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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあいと娘3人との5人暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。

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2011/03/22
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カテゴリ: 生活

 3月14日(月)
 朝起きて、新聞のことを思った。 いま、被災地でもっとも頼りになるのは新聞とラジオだろうか、と。同時に、毎日新聞への連載日が明日だということを思いだした。いつも、掲載の火曜日の11日前の金曜日に原稿をわたし、さし絵を速達で送ることにしている。そういうわけで、明日の掲載分の原稿はとっくに新聞社に届いているわけだったが……。明日の掲載はなくなるかもしれないけれど、とにかく、いまの気持ちを書いて、できるならさしかえてもらおう。ひとりで、机に向かってあたらしい原稿を書こうとすると、パソコンの画面がよく見えない。
 泣いているのだった。この部屋でひとりきりのわたしになり、緊張がほどけたものらしかった。泣いている場合じゃないんだけどね、と自分を叱りたくもあり、泣きなさいな、と許したくもある。泣きながら書いた原稿を、新聞社に送っておく。



 食卓に、一枚の紙切れがひらりと置いてある。中学1年の末娘のテストだった。
 「日本の都道府県の名前」  右の日本地図中、1〜47の都道府県名を答えよう。
 赤いペンで「47 満点です good」と書いてある。めずらしい満点のテスト。「47」という数字が、胸に迫る。47がそれぞれ試練のときを生きている。被災した地、直接の被害が及ばない地、試練の大きさと意味合いは異なっても、この小枝のようにも見える日本の47(1都2府1道43県)が、端から端まで軋(きし)んでいる。悲痛なうめき声を上げている。いま、もっとも大事な数字かもしれない、47は。



 朝刊で、今回の震災に名前がついたことを知った。「東日本大震災」。もうひとつ、福島の第一原発爆発事故のこと。これは、もちろん震災の影響によって起こったのにはちがいなくても、別筋にて受けとめなければならない事態のように思える。爆発にともなって漏れた放射性物質が広範囲にひろがるということになれば、「被ばく」の心配が濃くなってゆくからだ。
 震災で発電所が停止し、原発も停止(自動停止)するなか、東京電力が地域別に電力を止める「計画停電」を、昨夜とつぜん発表した。
 夫が買いものに行くというので、わたしも追って急いで靴を履く。外の様子を感じたかったからだ。しかし、出かけてみるまでは、「計画停電」が町の様子を変えるなど、想像だにしなかった。わたしたちの行き先は、家から徒歩1、2分の八百屋とよろず屋だったが、肉が少しほしかったので、肉屋まで足をのばすことにした。するとどうだろう、肉屋のあたりが混みあっている。どうやら、肉屋からほど近いKストアと、大型のスーパーS——あろうことかこの2つはとなり合っている——に向かう混雑であるらしい。
 大型店Sの前には自転車が山と停められており、店内をのぞくとレジに、長い長い列ができている。となりのKは小型店なので、入店が制限されているらしく店の外にひとがならんでいる。備蓄か。ほんとうに?
 きゅっと胸が縮んで、ふたりして無口になり、とぼとぼ帰宅。帰りに八百屋で大根と文旦に似たでっかい柑橘を、となりのよろず屋でサラダ油を買う。



 3月15日(火)
 しばらく乾物中心のおかずをつくろう。
 そして、こういう日日にもたのしみは必要だから、と、黒豆を水につけた。黒豆を煮ようとするこころも、食べようとするこころも、等しくたのしみなものだ。こういうものをひと粒ひと粒箸でつまんで口に運ぶしあわせというのは、日本人が大昔から知っていたこと。
 よろず屋に行った夫が、牛乳と卵、それに納豆がなかったと云う。牛乳がないとなると、ヨーグルトをつくれなくなるかもしれないが、まずまずたいてい大丈夫だ。
 ヨーグルト。これは、昨夏、近所の友人から分けてもらったタネでせっせと毎日つくっている。友人はお子さんたちも独立し、夫婦ふたりになってから武蔵野市もごく近所に越してこられたが、知り合ったのは、ここからはなれた英文翻訳の勉強の場でだった。昨夏、この友人——字はちがうがおなじ文子(ふみこ)さんだ——が、夫君とともにニューヨークへ旅することになった。
 旅の計画をうらやましく聞いているさなか、ふと、「ヨーグルト、お好きかしら」と、尋ねられ、「ええ、ええ」と答える。「子どもたちも好きなのですけれど、買ってくるのがちょっと大変」
「うちはタネでつくっているんだけどね、もらっていただけないかしら。そうしてね、旅行から戻ったら、すこしタネをくださらないかしら」
 たのしい話だった。分けていただくことが、預かることにもなるというわけだ。すぐと話が決まり、文子さんご夫妻の出発の前々日、マンションにうかがうことになった。「これからうかがってもよいでしょうか」と電話すると、「いまなら主人が家にいるから、ちょうどいいわ」という返事。なんと、ヨーグルトの世話は夫君の役目だそうで、お世話係からの説明が必要とのことだったのだ。ますます、たのしいこと。
 初めてお目にかかるだんなさまは、ため息をつきたくなるほど穏やかな紳士で、タネからヨーグルトをつくる段取りを、ていねいにおしえてくださる。うちがヨーグルトのタネの宿になると決まってすぐ、うれしさからもとめておいた専用のガラスの器を手提げから出すと、「これは、用意がいい」と褒められる。 
 ヨーグルトのタネは、たちどころにうちに定着。ニューヨークと、カナダへも立ちよって帰ってこられたご夫妻のもとに、無事ふた匙もどすこともできた。そういうヨーグルトだったけれど、温度の低い場所をさがして置けば1週間くらい菌は生きられるはずとおそわっていたし、牛乳の不足くらいで騒ぎたくなかった。
 それにしても文子さん、どうしているだろう。



「あの日」から、夕方は電気をつけずにろうそく暮らしをしているが、きょうは、家じゅうのストーブ——居間のガスストーブと、夫とわたしの仕事部屋のデロンギ(電気ストーブ)と——を片づけた。こういうのは、願かけの一種。こちらの分の熱量が、必要なところへ移っていくようにという……。



Photo



ヨーグルト製造のための道具です。
ふた匙のタネ(菌)にこの容器ほぼ1杯の
牛乳(400ccくらい)で、毎日つくっています。
あらためて、牛乳に「ありがとう」を。



 3月16日(水)
「計画停電」はやってこなかった。
 待っているが。



 連日、地震と津波の被害を受けたかの地で、救援活動が行なわれている。また、不気味に白煙を上げている福島の第一原発の消火や使用済み核燃料の冷却のための作業もつづいている。どちらも危険で、覚悟なしにはできない活動である。 津波による何百人という数の犠牲者を、いっぺんに目の当たりにしなければならない苦悩。被ばくの恐れのあるなかの原発の消火、冷却作業の苦悩。その心身の痛みに対して、すくなくとも感謝の声を上げ、声援の気持ちを向ける必要がある。こちらでは、救援者の苦悩を、するりと被災地の状況にすり替え、重みを減らして聞いているが。



 きょうは、高野豆腐を肉のようにすることを思いつく。
 高野豆腐を水にもどしてよくしぼり、油で揚げる(※)。鍋にだしと砂糖、しょうゆ、塩、酒を入れて煮立て、揚げた高野豆腐を入れる。いまあるさいごのたまご3つを茹でて、いっしょに煮含めることにした。ゆで卵を半分に切って盛りつければ、黄身の色がきれいだろうかと思って。 おいしかった。が、ろうそくの食卓では、ゆで卵の黄身の色はよく見えない。
※油っぽいと思えば、ざるにならべて、熱湯をかけて油抜きしてから煮てもよい。







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最終更新日  2011/03/22 11:29:51 AM
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