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2003年07月30日
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もう5年以上も前に遡る。前回もとりあげたR校の話。三男の母校である。


甲子園。贔屓チームが出ていれば応援するし、時間があえばテレビも観る。途中、何回戦かで負けてしまうということがほとんどだし、時間があわなくて観れなかったりなどして、そう同じチームの試合を何回も観ることはない。なので、1つのチームの熱烈ファンになる(一人一人の選手に詳しくなったりだとか)というところまではなかなかいかない。そんな私が熱烈なファンになったチームが
2つある。

清原、桑田の時、もしくは立浪、片岡、野村、橋本、宮本(慎)の時、ましてや今岡、松井(稼)の時のPLではなく、松坂を擁した横浜でもない。そして、伊良部、佐伯の時の尽誠学園でもない。

では、どのチームか?
神谷、大野の時の沖縄水産がそのうちの1チームだ。いきなりビッグネームはいなくなったが(神谷はプロ入りせず、大野は巨人→ダイエーと進んだもののパッとしなかった)このチームは沖水が、夏2年連続準優勝したときの1年目のチームだ。毎試合テレビで観て応援していた。選手一人一人が本当に好きになって、当時やっていた野球ゲームでは沖水のメンバーをモデルにして自分のチームを作ったりもしていた。結局、決勝で天理に0-1で負けてしまったが、本当に悔しかった。スタンドのお客さんの「神谷、阪神に来てくれ!」の声をきいた時には泣きそうになった(後で新聞で読んだものかもしれない)。

そして、ファンになったもう1つのチーム。それがR校だ。
(やっと前置きが終わった、笑)


他の部では全国大会常連校で名を知られていたが、野球ではどうもピリッとしない。スポーツ推薦による体育科があり野球部のメンバーもほとんどはその所属であったが、結果が出ていないこともあり、翌年からはその枠も無くなる方向であった。

そんな中、ベンチ入りは16人(他に1年生が何人かいたが、ベンチには入れなかった)。でもなかなか個性のあるメンバーが集まっていた。要の投手は2枚看板。140キロ近い球をなげるエースは練習が好きではなさそうだ。もう一人のエースは、球は遅くフォームも全く迫力がないものの、コントロールが良く投球術、マウンド捌きが巧み。この二人のうち、投げていない方がサードをやる。キャッチャーはホームランを打ってから大振りが目立つが、意外と頼りになる。キャプテンのショートは一見、物静かな優等生タイプだが、そのギャグはつまらなそうだ。ファーストは線は細いがバッティングセンスは目を見張るものがある安打製造機で3番を打つ。ヤンチャ代表、一番センターは、ガッツ有、パンチ力有、走力有だが、守備が不安で、いつかとんでもない失敗やらかしそうな雰囲気をもっている。レフトは危なっかしい守備、怪しげなバッティンフォームだが、意外性と勝負強さを持つ。ライトは・・・・・どんな選手だったか忘れてしまった。そしてセカンドが、チーム1小柄でバッティングは非力だが守備は巧い、本当は足が遅いが相手に必要以上な警戒感を与える、唯一普通科の123家三男だった。

我が家では、この三男、そしてR校を応援するためにケーブルテレビを導入した。地方の予選大会はローカルのテレビ局で放映されるからだ(もっとも、今考えるとケーブルテレビとローカル局は関係ないかも)母親は毎試合、スタンドに応援に行ったが、私は家でビデオ係をしてテレビを見ていた。勝ち進み、ビデオのタイマー予約の仕方をマスターすると、私も球場へ応援にいった。そして、こんな↑ヤンチャなチームは、あれよあれよという間に勝ち進んだ。優勝候補と言われる学校を倒して、なんと、とうとう決勝へ!!

もう、123家は大騒ぎである。父は当然、会社を休んだ。
父は自らも高校球児であったし、こちらに引っ越してからは、地元子供会でソフトボールの監督をしていた。次男~四男はこのチームのOBでもある。父はソフトの子供たちを引き連れ(四男はこの時、5年生)決勝の地、マリンへと応援にいった。もちろん母も。私はというと、また調子がおかしくなっていたビデオの世話をする為に、家で留守番。(試合途中にNHKでも放映していることに気付いた。それならビデオもわけなくタイマー録画出来たはずだったが)

9回表ツーアウト。いきなり!
そして、バッターは三男。
センターに綺麗に打ち返した。おそらくその年、一番の当たり。
しかし、結果は、センターライナー。
この瞬間、R校、123家の夢は消え、この年の夏は終わった。

途中リードしている場面、逆転された後も惜しい場面があったが、相手は何度か甲子園に出ている常連校、地力の差は大きかった。結局、弟のこの打席で試合終了となった。センターが捕球後、一塁へ走っていた弟の後姿が映る。この場面は今でも時々テレビで流れる。ローカル局で予選を放映している時のCM明け(CMにいく時かも)に、ほんの一瞬。過去の代表校が決まった瞬間の映像として。


父は、「あそこまで行ったら、絶対勝たなければダメだ」と、心底悔しがっていた。「一位と二位では全く違う」と。三男がなんと言っていたかはよく覚えていない。

甲子園に行ったこの年の代表校は、かなりのミラクル勝利などもあったものの3,4回戦くらいで姿を消していた。もし、R校が行ったらどうなっていたのだろう?と不思議な気持ちで観ていた。とんでもない大敗で終わっちゃったかもな、という気持ちも強い。でもやはり観てみたかった、とは思う。

R校の予選決勝をスタンドで観ていた四男も今は、高一。
それまで嫌々やっているようにも見えたソフトへの取り組みも試合後変わった。その時の5年生の代が子供会ソフト部の第三期黄金時代(そこまでおおげさなものではないか。二期は三男がいた時)で、6年次には大会で優勝などもしていた。彼らに三男がもたらした影響は大きい。あの時、マリンで観ていた彼らが今は、各高校に散り、甲子園を目指している。決して、甲子園常連の有力校に行っているわけでも、飛び抜けた才能があるわけでもないが、その成長ぶりを見るのも楽しいだろう。あと2年間、いつもより熱い気持ちでこの時期を迎えられそうだ。

四男は相変わらず、積極性を前面に押し出すタイプではない(この当たりは三男とは全く逆で、私に似ている)が、なかなか頑張っているし、最近では体つきもだいぶ逞しくなってきたし、楽しみ。




5年以上前に、R校に勝った相手校。
今年、四男が負けた相手校。
今年、劇的勝利後(昨日の日記)のR校が、あっさりと負けた相手校。

全て、同じところ(笑)。いやー、もう宿敵です(こちらから一方的に)
しかも、今年はその相手校も、準決勝で負け。その時に勝った高校も、決勝で負けた。う~、まだまだ遠いぞ、甲子園。






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最終更新日  2003年08月04日 06時40分10秒
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