミトコンドリアから進化し、
適者生存の長い旅をしてきた生物なのである。
敗者の肉を食らって生き延びた勝者の子孫である。

それにしても恐ろしいドラマである。
連続殺人者を主人公にしたドラマを、
50話近く作れるアメリカという国の底力。
当然ながら、放映に反対する人々もいた。
このドラマの邪悪さ、
邪悪なものを邪悪なものとして描く、
真摯に邪悪を見つめるまなざしが心地よい。
嘘がない、ほんとうにそう思える。
嘘のないものを見ているという、わくわくする感じが心地よい。
ひるがえって日本のテレビ局の作るドラマはどうか。
戦後の平和思想から一歩も抜け出せない。
敗戦国のゆがんだ思想の安全地帯でドラマ作りをするから、
警察官のドラマがコメディになってしまうのである。
東京や大阪を焼け野原にされて、原爆をふたつ落とされた民族のトラウマ。
60年経っても、戦争のトラウマがひとり歩きしている。
善と悪は、いわば磁石のN極とS極である。
邪悪があるからこそ、善が力強いものとして現われてくるのである。
日本の放送作家には邪悪なものを見つめる度胸がなくなった。
三島由紀夫が預言した通り、日本文化は衰退しつつある。

ハンニバル、検屍官シリーズに登場したゴールト、
ジェフリー・ディーヴァーが世の中に送り出した殺人者など、
世にも恐ろしい殺人者は数多くいるが、
デクスターほど心惹かれる人物はいない。
もし映画のヒーローが実際にいたらどうか。
バットマンやスパイダーマンが実際にこの世にいたら、必ずデクスターになる。
なぜならば悪者を殺したあとには、司法制度やマスコミが待っているからである。
警察官や検事の執拗な尋問を受けて、マスコミに叩かれて、
それでも悪者を殺そうとする人物がいたら、
もはやヒーローではなく、狂人である。
殺人鬼となんら変わらない。
そういう意味では、真のヒーローはデクスターしかいない。
リアルさを追求すれば必ずデクスターになる。
彼こそが、現代におけるヒーロー像なのである。
とくにシーズン4の最終話、美しく残酷で、悪夢のようにショッキングな映像。
宿命とは、まさにそうしたものだと納得させられる。
嘘がない、そう感じさせるだけの強さ、
真実を見据えるだけの強靭さ、
かつてこの国で戦記物を書いていた作者たちと同じ強さが、
このラストシーンにはある。
地球の反対側の中東にまで行って戦争をする国と、
目と鼻の先で起きた尖閣諸島のビデオも公開できない国。
戦勝国と敗戦国の違いが、
軍事どころか大衆文化にまで影響しているのである。
今の日本文化には、こうしたラストシーンは逆立ちしても作れない。
もはや作家個人の問題、才能のあるなしではないのである。
国の文化の盛衰には、個人の力ではどうにもならないものがある。





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最終更新日  2011年03月04日 14時59分36秒
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