サイド自由欄


profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあいと娘3人との5人暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。

カレンダー

バックナンバー

2026/08
2026/07
2026/06
2026/05
2026/04

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2011/03/23
XML
カテゴリ: 生活

 3月17日(木)
 感情にひきずられ、こころもからだもなんとなく力を落としているような気がする。こうして無事なところにいながら力が落ちていくとは、なんというむなしさだろうかと反省する。
 被災地を思って悲しみ、苦しみを分かち合いたいとねがうのは理(ことわり)、けれど、気分だけで終始するのでは何にもならない。気分の落ちこみは、自分にできることがみつかったときに、できるそのことを阻(はば)みもするだろう。



 ことし2月のはじめ、自宅で筋トレとヨガをはじめた。毎日ひとりで、細細とつづけている。が、「あの日」からはその運動をそーっと、そしてうしろめたい気持ちでしてきた。
 やーめた、やーめた。やめるつもりは運動ではなく、そーっとと、うしろめたい気持ちである。こんな運動なんかは元気よく、せっせとやろう。うっすらついてきた筋肉を、こっそり褒めてやりつつ、励ましつつ。
 運動をはじめたのは、中学生のころから変わらなかった体重が、あれよあれよという間に2キロほどふえ、ふえたままちっとも元にもどりそうにないことにむっとしたからだ。ふえた2キロという数字に対して、(なんだよ、おまえ!)という気持ち。
 考えてみると、運動には縁なきわたしを何十年もやってきている。小学生のころ、唯一得意だったのが球技で、バスケットボールやドッジボールに燃えた。けれど小学校卒業とともに、その世界が終わる。してみると、40年ぶりの運動世界ということになるだろう。おそるおそるはじめてみて驚く。からだのかたさ、バランスのとれなさ、筋力のなさに、愕然、呆然とする。けれど、10日もつづけるうち、10日前にはつらかった運動が難なくできるようになっていたり、そればかりか、気持ちよく感じられるようになっている。わたしをむっとさせていた2キロの体重のことなんか、もうどうでもよくなっていた。
 ろうそくの光のなか寝転び、腰を手で支えて両脚を天井に向けて上げていたりすると、われながら可笑しい。この可笑しさも、いまのこころを支える。



 夫がよろず屋で、卵を買ってきた。卵さまさま。納豆もさいごのひとつ(3パック入り)を買ったという。見ると、九州からの、これまでお目にかかったことのない納豆。納豆や卵がごちそうと思えるのは、不便のもらたす恩恵だ。



 3月18日(月)
 寒い。 寒いが、ストーブは片してしまったし、何とかしのがなければ。
 大好きな『小さい魔女』(オトフリート・プロイスラー作 大塚勇三訳/学研)のものがたりのなかに、こういう場面がある。「やきグリ売り」のおはなし。冬のあいだ、家の暖炉のこしかけに坐りこんで過していたある日、小さい魔女は「運動して、いい空気をすわないといられないわ!」と思い、「外へ出かけよう!」と決心する。



   小さい魔女は、一まい、また一まいと、スカートを七まいかさねてはき
  ました。それから、大きな毛のスカーフを頭にまきつけ、冬の長ぐつをは
  き、手袋をふたつかさねてはめこみました。こうして身じたくをかためる
  と、魔女は、ほうきにとびのって、ピューッと、えんとつからとびだしま
  した。



 小さい魔女は、お金をもたずにピューッと出かけたのだった。そういうところも、なんだかいいなあと、わたしには思える。さて、はなしを先にすすめよう。町の広場に、小さな鉄のストーブと屋台が出ているのが見えた。やきグリ売りだ。ストーブの釜からクリを焼くいいにおいが立ちのぼり、小さい魔女の鼻をくすぐる。焼きグリ売りの男は、小さい魔女に、とくべつ、ただで焼きグリをふるまった。「こんなにさむさがひどくちゃ、あんたも、あったかいものをたべてもいいよ。ハクション!」
 小さい魔女は、焼きグリのお礼に……、何をしたか。男のからだの冷たさ、こごえを消し去ったのだ、魔法をつかって。
 愉快なのは、小さい魔女が、焼きグリ売りにしたのと同じことを自分にすることを、まるで思いつかなかったところだ。つまり、自分のために魔法を使わず、スカートを7枚もかさねてはいたり、手袋を2つはめたりしていたというわけ。こごえながら家にもどった小さい魔女から、焼きグリ売りのはなしを聞いた、相棒のカラス、アブラクサスに指摘されなければ、小さい魔女はいまでも、冬がくるたび7枚のスカートで外へ出かけていたことだろう。
 わたしは魔女ではないからして、寒さよけの呪文など唱えられはしない。けれど、下着をかさねたり、セーターを着こむことはできる。着ぶくれてまるくなったひとたちが、家のなかをころんころんと動いているのなんかは、素敵だ。わたしは、くつしたを2枚はいた足を室内履きにつっこみ、セーターの上にダウンベストを着こんだ。
 焼きグリがうらやましくなって、何かこしらえたくなる。クリはなし、ええと。おお、そうだそうだ。



□ご飯のお焼き
用意するもの……………………冷やご飯、小麦粉、しょうゆ
なかみ……………………………漬けものや野菜、しらす干し、肉類など何でも。
・好みの「なかみ」を細かく刻む。
・冷やご飯に、「なかみ」を混ぜ、しょうゆを加える。
・小麦粉と水(加減しながら少しずつ加える)を加え、手で混ぜる。
・せんべいのように平たくして、油をひいたフライパンで焼く。
・片面が焼けたら、フライ返しでかえしてもう片面も焼く。



 3月19日(土)
 昨夜、床に入ってから、(あ、わたしにも使える魔法があったわ……)と思いついた。
 わたしにも使える魔法は、その昔祖母からおそわった唐辛子の魔法だ。
「こうしてくつしたや手袋のなかに、唐辛子を1本入れておくと、あたたかいのよ」
 へえと思ったが、実行したことはない。つぎ、寒い日がめぐってきたら、ためしてみるとしよう。足の指がもぞもぞ唐辛子をこわして、タネが出てくると困るから、あらかじめタネをとっておいてもいいだろうか。
 きょうはしかし、幾分、気温も上がっている。



 新聞で、岩手県陸前高田市の市街地の写真を見る。震災翌日(12日)のものと、震災後1週間(18日)の、2枚の写真だ。ここは、津波の被害の大きかった地域である。海の色に染まったかのような1枚めの青色の写真に対し、2枚めはがれきと道があらわれた茶色い写真だ。水が引いたことが見てとれる。 青いのと茶色いのと、2枚の写真を眺めているだけで、胸が締めつけられる。ここに生き、ここに暮らしていた大勢は、いま……。地震だけだったなら、これほどの被害にはならなかったのだと、あらためて気がつかされる。いったい、津波とは何なのか。東日本大震災は、地震・津波・原発事故という三重(みえ)の苦悩をはらんでいる。







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2011/03/23 11:47:18 AM
コメント(28) | コメントを書く

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: