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「アナタは、いくつなの? 若いの? それとも、うんと歳とっているの?」
今朝早く、子すずめのこの、早口な問いかけに起こされた。
「おはよう」
————まずは挨拶だろう。
いまどきは、すずめも、子どもに挨拶をおしえないのだろうか。
おそらく誰にもだまって、巣をぬけ出しここまでやってきて、先(せん)から知りたかったことを、大急ぎで投げかけたのだろう。
しかし、いくら急いでいても、「おはよう」は言わなければ。おしえる者がいないなら、ワタシがおしえよう。
「キミは、何か忘れてはいないかね。お、は、よ、う」
「あ。おはよう、ございます。言わなかったね、ボク」
「おお、素敵だ。なんだって? わたしがいくつか知りたいって? キミの目にはどんなふうに見えるんだ?」
「歳とったお兄さんのようにも、うんと若いおじいさんのようにも、見えるの」
「……」
その答えは、ただしい。 そう思ったら、ひとりでに笑いがこみ上げ、ワタシは躯をゆすってあははと声を立てていた。笑ったのは、久しぶりだ。
*
さて、この話のつづきは、わたしが引きつぐとして……。
子すずめに向かって、挨拶をうながす礼節のひと・ベンジャミン卿は、ゴムノキの仲間、観葉植物である。
フィカス・ベンジャミン。
15年ほど前、大きく育った株の枝を、挿し木して、3つの鉢に分けた。3鉢のうちの2鉢(もとの株と、挿し木のと)は、フィカス・ベンジャミンをほしがっていたひとのもとにそれぞれもらわれていった。
その後の安否は知れない。
元気でいるだろうか。
ベンジャミン卿は、小さな挿し木だった。
だからこそ、もとの株からの生としては、経験を積んだ者のように見え、挿し木後の生としては、若者のように見えるのだろう。
子すずめの、「歳とったお兄さんのようにも、うんと若いおじいさんのようにも、見えるの」は、それを言い当てている。
初めて挿し木の彼に会ったとき、そのか弱き姿を見て、わたしはなぜ「卿」というしかつめらしい称号をつけたのか。か弱くはあっても、どことなく品格を身につけ、根づきはじめているその姿に、たのもしさを感じたからだった。
近くを通るとき、水や肥料を与えるとき、「ベンジャミン卿、」と声をかける。この呼び名のおかげだろう、話しかけ方もうやうやしくなる。
「ベンジャミン卿、おはようございます」「ベンジャミン卿、台風が明日あたりやってくるようです」
「ベンジャミン卿、お茶をご一緒しませんか?」
あまりにも疲れ……。ひどくこんがらがり……。ちょっとさびしくなり……。途方に暮れて……。
そんなときわたしは、くだんの子すずめのように、大急ぎで紅茶をいれてベンジャミン卿のもとに行き、坐りこむ。
「ベンジャミン卿……」と言ったきり、コトバのつづかないこともあるが、こちらがどんなでも、いつも卿は静かに、こちらに気配を向けるともなく向けて立つ。わたしには、その決して度を越さぬ佇まいが、不思議なほど慰めになる。

ベンジャミン卿です。
挿し木したとき、ほんとうに小さかったので、
まだ、背丈は105センチです。
しかし、いまや、葉もつやつやとうつくしく、
立派なベンジャミン卿です。
4月ー10月はベランダで過ごし、
もう半年は、家のなかで過ごします。
ベンジャミン卿が、
まもなく室内での暮らしに入ることを知ってか、
このごろ、すずめたちがよく訪ねてきます。