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「いまの憲法は押しつけられたものだから、自主的な憲法をつくらねばならん!」とこぶしを振りあげて意気込む人は、憲法策定に、「黒メガネにパイプをくわたこわもてのマッカーサーが鞭をふるいながら、骨と皮ばかりになった日本人に憲法草案をおしつけている」というような戯画的なイメージを抱いているのではなかろうか。まるでその昔、「鬼畜米英」と呼んだように。 こういう方は、何事にも勝ち負けをつけないと気がすまないタイプの気がする。もっと肩の力を抜いて、共同したり、学びあったりしようとすればやさしい気持ちになれるのに。 この本は、GHQの一員として、日本国憲法草案づくりに携わった一人の女性の自叙伝です。そして、この本を読むと、幼い頃、ピアニストの父親に連れ添って日本ですごし、抑圧された日本の女性の姿を目の当たりにした彼女が、いかに、当時の世界最高水準の権利をプレゼントするために、世界各国の憲法の条文をかき集めたりしながら、草案をつくりあげていったかが、その当時の熱気もふくめて伝わります。 この本の扉に書かれた著者の言葉を紹介しておきます。 「…私はいまでも、高い理想をかかげた日本国憲法をすばらしいと思っています。 私は、この本を読んでくださった女性が自立し、仕事を持ち、女性の権利の獲得のために闘い続ける勇気を持っていただければ、と願っています。 また、この本をお読みになる男性は、そういう女性を支えてくださいますようにお願いします」 クリスマスはとうの昔に過ぎてしまったけど。来年、公布60周年を迎える日本国憲法がますます輝くことを祈って。※帰省します。しばらく休みになるかもしれません。あしからず。
December 30, 2005
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好きです、古田さん。何年か前、シーズンオフにヤクルトの他の選手達といっしょにテレビに出ていて、それが古田さんを中心にして、とてもリラックスしていて、和やかで、いっぺんにファンになってしまった。 それで買ってきたこの本は、「shall we dance?」の周防映画監督との対談なのだけど、やっぱり自然体で、「(笑い)」にあふれているの。 すっごくいいなと思ったのは三つ。 一つは、古田さんが、いつも常識を疑うチャレンジャーであること。しかもそれをすごく楽しんでやっていること。 たとえば、キャッチャーミットをメーカーさんに頼んで、できるかぎり大きいのをつくってみる。テレビの古いコントで、下手な野球選手がすごく太いバットを持って登場してきて、「これなら三振しない」みたいなのがあるけど、あの発想。で、やってみたら、大きいミットの方が球は、とりやすかった。それで、ヤクルトのキャッチャーは大きいミットを使うようになった。 あるいは、「素振りを1000回」やるよりは、「松井(当時ジャイアンツ、現ヤンキース)のフリーバッティングを10分」みていたほうが、「ああやって打ってんだ、握りはこうだ」とかわかって勉強になると断言する。無用な根性論は嫌いなんだ。 こんなふうに、球界で当たり前、とされてきた「常識」を本当に合理的か一度疑って、検証して、古田流のほうが主流になる、そんな話がいっぱい出てきて、すごーい。 二つ目は、バッターの嫌なところをつくのはもちろんなんだけど、それよりも、ピッチャーが気持ちよく投げることを大事にしていること。 たとえば、インコース(バッターに近いほう)を打つのが苦手なバッターにたいして、「インコースに投げろ」といっても、ピッチャーは、バッターにボールをぶつけそうで、遠慮して弱い球が真ん中に来てしまうことが多い。それなら、むしろ、堂々とアウトコースを要求してしまう。そうしてピッチャーが自信をもって投げた球は、たとえ真ん中に入ってしまっても打たれにくい。むしろ、間違ってインコースに来てうまいこと押さえてしまうこともある。 そんなところまで計算に入れてサインをだしているそうだ。へえー。 三つ目は、自分のことだけでなく、選手全体、球界全体のことを考えて、ずうっと前から行動してきたこと。 昨年、古田さんが、選手会の会長として、ストライキもおこなって、12球団を守ったのは記憶に新しい。 この本を読むと、その前からいろんな努力をされてきたことがよくわかる。たとえば、球団が選手に給料を払うときに、「消費税」をどちらにもたせるかということ。なんで消費税なのかというと、球団は「選手の技術」を買っているから、そこには「消費税」がかかるのである。 あるシーズン中に消費税が3%から5%にあがった。その2%を球団が払うか、選手が払うか、給料の低い選手にとってはとても大きな問題なのだ。古田さんは、毎年の契約をみていると、あまり金額にこだわらず、低い給料で更改している気がしていた。しかし、どちらが消費税をもつのか、というような選手全体の生活がかかる問題には、きちっとこだわって交渉をしていたんだ。かっこいいー。 ということで、この本は、古田さんという選手の視野の広さ、度量の大きさがわかる本です。それで、自分の頭もとても柔軟になれる。 私のモットーも「すべてを疑え」で、常識をそのまま飲み込むのが大好きだから、こういう人に出会うととっても気持ちいい。でも、こんな人間の大きさは持ち合わせていないけどねえ。
December 29, 2005
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自分の表現したい作品をかくことと、商品として通用する作品をつくることが一致する幸福はなかなか訪れない。 幼なじみが、某大手出版社でとある週刊マンガ誌の編集をやっているのだが、週刊誌の連載だけではマンガ家はまったく食っていけず、単行本が売れて初めて生活することができるそうだ。 彼も、その雑誌ではそれなりに人気のある連載を担当していたのだが、「●●さんの生活がたいへんで、かわいそうでかわいそうで」と話していて驚いた。 それで、塀内夏子さんなのだが、少年マガジン誌の『オフサイド』『Jドリーム』などのサッカーマンガで成功をおさめた。この方、『Jドリーム』の主人公・赤星鷹のようなあどけなさを残したやんちゃな男の子を描かせると天下一品で、実に生き生きと輝いているのだが、本当は、不器用で、ぶっきらぼうなのだが、心の奥底にあたたかなものをもっている男性に魅力を感じ、そういう性格をもった男性が世でもっと認められるようになってほしいと考えているようなのだ。また、対象とするジャンルも、サッカーのようなメジャーなスポーツをはみだして、駅伝とか、ボートとかのマイナースポーツに広げ、さらには、『勝利の朝』という少年犯罪の冤罪事件をとりあげた作品までかいている。 それで、今度も、講談社のモーニング誌で「イカロスの山」という人類未踏の8000メートル峰をめざす男達を描く連載を開始したのだが、やっぱりテーマは地味で、登場人物は、絵をみても、いっぺんでわかるように、みな真正直な生き方をするが自己表現が下手な男達だ(下図)。 塀内さんのいまのテーマを受け入れる雑誌はなかなかない気がする。少年マンガ誌では、どうしても「勝負・挑戦・友情」みたいなものをキラキラと描いたものが受けるだろうし、女性マンガ誌にはかみあわない。かといって、青年マンガ誌でも、塀内さんの描く男性たちは、やはり異性の目から憧れのフィルターを一定とおしてかかれた人物で、どこかしら違和感をぬぐえず、感情移入しきれないのだ。 だから塀内さんのもつ問題意識は、とてもいいものだと思うのだが、なかなか世の中では受け入れられないだろうなと思うのだ。実際、近年は、読みきりか、短期集中連載、あるいは長期連載の予定ではじまったのに、連載まもなくして打ち切りということが多い。 映画の山田洋次監督が、当時、松竹で売り出し中の倍賞千恵子を主人公に「下町の太陽」という映画を撮ったときに、華やかな映画をという会社の期待に反して、下町のスモッグの下で懸命に働く男達に心を寄せる主人公というとても地味な作品にしてしまった。案の定、興業的に成功しなかったのだが、当時の松竹の社長は、「こういう映画が日本でも売れればいいんだけどなあ」としきりに慰めてくれたそうだ。 いまの私もそれと同じ気持ち。こういうマンガが、世に受け止められてほしいなあ。 昨日、手抜きの日記を載せてしまったのと、しばらくマンガについて書いていなかったのとで、今日はがんばって二本書きました。というか、これを明日の分にしたいのだけど、「未来の日記」を載せる方法はないのかなあ。
December 28, 2005
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このマンガはもう、親友がHPで紹介してしまっていて、完全な二番煎じなのだけど、中学高校の男子が、いかに自分を知的にみせようとも、頭の中はエロな妄想でいっぱいなのか、世の女性方がみて嘲笑するには最適のマンガでおすすめです。男性のみなさんにとっては、地中奥深くに埋めてもう誰も掘り起こすことはできないだろうと思っていた赤面の過去をおせっかいにも目の前に再現し、「この世から消えてしまいたいっ!」という羞恥心を味わうには最適のマンガです。 主人公は、都会から田舎の超エリート中高一貫男子校に受験留学にやってきて、運動はからっきしなんだけど、文化系なら他の人とはちょっと違うんだよ、と演劇部で演出なんかして、ちょいモテ気取りの勘違い野郎。そんな主人公が、趣味がエロ小説の執筆で、「それでは土曜人もなき白き建物の前にて波に打たれつつ待つ。ゆめ2時刻御違えなきよう」なんて手紙をさらさらと書いてしまう県立高校の演劇部の女の子にまいってしまう。 それで、なんとかことをいたそうと、ホラー映画→マック→水族館→夕映えのきれいな公園という「完璧デート計画」を立てる。計画中も、デート中も頭の中は妄想でいっぱい、相手のしかける「初対面プレイ」やらちょっとしたしぐさに動揺して、天国にいってしまう。そして計画は、ことごとくかわされ、あしらわれる。それでいて女性の方は、主人公が落ち込むと、ほろりとさせる行為で、主人公をつつみこんでしまうのだ。もう孫悟空を、手のひらでもてあそぶおしゃか様の母性愛…。 これを読むと、ほんと参ったなて思う。思春期が三年くらい遅れてはじまる男性には、中高校生の頃は、どんなに背伸びしてみてもまったく女性にはかなわないのだ。で、女性は(みんながみんなそうではないでしょうが)、寛大だなーって思う。 以前紹介したさくらももこさんの『大野君と杉山君』が、この頃の男子達のさっぱりしたあとくされのない関係を見事に描いたものだとしたら、この作品は、男性のしょうがない子どもっぽさを描いていて、対照的でありつつ、対をなすような作品だと思う。 残念なのは、いまの日本では、この男女の精神年齢の差をいつまでも埋めることないまま、大人になってしまうのではないか、ということ。「自分っていったいなんなのだろう」「この世界はどうやってつくられてきたのだろう」とちょっと考え始めると、もう高校受験や大学受験につかまって、思考停止させられてしまう。そして、大人になったらなったらで、会社社会にからめとられ、企業と自分が一体化してしまい、恋愛も火遊びみたいなもの。しょうがなく、「サライ」やら「大人のなんとか」みたいなもので、高尚な趣味といいつつも、結局は物欲を満たして終わる。『のだめカンタービレ』の二ノ宮知子が『平成よっぱらい研究所』のなかで、『課長 島耕作』を評して「SFですよ このマンガ…」と強烈なことを言わしてたけど、まったくその通りだよ。 よって、私も、親友(男性)も好んで読んでいるのは、女性の書いたマンガであり、小説です。世の男性方も羞恥心を乗り越えて、とりあえず『STAYプラス お手々つないで』から入ってみてはいかがでしょうか。
December 28, 2005
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静電気体質だ。蛇口をひねろうとしても、ノブをまわそうとしても、机の淵の金属にひょっとした調子でふれても、バチッと激しい音を立てる。この時期、僕と無機物との関係はとたんにディスコミュニケーションになる。僕に触れるな。といっても触れる能動的な主体は自分なのだが。そういえば、昔読んだ星新一編の『ショートショートの広場』に、ちょっとHなことを考えている男性が、何でもすりぬけることができる薬とひきかえに、悪魔に魂を売って、薬を飲んだ瞬間、地面をすりぬけ、地球をすりぬけ、星屑となってしまう話があったなあ。 それもこれも、何年か前、高島屋タイムズスクエアのショーウインドーで一目ぼれして手に入れた真っ赤なコートのせいだけど、手から離せない。
December 27, 2005
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「ボキャ貧」――いまの首相の前の前の方が、世間からくそみそに言われていて気の毒だったが、ブログを書いていてつくづく思う。ボキャブラリーが貧困だなあ、自分。無二の親友が、マンガ評を中心としたHPを開いていて人気を博しているのだが、その鋭利な文章と比較してしまうと、うわぁと大声を出して逃げ出したくなる。自意識過剰なんです…。 ところが、昨日、椎名誠さんの本を読んでいて、ちょっと考え直した。平易な言葉遣いでも、味わいのあるいい文章が書けるんだなって。 椎名さんの作品で大好きなのが、山田洋次監督の映画「息子」の原作にもなった「倉庫作業員」。東京オリンピック前の東京で、その日ぐらしの日雇いからちょっと抜け出そうと、金属の板や柱のたな卸しをする会社の臨時社員となった主人公の青年・浅野が、仕事先で事務をする美しい女性に恋をする話。 山田監督は、舞台を現代の東京に移し、主人公の田舎(東北の寒村)の父親という新たな登場人物を加え、わずか30ページばかりのこの短編をベースにして、社会の息苦しさに戸惑いながら生き方を模索するフリーター青年物語、また、さびれゆく農村と親子の断絶という現代の親捨て物語という大きなテーマをもった作品に見事に仕立て上げたが、原作は原作で、素朴であたたかみのあるいい作品になっている。 たとえば、金属の板を運ぶ作業と仕事場の人間関係が実に生き生きと描かれている。 「…うまくかつげても、歩くタイミングがまた難しかった。一歩歩くと方の上の重くてやわらかい板は歩く振動に呼応してぐにゃりぐにゃりと揺れた。かついで歩く人間のリズムと、そいつが揺れるリズムがなかなか合わなかった。無理をして強引に歩くと勝手にぐわぐわ動き、その反動で人間の方がよろけてしまうことがあった。 『おれの場合は腰で歩くのよ。肩じゃなくての』 この薄板運びが一番うまい三沢は『おっさん』にかつぐコツを聞かれていくらか照れくさそうにそう言った。 『うめえもんだ。まったくお前のその腰つきを見ていると惚れ惚れするよ』 おっさんは白髪まじりで激しく後退している広い額とまばらな髪を両手でごしごしこすりながらつくづく感心したようにそう言った。 『おっさんに腰つき誉められてもしゃあめえよ』 三沢はそう言いながらも満更ではなさそうだった…」 それから、浅野から見た女性のしぐさ。 「荷物を納める棚は倉庫の一番奥にあった。厚さと寸法ごとに区分された棚に品物を納めるとその女の人に納品書を渡す。一枚は先方が受け取り、一枚にはその会社の受領印のスタンプを押してもらう。手続きはたったそれだけなのであったが、女の人は伝票を返す時かならず『ふわり』と花のように笑った。浅野は緊張して頭がくらくらするほどになりながら、その瞬間いつも激しくしあわせな気分になった。」 「『ふわり』と花のように」と使い古された表現のなんともやさしさにあふれていて、僕は胸がどきどきする。 それから、彼女の同僚の女性のおせっかいで、彼女が聾唖であることを知ってしまうシーン。 「その時やっと浅野は彼女のあの困ったような笑い顔の意味がわかった。なんだかざわざわと、心の奥のほうから、浅野は果てしなく切ない気がした。 いいではないか――。 と、その次に浅野は思った。だからなんだというのだ。それがどうしたというのだ。おれはまったくそんなことに驚きも騒ぎもしないんだぞ。いいではないか、まったくいいではないか――」 そうだ。いいではないか。この短編小説のなかに、出てくる語彙は、主人公の浅野の持っているそれだ。それは鋭く磨き抜かれてはないけれど、僕らの身の上と重なって、僕らの心を打つ。それから、考えに考えたり、悩みに悩んみぬいたりしたとき、誰もが、数は少なく平凡ではあっても、人にうったえる言葉や文章を持ちうることを、この作品は教えてくれる。 ちょっと唐突になるが、「スラムダンク」や「バガボンド」のマンガ家・井上雄彦さんがヤングジャンプ誌で不定期連載している『リアル』(集英社)も、世間や学校からドロップアウトしかけているけれど、心に熱いものをもっている青年の、自分自身や同世代の仲間、社会への言葉にうまく表現できないもどかしい思いを、見事にマンガにしていて大好きだ。 もし、文学が重厚で難解なものばかりだったり、おすまししたものばかりならば、それはそうした言葉や文脈を理解できる一部の知識人独占物になってしまう。そんなことを考えながら、がんばってブログを書いていこうとする自分。文春文庫「ハマボウフウの花や風」所収※椎名誠さんの名誉のために言っておきますと、とても勉強熱心な方であります。昨日紹介した『南国かつおまぐろ旅』をみても、とてもたくさんの小説に目を通していらっしゃって、そういう土台の上に、あの独特の文体を花開かせているんだと思います。
December 26, 2005
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大学受験が間近に迫っている知人に送るために、お守りとお札を買いに行きました。一つは、いわずと知れた、学問の神様・菅原道真の湯島天神のお守り(左)、もう一つは、平将門の神田明神の厄除け(右)。ひねくれ者の長次郎尾根としては、逆賊・平将門の恨みで、一切の災厄を呪い殺してほしいということ。このお札は結構効き目ありで、買ってきた年は悪いことがない。 神頼みが嫌いな長次郎尾根が大学受験のときは、おじいちゃんが願掛けして送ってきてくれた湯島天神のお守りを会場にもっていくか、最後まで迷って(なんと祖父不孝な孫!)結局もっていって合格した。でもいまは激励してくれる方のありがたみもわかる。「笑顔で東京にくるのを楽しみに待っているよ」の言葉をそえて、遠く北海道に送った。全国の受験生のみなさんも実りある学びができますように。 しかし、自分と世界に目覚める思春期の大事なときを、受験にしばりつけられてしまうのは、本当に悲しい。 世界の先進国では、高校受験はないのが普通だし、フランスではバカロレアという資格試験さえ通れば、希望するどこの大学にも進学できる。出される問題は、「人類の歴史を一人の人間の歴史に対比することはできるか」(社会・経済コース)、「幻想のない情熱というものはありうるか」(文学コース)、「アリストテレスの責任に関するテキストを注釈せよ」(科学コース)などというものだ。そこでは知識の量だけではなく、それを構成する力、自分なりの見解が問われる。 そうした知に対する愛情が育まれるような教育制度をどうつくっていくのか、国民的に考えていかないといけないよなあ。
December 26, 2005
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スキー追記。帰りの電車で、旧友にそっくりな人がいるので、声かけてみたらやっぱり本人でビックリ。 こちらは、都留文科大学の現役学生・OBで構成するオーケストラによる子ども向けのクリスマスコンサートに出演した帰りだとのこと。 都留文科大学は、山梨の小都市・都留市の市立大学。その都留市が全面的にバックアップして、「ふだんは、騒いでしまうから、と敬遠される子ども達に、騒いでもいいからナマの演奏を聴いてもらおう」という趣旨で始まった。これでもう四回目だとか。会場の都留市の文化ホールも総ひのき張りで、すばらしく音響がいいのだとか。素敵ですね。 大学、とくに文学部では学んだことが、直接、仕事に結びつくことはまずない。就職活動をやると絶望的な気分になる。でも、大学での勉学や文化活動で身につけた人類文化の集積は、市民生活には本来、とても必要とされているもののはずだ。都留市のような取り組みを、行政がもっともっとすすめれば、学生も希望と誇りをとりもどせるし、市民生活は潤い豊かなものになるのに。 演目:マイフェアレディ、踊る子猫、ブルータンゴ、ハンガリー舞曲第五番、ボレロなど。最後はマツケンサンバ!
December 25, 2005
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今日はスキー。それで、リフトに乗っているあいだじゅう、椎名誠のおバカエッセー(※古本市で5冊300円で入手!)読んで、ブフォ、プハ、グフッ、なのだ(前後の人、相当変な目で見ていただろうね)。どうでもいい些細なことをでっかくでっかくとりあげて、無用な怒りのエネルギーを爆発させているのが気持ちいいのだ。「死ね全国のアウトドアバカたちよ」とか「いやなガキがふえている」とかいわれても、椎野誠自身がもっとおバカだから許せるのだ。リフト一本で一篇読めるキリのよさ。それで、てっぺんに着いたら、ガッと一気に下るのだ。それが、いいお酒に、いいおつまみみたいでとっても気持ちいいのだ。正当なスキー愛好家のみなさんにはとっても不遜な長次郎尾根のスキー。 ところで、今日行った富士見パノラマリゾートの係りのおっちゃんたちはみんなニコニコして「いってらっしゃい」と声かけてくれて気持ちよかった。地元の方で支えていらっしゃるようだ。
December 25, 2005
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あー、おもしろかった! 旧ソ連の古典的名作、エイゼンシュタインの「戦艦ポチョムキン」が公開から80年ということで、岩波ホールのある建物で記念上映会とトークがあったので、出かけてきたんだけど大正解! まったく異なるいくつかのカットを組み合わせて、その連関によって意味と迫力をもたせていくモンタージュの技法は、この映画から生まれた。この映画には、「映画のいできはじめの親」ともいうべき、ありとあらゆる映画手法の原点が詰まっている。1905年の第一次ロシア革命における軍隊と市民の蜂起を描いた作品だからこれ以上ないくらいはっきりとした社会派映画だ。 しかし、かのナチスドイツのゲッペルスやイタリアのムッソリーニという、独裁政治家の心までとらえ、独裁政権下のイタリアの国立映画学校では、この映画が教材として使われたという。そして、のちのイタリア・ネオリアリズムの名監督をたくさん生み出すという数奇な運命をたどっている。だから、「ニュー・シネマ・パラダイス」のような映画や、先日このブログで紹介した「BARに灯がともる頃」も、この歴史のどこかにつながっているはずだ。今日のトークでは、かのペット・ショップ・ボーイズが昨年、この映画(当然、公開時はサイレントです)に音楽をつけ、2万人の観衆の前で生演奏つきの野外上映会をおこなったことも紹介された。いまも人の心をひきつける力があるということだ。 かつて映画とビデオで二度見たことがあったが、古典的作品なので20分程度かと思っていたら、全編75分。 しかし、息もつかせぬ展開で、あっという間にフィナーレを迎えた。今日、みて感じたのは、この映画が、技法の卓越ぶりもさることながら、一人ひとりの市民が、それぞれの立場や境遇から「人間が人間としてやむにやまれぬ思いで立ち上がる姿」をひじょうに的確に描き出しているということだ。 たとえば、市民の鎮圧にあらわれた軍隊によって、幼な子の頭を撃ち抜かれた母親。階段の上から迫る兵士達に逃げ惑い、我が子が倒れ、自分の手を離れたのも気づかぬくらい、猛烈な勢いで階段をかけおりていたのに、我が子の負傷に気づくと、気が狂わんばかりに、眼をかっと開け、髪をかきむしり、わが子を抱いて方向転換し、兵士にむかっていく。その姿を目にした老婦は、まわりの人々に「兵士達を説得しましょう」とよびかけてやはり階段をのぼりはじめる。 愛する子どもを奪われたときの母親の怒りと死を恐れぬ意志の強さ、もはや人生に残された時間が少なくなったとき、ここぞという場面でその人生を人びとのために役立てようと決意する老人の勇敢さ。ここに「人間の真実」についてのリアリズムがある。 私の好きな映画のシーンというと、たとえば、「風の谷のナウシカ」でオームの群れが集落を飲み込もうというときに、「もはや誰にもとめられんのじゃ」と長老が子どもに言い聞かせる中で、ナウシカが一人、オームの群れにつっこんでいく場面など、大人たちに染み付いてしまったあきらめを、若い世代が乗り越えていくたくましさが描かれたシーンが多い。しかし、お年よりはけして諦観の世代ではない。このブログでも紹介したように、若者に期待をよせつつ、自らも変化を求めて平和のメッセージを発信しつづける大江健三郎さんら「九条の会」の呼びかけ人はお年寄りばかり。また、家族にさえ隠していた被爆体験を、「せめて自分が死ぬ前に」とつい最近になって語り始めるお年よりもこの日本にたくさんいらっしゃる。 今日の映画は、そんな人びとの姿とも重なってずっと涙がとまらず、ブログも妙に熱くなってしまいました。引かないでねf(^_^;)
December 24, 2005
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最近、ちょっと心がトゲトゲしていて、充電が必要です。そんなとき、読む(見る?)本。いわさきちひろさんの自伝的な11のエッセーにイラストを添えたこの本は、見る人におだやかな気持ちをとりもどしてくれる。 戦後も少し活気を取り戻した頃、家によくサンドイッチを食べにきていた草履履きの青年をみかねたいわさきちひろさんが靴を買ってあげようとしたら、「靴は軍隊でもらったのが六足もある。僕は一生お金のたくさん入る仕事につかないつもりなんです。だから靴も買えるようにならないだろうから、六足の靴を一生はこうと大切にしているんだ」といわれた話。この言葉にちひろは以下の感想をつける。「お金をたくさんもうけようと思っている男の人はたくさん知っていました。けれど、もうけまいと思っている人は私ははじめてでした。私はこのことばをどうしても忘れることができませんでした」… 結婚した当初は貧しくて、記念になるようなものを何も夫からもらえなかったちひろが、夫からジルコンの指輪を買ってもらう話。10年たって、やさしいももいろが少しくすんだベージュになる。「年齢によって、この指輪は色が変わるのよ、買ったときよりずっといい色だわ」(ちひろ)、「どうだ、いいのを買ってやっただろう」(夫)。それから10年、指輪はももいろが消えて淡いグレーになる。「ももいろが消えていったというのはすこしさびしいですけれど、私の年にふさわしく、肉体の一部のように静かに指におさまっています」。以下はこの文のまとめ。「色が変わる宝石なんて、ほんとは人造石なのでしょう。けれど夫の買ってくれたこの石の色が、少しずつ私の年にあわせて、うつっていくのが生きているようで、不思議な気がしているのです」という具合に、話はつづきます。こんなふうに年をとっていけたら素敵だな、と思い、結婚する友人たちに、よくこの本をプレゼントしています。 いわさきちひろの絵はとてもポピュラーですが、彼女がどんな人生を送ってきたか知る人はあまり多くはないでしょう。ちひろ美術館・東京副館長の松本由理子さんがかいた『いわさきちひろの願ったこと』は、それを知る絶好の本です。岩波ブックレットなので、あっという間に絶版になってしまいましたが、図書館で読むことができると思います。あのやさしく、かわいらしい絵を描く心と技術がどのようにつくられていったか、そこには現実、とくに戦争の厳しい体験と、そこから生まれた人間をみつめるたしかな目があったことを教えてくれます。 とここまで書いてきましたが、いま、自分がいまいちなのは、実際には、世の中の動きを自分の中にとりこめていないから、変化についていけていないからです。ちょっと勉強してきます。
December 23, 2005
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もうすぐクリスマスですね。ほとんどが冠婚葬祭のときだけ神道と仏教という国で「クリスマス」だけ騒ぐのもどうか、というか、なんでこんなに大騒ぎするようになったんだろう、と思っていたのですが、映画『三丁目の夕日』を観て、ちょっとわかったような気がしました。昭和30年代、まだどの家庭も貧しくて、子どもが何かたいそうなものを買ってもらえるということは滅多になくて、クリスマスとは年に一度、プレゼントをあげる親ももらう子も、心弾ませるときだったのですね。そんなすばらしいクリスマスが、日本社会のなかで息づいていったのも当然といえば当然なのでしょう。 我が家のクリスマスプレゼントは本でした。しかも、最初のプレゼントは、『どろぼうがっこう』。くまさかとらえもん校長と生徒達が繰り広げるどたばた劇なんです。「はーい、へーい、ほーい、わかりやしたー」という生徒達の気の抜けた返事や、「ぬきあし、さしあし、しのびあし、どろぼうがっこうの遠足だ」というどろぼうがっこうの遠足の掛け声を、子どもの頃の私はしょっちゅう口ずさんでいました。しかし、『どろぼうがっこう』を子どもへの最初のプレゼントにする親なんて! おかげで本好きな、かつ奔放な子として育ち、親には感謝しています。追記:映画の原作、西岸良平さんの『三丁目の夕日』は愛読していますが、マンガのイメージが壊れるのが怖かったので、映画は観ずにおこうと思っていました。けれど、このブログにも時々遊びに来てくださるわちひめさんの丁寧な解説を読んで、映画も別物としていい、と知り、観にいきました。わちひめさん、ありがとうm(_ _)m追記2:知人が、子どもが幼稚園のクリスマス会で「どろぼうがっこう」をやるといってました。やっぱり子どもって悪いことやいたずらほど好きなのかしら。
December 22, 2005
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「10歳までは愛している。15歳までは批判する。そのあとは許す」――フランスにはこういうことわざがあるそうだ。これだけでは主語がないので、誰が誰を愛し、許すのかわからない。親が子どもを、とにかく10歳まではかわいらしくて愛してる、しかし、10歳を過ぎると小憎らしくなって小言ばかり言うようになる。しかし、高校生にもなるともうあきらめる、というふうに解釈すると、共感! 納得! という方もいるだろうけど、実は、主語は子ども、目的語が親で、「子どもは10歳までは親を愛し、15歳までは批判する。そのあとは彼らを許す」というのが正確なものだそう。『BARに灯がともる頃』はそんな親子の葛藤を描いたイタリア映画だ。 舞台はあるイタリアのさびれた港町。徴兵で軍隊に入っている息子の久しぶりの休暇に父親がやってくる。弁護士として名を成している父親は、大学に通ってはいるものの、将来の進路がさっぱりはっきりしない息子に業を煮やし、「マンションを買ってやった」だの「自分の事務所で働かないか」だの何かと世話を焼こうとする。しかし、息子はまったく乗ってこない。それは、根底に、父親の世代がつくってきたイタリア社会がけっしてバラ色ではなかった、という思いを抱えているからだ。しかし、父親は違う。ファシズム、そして戦後の荒廃期を乗り越え、民主主義のイタリアをつくってきた自負をもっている。そんな二人が、少し居心地の悪い一日を、すれ違いながら、歩み寄ろうとしながら過ごす。そうするうちに父親は、自分が軽蔑する小さな田舎の街で、街の漁師たちに愛され、頼りにされ、輝いている、自分の知らなかった息子の姿を見つけ、愕然とする。すっかりしょげている父親を、息子は温かく見送る。ただそれだけなのだけれど、そのなかにこめられた新旧世代の対立と和解はとても味のあるものだった。 ところどころに出てくるイタリアらしさ、たとえば、文学作品のセリフをだしあい、それがなんという作品の誰のものかを当てっこする。これが父子とも相譲らないのだ。なんという教養の深さ! たとえば、嫌がる息子の恋人の家に無理やりおしかけ、息子が席を外しているあいだに、「息子のセックスはうまいのか?」と真顔で聞く。なんというラテン的あつかましさ! そういったものもとても興味深く楽しめた。親子で観て、話し合ってほしい作品。父親役は名優マルチェロ・マストロヤンニ、息子役は夭折したマッシモ・トロイージ(彼の遺作『イル・ポスティーノ』も必見!)。 ふーっ、初めて映画について書けた。連続書き込みも継続できたf(^_^;)
December 21, 2005
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18日投票のボリビアの大統領選挙で、社会主義運動党の党首・エボ・モラレス氏が当選確実に。アメリカから自立した経済運営をすすめることを掲げる政権がまた、ラテンアメリカに誕生した。 かつてアメリカがみずからの「裏庭」と位置づけていたラテンアメリカでは、少しでもその国の政権がアメリカの意に沿わない動きをみせただけで軍事的な介入を受けてきた。1954年、グアマテラの政権転覆は、国内で米系資本を国有化したことを「共産主義」の浸透だと決め付けたものだった。1983年のグレナダ侵略は、新政権が非同盟諸国、社会主義国と友好関係を築こうとしたことに腹を立てたものだった。「逆らうものは死刑!」「正しいのはいつも俺だ!」(from ジャイアン名言集) それが、1999年ベネズエラ、2000年チリ、2003年エクアドル、ブラジル、アルゼンチン、2005年ウルグアイ…アメリカからの自立をかかげる政権が次々と誕生し(もちろん政権のいろあいは各国様々である。また「自立」と「敵対」とは違う。あくまで自立)、各国間の協力もすすんで奔流となり、アメリカも手をつけがたくなった(いまや南アメリカ大陸の人口の8割を網羅する)。だいいち、イラク戦争直前、国連安保理にアメリカが戦争容認の決議案を提出したときも、メキシコ、チリが説得に応じなかったため、決議案を撤回する羽目になった。国連がイラク戦争にゴーサインを与えなかったことに大きな役割をはたしたのがラテンアメリカの国ぐにだった。私たちの国も、地球全体を見渡して、自らの進路を考えたい時期を迎えているのでは。写真は、エボ・モラレス氏。
December 20, 2005
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少し昔、小さな新聞でものを書いていたことがあった。その小さな新聞に何のご縁があったのか、スタジオジブリか徳間書店か、はてまた映画会社からか、「ホーホケキョ 隣の山田君」の製作発表会の案内が届いたので参加させていただいた。並み居る大新聞、大手メディアのなか、報道関係者としてはすっかり萎縮して、ただホテルオークラのビュッフェにたいしてはおおいに尊大な気分になって、会場の片隅で黙々と料理を口にしていたのだが、一つ印象に残ったのは、ニューヨークから同時中継された矢野顕子さんによる主題歌「ひとりぼっちはやめた」の披露だった。あのやわらかく、透明感のある独特の声で、彼女は歌い終わったあとに涙をふいていた。歌手というものは、年末のなんとか歌謡大賞のときにしか涙を見せぬものと思っていたので、たいへん意外であり、一つの歌にそれだけの思い入れをこめたことに感動をおぼえた。 家に帰ってから、報道陣に配布されたパンフレットをみて、なるほどと思った。矢野顕子さんは、彼女をじきじきにご指名した高畑勲監督から、「『いやし』ではなく『なぐさめ』になるものを」と要請されていたそうだ。いまのくさくさした世の中には、架空の現実感ではなく、苦しみ悩んでいる人のまわりでつかずはなれずではなく、人の心に一歩ふみこんで、切った張ったのやりとりのある関係を、というところだろう。高畑監督の意気込みと、それにこたえた矢野さんに強く共感した。はたして、「ひとりぼっちはやめた」は「なぐさめ」の歌だった。そのお気に入りの部分 さよならだけが人生なんて ほんとのことかな? それだけかな? こんにちはだってあるよね 毎日あるよね だれも気づかない この気持ち あなたにだけにはわかってほしい ひとりぼっちはやめた 楽しい気持ちを分けてあげる 写真は、そのときにいただいたCDのジャケット。他に特製パンフやら、山田君の刺繍入りダンガリーシャツ(着て表に出る度胸がなく、妹にゆずろうとしたら拒否されて、結局一度も着ずじまい。もったいない)やらいろいろいただきました。※この話には「落ち」がついて、映画本編は、キャンペーン上の戦略だと思うのだが、「日本独特の淡水画の世界」を気取った淡い色彩などによって、「となりの山田君」のアクや毒気はすっかり抜かれて、「癒し」の映画になってしまった。興行的にも成功しなかったようだ。「大阪のおばちゃん」的したたかさが「慰め」や「励まし」なのに。残念。
December 19, 2005
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好きです。『誰も寝てはならぬ』(サライネスさん、講談社モーニングコミックス)。第四巻でました。赤坂に事務所をかまえる大阪系デザイン事務所「寺」のホゲホゲした仕事っぷりを描いています。いつももーれつな量の仕事に追われているはずなのに、夕方まで気合が入らぬこの人たち。すっごくシンパシーを感じます。というわけで、明日の朝までに片付けなければならない、突然の用事が入ってしまった長次郎は、今からこのマンガをもって現実逃避してきます。この本が大好きなナマケモノ募集!※このマンガに登場する数少ない常識人の岡野さん(気象予報士)が、「寺」のメンバーに出会ったら、このようにぽろぽろと素が出るようになり、「雲の上のキスケさん」(鴨居まさねさん)のキスケさんのような、肩の力は抜けているけど、どこか繊細な人に出会ったら、眉子さんのようなキャラクターになるんだろうな。誰かこの二冊、とも読んでいる人います?
December 18, 2005
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以前、長く付き合っていたひとは、文学愛好家でした。中学のときに、源氏物語を円地本、瀬戸内本、谷崎本でそれぞれすべて読み通したそうですから。そんな彼女が、愛読していたのが大江健三郎。私は、重たく、まどろっこしい文章を書く人、という先入観があり(なんかの本で、悪筆の典型として紹介されていて、実際難解だった)ので、一冊も手にしたことはありませんでした。 ところが、ことしの憲法記念日に早稲田大学大隈講堂でおこなわれた大江さんの講演会に参加して、大江観が一変しました(それ以前はただの偏見だったのだけれど)。「文学者として憲法を語る」というような演題だったと思うのですが、大江さんは、「改憲派の中で、『憲法は難解だ。それは西洋の啓蒙思想をおしつけられた輸入品だからだ。だから憲法をかえて、日本人の手でつくった簡明な日本語にしなければならない』という主張がある。しかし、自分はそうは思わない。なぜなら、権利や制度には、それを成り立たせる構造がある。だからそれを表現する文章は、構造的である意味難解なものになるのは必然なのだ。しかし、それは人類が長い年月をかけてつくってきた構造だ。だから多少難解でも、憲法の文章を尊重して、私たちはそれを読み解く力を身につけなければならないのだ」という趣旨のことを話されました(※私の記憶の範囲で、かつ自己流の解釈です)。 私はこのとき、現代の文豪というべき人が、中世の教会の絶対的な権威をうちやぶって、形成されてきた近代思想にたいして確固とした信頼をおいていることに、つよい感動をおぼえたのです。 人間が社会や国家を形成し、それを管理・運営していくには、せつな的な感性や衝動にまかせてはならないことは自明です。そして、文学といえど、それが社会やある国家、制度の中で生きている人間(それ以外の人間は、孤島のロビンソンクルーソー以外ありえないでしょうから)を描く以上、社会や制度の理性的論理的な認識のうえにたって、人間を描かなければなりません。それができているからこの作家は世界に認められるのであり、また、改憲のレトリックにも動揺せずにものがいえるのです。 ちなみに、この話を、彼女に伝えたところ、「大江さんの文章は難解だといわれるけれど、それは、どこの国の言葉に翻訳しても通じる普遍性をもった文章を書くことに挑戦しているからなのよ。だから日本語としてややこしさがあるにしても、日本人にしか理解できない文章を書いていないの」といわれて、さらに感心、納得しました。コスモポリタンな人なのですね。 そんなことがあって、もう一度、大江さんのお話を聞きたいと、七月には、有明コロシアムで開催された「9条の会」(※憲法九条を守る、というただ一点で共同しよう、と大江さん、井上ひさしさん、加藤周一さんら9人の日本を代表する知識人のよびかけでつくられた団体)の一周年記念講演会に行ってきました。そこでの大江さんの話もまた、感慨深いものがありました。 大江さんの話はこうです。「私は、(憲法九条をかえて日本をアメリカとともに戦争ができる国にしようという)国民投票で、国民は勝つ(改憲を阻止する)と思う。しかし、たとえそこで勝ったとしても、自民党は、現在のように、憲法のもとで、自衛隊の派兵をくりかえすのではないか。ヒロシです」(※大江さんは、自分は、すぐ悲観主義に走ってしまうので、そのときに少しでも明るくしようと「ヒロシです」をつけることにしているそうです。お茶目ですよね~)「ところが、アメリカの詩人が『あと五年は君の嘆くとおりかもしれない。しかし、あと十年たてばどうだろうか』といって、新しい詩集にこういう言葉をつけてプレゼントしてくれた。『求めるなら助けはくる、しかし、決して君の知らなかった仕方で』。私は10年後には生きていないだろうけれど、若い人は生きているだろう。若い人では『助け』はイヤだろうから、『変化』という言葉に入れ替えて『求めるなら変化はくる、しかし、決して君の知らなかった仕方で』と、この詩を覚えていただきたい」 自分は先は長くない。しかし、いま、若い人たちとともにがんばるならば、若い人たちは、自分ら古い世代の想像もおよばない輝かしい未来を手にするだろう…。これは、人間の進歩や未来への賛歌です。このようなユーモアとヒューマニズムと楽天性をもった人が、若い世代に希望を抱いていることに感動がやみませんでした。 この講演を文字にしたものがないかと思っていたら、岩波ブックレットから『憲法九条、未来をひらく』という題をつけて、出版されていました。当日、講演できなかった「九条の会」呼びかけ人の加藤周一さんのメッセージも収録されており、これもまた、短いながら「古い時代の戦争と現代の戦争の違い」「戦争の『名目的目的』と『実質的目的』の違い。『名目』を見破ることの重要性」について、深い洞察がなされていて必読です。
December 18, 2005
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昨日、喫茶店で遅い昼食をとっていたら、隣に作業服のおっちゃん二人が座って、耐震偽装問題について話し出した。ちょっと気になって耳をそばだてて聞いていると、一人は、長年、建築現場で、基礎工事の下請けをやっているらしい。「うちでも、もうずっとコンクリートどんどんへらせって言ってくんだよ。これじゃダメだよって」「じゃあ、断ればいいじゃない」「そうはいかないの。上はまたつきかえしてくるの」「うーん。でも仕方ないんじゃない」。興奮して声が大きくなってくるおっちゃん。「そうじゃねえよ。まあ、たしかになんでも自由主義っつうやつの時代かもしれんけどよ、やっぱ、やっちゃいけないことあるだろ。あいつら普通じゃねえんだよぉ」 たしかに今何でもかんでも自由主義っつうか、規制緩和の時代。余計な規制をとりはらえば、自由競争になって、市場での需給関係を通じて、市民の求める良質な商品は評価され、粗悪な商品は淘汰されるという論理がまかりとおっている。しかし、それは物事をきわめて単純化した論理で、ごくごく基本的なことも忘れている。つまり、淘汰されるべきだと発覚するときには、とりかえしのつかない大事故が起こってしまってからだ、という種類の商品やサービスが存在するということだ。先のJR福知山線の事故もしかり。今回も、ヒューザーの小嶋社長は、「(偽装した建物が)倒壊したときに、わかったとすればいい」と、検査機関を説得した(というより脅した?)と聞いた。 しかし、事故が発生する前にも、大事なものがすでに壊されている。昨日出会ったおっちゃんが大声で叫んでいたように「普通じゃなくなるんだよ」。仕事のもつ公共性、誰かのためによいもの、安心できるものをつくるという「普通の良心」が壊されている。おっちゃんの言葉が身にしみた。
December 17, 2005
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もよりのJRの駅にスキー場の積雪情報の掲示がはりだされた。さっきあるブログのぞいたらふるさとの富山はたいへんな雪みたいだけれど、東京にいるかぎりは、胸がおどる。ことしの正月、富山から東京にもどるとき、青春18切符で大糸線を使って帰ろうとしたら、これ以上にない!というくらいすみずみまで晴れ渡り、車窓いっぱいに白馬の峰峰がひろがっていた。こりゃ、もう途中下車して、満喫するしかないでしょ、と思っていたら、列車はその名も「ヤナバスキー場」駅に停まった(この駅、冬だけ開いている)。スキー場はすぐ目の前。スキー用具をレンタルでそろえ、リフトに乗って、滑り出したらこれが大当たりだった。北アルプスと妙高の山々を360度見渡せる眺望。眼下に青い湖水をたたえる青木湖。この湖に飛び込むようにしてすべる爽快さ。しかも、自分はカービングだけど、ここの利用客はたいはんが、ボーダーでレベルもすごく高くて、見てるだけでもすごく楽しいんだ。これが。 昨シーズンはこれをきっかけにすっかりスキーにはまり、合計7,8回はいったんじゃなかったかしら。今年も楽しみだ~!ヤナバスキー場公式hp→http://www.yanaba.co.jp/
December 16, 2005
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やはり先に読んだのは、『博士の~』で、個人的には、交通事故がもとで80分しか記憶がもたなくなった「博士」の数学(とくに整数)の世界のように閉じられた、安定した日常が、「博士」のうちにやってきた家政婦とその息子の愛情で、揺り動かされていくようす、つまり、人が何か人として生きていこうとすれば、やはりどんなに危険であっても何かを壊したり、崩したりしなければならないこと、そして、そのためには誰かの愛情に満ちたサポートが必要だ、というメッセージがよかったです。 次に読んだ『密やかな結晶』は、「記憶狩り」によって、「リボン」「ラムネ」「鳥」…いろんなものの記憶が消されていく島の話。人は何が記憶から消されたかさえも思い出せないまま、心のときめきを静かに失っていく。島の中には、「記憶を消せない」特殊な人びともいるが、秘密警察によって捕まえられ、どこかに収容されていく…。フィクションでありながら、ファシズム・全体主義が静かに人びとから感性を奪っていく過程を、人間の心のひだにわけいってつかみとることができる作品です。ナチスによって窒息させられていったドイツ社会(あるいはその占領下におかれた社会)とはこのようなものではなかったでしょうか。いまの日本も、過去の戦争を賛美したり、憲法をかえようというきな臭い動きが生まれていたりするだけに、この作品を読んで、自分達の日常をいま一度見つめなおしてみることが大事ではないかと思ったりします。同時に、この作品では、作者は、全体主義の浸透にたいする解決策をもたず、あきらめ感がただよっている感じがぬぐえません。 それだけに、『密やかな結晶』よりあとに書かれた『博士の愛した数式』が前向きのメッセージをもっていることをうれしく思うものです。
December 16, 2005
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「長次郎尾根」の由来はわが故郷・富山の名峰・剱岳にある「長次郎谷」と「源次郎尾根」にあります(というより、間違えてごっちゃにしてしまっただけですが…)。子どもの頃から父親に連れられて、立山、剱岳に登ってきたため、自分にとってはここがいちばん、「帰ってきたあ」と一息つけるところです。立山連峰は、本当にふところが深い山で、あらゆる登山客を受け入れてくれます。初めて3000メートル峰に登りたい人は、主峰・雄山に挑めば、やや手ごたえのある岩場を体験して、山頂につくことができます。縦走を楽しみたい人は、雄山とは逆手の浄土山にのぼり、竜王岳、鬼岳、獅子岳をこえて、ザラ峠という難所をこえれば、そこは夏場には一面にピンク色の可憐な二輪草・ハクサンコザクラが咲き乱れる五色が原が待っています。ちょっと体力が落ちてきたと思う人は、花畑をとおってたおやかな奥大日岳に上るといいでしょう。そしてその山頂からは、アルピニストを魅了してやまない剱岳を眼前に眺めることができます。剱岳は、一般ルートでは日本で最も困難な岩の塊の山ですが、60歳、70歳を超えた方が果敢にチャレンジされていて、励まされます。そういう方々と山小屋で交わす会話も魅力です。自分の目的、年齢、体力と相談しながら、登れば、立山は必ず期待にこたえてくれます。 石塚真さんの『岳』は、山岳救助のマンガです。僕にとってのこのマンガの魅力は、長野県警山岳警備隊の先輩に頼まれ、山岳救助をボランティアで手伝う主人公・島崎三歩の豊かな人間性にあります。自らの油断によって遭難してしまった人、自分の力が大自然におよばず遭難してしまった人、生きて救助される人にも、不幸にして死んで遺体になってしまった人にも、三歩は必ず「よくがんばったね」とまずはじめに声をかけます。救助される人はすでに自らの過ちについては、十二分に悔やんでいるでしょう。そしてそれでもなんとか、窮地に活路をみいだそうとがんばってきた人に、かける言葉は、叱責の言葉ではなく、「よくがんばった」というあたたかな激励であるべきだ。これは人生のあらゆる場面でいえることだと思うのです。 山に登って、厳しい自然に直面しているときの自分の心の持ちよう―焦ってはいないか、適切なステップを頭に入れて行動しているか、困難から逃げようとしていないか―を見つめようとすると、人生の様々な場面が思い出され、自分の人間性が裸にされる気がします。そして、そこで露わになった自分と対話しながら、さらに登る。そんな登山をしている自分にとっては、三歩はとても励みであり、マンガのなかの人物でありながら、山の本当の厳しさと素晴らしさを熟知する人間とは、この三歩のような冷静沈着さと底知れぬ楽観性をもった人物に違いないと思い、リアリティーを感じるのです。
December 15, 2005
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ちょっと前の話(10日)になりますが、オーストラリアが、東南アジア友好協力条約(TAC)に加入しました。この条約、あまり知られていないようですが、長次郎尾根は、とても期待をよせています。というのは、この条約は、加盟国間の内政不干渉、紛争の平和的解決をうたっているのですが、さらに、紛争が現実に発生した場合の手続きをきめこまやかにとりきめているからです。 加盟国は武力による威嚇や武力行使を「差し控え」、「友好的交渉」で紛争を解決するよう求められる。当事者どうしで解決が難しいときは、加盟国の閣僚級代表からなる理事会の仲介や各国の援助など、協力して平和的解決に手をつくす。というぐあいです。このTAC、ベトナム戦争にまきこまれたインドネシア、マレーシアなどが「アジアどうしで殺しあわないように」と五カ国から始めたらしいのですが、ベトナムやカンボジアなど社会主義の傾向の強い国が途中で参加し、さらに、東南アジア以外にも、周辺地域によびかけ、いまや、中国、インド、ロシア(!)、韓国、そしてわが日本など、20カ国が参加する巨大な集まりになっているそうです。「憲法は古くなった」といって、変えようとしている人もいるけれど、日本は、こういう流れをもっと強くする立場でがんばってほしいなあ。
December 14, 2005
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一次予選のグループ分けも決まり、いよいよワールドカップですね。サッカー素人の長次郎尾根が前回大会の直前に買った本。 素人とはいっても、いまや世界最高レベルのサッカーの大会は、国の代表同士がぶつかりあうワールドカップではなく、世界各国の有名選手を買い集めたクラブチームがたたかう「UEFAチャンピオンズリーグ」だということぐらいは知っている。それから、チャンピオンズリーグとは違うワールドカップのおもしろさとして、世界各国の歴史・文化をかいまみれることがある、ということは知っている。 「サッカースタイルはなぜ違う?」と帯に書かれたこの本は、まさに、「各国のサッカーの発展が、その国の気候や風土、文化とどう関わっているのか」ということをテーマにしている。 たとえばイランとサウジアラビア。同じ中東に位置する二つの国だが、イランの方は、「アジア離れしたプレースタイル」、とくにアジア諸国がどこもストライカー(点がとれる選手)不足に悩んでいるなかで、イランには傑出した個人能力をもったストライカーがいるところに特徴がある。 なぜそうなるのか。筆者は、イランを「北側」からみるようにいう。イランというと、アラブ諸国の一つで砂漠の国、石油産業の国というのが私達日本人の目から見たイメージだが、これはイランを南側からみみたものであって、北側から見ると、カスピ海沿岸の大和海と森の中で、農業と牧畜業を営む国であって、「ヨーロッパと同じアーリア人の国」なのだ。このカスピ海南岸からは、アゼルバイシャンやグルジアなどのコーカサス諸国にも、トルコを経由してヨーロッパに行くこともできる。そういう交流もある。だから、他のアジア人にない個人のフィジカル面の強さがあるし、他のアジア人とは異質の思い切りの良さがあるというのだ。 一方、サウジアラビアはどうか。この国は、「十年以上にわたって、アジア最強の地位を保ち続けた国」だった。ところが、サウジアラビアは、イスラムでも最も戒律の厳しい国である。そのために、「この国では、約束をしようとしても、『インシャッラー』といわれることが多い。『神の思し召しのままに』という意味である」。だから、約束をしても、未来のことは神の領域に属しているのだから、はたして守られる保証はない。人間が「必ずこうします」というのは神に対する冒涜だというのだ。いったいこういう国が、現代サッカーの中で、高い戦術性を守ったサッカーができるものなのか。 それができている。それは、この国をすべて支配する王族が、オイルマネーをふんだんにサッカーに投入しているから。しかし、ただ、金を注ぎ込んでいるわけではない。サッカー先進国の優秀なコーチを招へいし、サッカースタジアムを整備し、たくさんのスポーツ専門家を欧米に留学させて、スポーツ組織をつくる…こうしたことを着実にやってきたのだ。少年サッカースクールなど、入会無料のうえ、「毎日の弁当から送り迎えのマイクロバスまで、すべてクラブが面倒を見ている」というのだ。 まあ、こんな具合にして、ヨーロッパ、南北アメリカ、アジア、アフリカ・オセアニアの42カ国のサッカー文化がいかにして、形成されてきたかが、著者の豊富な知識と体験をもとに丁寧に明らかにされるというひじょうに魅力的な本だ。サッカー狂の知人に、この本を買ったことを話したら、筆者は、「大学院の博士課程まで進んだ、サッカー評論家のなかでは異色の学究肌の人」なんだそうだ。どうりで。 ところで、こうして、この本で予備知識を仕入れ、にわかサッカーファンとなった僕は、友だちをさそって、ワールドカップの試合に行った。二回も。ただし、スタジアムの前に。チケットを買うコネもカネもなく…。しかし、これがおもしろかった。 何がといって、まず、国際交流の楽しさを知った。一回目は、イングランド対スウェーデン戦だった。当時は、イングランドのサポーターといえば、フーリガンのような暴徒の代名詞のような報道が一部にされていたが、さいたまスタジアムの前に行くと、イングランドサポーターとスウェーデンのサポーターがここかしこでハグしていた。スポーツでむすばれる国際交流の可能性を知った。そこで、僕らも勇気が出て、すっかりできあがって赤ら顔のスウェーデンの青年二人組に、片言の英語で話しかけると、「日本は被爆国だね。スウェーデンは、南アフリカなどといっしょにアジェンダ連合をつくって核兵器をなくすため、国連を通じて、国際社会に積極的にはたらきかけている国なんだよ」と突然まじめな話が飛び出してびっくりした。さすが、平和と福祉の先進国! 何よりも驚いたのは、日本人の変貌ぶりだった。途中の地下鉄の車内で、突然、イングランドのサポーターが大きな大きな国旗を広げて、フラッシュをどんどんたいて、写真をとりだし、「やばいよ、隣のおじさん、苦虫をかみつぶした顔してみてるよ」と内心焦っていたら、このおじさん、サポーターの誘いに乗って、写真撮影に加わった。満面の笑みを浮かべてVサイン出して! ワールドカップってシャイな日本人も変えてしまうんだね! 世界にはワールドカップという文化があることも知った。二回目はアイルランド対サウジアラビア戦。デンマークから来たというおじさんは、パブ経営で四年間ためた貯金を全部この大会ではたくんだとうれしそうに話してくれた。アイルランドのサポーターは、もう30年以上も使っているというボロボロのなった国旗を僕達にふってみせてくれた。紙を丸めたボールと路地裏さえあれば、どこでもどんな貧乏でもできるスポーツ、サッカー。それにイギリスの地球規模での植民地支配の歴史もからんで、地球規模で見れば、スポーツの祭典は、オリンピックではなく、ワールドカップというのが大半の国だ。この四年に一度の祭典にかける世界の人びとの思いの一部を味わった。 今度のドイツでのワールドカップには、スタジアムの近くにすら行くカネも暇もない。ほんの少しでも、あの時間と空間を体験できたのは、自分の人生にとって、とても貴重なことだった。アジアで、また、いつの日か、ワールドカップが開かれたら、ぜひ行きたい。
December 13, 2005
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おーれ達はいつでーも、二人でひとーつだった じもーとじゃ負け知らずー そーだ♪ いま巷で流れている修二と彰の「青春アミーゴ」いいよね(ここまでしか歌詞知らないけど)。何がいいって、この歌聞くと、さくらももこさんの「大野君と杉山君」の二人の関係を思い出すのさ、そして、おいらの中学時代の友人たちを思い出して、切ない気持ちになるのさ。 そういうことで、とあるところで書いた書評。 「ちびまる子」ちゃんというと、日常生活の何気ないエピソードをつづった短編集のイメージがつよい。しかし、これは劇場映画用につくった長編。大野君と杉山君、ちょっとがさつで乱暴な二人組に、まるちゃんはじめ、丸尾君、たまちゃんは、最初はおっかなびくり。しかし、二人のやさしさ、たくましさ、そして熱く、妥協のない友情にしだいに、惹かれていく。喧嘩もする二人だけど、それは相手へのつよい信頼があるから。だからこそ、きびしいぶつかりあいもする。そして、仲直りしたときには、友情はまた1つ固いものになるのだ。 作者のさくらももこさんは、あとがきで、大野君と杉山君は、自分が出会った男の子の真剣さや切なさを全部まとめたような子であり、そんな二人が自分の心のどこかにいてくれたことをうれしく思うと語っている。同感だ。自分も、このマンガを読むと、小中学校時代のひたむきな友情、たくさんの同級生へのあこがれの思い出がひきだされる。そして、それらが今の自分の中にある人間への信頼を育ててくれたことを思うと、胸が熱くなる。 というわけで、小中学校の同級生の野郎ドモ、とくにノガミ、ありがとう。余談。この書評を書いた後、知人が、あるテレビ番組で、サザンの桑田さんが、このマンガが好きだといっていたと教えてくれた。
December 12, 2005
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ある方のブログの書き込みで紹介させてもらったNHKの番組です。今も日曜の早朝、どう考えてもお年寄りしか観れないよ(>_
December 11, 2005
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昨日(だっけ?)スタイルカウンシルに書いたのでもう一言。スタイルカウンシルをひっぱるポール・ウエラーがその前につくっていたのがthe jam。日本ではブリティッシュパンクというと、圧倒的にセックスピストルズだが、当時のイギリスでは、圧倒的にthe jamが支持されていた。パンクは、ホワイトカラーとブルーカラーが隔絶して存立し、かつブルーカラーも一定の社会的地位をもつイギリスで、そのブルーカラーと彼らが集うパブから生まれてきたジャンルであり、スタイル。工事現場からそのままやってきたような汚れたシャツにジーンズ、すっかり様式化されたハードロックやヘビーメタルからごちゃごちゃした装飾を全部はぎとったスリーコードで、彼らの不満をたたきつけるようにして歌う。だから、その不満と抗議を直截に表す歌詞を抜いては、パンクは存在しないと言ってもいいと思う。日本で、ジャムよりもセックスピストルズが支持されたのは、まだ日本の市民が、自分たちの不満を政治的な意識に結実させることができず、既存のものを退廃的に崩す方向にしか、意識を向けることができなかったからだろう。 かくいう自分も、スタイルカウンシルから始まってジャムを聞いたときは、あまりにがさつで、単純な旋律と演奏に、正直失望した。しかし、彼らのプロモーションビデオやライブを集大成したDVDをみて、バイタリティあふれる演奏、それにこたえるファンたちの姿をみて、パンクの存在理由を知り、好きになった。また、驚いたのは、初期のジャムの旋律、リズム、そしてステージ上で足を抱えるように思い切りぴょんぴょん飛び跳ねるパフォーマンスは、ブルーハーツそのものだったことだ。 つまり、いまも若者の心をとらえてやまないブルーハーツの原点は、鬱屈したブルーカラーの若者たちの代弁者だったジャムにあったみたいなのだ。そして、いま、ブルーハーツへの尊敬をはっきりとあらわし、そのスタイルをひきつぐモンパチらがいる。ジャムの魂がこうやって日本にも脈々とひきつがれ、発展しているのを見るのは楽しい。DVD「コンプリート・ジャム」は必見、必聴。
December 11, 2005
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かつて、フリッパーズ・ギターら渋谷系(古い!)の人たちが好んでサンプリングしたというスタイルカウンシル。最近、いろんなところで耳にします。たとえば、フジの特ダネや日テレのナイナイサイズのオープニング。たしかに洗練されてて、かっこいいんだけど、歌詞はびっくりするほど、硬派なんだぞ~。ポール・ウェラーがthe Jamを解散して、ポップス王道のスタイルカウンシルをつくったとき、非難ごうごうだったらしいけど、歌詞は、イギリスのブルーカラー、組合運動を徹底的に弾圧したサッチャー政権に真っ向からかみついている。最近、ヨーロッパでは(イギリスをのぞく)、アメリカ型の新自由主義にたいして、社会的連帯を大切にするヨーロッパ型資本主義を全体として志向しているようだけど、そういう流れがいまあるのも、ボブ・ウェラーのような「逃げなかった人たち」がいるからだ、と思うと涙が出る。写真は、特ダネのオープニング曲「shout the top」が入っている「our favorite shop」
December 10, 2005
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入力ミス、わずか1分30秒後に気づいて、訂正求めるも、認識されず、処置をとるまで16分。そのあいだの売買で損失300億! 何が驚いたって、そうはいっても、みずほ証券が株の売買だけで(たぶん大半が手数料でしょ)、年間の利益280億円稼いでいること。かの世界のトヨタがあれだけやって利益1兆円なんでしょ。いかに製造業などの実経済でつくりあげた利益の上前をはねる金融業という虚業が、昨今の資本主義経済で巨大になっているのかということよ。そもそも。 もう1つは、わずか三分ぐらいのあいだに「インターネットの掲示板に『ジェイコム株がすごいことになっている』という書き込みが急増」(「読売」朝刊3面)したということ。つまり、それだけ、一攫千金をねらって、パソコンに朝から張り付いている人がいるってことだよね(読売によると、61万株の誤発注のうち、10万株はインターネットによる一般投資家とのこと)。 ブログを始めて思ったんだけど、なんか、この世界の住人の気持ちをひきつけるものをつくろうとすると、それなりの情報も調べて書かないといけないし、いろんなブログに顔を出して、書き込んだりもしなくちゃいけないみたい。そのためには、ここの世界に生きるのに、一日のなかのそれなりの時間を割かなくちゃならんのね。 リアリズムとはやや異なる世界に足をつっこむことの怖さを感じつつあったなかで、この報道を知って、「5分で7万円稼いだ」「30分で20万円もうけた」と戦果を競いながら血眼になって株価を追いかけている人たちの姿が目に浮かんできて、ぞっとした。ちなみに経済学の大家・サムエルソンに言わせると、株で長期的に成功するには、最善のもうけは、幅広く多様な普通株の合同信託基金を購入すること、だそうですから。つまり、経済の成長以上にもうけることは、リスクを覚悟しなければなりませんよということ。いま、このあいだにも、株で生活を崩している市井の人々がいるかと思うと、それをあおっている人の責任、大きいよ。※ある人が言ってました。「株のアナリストが、そのとおりに成功するなら、その人、自分の株の売買で、日本でもっとも大金持ちの一人になっているはずだよね。これって、実は、競馬の評論家が、大金持ちになっていないのと同じじゃない」って。
December 10, 2005
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「ザワワ、ザワワ、ザワワ~」のサトウキビ畑というと、ちあきなおみだというのは私だけでしょうか? 私がこの歌を知ったのは、幼少の頃、NHKのみんなの歌でした。そのときの歌い手は、森山良子ではなく、ちあきなおみだったのです。サトウキビ畑の緑の波の映像、波のようにおしかえす「ざわわ」の繰り返しが心地よかったこと、そして、幼心にも、「あの日、鉄の雨に打たれ父は死んでいった」の歌詞に、戦争のどうしようもない寂しさを感じたことで、ずっと忘れられない曲になっていました。ちあきなおみのつややかな声も。だから、森山良子さんの途切れ途切れの歌い方は、どうもなじまないのです。 なぜ、こんな話をしているのかというと、先日、友人に「この世の果て」という占領期に、米軍のクラブに雇われて、ジャズバンドを組む映画のVTRを借りたから。ちあきなおみも、米軍クラブのドサ回から生まれた歌手の一人です。ただそれだけ。中身がなくまとまらずすみませんm(_ _)m
December 9, 2005
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秋から冬への季節の変わり目には小沢健二の「LIFE」。レンタルしようとTUTAYAのレジに並んだら、直前でカードを職場の机の引き出しにおいてきたことに気づいて引き返す…。 このアルバムのなかの「いちょう並木のセレナーデ」は、歌詞からというよりも、こんな雰囲気の中で歌っているんじゃないかな、と想像されるイメージが好きです。 大学の仲のいい友だちが集ったホームパーティー。おおいにはしゃいで、そろそろお開きにしようかというところで、それまで会場の片隅で静かにみていた主催者に、おもむろにギターが手渡される。みんな彼が、ちょっとした腕前なのを知っている。おしゃべりがやんで、あたたかい視線が集まる中で、少し照れながらひきはじめるのが、この歌。 メンバーは、彼とこの歌の「彼女」とのつきあいと別れを知っていて、この歌を共有することで、傷心をなぐさめようとしている? あるいは、彼は、お目当ての子がいて、彼の心の傷とやさしさを知ってもらおうとしている? 初冬の暖炉のようなあたたかさがあふれるいい雰囲気にしあがっていると思います。みなさんは、歌を歌っている場面がイメージされて心地よい歌ってありますか? ついでにいうと、「いちょう並木の セレナーデ」は、「7・5」というリズムをもっていて、口ずさむだけで心地よい響きです。ちなみにいちょう並木を二人で歩く、ということで連想される短歌が、俵万智さんの はつなつの公園をゆくあんだんて あなたの二歩と私の三歩 季節は全く違うけれど、色づいたいちょう並木も、この歌のように、「ワン・ツー・スリー」とワルツのリズムで、三歩目に二人の足がそろうように歩くとロマンチックだと思いませんか?
December 8, 2005
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今日読んだ本のなかで、特攻隊にふれていたものがあった。なるほどと思ったのは、特攻隊が導入される時点で、日米の作戦遂行能力は絶望的なまでに質の面でも、量の面でも開いてしまっていたということ(たとえば日米の第一線空母の艦載機定数を比較しても、日本の231機にたいしてアメリカは1339機)。つまり、日本がいくら戦闘機を飛ばしても、アメリカのレーダーと高速の戦闘機につかまって、何の成果もあげることなく撃ち落されるだけの段階にいたっていたということ。それならば、理性ある指導者は、当然戦争を止めるべきであったろう。このこと1つとっても、いかに当時の日本の指導部が異常かつ無責任な状態に陥っていたかがわかる。ある折に、元特攻隊員の方のお話を聞く機会があったが、「お国のためになどという潔いものではなかった。特攻が決まった者は、先輩の言うことは絶対という風紀のもと、後輩をなぶり殺しにしたり、日本刀をもって半狂乱になって暴れる者までいた」と語っておられた。自我を確立した人間が、「自死の選択を強制される」ことがいかに過酷なことか。先の本で執筆者は、「近現代の戦争において、命令によって、兵員が確実に死ぬという戦法を大規模に実施した国はない」という。「確実に死ぬ」状況をつくりだした制度、構造はなんだったのか、探求し続けなければならないと思う。
December 7, 2005
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自分の性格です。攻撃的な人には、とことんやりこめるまでやり返さないと腹がおさまらない。謙虚だなという人には、とことんやさしくなれる。今日もそういうことで、一発やってしまいました。昨日観ていた「男はつらいよ」。あの喧嘩っ早さ、かっとなって熱くぶつかり合える人間関係は、魅力だなあと思いつつ、自分がかっとなっているだけでなく、相手を反論不能になるところまでつぶそうとしている攻撃性には自己嫌悪。なんか、こういう自分を振り返るのにいい映画がないかなあ。 ということで、ちょっと一息のための熱いお茶。
December 6, 2005
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友だちから、その日からブログがつくれるんだと聞いて、あら、と思った。自分は本は読むほうだ。しかし、その内容や感想をまとめておくことはない。雑多に頭の倉庫に詰め込むだけだ。歳をとっていくときに、自分がどう、この世界の姿を、自分の中に映しているのか、それを確認していきたいものだと思う。だから今日から始める。「今日から始まる」というのは、五年くらい前に岩波ホールで公開していたフランス映画。すっかりさびれてしまったフランスの田舎町で、保育園および園児たちの家庭を襲う絶望的な貧困と荒廃とたたかう園長さんを描いたもの。フランスは日本と比較すればずっと社会保障は整っている国のはずだ。しかし、地方の実情、とくに失業のひどさは目をおおうばかりだった。数年後の日本もこうなっているのか、それとも今すでにそうなっているのだろうか…。「芸術は、貧乏人にとって、食べることのできない料理本であってはならない」(※不正確)といったのは、作家の小林多喜二。何か理想やごたくをならべるのではなく、現実にむきあって、それと格闘している人に心を寄せて生きていきたい。 写真は、いわずと知れた柔道の野村忠宏。長い休息をとって広く世界を見渡して、改めて本業に打ち込む。そんな彼のリラックスした生き方は好き。
December 6, 2005
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